先週の木曜(6日)、「東京都現代美術館」(清澄白河駅から徒歩7~8分)に行ってきた。
目当ては、前から観たいと思っていた「オラファー・エリアソン」と、7月26日の東京新聞「カジュアル美術館」で紹介され、とても気になっていた岡本信治郎の「銀ヤンマ(東京全図考)」(「MOTコレクション いま―― かつて 複数のパースペクティブ」で公開中)。
チケットは、企画2展「オラファー・エリアソン」&「もつれるものたち」+「MOTコレクション」のセットで1,450円(シニア料金、65歳以上)
ということで、まずは予期せず観ることになった「もつれるものたち」から……
案内チラシのイメージとしても使われている渡辺行久『不確かな風向』(「風のエネルギーの流れによって絶えず変容する環境を示唆する」作品。とのこと)、ソウル在住のアーティスト・デュオの『(どんな方法であれ)進化する植物、トム・ニコルソン『相対的なモニュメント(シェラル)』、藤井光『解剖学教室』(福島第一原発の事故後、資料館に取り残されていたものを学芸員たちが“救出”したものたちを集めて展示)などが、少しだけ印象に残ったが、総じて、アートなのか、学術展示なのか、判然としない企画展。それも含めて、“もつれるものたち”なのだろう。と、納得。
続いて“目当て”の、『オラファー・エリアソン』……
まずは、ガラスで作られた美しい多面体の作品『太陽の中心への探査』(2017年)。光源がゆっくり回転することで、展示室内は幻想的な光に包まれ、まるで万華鏡の中に入ったかのような不思議な感覚に。(この光と動きは美術館の外部に設置されたソーラーパネルから電力を得て実現しているそうで、「環境への配慮」が表現のベースになっているエリアソンならではの作品)
ところで、私もこの企画展が初の「オラファー・エリアソン」体験なのだが、どんなアーティストかというと……(パンフレットの受け売りですが)
「アートを介したサステナブル(持続可能)な世界の実現に向けた試みで、世界的に注目を集めているデンマーク人アーティスト(1967年生まれ)。光や水、霧などの自然現象を新しい知覚体験として再現するその作品は高く評価されている」
というわけで、次の作品『あなたに今起きていること、起きたこと、これから起きること』(2000年)。白い壁に向かって色付きの光が照射されており、来場者が壁の前に立つと、さまざまな色の影が壁に映る、という仕掛け。大きく手を広げたり、足を高く上げて歩いたり、若いカップルが壁の前で楽しそうに戯れていたので、私も彼らに倣って色々なポーズで遊んでみたが……(やはり、動きに“若さ”なく、佇む写真のみ)
で、今回、私が最も驚かされ、その幻想的な光景に、じっと見入ってしまった2作品……『ビューティー』(1993)と、展覧会のタイトルにもなっている『ときに川は橋となる』(2020)
さて、最後は「MOTコレクション いま――かつて 複数のパースペクティブ」。1930年代から近年の作品まで約180点が展示されていたが、やはり、最も印象的だったのはこの絵『銀ヤンマ(東京全図考)』(1983年)
作者は、今春86歳で逝去した岡本信治郎(日本のポップアートの先駆け的存在)。
この絵が東京新聞で紹介された際の見出しは「混じり合う戦争と平和」……一東京上空に浮かぶバカでかいトンボ?と思いきや、それは巨大な銀ヤンマに見立てた、爆撃機B29。市街地に降り注ぐ無数の赤い線は「焼夷弾」が放つ火花を表しているようだ。
つまり、これは下町を焼き尽くし、9万5千を超える人の命を奪った東京大空襲の絵。なのに、パステルカラーで彩られた「銀ヤンマ」は美しく、実にクール。まったくと言っていいほど悲壮感がない。何故だろう?と思い、捨てずにとっておいた「東京新聞」を改めて読んでみた。
《岡本はかつて、自分たちの世代を「不信の時代」と表現した。戦中は軍国少年。敗戦前日まで、竹槍で米兵を殺す訓練をしていた。だが「一億層玉砕」と叫んでいた校長は、玉音放送の翌日に「民主主義社会の建設を」と言い始めた。捕虜になるぐらいなら死ぬべきで、特攻隊で若者が大勢死んだ。それが今度は「国体護持」だった。少年は「きったねえな」と思った。だからこそ「単なる悲劇的な意識で空襲を捉えるのではなく、喜劇でもあるし悲劇でもある」という視点に立った》(7/26、東京新聞より)
明後日は75回目の敗戦記念日……残りの人生、少年少女に「きったねえな」と思われる生き方だけはしたくない、と思う。
※「美術館」の後は、『深川釜匠』でランチ。ざっくりネギと油揚げを、あさりと秘伝の出汁で煮込んだ「深川どんぶり」を食す。(卵黄2個入り。「これでもか、これでもか」と言うぐらいに、汁とご飯とあさりの量が半端ない。いつの間にか会話も忘れ、ツレと二人、ただ黙々と口に運ぶのみ……何とか平らげ半ば放心状態で店を出た)