2015/07/28

『動物記』を読んで。


「自分のしてもらいたいことを他人にするな。人の好みは違うのだから」とは、イギリスの劇作家バーナード・ショーの言葉。(「青春?若いやつらにはもったいないね」という名言もある)

もっとずっと若い頃にその警句と出会い、実践的に理解しようとしていれば、少しは器の大きい人間になれたかもしれないと思うが、時すでに遅し。
寛容性に乏しいのは持って生まれた性(さが)。誰しも他者の視点や立場でものを考えるのはそう簡単なことではないし、器が小さかろうが何とか社会と折り合いをつけて生きている今の自分が妥当な所ではないか……と納得するほかない。

さて、あまり関係のない前置きになってしまったが本題。
つい先日、部分的に“二度読み”を終えた高橋源一郎の小説『動物記』……タイトル通り、物語の軸になるのは様々な動物たち。人間と異なる彼らの世界観、生命観など、「言葉を持たない動物の視点」で、人間の価値観の外にある世界を何とか言葉で捉えようと試みたユーモラスかつシリアスな短編集だ。

物語は9編。シカのご老公さまが、タヌキのスケさん、キツネのカクさんを率いて森の動物たちの騒動を解決する「動物の謝肉祭」に始まり、言葉を持って生きる人間の悲哀と宿命を描いた総括的な短編(と思える)「動物記」までが収録されている。

その中で特に印象的で面白かったのは、動物に文章を教える教師が主人公という設定で書かれた連作「文章教室13」。

すべて書き写したいほど刺激的で深イイ言葉と思索に満ちた3編だが、とりあえずここでは、主人公(教師)が二か所の「刑務所」を回って、「タンカ」を教えるという設定の「文章教室1」から、動物たちが書いた「ウタ」を中心に少しだけ紹介したい。

まず、主人公が用意した最初の“教材”はコレ……

いくら掻こうと思っても肝心な部分に手の届かないクマはつらい

このウタを初めて見た時《いままで、これほど真摯に、これほど素直に、ウタに立ち向かったことがあるであろうか。いや、ウタだけではない。「わたし」という存在に、これほど無垢な思いで、接したことがあったであろうか》と、衝撃のあまり“滂沱の涙”を流した彼は、ウタを高級なものとして思いがちな“受講者”に《「天」とか「世界」とか「クマであることとは何か?」とか「アイデンティティー・クライシスについて書こう》などという「陥りやすい罠にひっかかるな」と警告を発しながら、すぐに次の教材を用意する。

「えっシロクマなのに黄色っぽいじゃん、変なの」っていわれて猛烈にヘコむ

己の体毛の汚染を自分の目で見ることのできないシロクマの素直な心情吐露。その悲しみに触れつつ彼は、「シロクマなのに黄色っぽいじゃん」と“残酷なひと言”を発した見物者たちに目を向け、その「無知と倨傲(きょごう)と傲岸さ」を《そんな状態に、シロクマさんを陥れたのは彼らであるというのに》と、鋭く追及する。

そしてさらに「刑務所」で教えている別の動物たち(ペンギンとサル)の作品を紹介しながら、それぞれのウタの背景に深い洞察力を忍ばせ、ウィットに富んだ絶妙な解説を加えていく……
という展開なのだが、兎にも角にもその「ウタ」が出色の面白さ。時折、俵万智や与謝野晶子を感じさせるような「メイカ」との出会いもあり(当然、模して作っているのだろうが)、クスクス笑いながらも、ついホロっとさせられることも度々。いつしか受講者の一人になったような気分で、言葉の呪縛に捉われた心の解放をめざす独特の小説世界に引き込まれてしまった。

以下、その全十二首(ペンギンとサル分)を紹介。

たくさんのメスのペンギンがいるなかで わたしをみつけてくれてありがとう

「寒いね」と話しかければ「南極より寒いね冷房効きすぎ」と答える友のいるあたたかさ

「刑務所」脱出したし 皇帝ペンギンもアデリーペンギンもマカロニペンギンも

そして「メイカ」とも言えそうな二首……

死に近き卵に添寝のしんしんと遠河の海豹天に聞ゆる

つよく生きろというの檻の中でもつよく 生きてないようなおとなたちが

続いて「サル」バージョン……

ひも状のものが剥けたりするでせうバナナのあれ祖母(ばあ)ちゃん知らなかったの

南京豆の殻を割ったもう死んでもいいというくらい完璧に

恐ろしいのは鉄棒をいつまでもいつまでも回り続ける子ザル

「耳で飛ぶ象のうんこもこわいけどキングコングのうんこはもっとこわい」

女子トイレをはみ出している行列のしっぽが見える人間はたいへんだ

やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや芸をする君

雨のサル山あるいていけばなんでしょうかこれはポテトチップの空袋

以上。それぞれのウタの解説も絶妙で読み応え十分、ぜひ『動物記』でご確認のほど(最近は「サンデー・モーニング」に出たり、コラム集『ぼくらの民主主義なんだぜ』が評判だったりしているが、やはり本業が一番。「さすが、源一郎さん」と唸る作品でした)

 

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