先日、いつも仕事で忙しい友人のY君から「明日午後、都内で夕方まで時間が空いているので、映画でも見ようと思う。何か、面白いのやってる?」と携帯にメールがあり、「それなら、コレ!」とオススメした映画『しあわせな人生の選択』(監督:セスク・ゲイ/製作国:スペイン、アルゼンチン/2015年)。
末期ガンを患い刻々と死が近づく中、別れの準備を整える男が、彼の大切な人々や愛犬と過ごす最後の4日間を《コメディと感動そして皮肉と優しさを入り混ぜながら》映し出し、スペインのアカデミー賞と呼ばれる「ゴヤ賞」で、作品賞、監督賞など最多5部門を受賞した作品。
監督・脚本のセスク・ゲイは、自身の母親の闘病体験を経て「この経験をユーモラスな形で表現したい」という思いで本作を製作したとのことだが、その思い通り、所謂“余命もの”とか“終活もの”と呼ばれるジャンルの映画にありがちな「お涙頂戴。感動あげます」的なあざとさや既視感を全く感じさせない異色のテイスト。
切実な状況にありながら、少し滑稽で皮肉屋の主人公フリアン(リカルド・ダリン)をはじめ人物描写も丁寧かつ個性的、その固有のキャラクター同士が交わす何気ない言葉のひとつひとつに作り手の実感と静かな情感が込められていて、「4日間のドラマ」の幕が下りた瞬間、何十年もの長い旅を共にしたような、かつて味わったことのない深く切ない余韻に包まれてしまった。
因みに映画の原題『Truman(トルーマン)』はフリアンが飼っている犬の名前。彼が久々の再会を果たしたばかりの親友トマス(ハビエル・カマル)を連れて動物病院へ行く「1日目」、「犬も喪失感を感じるのか?」「新しい家族に引き渡すときは、俺の匂いがついた服を持たせるべきか?」などと獣医に尋ねるシーンがあるのだが、普通に元気そうなフランツの「終活」をリアルに感じさせられて胸が熱くなる。
で、映画を観終ったY君からは「良い映画&考えさせられる映画でした。犬派の俺にとっては、ラストシーンの犬の表情が何とも切なかった……観客の7、8割はシニア世代(自分も含めて)。みんな終活を考えているんだろうか?」というメールが届いた。
それに対して「平日の昼間はどんな映画でも7割方シニアだよ。要するに暇なんです。まあ残りの人生、映画で時間を潰すのは悪くないと思うけどね」と、せっかくの感動(感傷?)を邪魔するような返信を送ってしまったわけだが、「ジャック」のせいで“たまたま猫派”になってしまった私とて、愛犬を手放すフリアンの気持ちは痛いほど分かる。
といって「終活」となると、どうだろう? 年齢的には「そろそろ考えた方が…」と言う人も多くいるのだろうが、こと自分の死に限れば「こうしてほしい」という思いもないし、わざわざ遺書に書いて残すような物もなければ事もなく、ほとんどイメージが湧かない。
第一、元々とっちらかった性格ゆえにそこそこ楽しく元気に生きてこられた人間が、いきなり姿勢を正していつ訪れるかもしれない己の死と向き合っても、単に老け込むだけでロクなことにはならないような気がする。また「終活(ブーム)」自体、葬儀会社や坊さんのビジネスに乗せられているような気色悪さも漂うし……という具合で今の所「終活」を始める気など起きようもない私だが、愛犬と暮らすY君をはじめ親しい仲間たちは誠実で真面目なヤツばかり。真剣に「終活」を考えているのかもしれない。いつか会った時にでも、この映画の話をしながら聞いてみたいと思う。
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