2021/08/18

戦後詩、一篇


神の兵士  鮎川信夫


死んだ兵士を生きかえらせることは

金の縁とりをした本の中で

神の復活に出会うよりもたやすい

多くの兵士は

いくたびか死に

いくたびか生きかえってきた


(聖なる言葉や 永遠に受けとることのない 不思議な報酬があるかぎりは――)

 

いくたびか死に

いくたびか生きかえる兵士たちが

これからも大陸に 海に

幾世紀もの列をつくってつづくのだ

 

(永遠に受けとることのない報酬は 無限の質だ!)

 

19445月のある夜……

ぼくはひとりの兵士の死に立会った

かれは木の吊床に身を横たえて

高熱に苦しみながら

なかなか死のうとしなかった

青白い記憶の炎につつまれて

母や妹や恋人のためにとめどなく涙を流しつづけた

かれとぼくの間には

もう超えることのできない境があり

ゆれる昼夜灯の暗い光りのかげに

死がやってきてじっと蹲っているのが見えた

 

戦争を呪いながら

かれは死んでいった

東支那海の夜を走る病院船の一室で

あらゆる神の報酬を拒み

かれは永遠に死んでいった

 

(ああ人間性よ……この美しい兵士は 再び生きかえることはないだろう)

 

どこかとおい国では

かれの崇高な死が

金の縁とりをした本の中に閉じこめられて

そのうえに低い祈りの声と

やさしい女のひとの手がおかれている


※特に印象的な一節〈戦争を呪いながら かれは死んでいった 東支那海の夜を走る病院船の一室で あらゆる神の報酬を拒み かれは永遠に死んでいった〉……〈あらゆる神の報酬を拒み かれは永遠に死んでいった〉とは、神格化を拒否するという意味。

「愛する人を残し戦場で尊い命を祖国の為に捧げたご英霊」などと、決して美化してくれるな、という痛切な叫び。

P.S.

オリンピック開催前「開催反対」約70%、開催後「やってよかった」60%超……

政治学者・中島岳志氏(東工大リベラルアーツ研究教育員教授)は「ここで(反対から“やってよかった”に)動いた層に関心がある」そうだ。何故なら「この層がファシズムを支える層だと思うから」とのこと。

 

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