2014/03/01

生命力あふれる一本



先日、昨年末に亡くなった友人の奥様から、故人への思いがこもった丁寧なお手紙(自筆の会葬礼状)を頂いた。

その中には、「彼が果たせなかった分も、これからも映画観てくださいね!」という一文も添えられ、4枚(4作品)の映画鑑賞券が同封されていた。

映画好きの私に対する粋な「香典返し」だろうか……その温かい心遣いに謝意を込めた返書を送り、今週の水曜日(26日)、その内の一本『ダラス・バイヤーズクラブ』を観てきた。

上映館は都内で3カ所、私は、よく飲み会で利用する店がテナントとして入っている新宿NOWAビル地下1階の「新宿シネマカリテ」へ。
上映開始1310分、レディースデーということもあり、開始10分前で席はSOLD OUT……さすが話題のアカデミー賞候補作品、100席にも満たない小さな映画館とはいえ予想以上の入りだった。

私の座席の両サイドは、それぞれ20代と60代(勝手な見立て)の女性……別に若かろうがオバサンだろうがどうでもよいのだが、この二人、「何が、そんなに可笑しいの?」と聞きたくなるくらい実によく笑う(クスクスじゃなくゲラゲラ)。それも決まってR15っぽいシーンや下ネタ系で……。
まあ、ある意味“オ・ト・ナ”の二人なのだろうが、ソレ的な場面は軽く流して主人公の内面やドラマの本筋に集中したい私としては、かなり興醒めで鬱陶しい。 
どうせなら、主人公のロン(マシュー・マコノヒー)が、エイズで死んだ俳優ロック・ハドソンの事を「『北北西に進路を取れ』を見たことがないのか」と、仕事仲間に“知ったか”で教えるあたりで笑って貰えると、ナイス!なんだけど。(『北北西に進路を取れ』の主演は、往年の二枚目スター、ケーリー・グラント)
と、余計な事に気を取られ少し集中力を欠いてしまったが、斯様に笑えるシーンやセリフも多く、重い題材を扱っていながら、悲壮感や説教臭さとは無縁の心動く作品……

ロデオを愛し、酒に溺れ、コカインをキメてコール・ガールと戯れる。そんな刹那的で荒れた日々を送るテキサス男(カウボーイ)が、突然(ゲイでもない)自分がエイズで余命30日と診断されたことに激しく動揺(物語の舞台は、1985年のテキサス・ダラス。ゲイ=エイズという盲目的な偏見に満ちていた時代)、容体を改善する良薬のないことに憤りつつ自ら未承認薬を手に入れ捌き、挙句は無料で配布する組織「ダラス・バイヤーズクラブ」を立ち上げ、国と製薬会社に必死の戦いを挑む……という実話に基づいたドラマを、殊更盛った描写もない誠実なカメラワークで、無知ゆえの偏見に満ちた一人の男の成長のプロセスとしてスクリーンに浮かび上がらせる。

で、この映画の一番の魅力は、何と言っても役者陣のスキルの高さ。まず、21キロの減量を果たして難役に挑んだ主演のマシュー・マコノヒーが秀逸。絶えず渇いた咳をしながら、刻々と痩せ細っていく様をリアルに体現し、ただ“生きたい”という強い意思だけで、社会と病に中指を立てて戦い抜こうとする男の切実な苛立ちとユーモアを、全身で感じさせてくれた。
そして、主人公のロン同様にエイズを患い、互いに反目しながらもいつしか彼のビジネス・パートナーとなるトランスジェンダーのレイヨンを演じた「ジャレット・レト」の息を呑むような輝きと存在感。高貴な哀しみ……とでも言おうか、内面から湧き出す優雅な美しさと眼差しで自身と他者の痛みを宥めながら、寛容で孤独なマイノリティを見事に演じていた。

映画は、ロンの生き様を象徴するように、彼が暴れる牛の背に跨り巧みに乗りこなすロデオシーンで終わる。必死に社会に抗い、まるでロデオのように、微かな希望にしがみつく人生……まさに生命力にあふれた一本ここにあり。(余命30日の宣告から7年後、ロン・ウッドルーフはエイズによる合併症でこの世を去ったそうだ)

※作品賞は『ゼロ・グラビティ』『キャプテン・フィリップス』『ウルフ・オブ・ウォールストリート』以外、未だ他の候補作を観ていないので何とも言えないが(4本の中では、断トツで『ダラス・バイヤーズクラブ』)、アカデミー主演男優賞・助演男優賞は、ぜひ二人に!

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