1ヶ月以上前から手元にあって、今日ようやく読み終えた小説『東京プリズン』(著者・赤坂真里)。
残り100ページ(最終章)からは“一気”だったが、それまでが、なが~い道のり。過去と現在が頻繁に行き来するSF的展開、そして独特の身体感覚&観念的表現になじめず、幾度も挫折しかけた。
それでも何とか踏みとどまれたのは、戦後の日本の在り方とアメリカという国家に対して著者と同様の違和感というか“モヤモヤ感”があったから。
「天皇の戦争責任」というテーマも、私たちが未来へ向かって歩き出すためには、どうしても激突せざるを得ない問題だと思うし、「自分たちの過ちを認めつつ、他人の罪を問うのは、エネルギーの要ることです。でも、これからでもしなければならないのです」と、16歳の少女“マリ”から発せられる言葉も、様々な国家間の問題に立ち向かう視座として重く胸に残る。
とはいえ、小説として面白いかどうかは別の話……
終戦から67年、いまだに解決されていない問題に挑んだ著者の意欲には感嘆せざるを得ないが、自分の世界観で重い空を押し上げ、他者の胸に割ってはいるような筆力……というか想像力をこの小説から感じ取るのは難しく、期待したほどのカタルシスはなかった。
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