2015/12/16

ひとり贅沢な一日。(本と映画と生ビール)



先週末、(たぶん)2015年最後のコピー(某ホテル予約代理店のHP用「社長メッセージ」)を書き終え、昨日(15日)は、本業もバイトもない気ままな一日。

007スペクター』は既に観終わり(ダニエル・クレイグの渋いボンドも、これで見納めか?)、特に食指を動かされる映画もなかったが、多少懐に余裕のある折角の休み。家で燻っているのももったいない気がして、“面白い!”と評判の韓国映画『ベテラン』に目をつけ、新宿に向かった。

副都心線で「新宿3丁目」に着いたのは11時。明治通り沿いの新宿文化ビル6階「シネマート新宿」でチケットを買い(上映開始12時)、すぐに外へ出て近くの「PRONTO」で時間潰し。カフェオレを飲みながら、残り20ページ余りの小説『服従』(ミシェル・ウェルベック著)を読み終えた。

2022年のフランス大統領選挙の決選投票で、イスラーム政権が成立する……という話。

まさにタイトル通り、超越神と国家権力への「服従」……主人公(フランソワ)が積み上げた知識・教養をあざ笑うかのようなラストに唖然とし、思わず「マジか?!」と呟いてしまった。(知識は脆く、インテリは弱し……という結末は、「誰も信じるな」「なにも信じるな」という作家の警告だろうか)

で、その脱力感を引き摺りながら観た『ベテラン』だが、脱力解消に効果アリの適度に笑える痛快エンタメ。不正を重ねる大財閥(のバカ御曹司)と戦うベテラン刑事&彼の仕事仲間の物語という、よくあるパターンだが、そこは韓国映画らしく迫力あるアクションシーンとテンポの良い場面展開で飽きさせない。『国際市場で逢いましょう』の主演・助演コンビ、ファン・ジョンミンとオ・ダルスがいい味を出していた。

映画の後は、「船橋屋」の天ぷらをつまみながら生ビールという、一人ちょっと贅沢なランチタイム……

さて、話は戻るが、小説『服従』で特に印象に残ったのは、主人公にムスリムへの改宗を勧める「ルディジェ教授」の言葉。

「ファシズムはわたしの目には、死んだ国家に再び生命を与えようとする、幽霊または悪夢のような偽りの試みと映っていました。キリスト教がなければ、ヨーロッパの諸国家は魂のない抜け殻に過ぎないでしょう。ゾンビです。しかし、問題は、キリスト教は生き返ることができるのか、ということです。わたしはそれを信じました。何年かの間は。それから、疑いが強くなり、次第にトインビーの思想に影響されるようになってきました。つまり、文明は暗殺されるのではなく、自殺するのだ、という思想です。」

「『O嬢の物語』にあるのは、服従です。人間の絶対的な幸福が服従にあるということは、それ以前にこれだけの力を持って表明されたことがなかった。それがすべてを反転させる思想なのです。」
「女性が男性に完全に服従することと、イスラームが目的としているように、人間が神に服従することの間には関係があるのです。お分かりですか。イスラームは世界を受け入れた。そして、世界をその全体において、ニーチェが語るように『あるがままに』受け入れるのです。仏教の見解では、世界は『苦』、すなわち不適当であり苦悩の世界です。キリスト教自身もこの点に関しては慎重です。悪魔は自分自身を『この世界の王子』だと表明しなかったでしょうか。イスラームにとっては、反対に神による創世は完全であり、それは完全な傑作なのです。コーランは、神を称える神秘主義的で偉大な詩そのものなのです。創造主への称賛と、その法への服従です。」
「イスラームは、儀式的な目的での翻訳を禁止したただひとつの宗教です。というのも、コーランはそのすべてがリズム、韻、リフレイン、半階音で成り立っているからです。コーランは、詩の基本になる思想、音と意味の統合が世界について語るという思想の上に存在しているのです。」

これらの言葉を踏まえてなお、キリスト教、イスラーム教に、自分のアイデンティティを委ねるのではなく、その差異を理解し、それを受け入れ、それに捉われることなく「自分の頭で考え、自分の感性で判断せよ!」と、『服従』は、逆説的に服従しないための人間の在り方を示した小説なのかもしれない。

それにしても、なぜか今年は政治や宗教に関わる小説ばかり読んでいるような気がする。「政治的」でも、もちろん「宗教的」でもない人間なのに……(やはり、支持率V字回復の安倍政権のせいだろうか。このまま来年も、安倍政権とアメリカに「服従」し続けるなんて、あ~、ニッポンが情けない)

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