社会の片隅で生きる人々のつつましい連帯と隣人愛、最小限のセリフの合間にきらりと光るユーモア、さり気ない人情と善意が織り成す豊かな情景、そして忘れえぬハッピー・エンディング……
渋谷ユーロ・スペースで観た映画『ル・アーヴルの靴みがき』は、EU圏に重く横たわる不法移民問題に材を取りながら、北フランスの小さな港町を舞台に、その裏通りに暮らす人々の人間模様を描いた名匠アキ・カウリスマキの新作だ(前作『街のあかり』から5年ぶり)。
その印象を一言で言えば、とても「地味」な作品(タイトルも地味ですが)。映画的に期待するような派手な事件などは起らない。目を奪われる美男も美女も登場しない。それどころか登場人物は皆、感情を出すのを忘れたかのように素っ気ない表情……でも、何故か観ているうちに世知辛い世間からちょっとずれて生きている人々が醸し出す、優しさとユーモアと愛らしさに魅了されていくから不思議だ。常に弱者に寄り添う低い目線で世の中を見つめてきた監督ならではの演出術ということなのだろうか。悪人らしい悪人も出てこない。
その分、酒とレトロな音楽(古いロックンロール)、哀愁漂う風景&抑えた色調の室内装飾など、独特のセンスでえも言われぬ情緒を醸し出すカウリスマキ・ワールドは全開。衣装や小道具も印象的だ。カフカの短編集、店先のパイナップル、慎ましく皿にのるオムレツ、妻の黄色いワンピース、満開の小さな桜の木……これから長い月日を経ても、すぐに記憶の中から取り出すことができると思えるほど、目に焼きついて離れないシーンの連続。私は“大酒飲み&ヘビースモーカーの名匠”の魔法に掛かって、すっかり気持ちよく酔わされてしまった。
しかし、ベロンベロンで撮影現場に現れて、こんなに粋で温かい映画を作ってしまうとは本当に何という監督だろう。「不法移民問題」というヘビーな題材を扱ったにも関らず、庶民の心根とも言うべき“静かな抵抗精神”を温かく描きながら、極上の癒やし系作品に仕立ててしまう離れ業……“ファン”と言えるほど多くの作品に接していない私を含め、きっと多くの人が改めて「アキ・カウリスマキ」という稀有な存在を心に留めておきたくなる一作。ぜひ、至福の時を劇場で。
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