2016/03/06

名優と名曲に出会う映画。


春近し……まだ、頬をなでる風は冷たいが、「書を捨てよ、町へ出よう」という寺山修司の言葉が、寒さで円くなりがちだった背中を押す季節になってきた。

というわけで、久しぶりに銀座で観た映画『ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります』の話。(鑑賞日は31日、小屋は「シネスイッチ銀座」)

舞台はニューヨークの下町「ブルックリン」。
(現在は新鋭デザイナーやアーティストが拠点を構えるファッションの発信地として熱気を帯びている地区……東京に例えると、下町っぽさを残した都下の人気タウン・吉祥寺みたいな所?それとも浅草、上野あたりか?)

その街を一望できるアパートメントの最上階(5階)に暮らす夫婦(画家のアレックスと元教師の妻ルース&愛犬ドロシー)が、階段の上り下りが堪えることを理由に、40年間過ごした部屋を去ることを決意。不動産仲介の仕事をしている姪リリーを介して売りに出すと同時に新しい部屋を探し始めるのだが……という“家の売却&新居探し”に奮闘する熟年カップルを中心に、不動産売買にまつわる人間模様をコメディタッチで描いた作品。
主演は、「ショーシャンクの空に」の好演が胸に残る名優モーガン・フリーマンと、「ゴッドファーザー」の“ケイ”役でお馴染みのダイアン・キートン……(とくれば、観て損はさせない安定のクオリティ)

監督リチャード・ロンクレイン曰く「結婚して良かった、これからの人生まだまだワクワクさせてくれることがあると思える映画」だそうだが、それは人それぞれ。「そりゃあワクワクもするでしょうよ……こういう男(or女)だったらねぇ~」というオチがつく人も多いはず。それほど、二人の魅力・存在感が光る一本。映画と言うより、舞台劇を観ているような感覚で楽しませてもらった。

で、予期せぬ幸運とでも言おうか、エンディングで流れた曲は、ヴァン・モリソンの「Have I Told You Lately」。まさか、この映画の中で渋くて深い彼の声を聴けるとは思ってもいなかった。映画以上に、この素晴らしい選曲に拍手したい。
(まだ観ていない人は、とりあえずこの曲を聴いて、映画のイメージを勝手に膨らませてみてはいかがでしょう)



ちなみに映画の原題は『5 Flight Up』……どう訳すのかはよく分からないが、「flight」を辞書で調べると、「さっと飛び過ぎること、(時の)経過」「ひと続きの階段」という意味があった。
日々、階段を昇り降りするように、自分たちの脚と意思で歩んできた「ひと続きの階段」のような40年――「エレベーターのない部屋」は、そんな二人が積み上げ刻んだ思い出と自力の人生の象徴。

「エレベーターのある新しいアパートメント」では決して味わうことのできないその感慨を噛みしめながら、残りの人生も自分の意思のままに、(例え歩けなくなっても)お互いが自分の脚で歩いて来たこの場所で生きよう……というメッセージが込められているように思えた。


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