2015/07/05

2か月間の映画メモ①



今さら……という気もするが、5月~6月に観た映画の感想を。(一部長め、ほとんど短め)

◎『国際市場で逢いましょう』(監督:ユン・ジェギュン/製作国:韓国)
 516日(土)、シネマート新宿にて鑑賞

1950年に開戦した朝鮮戦争の激動と混乱の中、避難民が釜山で形成した国際市場を舞台に、家族のために生涯を捧げた一人の男(ドクス)の人生を描いた作品……個人の生き様を通して、その国の近現代史を振り返るという点で、高度成長期の世の中に的を絞り、庶民の生活をノスタルジックに描いた『ALWAYS三丁目の夕日』あるいは『わが家の歴史』(三谷幸喜作のTVドラマ)と似通った作りにも思える。が、作りは似ていても歴史も感性も異なる隣国のお話。「親世代への感謝の言葉を伝える映画」と監督自身が語るように、近代史的描写をふんだんに盛り込みながら、世代を超えて共有できる「国民の物語」を作りだそうとするアプローチの仕方、そしてスクリーンに漂う民族的情念の熱さ・濃さがまったく違う。
当然、その“熱さと濃さ”がこの映画の魅力になっていると思うのだが、そもそも私は日本の愛国エンタメ同様、そういうテイストが好きじゃない。だから、韓国映画らしく「泣かせ上手」で飽きずに楽しめ、私たち日本人にとっては隣国の近代史の一端に触れることのできる稀有な作品として評価したい一方、素直に「面白かった!」とは言い難い微妙な後味が残る。

で、内容的にどの辺が気になるかと言うと、主人公ドクス個人の歴史に近現代史の中の大きな事件をこじ入れたにも関わらず、「政治色を排除したい」という意識が強すぎるあまり(?)、彼が経験した辛苦の根本的原因であるはずの「時代」や「国家(権力)」の問題が完全に抜け落ち、「家族のために自分を犠牲にした(偉大な)男」をクローズアップすることで、すべての原因を「家族」のものにしてしまっているところ。(ラスト近くのドクスの独白「この厳しい世間の荒波を我々の子どもではなく我々が経験してよかった」という言葉が胸に沁みるだけに、多少なりとも“世間の荒波”に対する視点や態度を盛り込んでほしかった)

そのあたりは、「ナショナリズムの強い」国と国民への配慮だと思うが、政治的に無色なほど政治的に利用されやすいもの。苦難の歴史に触れながら、その暗部に近づくことなく、民族の生い立ちを情緒的になぞるだけでは、現在的「想像の共同体」を束ねる上での格好の材料として、意図せぬまま政治的に使われ、いいように消費されてしまうのでは?という危惧すら感じてしまう。
というわけで、政治色を排除した“笑いあり涙ありの人情物語”で感情の爆発を誘い、他国の人が感じ得ないナショナリズム的カタルシスを生み出すような映画には、製作国に関係なく、あまり高い点はあげたくない。(因みに韓国の老人貧困率はOECD国家の中でも断トツの48.1%。「親世代への感謝の言葉を伝える映画」を、いまこの時期に撮る必然&観る必然が、韓国内にはあったのかもしれないが…)

※観終った後、映画館の出口に待機していた「ぴあ」の調査員に「『国際市場で逢いましょう』を観られた方ですか? 点数を付けると何点でしょう?」と聞かれ、付けた点は“微妙”レベルの「80点」。「100点!サイコー」と叫ぶ中年女性の声を背中で聞きながら、呑み会の席へ急いだ。

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