2012/10/29

「園子音」という希望



「それでも世界は美しい」……今月23日、新宿ピカデリーで観た映画『希望の国』のキャッチコピー(宣伝ポスター用)である。

前作『ヒミズ』で、3.11後の青春を圧倒的な迫力で苛烈に描き上げた「園子音」が、怒りと悲しみを込めて挑んだテーマは「原発」。
もしも再び大震災と原発事故が起こったら、日本はどうなる、あなたはどうする……と“近未来の「長島県」”を舞台に問いかける話題作だ。(「長島県」とは、広島、長崎、福島を連想させる架空の県名)

過激なエロスもバイオレンスも封印した園ワールド、果たしてどんな映画になるのか?「目に見えない戦争」に巻き込まれた人々の姿をどう描くのか……『ヒミズ』に出会った衝撃から半年、私の期待は膨れ上がり、事前に園子音が書いた同名の原作本まで手に入れた。

だから映画を観る前に、この作品に込めた園子音の思いは、彼が書いた「数」という長い詩を通して知っていた。(それ故に、更に期待が増幅し、絶対に観たくなった)

《まずは何かを正確に数えなくてはならなかった。草が何本あったかでもいい。全部、数えろ。
花が、例えば花が、桜の花びらが何枚あったか。それが徒労に終わるわけない。まずは一センチメートルとか距離を決める。一つの距離の中の何かを数えなくてはならない。例えば一つの小学校とか、その中の一つの運動場とか、そこに裂いている桜が何本とか、その桜に何枚の花びらがあったとか、距離と数を確かめて、匂いに近づける。匂いには必ず数がある。
その町の人口が何人だとか、その小学校に何人いたか、とか、例えばその日のその時間に何匹の虫が、何匹の蝶が、何匹の蟻が、何匹の芋虫が、いたか、をきっかり、調べるべきだ。俺の嗅ぐ匂いは詩だ。政府は詩を数字にきちんとしろ。
涙が何滴落ちたか、その数を調べろ。今度またきっとここに来るよという小学校の張り紙の、その今度とは、今から何日目かを数えねばならない。その日はいつか、正確に数えろ。もしくは誰かが伝えていけ。数えろ、少なくとも伝承の中で昔の物語のようにいい加減に伝えるには、一度でもいい、一回でもいい、一日でもいい、あるいは一秒かそこいらでもいい、その空間と、その位置で、その緯度で、その思いつきでもいい、その一瞬の中で、何かを数えてみるべきだ。伝えるべきだ。数えるべきだ。あるいは自分を数える。あるいは飢えた自分の歯並びを数える――自分を数えろ。お前はまず一人だと。
あるいはその歯茎の赤さを伝える。あるいは、その哀しみを伝えろ。数値に出せないと政治家に言わせるな、数値で出せ、と訴えろ。全てを教えろと言え、数値で出せと言え。

「膨大な数」という大雑把な死とか涙、苦しみを数値に表せないとしたら、何のための「文学」だろう。季節の中に埋もれてゆくものは数えあげることが出来ないと、政治が泣き言をいうのなら、芸術がやれ、一つでも正確な「一つ」を数えてみろ。》

……だが、映画を観終わった今、「果たして映画は、この詩の荒々しい悲しみとナイーブな怒りを十分に表現し得たのだろうか?」と少し複雑な思いがある。(正直、「詩」を超えていない)

「震災と福島を忘れて、生きていってはいけない」という一念で撮り切った「意欲作」であることは理解できるが、全体的に情緒が走りすぎて消化不良……というか、園子音らしいカリカチュアが活かされず、どこか構成や人物像が未整理のまま感情が疾走したようなチグハグさを感じる作品なのだ。だから印象的な美しいシーンや自然に涙を誘う愛のドラマがあっても、素直に感情移入できない居心地の悪さがある。
「それでも世界は美しい」というキャッチコピーも、思いとしては分かるが映画の内容から強くイメージできるものではなく唐突過ぎて胸に届かない。

だが、作家が生な感情で真っ直ぐに国家や社会に挑むというのは、こういう不可解な破綻も込みの話。その破綻の仕方こそ、闘う映画監督・園子音の魅力の一つではないのか、とも思う。

というわけで映画『希望の国』は、素直に「傑作」と呼べるものではなかったが、園子音が今の日本で最も注目に値する映像作家であるという、個人的評価に変わりはない。

そして、若松孝二が去った今、日本には園子温がいる。そのことが日本映画と私たちにとっての「希望」になってほしいと改めて思うのだ。次の作品に期待しよう。



2012/10/26

パーティーの夜が明けて。


福岡に住む旧知の友人が本を出した。タイトルは『私の展覧会クロニクル19782009(平野公憲著・論創社刊)

朝日新聞西部本社企画部及び文化部に籍を置いていた彼が、その30余年の「企画人生」の間に手掛けた美術工芸や歴史考古の展覧会の数々を、開催に至るまでのプロセス&エピソードを交えつつ綿密なデータと共に紹介したもの。(手に入れたばかりで、まだ読んでいないが装丁のセンスはなかなか良い)

で、その出版記念会が昨夜、市ヶ谷で催され、私も東京の友人と連れだって参加することに。

開演は午後7時。6時に駅で待ち合わせ、時間潰しに立ち呑み屋で一杯。最早、老害としか呼べない暴走老人・石原慎太郎や最近よく街で目にする“キレる高齢者”、そして巨人の小笠原&サッカーの本田の話などをしながら、ハイボール2杯で1時間。
3.11以降、何か世の中フワフワしている感じしない? メディアも復興や再生の成功例ばかりを取り上げて殊更“明るさ”を演出しているように思うし……世の中も自分の周りの生活も見え難いというか、妙に落ち着かないんだよね」という友の言葉に相槌を打ちながら、ほろ酔い加減でパーティー会場の「アルカディア市ヶ谷(私学会館)」へ。

受付で本代込みの会費(9000)を払い、会場へ入ったのはジャスト7時。招待客は5060人といったところだろうか、会が始まる前から各々グラス片手にラフな雰囲気で自由歓談……さて、どんな人たちが集まっているのだろうと辺りを見渡したところ、かつて苦楽を共にした懐かしい仲間の顔を発見、「おー、久しぶり!」と固く握手を交わしながら、“お互い会えただけでも、来た甲斐あり。これもヤツのお陰だね”と、会の主旨も忘れ三人で再会を喜びあった次第。(当然、改めての「飲み会」も約束)

その後は、会の進行もあまり気にせず、主賓夫妻や友人たちと自由に語らいながら、ウイスキー→ウイスキー→ワイン→ワイン→ワイン……といった感じでひたすら2時間あまり飲み続けたのだが、お開き間近、司会の方の「最後にどうしても話したい、何か言いたい、という方はいませんか?」という呼びかけに酔った勢いで即反応、「ハイ!」と手を挙げ飛び入り挨拶。
主賓である友人の個性・感性を讃えるべく若かりし頃のエピソードを披露したわけだが、思いのほか会場は盛り上がり、壇上を降りた途端、友人と主賓のカミさんに「流石だね」「良かったよ~、ありがとう」と褒められ喜ばれ、帰りのエレベーター前で見知らぬご婦人方から「面白かったわ~」「もっとお話、お聞きしたいわ」と甘い声(?)をかけられるほど“大ウケ”。

挨拶や演説が苦手な男の突然の暴走……主賓には迷惑だったかもしれないが、懐かしい友との再会の歓びに加え、久しぶりに「いい仕事」をしたようで、気分の良い夜になった。(でも今日は、ネコも嫌がる宿酔)

2012/10/17

きっと「良い負け」。日本VSブラジル戦


0-4で惨敗した昨夜のブラジル戦。

当然、結果は喜べるものではないが、1-0で勝ったフランス戦より内容的に見応えのある面白い試合だったし、私的には想定内の「玉砕」なのであまり悔しさはない。(1-2もしくは1-3くらいの淡い期待は持っていたが)

まあ、いくら日本が成長を遂げていると言っても、世界のトップも同様に進化し続けているわけで、卓越した個人技をベースに組織としても意思統一された今のブラジルにガチで勝負を挑めば、こういう結果になるのは寧ろ必然。攻守の切替えの速さに為す術なく圧倒されてしまったのも納得のいくところ。(現在、ブラジルに真っ向勝負で勝てる力があるのはスペインだけのような気がする)

とにかくブラジルは全員がワールドクラス。その個の力が高いレベルで融合しているのを見ながら「上手いなあ」「凄いなあ」という感嘆の声しか出なかったゲームだが(中でもカカーとネイマールは別格)、世界のトップとの差(特にシュートの正確性と攻守の切替えのスピード)を確認できただけでも大収穫の一戦。日本代表もポゼッションはほぼ互角だったし、ブラジル相手にあれだけ速いパス回しができたのだから、それほど悲観する必要もない。
待望の1トップ本田、トップ下・香川のコンビネーションも良かったし、残り3分清武に代わりピッチに入った宮市亮の「やってやるぞ」という顔つきも今後に大きな期待を抱かせるもの(できれば、もっと早く宮市を入れてほしかったけど)。「負け」に良い負けも悪い負けもないが、今のままでは「世界のトップに通用しない」ことが明確になった昨夜の惨敗はコンフェデやW杯本戦に生かされる「良い負け」だと思う。

試合後、本田圭祐は「こうやって負けて、なにか不思議と悔しさ以上に楽しさの方が優先して、この先、こういう相手を負かすために頑張ることができると。非常に未来は明るいと。明日からの練習がまた楽しみやなと思えるような試合だったですね」と語り、点差ほどの力の差は感じていないと言い切ったが、その志&自分(たち)のポテンシャルに対する確信&飽くなき向上心がある限り、我が日本代表はもっともっと強く美しく輝けるはず。今後も希望を持って見守りたい。

さあ、次はW杯アジア最終予選オマーン戦(1114)、早く決めちゃおうぜ、2014年ブラジル行き!

大鹿村「珍道中」記


先週末は、30数年前の職場仲間2(律さん&O谷さん)3年ぶりのバス旅

12()の朝8時半に新宿バスターミナルで待ち合わせ、9時発の長野・飯田方面行きバスに乗り、1240分頃「松川」に到着。バス停まで車で迎えに来てくれた飯田在住のヨシカワ君(同じく昔の職場仲間)&彼の友人チフミさんの案内で美味しい蕎麦を味わった後、南アルプスの大パノラマを拝むために「大鹿村」へ。(「大鹿村」は、300年以上続く村歌舞伎の伝統を守り続けている所。故・原田芳雄主演の映画『大鹿村騒動記』で広く世間に知られるようになった)

タイミング的に名物の歌舞伎を観ることはできなかったが、舞台となった「大碩(たいせき)神社」付近をサクっと散策。『大鹿村騒動記』で主人公・風祭善(原田芳雄)が営む鹿肉料理の食堂として登場した「ディア・イーター」も映画のままの姿で営業しており(看板メニューは「鹿カレー」「鹿ハンバーグ」)、芳雄さんが暖簾からひょっこり顔を出しそうな不思議な迫力と野趣香る佇まいを見せていた。(繁盛している様子は全くないけど……)
ちなみに、ヨシカワ君もチフミさんも大鹿村の村民ではないが、エキストラとして映画に出演。歌舞伎の観客として出たので画面には映らなかったようだが、原田芳雄の遺作に参加でき「いい思い出になった」とのこと。(う~ん、とっても羨ましい)
で、肝心の「大パノラマ」は、その二人の的確な案内のお陰でバッチリ堪能。猛暑の影響で紅葉真っ盛りというわけにはいかなかったが、微かに色づき始めた山並みもなかなかの風情だった。

その後、宿泊先である信州まつかわ温泉「清流苑」へ。村営なのに黒字経営という大人気の宿らしいが、部屋も風呂も良いのに、「地産地消」を謳ったご当地料理がハズレ(山なのに魚料理が多すぎる。秋刀魚や鯖は「地産」なの?)。でも、気の置けないオモシロ優しいメンバーのお陰で、とても楽しい夜を過ごさせてもらい料理の不満も雲散霧消……

翌朝はサッカー中継(フランス戦)を観るため、私だけ5時前に起床。前半終了間際から観出したが、相手に押されながらも後半40分過ぎに今野の独走から長友→香川と渡って先制ゴール&1-0勝利。その興奮も冷めやらないまま朝風呂に向かったせいか、入浴後「脱衣カゴ」の位置を間違え、他人のバスタオルを堂々と使用した後、身に覚えのない下着に目がテンになっていた所で、「○○さんのカゴ、こっちだよ!」とヨシカワ君に慌てて注意される始末。とりあえず、他人の下着を履いてしまうような悲しい事故にはいたらなかったが、以降「他人のパンツを履こうとしたマヌケ男」というあらぬレッテルを貼られ、失笑の的にされたのは致し方なし。

まあ、そんな何やかやも良き思い出。前日に食べた蕎麦を再度味わい、ドラマの舞台になりそうな洒落たカフェで美味しいカプチーノを飲み、ゆっくり語らいながら短い旅の余韻に浸りつつ、たのし恥ずかし珍道中も無事終了……と、お世話になった地元の二人に3年後の再会を期して、新宿行きバスに乗り込んだのは1436分。

あとは帰るだけ「もう何事も起こるはずなし」と、ひたすらうたた寝を続けていたが、バスが大渋滞に巻き込まれ新宿に着くはずの1815分を過ぎても、まだ「八王子」付近をノロノロ。「深大寺」あたりから更に渋滞が激しくなるということでコチラも急遽予定を変更し「日野」下車を決定。それぞれ旅先で仕入れた野菜や果物が入った段ボールや荷物を抱えあたふたと降りたわけだが、多摩モノレールの駅も近く「ここで降りて大正解だったね~」とホッと一息ついたところで、バスの棚に愚息から貰ったばかりの帽子を忘れたことに気づき呆然。あ~、情けなや。

翌日(14)、旅の疲れも残る中、新宿バスターミナルまで受け取りに行く羽目に。「マヌケ」そのままのオチがついてしまった。













2012/10/10

黒ネコ・ジャック


先週の日曜(7)、我が家に生後5ヶ月の仔猫(オス)がやってきた。

雨の日曜日、「飼い主のいないネコを救う会」という地元のボランティア・サークル主催の「飼い主募集イベント」で見初めた真っ黒いネコだ。

私自身はネコを飼う気などサラサラなかったが、自分の師匠が飼っている猫の世話を通じて“経験者気取り”になっている半人前スタイリストの愚息&彼に同調するツレに上手く乗せられてしまった感じ。

その黒ネコ君の名前は「ジャック」。もちろん、手塚治虫の傑作「ブラック・ジャック」から拝借したもの。

まあ、ちょっとベタすぎるかもしれないが、「タンゴ(黒ネコの)」や「ヤマト(クロネコ)」じゃ芸も品もないし、「ジジ(魔女の宅急便:キキの相棒の黒ネコ)」という風情でもない。怖がりで気の小さそうなヤツなので、敢えて名前は凛々しくシャープな方が……と思って名づけた次第(漫画「ブラック・ジャック」も大好きだし)

野良の頃にイジメにでもあったのだろうか、人に対する警戒心が強く、近づくと時々「シャー」と声をあげタスマニア・デビル並の凄い形相で怯えていたが、何度も首筋やお腹を撫でているうちに徐々に心が解けてきた様子。ボランティア・サークルの方が手配してくれたケージから脱出できる日も近いように思う。(でも、初日と二日目の夜は逃げ出したくて大暴れ、家族揃って寝不足気味)

一応、「ジャック」の主人は言いだしっぺの愚息だが、基本的に家にいることが多い私が筆頭世話係。その点では少し騙された気もするが、世話をしている分、自然に愛着も湧いてくるし、仕草を見ていて飽きないので格好の暇つぶしにもなり気分的には悪くない。

というわけで「ジャック」と見つめあうこともしばしばだが、鼻筋が通ってなかなかの男前。つぶらなグリーンの瞳もいい感じで、早速、名カメラマン()Miyukiさんに電話で写真撮影を依頼してしまった。巷でもネット上でも猫の写真は大人気だし、ひょっとしたらコイツで一儲け……と、今から親バカ的に邪悪な妄想にかられているが、果たして思惑通りに成長してくれるだろうか。来年が少し楽しみになってきた。



2012/10/04

コンペ敗れて焼酎あり。


JRA秋のG1レースのポスター制作コンペ……今日、代理店から連絡があり、不採用とのこと。大手代理店3社を含めた10社競合という難関だったが、ソコソコ期待していただけに、かなり凹んでしまった。

落選の理由は定かでないが、「全面カラーじゃないと、競馬場内やWINSに映えない」との寸評を頂いたそうで、メインビジュアルのモノクロ写真がお気に召さなかった模様。

コチラとしてはカラーの「再現性」ではなく、より想像力を掻き立てるモノクロの「表現性」をウリにしたわけで、それがマイナス要因と言われたら、もうその時点でお手上げ。どうすることもアイキャンノットであります。(で、さっきアウトルックを覗いたら、JCOMからメールあり。タイトルは「ビギナーのための競馬教室」だと……ったく、こんな日に、イヤ味かよ!)

というわけで、いつもながら多大な労力があっさり水泡に帰す相変わらずの厳しい渡世だが、制作中の心の張りと楽しさを忘れず、また次のチャレンジに備えるほかなし。

とにかくみんなお疲れ様! とりあえずボツ作品を眺めながら、やけ酒ですかね、今夜は。