2020/12/26

勝手にコトノハ映画賞2020

 

《外国映画部門》

●最優秀作品賞

カセットテープ・ダイアリーズ』(監督:グリンダ・チャーダ/イギリス、2019年製作)

※舞台は「不況、貧困、リストラ、格差、右傾化、移民排斥」など、様々な問題を抱えた80年代、イギリスの田舎町。主人公の少年ジャベド(パキスタン移民)は、閉鎖的な町で受ける人種差別や保守的な父親との確執に悩みながら、将来の見通しもつかず悶々とした日々を送っていたが、ある日、友人から渡されたブルース・スプリングスティーンの2本のテープに衝撃を受け、その歌詞に背中を押されるように自分の殻を打ち破り将来への大きな一歩を踏み出す。という、温度高め、後味濃いめの青春映画。必然、全編に流れる「The Boss」の心を打つ名曲の数々……「ダンシン・イン・ザ・ダーク」が流れた途端、鳥肌&胸アツという私のようなファンならずとも、その劇的なストーリーと相まって胸が高鳴ること必至の一本!

 ●優秀作品賞

パラサイト 半地下の家族』(監督:ポン・ジュノ/韓国、2019年製作)

※言わずもがなの大ヒット作。名優ソン・ガンホはもちろん、「マイ・ディア・ミスター~私のおじさん」のイ・ソンギョン、「青春の記録」のパク・ソダム、「椿の花咲く頃」のイ・ジョンウン、そして「愛の不時着」でも異彩を放った二人(チャン・へジン、パク・ミョンフン)など、「韓ドラ」ファンになって初めて分かる錚々たる俳優陣に、改めて敬意&拍手。

薬の神じゃない!』(監督:ウェン・ムーイエ/中国、2018年製作)

2014年に中国で実際に起こったジェネリック医薬品密輸入事件(中国医薬業界に変革をもたらした驚きの“ニセ薬”事件)を基に、本作が問いかけるのは「何がホンモノで、何がニセモノなのか」というメッセージ。(それを印象づける巧みなストーリーテリング。「未認可薬の密輸&販売」「患者コミュニティの形成」「権力・司法との対立」など“実録ドラマ”風に描かれていく)

で、「やってくれるね、中国映画!」と感心させられたのは、これほどシリアスな問題(重い病気なのに薬が高すぎて手に入らない!という多くの人々の存在…つまり貧困、社会格差・健康格差)を扱いながら万人が楽しめる娯楽作品へと昇華した点(言わば、中国版「パラサイト」といった風)。ラストも“鳥肌モノ”だった。

レ・ミゼラブル』(監督:ラ・ジリ/フランス、2019年製作)

※あの「レ・ミゼラブル」の舞台となったパリ郊外の町「モンフェルメイユ」で起きた小さな事件をきっかけに勃発する権力VS民衆(の闘い)の物語。ポン・ジュノ監督の『パラサイト』がなければ、これがアカデミー賞の外国語映画賞、国際映画賞&カンヌ映画祭のグランプリも取っていただろう……と言われるのもナットク!の傑作。フランスの移民問題というヘビーな題材を扱いながらも、アクション映画のようでもあり、映像は実にパワフルでエネルギッシュ(かつリアル)。その衝撃度合いも凄まじかった。

はちどり』(監督:キム・ボラ/韓国、2019年製作)

※バブル真っ最中、ソウルオリンピック直前のソウルを舞台とした女子中学生の物語。韓国特有の家父長制(端的に言うと男尊女卑)及び当時の世の中の空気を背景に、様々な悲しみ(と不条理)を乗り越えて生きようとする主人公ウニの姿に、幸あれ!と祈りたくなるような作品。(女性監督の台頭が著しい韓国映画界、その最前線に陣取る38歳の新鋭キム・ボラ。これが長編デビュー作とは…ちょっと凄すぎ!)

悪人伝』(監督:イ・ウォンテ/韓国、2019年製作)

※普段は敵対関係にあるヤクザと刑事が、偶然にも“共通の敵”となった連続殺人鬼をそれぞれのやり方で追い詰めていく……という、コリアン・ムービーお得意の「バイオレンスアクション」(とにかく、ハラハラドキドキ。一時も目を離せない)。そのスリリングなストーリー展開と、ヤクザのボスを演じるマ・ドンソク(ゾンビ映画の傑作「新感染 ファイナル・エクスプレス」で一躍トップスターになり、ハリウッド進出も果たした俳優)の圧倒的存在感に魅了される110分。

声優夫婦の甘くない生活』(監督:エフゲニー・ルーマン/イスラエル、2019年)

※「イスラエル」と聞くだけで、ちょっとイヤな気分になるが、それは国家としての「イスラエル」に対して。もちろん、そこで暮らす人々や作られた映画に対して嫌悪の気持ちはない。というわけで初めて観た純然たる(どこかの国との合作ではない)イスラエル映画『声優夫婦の甘くない生活』(原題「Golden Voices」)。

ソ連の「鉄のカーテン」崩壊後、より良い生活を願って国境を渡ったロシア系ユダヤ人の“元スター洋画声優夫婦”が、声優の需要がない新天地(イスラエル)で、第2の人生の厳しい現実に直面しつつも、何とか“声のスキル”を活かして、生計を立てようとするが……というお話。

名匠アキ・カウリスマキを思わせるクラシカルな映像美と名曲「百万本のバラ」、そして作中に登場する名作の数々(『ローマの休日』『波止場』『クレイマー・クレイマー』『ボイス・オブ・ムーン』等々)に彩られ、コミカルかつドラマチックに展開していく物語は“映画愛”溢れる人生讃歌。“イヤーエンド・シネマ”に選んで大正解だった。

その他、中国社会の底辺で生きる人間たちの現実を独特の映像美で描いた『鵞鳥湖の夜』(雰囲気的にはちょっと泥臭い“中華ノワール”)、岩井俊二監督の中国映画『チイファの手紙』、知られざる歴史のタブーに触れたドイツの法廷ドラマ『コリーニ事件』、貧困の泥沼で喘ぐギグワーカーの厳しい現実を描いた巨匠ケン・ローチの『家族を想うとき』などが印象に残った。

●監督賞

ラ・ジリ(『レ・ミゼラブル』) 

※フランスのゲットーをリアルに描いた40歳の新鋭(自身、アフリカのマリから来た移民2世)

●主演男優賞(絞り切れず3人に)

ソン・ガンホ(『パラサイト 半地下の家族』) 

※韓国映画界を代表する言わずもがなの名優。

マ・ドンソク(『悪人伝』) 

※丸顔・強面・マッチョで演技派という、かなり珍しいタイプのスター俳優。

シュー・ジェン(薬の神じゃない!) 

※普通の愛すべき適当オヤジが、いつしか大衆のヒーローに。

●主演女優賞(絞り切れず2人に)

マリア・ベルキン(『声優夫婦の甘くない生活』) 

※七色の声を見事に操るイスラエルの女優さん。

パク・ジフ(『はちどり』) 

※その目の輝き・動きが実に印象的な韓国の女優さん(弱冠14歳)。

●助演男優賞

キム・ソンギュ(『悪人伝』) ※「連続殺人鬼」として強烈なインパクトを残した韓国の俳優。

●助演女優賞

キム・セビョク(『はちどり』) ※クールなのに温かい。ミステリアスな雰囲気が魅力的な女優さん。

●長編ドキュメンタリー映画賞

彼らは生きていた』(監督:ピーター・ジャクソン/イギリス、2018年製作)

※第1次世界大戦の記録映像を再構築して製作したドキュメンタリー。とにかく能書きは後にして、国家的高揚と戦場の現実との対比、前線の状況を受け入れるしかない兵士たちの無常観にも似た心境など。優れた映像技術によって再現された“戦場のリアル”を、多くの人が自身の胸で味わい、その目に焼き付けてほしい…と願わざるを得ない珠玉の作品。(再上映の機会があれば、ぜひ、劇場で!)

ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった』(監督:ダニエル・ロアー/カナダ・アメリカ合作、2019年製作)

※アメリカの伝説的ロックバンド「ザ・バンド」の中心メンバーだったロビー・ロバートソンの自伝「ザ・バンドの青春」を基に、バンドの誕生から、彼らがボブ・ディランとともに借りていた住居「ビッグ・ピンク」でのレコーディング、そして伝説的解散ライブ「ラスト・ワルツ」まで、バンドがたどった足跡を描いたロック好き映画ファン垂涎のドキュメンタリー。(「ザ・バンド」のファーストアルバムの衝撃を語るブルース・スプリングスティーンやエリック・クラプトンのインタビューもイイ!)


《邦画部門》(日本映画は56本しか観ていないので、何ともおこがましいのですが)

●優秀作品賞(「最優秀作品賞」は該当作なし…ということで)

佐々木、イン、マイマイン』(監督:年)

※映画自体とても面白かったが、エンドロールに流れる中島みゆきの「化粧」が本当に良かった(中島みゆき本人ではなく、カラオケボックスで歌う男の声で…そういえばエレファントカシマシの宮本浩次が歌う「化粧」にもしびれたし、意外にも女より男に合う曲なのかも)。

その他では、『スパイの妻』(監督:黒沢清/2019年)、『ミッドナイト・スワン』(監督:内田栄治/2019年)が好印象。「報知映画賞」で3部門制覇し、大ヒット中の『罪の声』は実に残念な一本。途中までは題材よし、ストーリーよし、テンポよしで、「これは当たりか!?」…と思ったが、わざわざイギリス(ヨーク)ロケまでしながら結末があまりに陳腐。(脚本家の知性とセンスを疑いたくなるほど)。俳優陣は頑張っていたのになあ…(特に星野源)

●監督賞

内田栄治(『ミッドナイト・スワン』) 

※まず、監督自らが脚本を執筆したオリジナル作品という点が、大きな評価ポイント。主役に「草なぎ剛」を配したあたりも、高いセンスを感じる。

●主演男優賞

高橋一生(『スパイの妻』)

●主演女優賞

蒼井優(『スパイの妻』)

●助演男優賞

星野源(『罪の声』)

●助演女優賞

水川あさみ(『ミッドナイト・スワン』)

●長編ドキュメンタリー映画賞

『精神0(ゼロ)』(監督:想田和弘/2019年製作)

※ドキュメンタリー監督の想田和弘が「こころの病」とともに生きる人々を捉えた「精神」の主人公の1人である精神科医・山本昌知に再びカメラを向け、第70回ベルリン国際映画祭フォーラム部門でエキュメニカル審査員賞を受賞した作品。

日本が「緊急事態宣言中」の5月初旬、インターネット上の「仮設の映画館」で鑑賞したということもあり、とても印象深いドキュメンタリー(想田監督は「観察映画」と称しているが)……私自身は前作の「精神」を観ていないが、映画冒頭、82歳にして、突然引退することになった山本医師と、彼を慕う患者さんとのやりとりだけで、山本さんがどのような精神科医で、「なくてはならない人」として、どれだけ地域社会に貢献してきたのかが分かった。その後、カメラは、認知症を患う妻・芳子さんと山本さんとの静かな生活を追っていくのだが、ただ来客をもてなすだけ、お弁当を食べるだけのシーンがとても美しく感じられる。多分、長年連れ添った2人の呼吸が美しいのだろう……そんなことを思いながら迎えたラスト。お墓参りのシーンで、なぜか涙があふれた。(俺はこんな風に年を取れるのだろうか、イヤ絶対無理だろうなあ…なんて思いながら)

以上。

2020/11/28

2週間のメモ②

1113日(土)―11月15 日(月)

●アメリカ大統領選

注視していたアメリカ大統領選も10日のバイデン氏の勝利宣言でようやく決着(の見通し)……トランプ氏の悪あがき&彼の「不正選挙だ!」という根拠のない主張を頑なに信じて疑わない人々の姿を見ていると、大統領が変わったからといって、アメリカ社会がその分断・対立を容易に修復・克服できるとは思わないが、とりあえずこの結果にはホッと一息。

にしても、不思議に思うのは「アメリカ第一主義」を掲げるトランプの熱狂的支持者が日本にも数多くいること(米国オンリーで日本のことなどこれっぽっちも頭にないのに…)。私のようにトランプがしゃべるのを見ただけで不快な気分になる人間には、なぜがのめり込むほど彼に惹かれるのか(しかも他国の人間が)、いまいち理解に苦しむが、要は趣味嗜好と同じで政策も理屈も民主主義も関係なし。嘘をつこうが、何をしようが「好きなものは好き」ということなのだろう(7年間、嘘と隠ぺいを繰り返した「安倍晋三」が好きなように)。やはり「分断」の根は深い。つかみようがないほどに。

 ●「韓国ドラマ」

『愛の不時着』以来、「韓ドラ」の凄さ、面白さには「もう、平伏!」と言った感じだが、最近ハマったのが『椿の花咲く頃』(2019 KBS演技大賞で12冠獲得、2020年 百想芸術大賞 受賞作品)……(それ以前は、『サバイバー 60日間の大統領』『トッケビ』『ザ・キング 永遠の君主』『秘密の森』『ピノキオ』など。いずれ劣らぬ秀作揃い)

脚本&演技陣の素晴らしさ&練り上げられた世界観の心地よさ。「韓国ドラマ史に残る名作」と称えられるのもナットク!の素晴らしいドラマだった。

●ウーバーイーツ

最近、買い物がてら駅近くの「モスバーガー」に寄り、入口付近のカウンターで小一時間ほど読書するのが日課のようになっているのだが(ドトールもスタバもエクセシオールカフェもない我が町)、その小一時間の間に、ウーバーの配達員の方と何度か遭遇する。

で、ちょっとギクッとしたのが私と同年代に思える男性や若い女性が度々配達員としてやってくること。(夏頃に街で見かけた配達員は若い男性ばかりだったが)。

ウーバーイーツがコロナ禍での失業者の受け皿になっているのは分かっていたが、その裾野の広がりを目の当たりにした感じで、何ともやりきれない気分に。(たまに出かける池袋や新宿では、アジア系の人たちが自転車の荷台に「Uber」を載せ、凄いスピードで街に散っていく光景をよく目にするし……新型コロナの影響による失業者が7万人を超える中、配達員が増えすぎて仕事の奪い合いになり収入が落ち込んだり、新規参入企業が相次ぎ、さらに報酬が引き下げられる恐れもあるなど、ウーバーイーツの配達員には更なる逆風が吹いているようだ)

1116日(月)

朝日新聞デジタル《学術会議問題、学生118人議論白熱 鹿児島大の授業で――日本学術会議が推薦した会員候補のうち6人の任命を菅義偉首相が拒否した問題について、鹿児島大学の学生たちが共通科目「日本国憲法」の授業で考えた。「学問の自由」の視点から見てどうか。首相の任命権は形式的か。オンライン上で議論が白熱した》という内容の記事を読みつつ、日本の国立大学生の頭の緩さに愕然&溜息。

「不適切と思っていたが、国民が選んだ首相の任命だから問題ないという意見を聞き、なるほどと思い、決め手があいまいになってしまった」とは……〈国民が選んだ首相の任命〉だからこそ、国民にはその理非曲直を正す義務がある。というのは、50年数年前の中学生なら、すぐにわかったことなのに。

1119日(木)

証明写真機の仕事で集金・納金に伺った某大学生協の女性職員が、「もう、やんなっちゃいますよ」とこぼしていた。

大学はロックアウト状態(来春まで見通したたず)で、4月以降、キャンパスに学生の姿は見当たらない。特に気の毒なのは新1年生。入学した途端にオンライン授業なので、一回も顔を合わせたことがないそうだ。当然、生協の運営にも大きな影響があるわけで、「存続危機」の段階だという。(「キャンパスライフ」無き学生生活……この状況ではバイトもままならないだろうし、「かわいそうに…」と言うほかなし)

1120日(金)

NHKが総務省に実現を求めているテレビ設置の届け出義務化について、日本民間放送連盟の会長が「はっきりと反対だ」と表明したそうだが、私も民放連に「異議なし」。

大体テレビを持っているだけでNHKの受信料を払わなくてはいけないというルール自体が前時代的で不合理。NHKがスクランブルをかければ済む話。(ちなみに、受信料を拒否している私の家に、先日NHKの訪問員の方が……インターホン越しに「公共放送じゃなく政府の広報局だと思っているので、受信料を払う意思はありません」と言ったら、「あっ、申し訳ありません。失礼します」と即、帰っていきました)

続いて、小池都知事に送る《5つの「小」》……

小賢しい・小ずるい・小うるさい・小恥ずかしい・小バカにしすぎ

以上。

※今日(28日)の午後は、Y君の家で「飲み会」(「小人数・小皿・小まめな換気」は守りつつ)。中華料理ということなので、昨日東武で買った紹興酒とチーズ(コンテ)を持参。

 

2020/11/24

2週間のメモ①

 119日(月)

68回目の誕生日。息子夫婦から青いシャツのプレンゼントあり。(ノースフェイスとギャルソンのコラボとのこと)




 

MIYUKIさんとUEちゃんからもHAPPYなお祝いを頂いた。




 

1112日(木)


午前中に仕事(写真機メンテ)を済ませ、その足で光が丘のタワーレコードへ。

先週注文しておいたブルース・スプリングスティーンのNEWアルバム『LETTER TO YOU』を受け取り、再び“その足”で大泉学園の「Tジョイ」に向かい、1420分上映開始の『スパイの妻』(監督・黒沢清)を鑑賞……

今年のヴェネチア・銀獅子賞(監督賞)受賞作。手にしたフライヤーには“黒沢監督が歴史の闇に初めて挑んだ”とあった。が、それはちょっとミスリード。

(関東軍731部隊による人体実験も戦時下における特高の思想弾圧も既に広く知られており、それがストーリーの基軸として描かれているからといって“歴史の闇に挑んだ”的な触れ込みは、観る人のスタンスを狂わせるだけ。案の定、作品の世界観に触れることなく「反日映画」などと評する連中が、うじゃうじゃ湧いてくるわけで…)

鑑賞中及び鑑賞後の印象としては、江戸川乱歩+ヒッチコック風ミステリーエンターテインメントといった感じ。思想性・政治性を抜きに、そういう位置づけで観れば、十分に楽しめるし、とても見応えのある作品(ラストも中々)。とりわけ、役者陣がイイ。蒼井優はもちろんのことだが、私的な驚きは高橋一生。これまでさほど上手いと思ったことはなかったが、初めてイイ役者に思えた。(今のところ、2020年「コトノハ映画賞」邦画部門・主演男優賞決定!か?…次点は『ミッドナイト・スワン』の草彅剛)

 

帰宅後、即『LETTER TO YOU』を聴く……静かに深く、胸に沁みわたる“魂の薬”。








密集した雑木林の下

やっかいな記憶の糸を引くと、過去が一気に飛び出した

私は跪き、ペンをとり

頭を垂れた

心が真実だと思うことをそこから搔き集め

あなたへの手紙に書いて送ろうと思った

 

困難なときや調子よかったときに見出したことを

インクと血ですべて書きだした

魂を深く掘り下げ、心を込めて署名し

それをあなたへの手紙に書いて送った

 

あなたへの手紙の中に、すべての怖れと疑いを

あなたへの手紙の中に、私が見出したすべての困難を

あなたへの手紙の中に、私が真実だと思ったもののすべてを

あなたへの手紙に書いて送った

 

すべての太陽の光と雨

すべての幸福とすべての苦悩

暗い夜の星と朝の青空

それらすべてをあなたへの手紙に書いて送った



 

 

2020/11/10

この世で一番美しい「白鳥の湖」


何とも言えないその美しさに魅せられ、朝からなんだか、胸が熱くて、苦しくて……。

 https://www.youtube.com/watch?v=owb1uWDg3QM

1960年代にニューヨーク・シティ・バレエ団のバレエダンサーとして活躍していたアルツハイマーの女性。記憶を失い、車椅子で生活していた彼女に『白鳥の湖』を聴かせると、当時のままの美しくしなやかな踊りを披露しました》(情報ウェブサイト「エピネシア」より)

 ※暫くブログ休んでいましたが(特に理由は無いのですが、なんか気が乗らなくて…)、徐々に通常ペースに戻したいと思います。どうぞよろしく。

2020/08/13

久しぶりに美術館へ

先週の木曜(6日)、「東京都現代美術館」(清澄白河駅から徒歩7~8分)に行ってきた。


目当ては、前から観たいと思っていた「オラファー・エリアソン」と、7月26日の東京新聞「カジュアル美術館」で紹介され、とても気になっていた岡本信治郎の「銀ヤンマ(東京全図考)」(「MOTコレクション いま―― かつて 複数のパースペクティブ」で公開中)。


チケットは、企画2展「オラファー・エリアソン」&「もつれるものたち」+「MOTコレクション」のセットで1,450円(シニア料金、65歳以上)


ということで、まずは予期せず観ることになった「もつれるものたち」から……


案内チラシのイメージとしても使われている渡辺行久『不確かな風向』(「風のエネルギーの流れによって絶えず変容する環境を示唆する」作品。とのこと)、ソウル在住のアーティスト・デュオの『(どんな方法であれ)進化する植物、トム・ニコルソン『相対的なモニュメント(シェラル)』、藤井光『解剖学教室』(福島第一原発の事故後、資料館に取り残されていたものを学芸員たちが救出したものたちを集めて展示)などが、少しだけ印象に残ったが、総じて、アートなのか、学術展示なのか、判然としない企画展。それも含めて、もつれるものたちなのだろう。と、納得。


続いて目当ての、『オラファー・エリアソン』……



まずは、ガラスで作られた美しい多面体の作品『太陽の中心への探査』(2017年)。光源がゆっくり回転することで、展示室内は幻想的な光に包まれ、まるで万華鏡の中に入ったかのような不思議な感覚に。(この光と動きは美術館の外部に設置されたソーラーパネルから電力を得て実現しているそうで、「環境への配慮」が表現のベースになっているエリアソンならではの作品)


ところで、私もこの企画展が初の「オラファー・エリアソン」体験なのだが、どんなアーティストかというと……(パンフレットの受け売りですが)

「アートを介したサステナブル(持続可能)な世界の実現に向けた試みで、世界的に注目を集めているデンマーク人アーティスト(1967年生まれ)。光や水、霧などの自然現象を新しい知覚体験として再現するその作品は高く評価されている」


というわけで、次の作品『あなたに今起きていること、起きたこと、これから起きること』(2000年)。白い壁に向かって色付きの光が照射されており、来場者が壁の前に立つと、さまざまな色の影が壁に映る、という仕掛け。大きく手を広げたり、足を高く上げて歩いたり、若いカップルが壁の前で楽しそうに戯れていたので、私も彼らに倣って色々なポーズで遊んでみたが……(やはり、動きに若さなく、佇む写真のみ)




で、今回、私が最も驚かされ、その幻想的な光景に、じっと見入ってしまった2作品……『ビューティー』(1993)と、展覧会のタイトルにもなっている『ときに川は橋となる』(2020





さて、最後は「MOTコレクション いま――かつて 複数のパースペクティブ」。1930年代から近年の作品まで約180点が展示されていたが、やはり、最も印象的だったのはこの絵『銀ヤンマ(東京全図考)』(1983年)



作者は、今春86歳で逝去した岡本信治郎(日本のポップアートの先駆け的存在)。

この絵が東京新聞で紹介された際の見出しは「混じり合う戦争と平和」……一東京上空に浮かぶバカでかいトンボ?と思いきや、それは巨大な銀ヤンマに見立てた、爆撃機B29。市街地に降り注ぐ無数の赤い線は「焼夷弾」が放つ火花を表しているようだ。

つまり、これは下町を焼き尽くし、9万5千を超える人の命を奪った東京大空襲の絵。なのに、パステルカラーで彩られた「銀ヤンマ」は美しく、実にクール。まったくと言っていいほど悲壮感がない。何故だろう?と思い、捨てずにとっておいた「東京新聞」を改めて読んでみた。


《岡本はかつて、自分たちの世代を「不信の時代」と表現した。戦中は軍国少年。敗戦前日まで、竹槍で米兵を殺す訓練をしていた。だが「一億層玉砕」と叫んでいた校長は、玉音放送の翌日に「民主主義社会の建設を」と言い始めた。捕虜になるぐらいなら死ぬべきで、特攻隊で若者が大勢死んだ。それが今度は「国体護持」だった。少年は「きったねえな」と思った。だからこそ「単なる悲劇的な意識で空襲を捉えるのではなく、喜劇でもあるし悲劇でもある」という視点に立った》(7/26、東京新聞より)




明後日は75回目の敗戦記念日……残りの人生、少年少女に「きったねえな」と思われる生き方だけはしたくない、と思う。


「美術館」の後は、『深川釜匠』でランチ。ざっくりネギと油揚げを、あさりと秘伝の出汁で煮込んだ「深川どんぶり」を食す。(卵黄2個入り。「これでもか、これでもか」と言うぐらいに、汁とご飯とあさりの量が半端ない。いつの間にか会話も忘れ、ツレと二人、ただ黙々と口に運ぶのみ……何とか平らげ半ば放心状態で店を出た




2020/08/10

韓国ドラマが面白すぎて、凄すぎて。


昨日(9日)は75回目の長崎「原爆の日」。哲学者の内田樹さんがこんなことを呟いていた。

《どうして日本政府は「核兵器禁止条約」に署名しないのか、いろいろ法制的・外交的な言い訳が語られていますが、一番にべもない理由は「機会が来たら核武装したい」と内心思っている人たちが政権の座にいるからでしょう。自分で自分の手を縛ることはないと思っている》

さて、本題。

新型コロナウイルス感染の流行下、見慣れた世界が一変する中、私の日常もコロナ以前とはかなり様変わり。今まで一度も観たことがなかった「韓国ドラマ」が、生活の一部になってしまった。

きっかけは世界的大ヒットとなった『愛の不時着』……(全16話。時間にすると約22時間。それを2カ月(5月~7月)の間に4回“通しで観た”わけだから、もうマニアと言うよりフリーク…否、“中毒”のレベルかも)

どんなドラマで、その何が凄いかと言うと…まずはタイトルに関わるこんなセリフから(第14話、リ・ジョンヒョクの心の呟き)

兄がいた 

彼を亡くしつらい日々を送った そして心に決めた

誰も失わない人生を送ろうと 淡々とした人生を送ろうと

未来を夢見ぬ人生を―― 黙々と送ろうと


それ以来―― ぐっすり眠ることもなく 冗談も言わず

ピアノを弾くこともなかった そして誰も愛さなかった

 

ある日 僕の世界に不時着した―― 君に会うまでは


というわけで、幕開けは偶然の事故から…《韓国財閥の令嬢で自らも起業家として活躍中のユン・セリ(ソン・イェジン)が、ある日、パラグライダーで飛行中に突然の竜巻に巻き込まれたあげく、非武装地帯(DMZ)の北朝鮮側に落下。木の枝に引っ掛かっていたところを、北朝鮮の特殊部隊中隊長のリ・ジョンヒョク(ヒョンビン)が助けたことから始まる、笑いあり、涙あり、ハラハラドキドキもちろんあり!の波乱万丈・絶対極秘のラブストーリー》

なのだが、映画にしろTVにしろ、“基本、恋愛モノは観ない”自分が、何故ここまでハマってしまったのか……我ながら「どうしちゃったんだろ、オレ?」と、不思議に思うが、とにかく何度観ても飽きないし、面白いし、観ているだけで気分が良くなるのだから止められない。(正に、中毒!)。

 当然「何度観ても面白い」のは、脚本と演出の素晴らしさによるもの。「あっ、このセリフがあの場面につながっているわけだ!」的な伏線が随所に張り巡らされていて、それを発見する楽しさ、予期せず沁みるセリフの数々など、そのクオリティの高さで観る者の心を逃さない。加えて主役の二人をはじめ、ジョンヒョクが率いる中隊の隊員たち(との兄弟的なつながり)、ユン・セリが出会う北朝鮮のお母さんたち(との不思議な連帯感)、主役の二人と関わりながらドラマに深い味わいと強い余韻を残してくれる「サブ・カップル」の存在(ソ・ダンとク・スンジュン)等々、多彩なキャラクターを配したキャスティングが、これまた超絶妙。その誰もが個性的で感情表現豊か。役どころにふさわしい見事な演技で、しっかり脇を固め楽しませてくれる。その中でも主役の二人、特にユン・セリ役のソン・イェジンの演技力・表現力は感動もので、「凄いなあ、巧いなあ」と何度唸らされたことか。一躍、大ファンになってしまった。

で、さらに「観ているだけで気分が良くなる」のは何故か?

ネットの記事で「7回観た」という女性が「ジェンダー的安心感がある」と語っていたが、「なるほど、そういうことか」と思う。やはり二人の間に漂う空気感がとてもイイのだ。

旧いタイプの男と女(の恋愛)ではない「対等な男女の恋愛」……決して自分の考えを押し付けることなく、お互いを心から思いやり、(南北に引き裂かれる状況下)全身全霊、愛する存在を守ろうとする二人の姿そのものが、観る側の“心地よさ”を誘う強烈な磁力となって全編に行き渡り、ドラマの魅力を一層押し上げている気がする。(それ故、私たちの感性と理性もより解放された状態で、二人(の純愛)と向き合うことができ、その壮大なファンタジーに心置きなく酔いしれることができる…というわけだ)

その意味で『愛の不時着』は、「フェミニズムが盛り上がっている」と言われる韓国エンタメ界が目指す方向性がはっきり表されたドラマであり、そこに私たちが見慣れたステレオタイプな男女(の恋愛)など出てくる余地はない。だからこそ「心地よい」し、“基本、恋愛モノは観ない”はずの自分もどっぷりハマったのだと思う。

ということで、今日の〆は、前出の“リ・ジョンヒョクの呟き”と対になる、第5話でのユン・セリの印象的な台詞と、IUが歌う『愛の不時着』のOST『心を差し上げます(Give You My Heart / 마음을 드려요)

https://www.youtube.com/watch?v=7PjmLRG0UyU

インドではこう言う

“間違って乗った電車が時には目的地に運ぶ”

 

私もそうだった

私の人生は―― 乗り間違いの連続

だから一度は途中で 全て投げ出したくて

どこにも行きたくなくて―― 飛び降りようとした

 

でも今の私を見て

とんでもない乗り間違えで、

なんと38度線を越えちゃった

 

でもね

思いどおりにいかなくても―― 将来を考えてみて

私は 私が去ったあとも―― あなたには幸せでいてほしい

どんな電車に乗っても――  必ず目的地に着いてほしい


P.S.

その他オススメは、『愛の不時着』の挿入歌を歌った歌手「IU」と、映画『パラサイト』にも出ていた俳優イ・ソンギュンがダブル主演を務める『マイ・ディア・ミスター~私のおじさん~』(ソウルの下町を舞台にした、社会派ドラマ。タイトルからして、とても地味に見えるが、出てくる町に、店に、部屋に、仕事場に、人の情けが沁み込んでいるような、実に奥の深い感動作……にしても、韓国の俳優は皆、素晴らしい!と唸りっぱなしの全16話)

そして、もう一つ。イ・ビョンホン主演の『ミスター・サンシャイン』(全24話)。舞台は20世紀初頭、李朝末期の漢城(現ソウル)。自国朝鮮の主権を守るために「日本軍」と戦う義兵たち(その中に、ヒロイン「コ・エシン」も)と、朝鮮に生まれながら身分的迫害により「奴婢」の両親を失い、幼くして国を逃れ、黒髪の米軍将校として母国に舞い戻った「ユジン・チョイ」(イ・ビョンホン)、そして、それぞれのアイデンティを賭けて戦う人々の物語。(言うならば、名もなき者たちの抗日戦争史。その中に、笑いあり、涙あり、LOVEあり……私的には「コ・エシン」役の女優キム・テリの魅力に圧倒&メロメロ。「いい役者は、顔のみならず、声がいい!」と改めて思った)

 

2020/07/22

「れいわ」の、明日はどっちだ!?



 東京では連日3桁の新規陽性者が確認され、第2波の懸念が高まる中、今日(22日)、東京を除外した形でスタートした「Go Toトラベルキャンペーン」。ネット上で誰かが「令和のインパール」と呼んでいたが、正にそんな感じ。
戦後75年。相変わらず日本人は間違っていると分かっていても、一度動き出したものを止められない。責任を誰もとらない。そして、そのしわ寄せは私たちのもとにやってくる。
(この間の政府の迷走は「総理の求心力が落ちたせい」と語る人がいるが、そんなバカな…ドイツのメルケルさんのように有能なリーダーならともかく、憲法改正以外に関心のない無能な総理大臣の求心力が落ちたところで何の問題があろうか。むしろ有能な人間が力を発揮しやすい状況が生まれて“メデタシ”では?と思うのだが、この体たらく……要するに、バカの周りはみんなバカだった。というだけの話)

さて、「れいわ新選組」に激震が走った大西つねき氏の「命の選別をするのが政治」という発言の件。(前回のブログでも少し触れたけれど)

この間、私も「れいわ」の支持者の一人として、事の成り行きを注視していたが、意外なことに支持者の中には、大西氏の発言を「優生思想ではなく、尊厳死に関わる発言であり彼自身の死生観を表明したもの」「多様性を尊重する“れいわ”らしく、その考えの多様性を認めろ」「救急救命のトリアージも命の選別ではないか」等々、アクロバティックな擁護を執拗に繰り返す人が多くいるようで……「こういう人たちと連帯していたわけか」と、正直、ちょっとがっかり&複雑な気分。
(既成政党にない“自由で緩いつながり”が持ち味の政党らしく、色々な考えの支持者がいていいとは思うが、「あなたは生きているだけで価値がある」「生産性で人間をはからせない」という山本代表の強い意志がこもった言葉を、この貧しくも自由な寄り合い所帯の精神的・思想的支柱として、また、生き方も考え方も異なる“無縁者”同士をつなぐ唯一の方針あるいは党是として、それぞれが脳裏に焼き付け、彼らを支持し、歩んできたのではなかったのか?)

というわけで、もう一度、気分が悪くなるのは承知の上で、再度公開された大西つねき氏の発言を確認してみた。
(当初は大西氏自ら「浅はかな発言、大変申し訳ありませんでした」と謝罪。その動画を削除したのだが、彼を擁護する人たちの声に押され罪悪感が消し飛んだのか、「除名処分」が下る前に「自分の言ったことを隠すのは本意ではない」と発言への謝罪を撤回。再び動画を公開……という、“口あんぐり”の展開)

「どこまで高齢者を長生きさせるのかっていうのは、我々真剣に考える必要があると思いますよ。なんでかと言うと、介護の分野でも医療の分野でも、これだけ人口の比率がおかしくなってる状況の中で、特に上の方の世代があまりに多くなってる状況で、高齢者を……とにかく死なせちゃいけないと、長生きさせなきゃいけないっていう、そういう政策を取ってると、これ多くのお金の話じゃなくて、もちろん医療費とか介護料って金はすごくかかるんでしょうけど、これは若者たちの時間の使い方の問題になってきます。どこまで高齢者をちょっとでも長生きさせるために、子どもたち若者たちの時間を使うのかということは、真剣に議論する必要がある。こういう話、たぶん政治家怖くてできないと思いますよ。命の選別するのかとか言われるでしょ。命、選別しないと駄目だと思いますよ、はっきり言いますけど。何でかっていうと、その選択が政治なんですよ。選択しないで、みんなにいいこと言っていても、たぶんそれ現実問題としてたぶん無理なんですよ。だからそういったことも含めて、順番として、その選択するんであれば、もちろん、高齢の方から逝ってもらうしかないです」

あらためて文字に起こしてみても、気分の悪さは変わらない。
特に引っかかるのは「どこまで高齢者をちょっとでも長生きさせるために、子どもたち若者たちの時間を使うのかということは、真剣に議論する必要がある」という部分。これは『誰かの貴重な時間と命のためには、別の誰かの命が犠牲になる必要がある』と言っているのと同じこと。延命治療の「尊厳死」の問題とは本質的に異なるし、医師たちが治療の優先度を決めて選別する救急救命時のトリアージの考え方に沿うものでもない。
(もちろん、国民の生命と生活を守ることを最大の責務とするはずの政治家が“真剣に議論”すべきことでもない)

で、さらに驚かされた「高齢の方から逝ってもらうしかない」という一言……「逝ってもらう」とは、まだ生きている人を「死なせる(=殺す)」》ということ。
「生きているだけで価値がある」「生産性で人間をはからせない」と高らかに宣言し、重度障害者の二人を参院選候補者として擁立し、国政の場に送り出した政党のど真ん中に、こういうことを平然と語る人間がいたのだから、山本代表をはじめ党内が揺れに揺れていたのは当たり前。それによって受けたダメージの大きさも計り知れない。

(除籍処分後、大西氏は記者会見の席で「自分はいつ死んでもいいという覚悟なんだ」と、自身の“死生観?”を再度表明していたようだが、公の場で「いつ死んでもいい」などと言うのは、「覚悟」でも何でもない。単に「命」に対して重みを感じていないだけのこと。これほど自分の命を軽く見ている人が、国民の生命を守れるわけがない。彼が今後どういうアクションを起こすかは知らないが、絶対に政治家にしてはいけない人間だと思う)
 
というわけで、「大西氏問題」が一応収束した現在も、「れいわ」を支援・支持してきた人間として、「この先、一体、どうなっちゃうんだろう?」と、れいわの“明日”がとても気になっている……(最悪「解党」ということもあるのかもしれないが、今はただ、彼ら自身がイメージしていた「引き裂かれを統合しながら進んでいく力」が、しっかりと備わっていることを信じたい)

2020/07/10

都知事選・雑感ほか

「たどりついたらいつも雨降り」…

懐かしいモップスの歌じゃないが、ここ数ヶ月(というか何年も前から)日本も世界も、そんなことの繰り返し。


                              (バックで弾いている一徳さん、カッコいいね~)

朝の日課だったニュース(「あさちゃん」「モーニングショー」「サンモニ」など)を観るのもイヤになり、NHKはもとより(「チコちゃんに叱られる」もとっくに飽きたし)、最近は地上波の番組は全くと言っていいほど見なくなった。(その分、BSはよく見ている。BBC、F2、ZDF等のワールドニュース、火野正平の「こころ旅」、グレートトラヴァース、世界街歩き、世界ネコ歩き等々)

そんな状況下、人の神経を逆なでするように定期的に送られてくる郵便物「NHK放送受信料払い込みのお願い」……(JCOMと契約している時は「団体加入」なので否応なく口座から引き落とされていたが、2月にテレビとインターネットを「ソフトバンク光」に切り替えたため、個人宛に口座振替申込ハガキや払込用紙が送られてくるようになった)

第2次安倍内閣発足以来、(どの時間帯でも)NHKのニュースには失望と憤りしか感じたことがなかったので、当然のようにハガキも「払込用紙」も、ガン無視。
ただ、このまま黙って支払を拒否し続けるのもイヤなので、先日「NHKふれあいセンター」に電話して、こう伝えた。
「現在のNHKは公共放送ではなく、政府の広報機関(報道局=広報局)だと思っているので、料金を払う意思はありません。もちろん、市民の代表として権力を監視するという本来の役割に基づき、真っ当なニュース・報道がなされるのであれば、ちゃんと支払います」

すると、何か文句を言われるでも、忠告を受けるでもなく、淡々とした口調で「その旨、上に伝えておきます」の一言(私と同じ理由で「支払いを拒否」する人が多いのだろうか。実に事務的な対応)。BS分だけは支払うつもりでいたが、当分、どちらも払う必要はなさそうだ。

さて、7月5日投開票だった「都知事選」の雑感……

大方の予想通りに「テレビによく出ていて、テレビが応援している(としか思えない)」現職・小池百合子の圧勝。
(私も読んだ30万部のベストセラー『女帝・小池百合子』…とても面白かったが、読み終えた後、心に残るのは「虚しさ」だけ。小さな嘘に大きな嘘を重ねてのし上がる人生に何の歓びがあるのか…♪こ~んな女に誰がした~)。
山本太郎と「れいわ新選組」を応援し続けている身としては「ターミナル駅の熱狂」が茶の間に届かない現実を昨年夏の参院選に続き再び突き付けられた感じ。(「れいわ新選組」もそれを見据えて“ネットから地域社会へ”“駅頭からどぶ板へ”的に戦術を立て直さないといけないのでは?)
また今回改めて思ったのは、「弱者への共感に欠けている」(NHKのアンケート調査)と思われている小池百合子が60%以上の票を獲得し、レイシスト中のレイシスト「桜井誠」が18万票近くもとったように、日本は国全体が差別的・排他的国家になりつつあるのでは?ということ。
そんな“いじめ礼賛国家”(生活保護費削減が当前のように容認される国)に生きる人の多くが為政者に求めるものは「弱者への共感」であるはずもない。(しかも「弱者への共感を求めない」という傾向は弱者の側にいる人たちに多いという謎)
そう捉えれば、「弱者を守る政策」を前面に打ち出した山本太郎(と宇都宮健児)が負けるのは必然。と言えるのかもしれない。

まったく、腹立たしいやら、バカバカしいやらだが、“こちら側”に「弱者」以外にアピールする政策が乏しく思えるのも事実。今後「れいわ新選組」が政権に近づくためには、「弱者を守る政策」プラスアルファ(経済的に余裕のある高齢者や所得中間層にも積極的にアピールできる政策等)が、どうしても求められるのではないだろうか。と思う。(国政マターの「所得税減税」を、都知事選でアピールしたのも逆効果だったかも)

それらをトータルに捉えて、党勢拡大のベースとして勝手にイメージしているのは、「反緊縮統一戦線」みたいなもの……人種差別や排外主義も、結局のところ「緊縮財政」と大きくリンクしているわけだから。
(その意味で、同じ野党とはいえ「緊縮財政」に固執する党とは安易に与しえないだろうし、そういう党に期待しても意味はない。元「立憲パートナーズ」としては残念なことだが)

……で、少し前、ネットで知ったのだが、「れいわ新選組」の公認候補にもなっている「大西つねき」が、自身がアップした動画の中で「命は選別しないと駄目。その選択が政治なんです。高齢の方から逝ってもらうしかない」という、“内なる優生思想”駄々洩れのとんでもない発言をしたようだ。(自ら動画を確認したが、確かにそう言っていた)

それに対して、山本太郎代表が「立党の精神と反するもので看過することはできない」としながら、「大西氏を除名するという判断はこちらにとっても簡単なことではあるが、それでは根本的な解決にはならない。多くの人々の心の中にもあるであろう何かしらかの優生思想的考えに、光が当たったことを今回はチャンスと捉え、アジャストする責任が私たちにはあると考える」と述べつつ「大西氏には、命の選別の問題に生命尊重の立場から、取り組んでいらっしゃる方々にレクチャーを受けて頂き、命について真摯に向き合うチャンスを与えたいと思う」という、有権者に対する明確な謝罪なしに、言い訳っぽいかなり甘めの見解を表明していたが、学校や職場の誰かの発言ならいざ知らず、公党の公認候補者による「命の選別をするのが政治」という発言は、どんなに贔屓目に見ても“教育的指導”ではなく、一発レッドカード、即退場が妥当では?
第一、優生思想を持つ人を、再教育して政治家にする必要などあるはずもないし、そんな政治家を誰が欲するだろう。(当然、私は欲しない)

一難去ってまた一難。インターネットでの公開レクチャー後に党として大西氏の処分を決めるそうだが……「れいわ新選組」の明日はどっちだ!?

P.S.
特に理由もないのに、3カ月近くブログの更新が滞ってしまいました。

まあ、「自粛疲れ」&「Netflix(ネフリ)」に時間を取られすぎた為(韓国ドラマ『愛の不時着』に“どハマり”。長時間テレビの前に釘付けだった所為で、ギックリ腰になりかけたことも…)。と、軽く受け止めていただければ幸いです。

2020/04/20

「自粛」の日々の中で。


先日、生物学者・福岡伸一さんのこんな言葉を目にした。

《…つまり、ウイルスはもともと私たちのものだった。それが家出し、また、どこかから流れてきた家出人を宿主は優しく迎え入れているのだ。なぜそんなことをするのか。それはおそらくウイルスこそが進化を加速してくれるからだ》

《その運動はときに宿主に病気をもたらし、死をもたらすこともありうる。しかし、それにもまして遺伝情報の水平移動は生命系全体の利他的なツールとして、情報の交換と包摂に役立っていった。
いや、ときにウイルスが病気や死をもたらすことですら利他的な行為といえるかもしれない。病気は免疫システムの動的平衡を揺らし、新しい平衡状態を求めることに役立つ。そして個体の死は、その個体が専有していた生態学的な地位、つまりニッチを、新しい生命に手渡すという、生態系全体の動的平衡を促進する行為である。
かくしてウイルスは私たち生命の不可避的な一部であるがゆえに、それを根絶したり撲滅したりすることはできない。私たちはこれまでも、これからもウイルスを受け入れ、共に動的平衡を生きていくしかない》(4/6朝日新聞デジタルより)

言うならば「新型コロナウイルス」は、みんなが忘れかけた頃にふらっと家に帰ってくる「フーテンの寅さん」のようなもので、(感染から身を守る必要はあっても)戦うべき相手ではないということ。世界中で感染爆発が起こり、死者が続出する現状は、何とも辛く、悲しく、不自由なことこの上ないが、「ウイルスと共生する新しい生活」にお互いが慣れていくしかないのだと思う。

さて、外出自粛の日々が続く中、急遽加入した「ネットフリックス(Netflix)」で映画やドラマを楽しむ時間が増えた。(もちろん、朝のTVやネットでのニュースチェックは欠かせず、“ムカムカうんざり”の時間も増えたが…)

映画はすでに『サニー 永遠の仲間たち』(2011年)、『大統領の理髪師』(2004年)、『新感染 ファイナルエクスプレス』(2017年)の韓国映画3本&マット・デイモン主演の「ジェイソン・ボーン」シリーズ3本と『コンテイジョン』(2011年)の計7本。(すべて面白かったが、特にオススメは「サニー」!)

ドラマは主演・小林薫の「深夜食堂」をシリーズ1の頭から観だして、すでに26話目(この時期、こういう奥深い人情ドラマが染みる)……観ているうちに定番の「豚汁」をはじめ、「あさりの酒蒸し」「バターライス」などが食べたくなって、晩メシで“実践”することも。
(「豚汁」はツレの十八番。今までは豚小間で作っていたが、「深夜食堂」を観て豚バラに。ぐーんとコクが増した感じ。「酒蒸し」は刻んだニンニクを入れて蒸すのがコツ。炊き立ての白飯に小さじ1杯ぐらいのバターを乗せ、醤油を少し垂らして食べる「バターライス」も、旨し!)

という具合に、「外出自粛」をできるだけ前向きに捉え、時折友人たちとメールや電話で情報交換を行い、普段通りに政権・政策を批判しながら、今ある生活をできるだけ楽しむようにしているのだが、世間には「こんな緊急時に政府を批判するな」(いつなら批判すべきなの?)、「責任の追及、糾弾はウイルスが終息してからにしろ」(追及も糾弾もリアルタイムじゃなければ意味ないと思うが?)、「安倍さんも小池さんも頑張ってるんだから…」(「頑張ってるから」といって、間違った方向の努力を肯定しても良いわけ?)などと、70年以上も民主主義体制を採用してきた国の主権者とは思えないような言葉を大っぴらに発信する人たちも多いようで(糸井重里、山下達郎、スガシカオ、太田光、テリー伊藤など)……

 中でも引っかかったのが「責めるな。じぶんのことをしろ」という糸井重里氏の呟き。
(その前にも彼は「わかったことがある。新型コロナウイルスのことばかり聞いているのがつらいのではなかった。ずっと、誰かが誰かを責め立てている。これを感じるのがつらいのだ」と呟き、それに対して“真っ当な”右翼団体・花瑛塾が「それは殺されようとしている民が殺しにかかる権力を責め立てているのです。怒りの抵抗の声です。もっともっとよく感じ、つらくなりなさい」と返していたが……もちろん私は「花瑛塾」に“一票”)

「責めるな。じぶんのことをしろ」などと公然と呟けば、「あなたも私たちにかまっていないで、どうぞ自分のことをしてください」と速攻で返されるのは容易に推察できること。名コピーライター・糸井重里が「自家撞着」という言葉を忘れるはずもないだろうに…やはり駿馬も老いるか……と、がっかりすると同時に、少し淋しくも思った。
(「批判するな」を「責めるな」に置き換えているのも彼一流のレトリックだろうが、「あざとさ」だけが浮き立つ感じ)

というわけで、太宰治『御伽草子・浦島さん』の一節。(「浦島さん」と「亀」の掛け合い)

浦島は苦笑して、「身勝手な奴だ。」と呟く。亀は聞きとがめて、
「なあんだ、若旦那。自家撞着してゐますぜ。さつきご自分で批評がきらひだなんておつしやつてた癖に、ご自分では、私の事を浅慮だの無謀だの、こんどは身勝手だの、さかんに批評してやがるぢやないか。若旦那こそ身勝手だ。私には私の生きる流儀があるんですからね。ちつとは、みとめて下さいよ。」と見事に逆襲した。

要するに、〈個別の批判内容〉を批判するのではなく、〈批判すること〉自体を批判すると、糸井さんのみならず誰もが自家撞着に陥るということ。「心をひとつに」とか「国民(日本全体)が一丸となって」とか、同調圧力が強まりやすいこの時期、特に気を付けないと。

P.S.
最近、「コロナウイルス」関連で、特に印象深かったのは、京都大学・ウイルス再生研の宮沢孝幸先生の「ウイルスの性質を周知することで、感染機会の80%削減を目指し、経済活動の崩壊を防ぐ」という主張。
北大の西浦教授や白鷗大学の岡田先生が言う「接触機会80%減」ではなく、「感染機会80%減」……「この日本で接触機会80%減なんて、どう考えても無理じゃない?」と思っていた矢先、宮沢先生の一連のツイート及び解説動画(なぜか、今は非公開になっているが)を見て“目からうろこ”。とても優れた提案だと思った。
 
 

2020/04/02

雑感(「コロナ」にまつわる色々)


 
映画は我慢(我慢して我慢して、やっと解放された時に、アップリンク、武蔵野館、Ks cinema、シネマ・ロサ、ポレポレ東中野などなど、自分の好きな映画館は残っているのだろうか?早く補償を!)。飲み会は中止。友人に誘われて行くはずだった「ラグビートップリーグ」も「ウーマンラッシュアワー村本独演会」も延期。カラオケ・食べ歩き当然ムリ。まして、海の向こうへ旅に出るなど叶わぬ夢のようなもの……
(なぜか急に、30年前に家族で行った「佐渡金山」の蝋人形の声を思い出した。
「酒も飲みてえー、メシも食いてえー、馴染みの女にも会いてえなー」)

「不要不急の外出」を控えて思うのは、「不要不急」のことこそが人生を豊かにしているということ。

さて、「1日に東京で確認された感染者66人の約7割が40代以下だった」とか、今日もテレビは「コロナ」で持ち切り。
(今なお続く混雑した電車での通勤という日本特有の事情がもたらした結果…だとすれば状況はなお深刻)

中でも驚かされたのは(というか呆れたのは)、1000万人以上が住む東京で、受け入れ可能な病床が500床しかなく、それすらもうほとんど残っていないということ(五輪延期が決まった途端に118床だったことが明らかになり、それからやっと500床……これじゃあPCR検査なんてやれっこないわ)。ここ2ヶ月の間、東京都は一体何をしていたのか?「医療崩壊」以前に行政が崩壊しているとしか言いようがない。

一方、政府はと言うと…相変わらずグダグダと「所得補償」なき「自粛要請」を繰り返すのみで、真っ先に発表されたのは「五輪の日取り」と「五輪の予算の確保」、そして「1住所あたり2枚の布マスク配布」。
(マスク2枚???……昨日、それを聞いたとき、あまりのバカさ加減に、怒りを通り越して、笑ってしまった。「エイプリルフールだったか、今日は!」という感じで。もちろん、嘘でも冗談でもなかったけれど)
 
アメリカ:年収800万円以下の大人1人に13万円、子ども1人に6万円を直接給付(しかも家賃支払い・納税猶予)、
イギリス:フリーランスを対象に、月額33万円を上限に所得の8割補償、
ドイツ:フリーランスに対し最大3カ月間・最大9000ユーロ(約108万円)の給与補償(一例として、フリーランスの日本人夫婦に対し日本円で60万円ずつ計120万円振り込まれたとの呟きあり)、
香港:現金14万円支給、韓国:所得下位70%の世帯に最大9万円支給、
イタリア:30万円以上支給、フランス:休業補償(全額)、スペイン:休業補償(全額)等々。

で、我が日本はマスク2枚(&フリーランス1日あたり4100円)って……
さすが「竹槍でB29を撃墜せん」とした国。「まさにワンチームで」とか言いながら、
コロナとの戦いにも「欲しがりません勝つまでは」の精神で臨めというメッセージだろうか。
(要するに政府及び自民党は、当然果たすべき「生活者支援」を“施し”のように思っている証拠。大体、マスク2枚をそれぞれの住まいに届けるのに、どれだけの費用がかかるのか?なぜ、その金と手間を直接的な生活支援である「現金給付」に回せないのか!)

最早(というか以前から)現政権にとって、国民は主権者ではなく、殴ろうが何をしようが逆らわず、わずかな“施し”で黙って働き、従う「奴隷」のようなものなのだろう。

その「奴隷」の側の一人として言わせてもらえば「もう、我慢の限界」……

(既に負けている)コロナとの戦いを契機に、安倍政権との戦いは「やるか、やられるか」の段階に入ったようだ。
(「民主主義の危機」どころか「生存権の危機」。一日も早く政権の座から引きずり降ろさないと、「自己責任」の名のもとに、こっちがくたばってしまいそう)