2015/08/22

『オールド・テロリスト』を読んだ。



このまま何年も、安倍政権のような強権政治によって日本が動かされ、経済格差が今以上に広がっていくとしたら、「積極的平和主義」で他国の戦争に加担する前に、「積極的ニヒリズム」とでも言うような一種アナーキーな空気が国内に漂い、テロの脅威が身近な問題としてクローズアップされる国になってしまうのではないか?(言い換えれば、日本の政治・経済機構から疎外された人間、未来と民主主義に失望した人間にとって、テロリズムが唯一の希望になり得るような社会が生まれてしまうのではないか?)

そんな微かな危惧を抱いていた矢先の「村上龍」……

『半島を出よ』以来、久々に読んだ長編『オールド・テロリスト』は、7090代の老人たちが「テロも辞さず、日本を変えようと立ち上がる」という物語。(『希望の国のエクソダス』で中学生の革命を描いたのが15年前。で、今度は老人のテロ……但し、序盤に起きる連続無差別テロの実行犯は「精神を病んだ」若者たち。その背後に「満州国の人間」を自称する複数の老人がいるという筋立て)
主人公(物語の語り手)は、『希望の国のエクソダス』で中学生たちを追いかけていたフリージャーナリストの関口(本書では、仕事を失い、自暴自棄の果てに妻子とも別れ、一人、雑文を売って暮らす中年フリーライター)。
時代設定は東京五輪を2年後に控えた2018年……そこに描かれる社会は、『希望の国…』以前から作者が言うところの「強固に構築された利害のシステムによって活力を失い、世界から切り離されて、自ら閉じられた円環に収束しようとする《不健康なムード(閉塞感)》が充満する日本」。

というのが、この小説の大まかな輪郭。

はて?と、ソコソコ平和で自由に生きている私(たち)が、今なおそんな社会の危機イメージにリアリティを持てるかどうかはさておき、高度資本主義社会が作り上げた“強固な利害システム”に対抗価値を提示できるのは、「中学生」「精神を病んだ若者」「老人」など、システムの根幹である「生産の現場」から疎遠な者か疎外された者、もしくは退いた者だけだという、いつからか彼の考えの中に芽生えた直観的信念のようなものは理解できる。

というわけで、本書中の「精神科医・アキヅキ」の言葉を借りると「優れた頭脳を持ち、才能に目覚め、それを活かす教育環境に恵まれ、訓練を自らに課した数パーセントの若者」だけが自分の生き方を選ぶことができ、「(システムの中で馴らされ、群れとなって生きるしかない)一般的な若者の劣化が進む」今の日本を、《戦争を体験し、食糧難の時代を生き、現在の社会においても経済的に成功し、社会的にもリスペクトを受ける老人たちの義憤から生まれる戦い》に任せて、一端リセットしてみてはどうだろうか? というのが、この小説の通奏低音……当然、現実的にはメチャメチャ乱暴な話だが、この“老人たちのテロによる戦い”を、作者なりの「憂国」のカタチと捉えれば納得のいくところ。
その意味で『オールド・テロリスト』が「何とか、この国を良くしたい。若者が希望を持てる国にしたい。しかも、できるだけ早く」という心優しき愛国者・村上龍の切なる思いを多少なりとも感じ取ることのできる興味深い長編小説であることは間違いないと思う。

だが、「面白かった!」「文句なし!」と手放しでオススメできるかというと、そうではない。

560頁を一気に読ませる筆力は、流石!というしかないが、読み終えた後の何とも言えない徒労感&ガッカリ感……「なんで?」と聞かれても色々あり過ぎて簡単に答えられないが、決定的に問題なのは、物語の真の主役であるはずの「オールド・テロリスト」たちに、まったく魅力を感じないこと。
「旧満州国の系譜をひく秘密のネットワーク」という設定自体もかなり胡散臭いが、「経済的に成功し、社会的にもリスペクトされている老人たち」が、“義憤を覚えて立ち上がる”という必然性が「安保法案」並みに分からない。どう読んでも私には、彼らが戦争慣れした(もしくは戦争が恋しい)ただの軍事オタク&愉快犯としか思えなかったし、当然、彼らの義憤と決起に対するシンパシーも湧きようがない。
で、途中までかなりミステリアスな展開で引っ張っておいて、最後は在日米軍による老人テロリスト殲滅……というのでは、あまりに陳腐で、只々唖然とするだけ。

以前、加藤典洋(文芸評論家)が『希望の国のエクソダス』を「恐竜のような小説」(図体はデカいが、頭は小さい――物語の外枠を作るのに膨大な力を発揮している割に、小説でしか書けない種類のドラマの部分が少なく展開されずに終わっている。ということ)と表していたが、10年以上経って、私もその意味が分かったような気がする。

※前作『55歳のハローライフ』が、けっこう良かっただけに、かなり残念。龍さんも同世代、もう血  気盛んな歳でもないし、モチーフとしての「革命」や「テロ」も悪くないが、ハローライフの路線で書  いてくれればいいのになあ……と思う。(村上春樹の言葉を借りて言うなら、「壁」を描くことだけ  に力を注がず、「卵」の内面をもっと掘り下げるべし)

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