2017/08/08

昼は「明るいイラスト」、夜は『黒い雨』



昨日、イラストレーターのキン・シオタニさんとの打合せがあり、文京区・根津の映像制作会社まで出かけた。(明石のクライアントに依頼された「リクルート用映像制作」の仕事が着々と進行中。私の役回りは主に構成・台本チェック&総合ディレクション。8月後半には現地での撮影が控えている)

飄々とした風貌のキン・シオタニさんは、とてもポジティブで話し好きな人。「詩人になりたかった」自分の経歴や現在の仕事などを問わず語りで一気に話した後、次々に飛び出してくるアイデアをその場ですぐに絵で表してくれるサービス精神旺盛なイラストレーター。
1990年代から自身が住む街・吉祥寺を創作活動の拠点にしているそうで、商店街の中にある本屋「ブックス・ルーエ」のブックカバーやタウンマップ、そしてユニクロ吉祥寺店とのコラボ(人文字イラスト「キンシオフォント」を利用したオリジナルTシャツ制作)など、街の様々な場所で彼のイラストに出会うことができるとのこと。
また、10年程前に「ドローイングシアター」という独特のパフォーマンスを生み出し、現在、ライブハウス等で披露中。落語やコントの脚本も手掛けていることから落語家・立川志の輔との交流&コラボもあるそうだ。(「ドローイングシアター」とは、流れる音楽をバックに、彼が作ったストーリーやセリフを話しながら絵を描き、それをリアルタイムにスクリーンに映し出すというもの)

という感じで、現在も即興性を前面に押し出した「ドローイングシアター」で観客との双方向コミュニケーションを追求する行動派イラストレーター、キン・シオタニさん。そのスピード感あふれる絵の力を借りて作る映像の出来上がりが今からとても楽しみ。

夜は、9時からケーブルテレビの「映画チャンネルNECO」で『黒い雨』(監督:今村昌平/1989年)を鑑賞。(原作は井伏鱒二の同名小説。公開当時の宣伝ポスターのキャッチコピーは《死ぬために、生きているのではありません。》)
イトル通り、原爆による黒い雨を浴びたために人生を狂わされた一人の若い女性(田中好子)とそれを見守る叔父夫婦(北村和夫と市原悦子)のふれあい、そして被爆の後遺症に苦しむ人々の姿を静かに淡々と描いた作品だが、鬼才・今村昌平が突きつけるものは戦争の狂気そのもの。身近な人間が狂い、心を取り乱して死んでいく様に、改めて戦争と原爆の恐ろしさと愚かしさを思い、何度もやるせないため息をもらさざるをえなかった。

また、被爆者として苦しみながらも、未だに国からの支援を受けていない人たちが多くいることに加え、昨年、福島県から横浜市に自主避難した中学1年生の手記により陰惨な「福島差別」「被災者差別」が発覚したように、無知と無理解に起因するいじめや差別が、戦後70年以上を経た今でも続いている現実を改めて思い起こし、何ともいたたまれない気持ちにもなってしまった。

ちなみに、この作品は原作者・井伏鱒二の意向により、原爆の悲劇をソフトに訴えるため、カラー作品にせずモノクロにしたそうだが、監督・今村昌平は後日談的なエピソードを映画のラストに付け加える予定でいたようだ。
40分に渡るこの今村監督オリジナルのエンディングは、構想のみにとどまらず撮影も行われたが、悩み抜いた末の決断として本編に加えられることなくカットされたわけだが(デジタルニューマスター版DVD版に収録)、昨夜、そのエンディング映像が本編終了後に流された。

モノクロの本編とは異なるカラー映像で映し出されたのは、年老いた矢須子(田中好子)の巡礼姿。そして、豊かになった日本を白装束で旅する彼女に向けられる蔑みとからかいの視線……戦争の傷を抱えた老人を道連れに巡礼の旅を続け、既に他界している叔父夫婦らの幻影に迎えられながら徐々に狂気の表情を漂わせる矢須子の姿に、今村昌平が投影したものは何だったのだろう。「忘れるな、日本人!」という叱咤の思いなのか、戦争と原爆で命を失った人たちへの深い鎮魂なのか。
明確な答えが出ないまま、映像の中の矢須子は苦渋に満ちた生涯を閉じるという何とも重い結末の中、只々、今は亡き田中好子の姿に魅せられ、その演技の凄さに驚嘆するだけだった。

明日は長崎原爆の日。

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