2012/03/20

「夢見る機械」に注がれた愛と情熱

東北・岩手で暮らしていた子どもの頃、地方巡業で訪れるサーカス団に憧れて、よく小屋へ遊びに行った。親からは「そんなところへ行くと、さらわれるよ」と叱られたが、幼い眼が覗き見たテントの中は夢のような別世界。煌びやかな衣装を纏った団員や珍しい動物、不思議な道具や機材を見ているだけで心が躍り、家が楽しい場所にならないなら「さらわれてもいい」とさえ思ったものだ。

先日、そんな自分を久しぶりに思い出させてくれる映画に出会った。字幕3Dで観た『ヒューゴの不思議な発明』……舞台は1930年代、映画創世期のパリ。駅舎の時計台に隠れ住む孤児の少年ヒューゴが、心を閉ざした老人との出会いを契機に一人の少女と知り合い、父が遺した「機械人形」の秘密を彼女と共に探るという筋立ての、ちょっと切なく優しいファンタジー。初めて3Dでの撮影に挑んだ巨匠マーティン・スコセッシが“少年に自分を託して映画を再発見し、孤高の老人に自分を重ねて、「夢見る機械」としての映画史の原点に立ち返った”と評される作品である。(“孤高の老人”は、特撮映画の父と呼ばれる世界初の職業映画監督ジョルジュ・メリエス。「機械人形」を唯一の友として時計塔の窓から外の世界を見つめる少年ヒューゴは、持病の喘息のため外で遊ぶことができず、映画に親しむことで自分を慰めていた少年時代のスコセッシ自身の投影か)

なぜ舞台がパリの駅舎なのかは、ウィキペディアの「映画史」を読むと容易に理解できる。少し引用すると《リュミエール兄弟らが公開した世界最初の映画群は、駅のプラットフォームに蒸気機関車がやってくる情景をワンショットで撮したものや、自分が経営する工場から仕事を終えた従業員達が出てくる姿を映したものなど、計12作品。いずれも上映時間数分のショートフィルムだった。初めて映画を見る観客は「列車の到着」を見て、画面内で迫ってくる列車を恐れて観客席から飛び退いたという逸話も残っている》……リュミエール兄弟はフランスの映画発明者。『ヒューゴの不思議な発明』の中でも“列車が迫るシーン”が効果的に使われている。

というわけで、この映画は、現在のアメリカ映画界の混迷や自身の創作的閉塞を打破しようとするスコセッシの果敢なチャレンジ精神の所産であると同時に、映画創成期へのオマージュとなるもの。新しいコトやモノを生み出すために、様々な苦難を背負って生きていた人々と、その時代に対する敬意と愛情が詰まった“映画(人)のための映画”と言えそうだ。それゆえに、多少の予備知識を持って観ないと舞台・人物設定が分からず楽しみにくいという難点もあり、謎めいた邦題と妙な宣伝コピーに釣られて、無邪気に「観るものすべてを童心に還らせる」的な王道ファンタジーのつもりで行っては大間違い。「なに、これ?!」とスッキリしない気分のまま劇場を去るハメになるかも。

だが、私のように映画や漫画、小説などの虚構の世界に親しむことで現実に生きるエネルギーを補填し、何とか長い時をやり過ごしてきた人間にとっては、とても心に沁みる映画。改めて、自分の人生が幾多のフィクションによって救われてきたことを思う。

0 件のコメント:

コメントを投稿