第一部が終わり、20 分の休憩タイム。
トイレに向かう途中、通路で赤いフリフリの超ミニスカートを履いたド派手かつワイルドな風貌の高齢男性と遭遇し、思わず目がテン。さすがボブ・ディランのライヴ、ぶっ飛んだ人がいるなあ~と感心したが、偶然トイレでも隣り合わせ再度ビックリ。超ミニで立ちションって、どうよ?迫力あり過ぎでしょ……
という刺激的なひと時が終わり、第二部開始。オープニング曲は2001 年リリースのアルバム『Love & Theft (ラヴ・アンド・セフト)』から「High Water (For Charley Patton) 」(ハイ・ウォーター/チャーリー・パットンに捧ぐ)。軽快なカントリー調の曲だが、事前に調べた所によると、「チャーリー・パットン」は20 世紀初頭に登場したアメリカのブルース・シンガーで、ミシシッピ・デレタ地域が起源のブルース・スタイル「デルタ・ブルース」の象徴的存在とのこと。パットンには、かつてのミシシッピ河の大氾濫をテーマとした「ハイ・ウォーター・エブリホエア」という代表曲があり、これを下敷きにメンフィスやミシシッピに生まれた音楽文化を、今一度、振り返るべく21 世紀の初っ端にディランが歌ってみせたようだ。ブルース~ロックンロールのルーツを忘れないディランの衰えない気骨と逞しい執念に改めて敬服。
次の12 曲目は、再び日本初登場のシナトラ・カバー「ホワイ・トライ・トゥ・チェンジ・ミー・ナウ」。
また、シナトラ?……と思ったが、この曲はかなりイイ感じ。ディランも気持ち良さそうに歌っていた。
で、「アーリー・ローマン・キングズ」(『テンペスト』収録)、「ザ・ナイト・ウィ・コールド・イット・ア・デイ」(シナトラ・カバー)、ピアノを弾きながら軽やかに歌い上げた「スピリット・オン・ザ・ウォータ-」と続き、16 曲目は『テンペスト』から「スカーレット・タウン」。
イギリス古謡のメロディに則り、古く慎ましい町の運命を歌った曲らしいが(調べてはみたが、歌詞がまったく分からない。残念!)、凄味を増したしゃがれ声が実にイイ。
17 曲目は「オール・オア・ナッシング・アット・オール」。
この曲も日本初登場のシナトラ・カバー……アメリカの大衆歌謡に深い敬意を払うシンガーとして知られてきたディランが、シナトラを歌うこと自体に驚きも抵抗もないが、シナトラの歌にほとんど興味がない私には、その声がいかに魅力的でも「正当路線で丁寧に歌っている」と言う以外、どう楽しめばいいのか分からない。清志郎の「サン・トワ・マミー」のように、ディランらしいテイストで歌ってくれればいいのに……と心の中で少し愚痴った。
そんなモヤモヤ気分の中で迎えた18 曲目は、「ワオ!」と胸の中で吼え、自然に体も揺れた「ロング・アンド・ウェイステッド・イヤーズ」(『テンペスト』収録)。この時代に、こんなディランが聴けるなんて、奇跡というほかなし。まさにディラン節炸裂の名曲ではないだろうか。
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そして第二部のラストを飾るのはイヴ・モンタンが歌ったシャンソンの名曲「オータム・リーブス(枯葉)」(シナトラのレパートリーでもある)。
数々のシナトラ・カバーも含めて、「えっ、何でディランが“枯葉”?」……と思うが、本人曰く「私はこれらの曲はどうみてもカバーとは思っていない。もう十分カバーされてきた曲ばかりだから。実際カバーされすぎて本質が埋もれてしまっている。私とバンドがやっていることは、基本的にその覆い(カバー)を外す作業だ。本質を埋められた墓場から掘り起こして、陽の光を当てたのさ」
とのこと。
私のようなただのファンには、どこか不思議な寂寥感が漂う彼の渋い「枯葉」を聴かされても“埋もれてしまった本質”が何かはまったく分からないが、欧米の伝承歌や大衆歌謡を発掘し、解体・再構築して提示するディランの長きにわたる旅路の一環、その孤高のスピリット健在なり……と理解したい。 (何十年たっても昔のヒット曲ばかり歌っているようなミュージシャンとは、魂の在り処が違うのだろう)
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その後ステージは暗転し、鳴り止まぬ拍手の中で迎えたアンコールの1 曲目は、誰もが知っている名曲「風に吹かれて」。
How many ~と歌い出した途端、会場は大盛り上がり。でも、前日のセトリを見ていなければ、多くの観客がすぐに何の曲か分からなかったはず。私たちの耳に馴染んだ「風に吹かれて」とは歌い方がまったく違い、何か新しい曲を聴くようだった。
続いて2 曲目、ショーの最後を飾ったのは“進化し続けるロック・レジェンド”を象徴するようなナンバー「ラヴ・シック」。切なく吐き捨てるように歌うディランの声が胸に沁みた。
ということで、老いも若きも大満足のナイスな締めくくり。演奏後、ディランは会場の大歓声に応えるように手を広げ、静かにゆっくりと舞台から去って行った。
その姿を見送る席の後ろから、私たちの気持ちを代弁するように「ディラン、ありがとう!」と叫ぶ、若者の大きな声が聞こえた。
以下、【ボブ・ディラン2016 年4 月5 日@オーチャード・ホール セットリスト】
*カッコ内は収録作品
Set 1:
1.Things Have Changed シングス・ハヴ・チェンジド
( 『Wonder Boys" (OST )』 2001/ 『DYLAN THE BEST(2007) 』他)
2.She Belongs to Me シー・ビロングズ・トゥ・ミー
( 『ブリンギング・イット・ オール・バック・ホーム/Bringing It All Back Home 』 1965 )
3.Beyond Here Lies Nothin' ビヨンド・ヒア・ライズ・ナッシング
( 『トゥゲザー・ スルー・ライフ/Together
Through Life 』2009 )
4.What'll I Do ホワットル・アイ・ドゥ
( 『シャドウズ・イン・ザ・ナイト/Shadows
In The Night 』2015)
5.Duquesne Whistle デューケイン・ホイッスル
( 『テンペスト/Tempest 』 2012)
6.Melancholy Mood メランコリー・ムード
( 来日記念EP 『メランコリー・ムード』2016 )
7.Pay in Blood ペイ・イン・ブラッド
( 『テンペスト/Tempest 』 2012)
8.I'm a Fool to Want You アイム・ア・フール・トゥ・ウォント・ユー
( 『シャドウズ・イン・ザ・ナイト/Shadows
In The Night 』2015)
9.That Lucky Old Sun ザット・ラッキー・オールド・サン
( 『シャドウズ・イン・ザ・ナイト/Shadows
In The Night 』2015)
10.Tangled Up in Blue ブルーにこんがらがって
( 『血の轍/Blood on the
Tracks 』1975 )
Set 2:
11.High Water (For Charley Patton) ハイ・ウォーター(フォー・チャーリー・パットン)
( 『ラヴ・アンド・セフト/Love and
Theft 』2001 )
12.Why Try to Change Me Now ホワイ・トライ・トゥ・チェンジ・ミー・ナウ
( 『シャドウズ・イン・ザ・ナイト/Shadows
In The Night 』2015)
13.Early Roman Kings アーリー・ローマン・キングズ
( 『テンペスト/Tempest 』 2012)
14.The Night We Called It a Day ザ・ナイト・ウィ・コールド・イット・ア・デイ
( 『シャドウズ・イン・ザ・ナイト/Shadows
In The Night 』2015)
15.Spirit on the Water スピリット・オン・ザ・ウォーター
( 『モダン・タイムス/Modern
Times 』2006 )
16.Scarlet Town スカーレット・タウン
( 『テンペスト/Tempest 』 2012)
17.All or Nothing at All オール・オア・ナッシング・アット・オール
( 来日記念EP 『メランコリー・ムード』2016 )
18.Long and Wasted Years ロング・アンド・ウェイステッ
ド・イヤーズ
( 『テンペスト/Tempest 』 2012)
19.Autumn Leaves 枯葉
( 『シャドウズ・イン・ザ・ナイト/Shadows
In The Night 』2015)
Encore:
20.Blowin' in the Wind 風に吹かれて
( 『フリーホイーリン・ボブ・ディラン)
21.Love Sick ラヴ・シック
( 『タイム・アウト・オブ・
マインド/Time Out of Mind 』 1997)