2013/04/16

『トガニ』と『アルゴ』



先週末、近所のヘアサロン(床屋さん)に行ったら、少し離れた席から「……確か場所は岩手の方だったと思うけど、驚いた時に“じぇ、じぇじぇじぇ!”って言うのよ~」と、若い男性スタイリスト相手に話をしているオバサンの声が聞こえた。

私も最近、家では“ゲッ!”の代わりに“じぇ!”を多用しているので、すぐに朝ドラ『あまちゃん』の話題だと分かったが、ドラマの面白さもさることながら、“じぇじぇじぇ!”の草の根的な広がりを目の当たりにし、早くも、流行語大賞ノミネート(あわよくば大賞)の予感……(さすがクドカン、色々楽しませてくれるね~)。

というわけで、DVDで観た実話を基に描いた“じぇじぇじぇ”な映画2本の話。

まず、韓国の“ろう学校”で起きた教職員らによる生徒たちへの性的虐待事件を描いた映画『トガニ』(「トガニ」は、日本語で「坩堝(るつぼ)」の意)。
実話を題材にした韓国映画と言えば鬼才ポン・ジュノ監督の『殺人の追憶』がすぐに頭に浮かぶが、本作も負けず劣らずパワフルかつ繊細、骨太の構成&巧みな心理描写を基軸に、製作者の真っ直ぐな意志と俳優陣(子役たちも素晴らしい)の迸る熱意が直球勝負でグイグイ迫ってくるような傑作だ。(時にホラー?と思うような“迷場面”もあるが、それも韓国映画独特のサービス精神に違いない)

事実、この映画の公開を契機に、隠蔽状態にあった事件の再調査・再審議が行われ、「トガニ法」なる法律が制定されるまでに至ったことでも、その内容の衝撃度&映画の完成度の高さが窺い知れるというもの。「映画が不条理な社会の現実を告発し、国家権力をも動かした」と言う圧倒的な訴求力も含め、只々、韓国映画のレベルの高さに脱帽の一作。
ラストで語られる「私たちは世界を変えるために戦っているんじゃない。世界が私たちを変えないために戦い続けるんだ」という言葉が深く胸に残る。

続いて、1979年にイランで起きた「アメリカ大使館人質事件」、その信じがたい救出劇の内幕を描いたサスペンス映画『アルゴ』(本年度オスカー受賞作)。
観る前は「アメリカ(特にCIA)のプロパガンダだ」という新聞等の映画評が正当か否かこの目で確かめるべく……という感じだったが、練に練られた“脱出サスペンス”の息もつかせぬ展開に目を奪われ、そうしたイデオロギー的な見地は何処かへぶっ飛んでしまった。

まあ、敢えてその点に触れれば、ハリウッド映画らしく“アメリカ目線”の作品であることは間違いなし。イラン側に立って観れば「“非道”な人質事件だけがクローズアップされて、欧米諸国の長年に渡る搾取の歴史、特に事件の起因であるアメリカの横暴な政治的介入の事実がしっかり描かれていない」と、批判的な感想になるのも十分に理解できる。ただ、なぜイランで反米意識が高まったのかを冒頭で端的に解説しているし、大使館占拠中に米国内で起きたイスラム教徒に対するヘイトクライムの様子も描かれており、「プロパガンダ映画」と切って捨てるのは少し乱暴のような気がする。
また、監督兼主役のベン・アフレック演じるCIAの人質奪還作戦のスペシャリスト「トニー・メンデス」の姿も、ヒーローというよりは“仕事師”と言う感じで思いのほか地味、特に“CIA礼賛”という感じもしない。

それより、宗教やイデオロギーの違いに関わらず、憎悪の増幅と連鎖が巻き起こす負のエネルギーの凄まじさ……飛び交う怒号と共にアメリカ大使館に押し寄せる群衆と、去年、テレビで見なれた反日デモをダブらせながら「世界から憎悪の火が消える日は、あるのだろうか?」と、諦めにも似た溜息をこぼしてしまったが、私的にはそんな寒気まじりの緊張感の中でも、極上のスリルを満喫した作品であり、オスカー受賞も納得の一本だった。


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