去年の暮れ、意図せず手に入れた著者のサイン本『歓喜の仔』。(年内読了をめざしていたが、思ったように頭が働かず年を越してしまった)
表紙を開くと著者名「天童荒太」の右横に、一言「初心」と書いてある。
初心……多分それはこの長編小説に込めたストレートな思い。
真摯に死者と向き合うあまり苦行僧にでもなってしまったのだろうか?と首を傾げ、そのストイックな表現世界に息苦しさを感じ途中で読むのを止めた前作『悼む人』とは違って、人の心の荒地に想像力の網を張りすべての哀しみを掬い取るように、切なく重く生きる意味を追い求める天童荒太の世界が戻ってくるような予感がした。
物語の主人公は、誠、正二、香の三兄弟。『永遠の仔』同様、親の愛が薄く、平和な社会の幸福から見放された子供たち……(父は借金を残して突然失踪、母は大怪我をして植物状態)
高校を辞めた長男・誠は、親の借金返済のためヤクザから覚せい剤の「アジツケ」を請け負わされながら、昼夜の労働で家計を支えている。学校でいじめにあっている次男・正二は母の介護を一手に担い、“死者が視える”妹の香は複雑な事情を抱えた家族の子供が集う幼稚園に通っている。
もう、その設定だけで十分に重たいのだが、そんな子供たちの過酷な日々を追いながら、さらに作者は、「誠」の空想世界に戦火の中で生きる紛争地域の少年「リート」を作り上げる。まるで、平和に見える私たちの世界と、戦火に喘ぐ子供たちの世界が隣り合わせであるかのように……
そして、同時進行する「パラレルワールド」の二人、誠とリートの心の交信にテーマを託し “はびこる悪が勝利する世界”で「なぜ人間は滅びないのか」という自問に答えるべく渾身のペンを走らせる。
その疾走の果てに、子供たちが悪と苦しみから解放される“歓喜”の結末は描かれるのだろうか……と、祈るように迎えたラストシーンは、救いと切なさの合わせ技一本。
「人間が滅びない秘密」を知った子供たちが高らかに歌う“第九(歓喜の歌)”を胸の奥で聴きながら、なんとも言えぬ不思議な爽快感に浸ってしまった。