2017/02/12

凛冽たり近代……『秋の舞姫』



敬愛する漫画家・谷口ジローが亡くなった。(享年69歳……早すぎないか!)

かつて夢中で読んだ『事件屋稼業』『LIVE!オデッセイ』などのハードボイルドものは、とうの昔に本棚から消え失せているが(友人にあげたか、古本屋に売ったか…)、まだ残っている3冊『海景酒店』、『孤独のグルメ』、『秋の舞姫』(「坊ちゃん」の時代 第二部)の中から『秋の舞姫』を選んで読み返してみた。

彼の絵が素晴らしいのは言うまでもないが、原作は関川夏央。主人公「森鴎外」が語る言葉の深く美しい響きが胸を打つ。

「わが心中には願望の秤がありました 秤の一方の皿に解放を主張する現実の自我(エゴ)を載せ もう一方に夢の故郷を載せたとき 自我の皿に指をかける白い優しい手があったにもかかわらず 秤は夢の方へと傾ぎました 
いまにして思えば 帰国を決意した瞬間 すでに 私の恋愛は破れていたのです 
日本に無政府主義的心情は不似合いです 日本はいまだ夢裡(ゆめのうち)にあります 夢はあたかも現実であるかのようです 
家や母という硬い殻に守られているからこそ夢は夢でありえるのです……しかし いずれ殻は破れ 夢も毀たれるでしょう 
百年ののち日本人は 無政府主義的心情の極北に達して 鉛の味する すさまじい孤独をなめるでしょう」

「私は夢の中に生き 演じる役と折合いをつけて生涯をまっとうしようと思います 夢の役をあたかも現実のそれであるかのようにこなしつつ 夜間にだけ ひとりの悩む男にたち戻って 現実をあたかも夢であるかのようにして生きるのです」

このご時世、妙に沁みる言葉の数々……表紙のタイトルの横には小さくこう記されている。

凛冽たり近代 なお生彩あり明治人

改めてご冥福をお祈りするとともに、彼が描いた素晴らしい作品の数々に出会えたことを心より感謝したい。

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