昨日、新宿武蔵野館で映画『建築学概論』を観ての帰り、JRの駅構内で変わった笑みを赤ら顔に浮かべながら近づいてきた高齢の男性に、いきなり「ねえ、その帽子、どこで買った!? シンジュク?」と声をかけられた。
「えっ?」と少し驚いたが、子供が欲しい物を見つけたような人懐っこい無邪気な目に促され「いや、フランス!」と即答(別に悪戯っ気を起こしたわけじゃなく、被っていた帽子は5月にパリを旅行した家人の土産)。すると涼しげなスーツで身を包んだ小柄な老人は目を丸くして「あっ、はっ、ヒュラ~○○××△△~」とよく分からない言葉を発し、残念そうに軽く手を挙げて去って行った。
これまでも、駅や街中で見知らぬ人(主に高齢者)に声をかけられることがよくある私だが、こんなに突然の“ダイレクト訴求”は初めてのこと(しかも「どこで買った?!」と命令口調だし)。
家への帰り道、《そういえば伊勢丹のメンズ館にも似たような帽子があったなあ、そっちを教えてあげれば良かったか》と思いつつ、別れ際の「ヒュラ~○○××△△~」が妙に可笑しく「あれは、何だったんだろうか?」と一人クスクス思い出し笑いをしてしまった。
やはり、何十万もの人々が脈動する街は出会いと笑いの宝庫(イヤなことも目にするが)。こんな一期一会が心に残り、話のタネになるのも、自由気ままに出かけられる身体と好奇心があればこそ……
というわけで、長くなりそうな話を無理やり時系列的に戻して、韓国映画『建築学概論』。
タイトルはカタいが、韓国で恋愛映画の興行成績を塗り替え、「初恋旋風」なる大ブームを巻き起こしたという切ないラブストーリー(特に男性の共感と強い支持を得て、「もう一度見たい映画No.1」にも選ばれたらしい)。
建築家の男性が、10数年ぶりに出会った大学時代の初恋の女性に「私の家を建ててほしい」と依頼されたことにより動き出す二人の関係を、過去の記憶と現在の交流とを交差させながらダブルキャストでお互いのドラマを綴っていくという作品だ。
で、“切ないラブストーリー”と言うからには、オヤジ的にその切なさの質というものが問題なわけだが、さすが損はさせないコリアン・ムービー、恋愛モノのレベルも高く“泣かせて、泣かせて、ハッピーエンド”的な凡庸かつ鬱陶しい流れにはならない。もちろん、恋物語らしく全編に哀愁は漂うが、やや下品な笑いも緩衝剤的に効いているし、テーマの奥行を示すように、バイタリティ溢れるオモニ&娘思いの優しいアポジの存在も丁寧に描かれていて、あまたの女性や韓国男子のように(?)、中年日本男子が自身の淡い初恋を思い出して“胸キュン”なんてセンチメンタルかつノスタルジックな心象に酔うこともない(はず)。(客席のアチコチからすすり泣く声は聞こえたが)
でも、ふいに胸を走る一筋の切なさ……それは絶望的に幼かった自分の記憶を胸奥に留め、仕事や肉親との距離を見つめ直し、幾多の過去から決別せんと人生の岐路に立つ者たちの決心の痛み。「それぞれが抱えた痛みの意味を知り、切ない過去と途切れた心の関係を修復しながら前に進もうとするのが人生」とでも言うように、90年代の韓国の生活・文化を背景にして静かな情感を漂わせながら語りかける映像の力そのもの。
その誰もが手放せない「痛み」こそ、お互いが生きる意味であり生きる場所。初恋が結ばれない結末は、二人の新たな出発を告げる“正当なハッピーエンド”ではないだろうか、と思わせてくれる佳作だった。
0 件のコメント:
コメントを投稿