2012/04/21

「言葉の海を渡る舟」を作る物語


《「辞書は、言葉の海を渡る舟だ」「人は辞書という舟に乗り、暗い海面に浮かびあがる小さな光を集める。もっともふさわしい言葉で、正確に、思いをだれかに届けるために。もし辞書がなかったら、俺たちは茫漠とした大海原をまえにたたずむほかないだろう」「海を渡るにふさわしい舟を編む」》

今月10日、2012年本屋大賞に選出された『舟を編む』(著者・三浦しをん)の中で、ベテラン編集者・荒木が語る言葉だ。一目で想像力を掻き立てられる印象的な書名はそこから付けられている。“辞書編纂”という馴染みのない深遠な世界へ読者を導くに相応しい気品漂う力強いタイトルだと思う。(まず、そのセンスに◎)

主人公は、“まじめが取り柄”の変わり者・馬締光也(まじめ光也)……出版社の営業部に在籍していた彼が、「荒木」に“次代の辞書編集部の主にふさわしい!”と白羽の矢を立てられ国語辞書編集部に異動。言葉の海に溺れながら「大渡海」という名の辞書作りに奔走する物語である。(思わず頬が緩む恋愛模様も孕みつつ)

「三浦しをん」は、職業のディテールに拘った作品を多く執筆していることから「職業小説の名手」と呼ばれているらしいが、その定評に偽りなし。本作でも辞書作成にまつわる様々な苦労と工夫が描かれておりとても興味深かった。

惜しくも2位で大賞を逸した『ジェノサイド』(著者・高野和明)が一気に脳内の血を沸騰させる弩級のノンストップ冒険小説ならば、こちらは心地よい速度で体中の血を浄化してくれるような清々しい極上の大衆小説。読み終わった後、こんなにいい気分になれる小説は久しぶりだ。(でも、私に大賞を選ぶ権利あれば、興奮度MAXの『ジェノサイド』に一票!)

それにしても、冲方丁の『天地明察』(暦作りの物語)といい、池井戸潤の『下町ロケット』(ロケット製作の物語)といい、毎年のように“モノづくり”を描いた作品が私を含め多くの読者の関心と共感を呼び、心を熱くしてくれるのは何故か。やはり、人が情熱を傾けて仕事に打ち込む様、強い使命感を持って一心に自分の道を突き進む姿の尊さに、誰もが自分の仕事や人生を重ねながら、「斯く在りたい」と我が身を鼓舞するように魅せられるからだろう。その苦難と達成のストーリーこそ、“職業的自己実現”を求める人々と社会の活力の源泉、いつの時代も大衆小説における不変のテーマであるに違いない。私も自分に恥じない仕事をしたいと思う。(それより、もっと仕事をさせてくれよ~!というのが本音だけど)

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