2025/12/30

勝手にコトノハ映画賞2025①

現在の日本の映画状況は完全に「邦高洋低」。『国宝』の大ヒットを始め、邦画の動員数・興行収入はここ数年伸び続けているが、洋画はコロナ禍以降下降線を辿り、「新宿シネマカリテ」「池袋シネ・リーブル」等、馴染みの映画館が2026年の幕開け早々に閉館を余儀なくされる事態になっている。 私のように年間鑑賞数、洋画8割・邦画2割の人間にとっては本当に残念な事だが、あまり巷で話題になっていない良質の洋画に目をつけ、割と小ぶりな映画館で一人静かに味わうことこそ映画ファンの醍醐味の一つ(見知らぬ国・土地・風土に触れる楽しさもある)。2026年も洋画館の隆盛を願いつつ様々な国の作品との出会いを楽しみにしたい。
さて本題、2025年の「勝手にコトノハ映画賞」は以下の通り。 

●最優秀作品賞(1本に絞り切れず、特に印象に残った2作品に!) 

『名もなき者』(監督:ジェームズ・マンゴールド/2024年製作、アメリカ)
 

ミネソタ出身、無名のミュージシャンだった19歳のボブ・ディランが、時代の寵児としてスターダムを駆け上がり、世界的なセンセーションを巻き起こしていく様子を描いた伝記ドラマ。ボブ・ディラン役のティモシー・シャラメのほか、エドワード・ノートン(ピート・シーガー)、エル・ファニング(恋人シルヴィ)、モニカ・バルバロ(ジョーン・バエズ)、ボイド・ホルブルック(ジョニー・キャッシュ)、スクート・マクネイリー(ウディ・ガスリー)らが共演。第97回アカデミー賞で作品賞を始め計8部門でノミネートされた(残念ながら受賞には至らず)。 
というわけで、長年に渡りボブ・ディランの楽曲に親しんできた人間なら、その物語に思い入れも込めて見入るのは当たり前!なのだが、ストーリー以上に魅せられ、驚かされるのは、主演ティモシー・シャラメの素晴らしい演技力&凄まじい歌唱力。5年半のトレーニングの成果とはいえ、よくぞここまで!…と、只々感心するばかり。加えて、ジョーン・バエズを演じたモニカ・バルバロの歌声も素晴らしい!の一言。役が決まった時点では、歌も演奏も未経験だったというから、これまたビックリ!というほかない。
まあ、その二人の歌声を聴くだけでも十分に楽しめ、満足のいく作品なのだが、個人的に「えー、そうだったの!?」と、さらに驚かされたのは、ボブ・ディランとジョーン・バエズの恋愛(関係)……ボブ・ディランが、というより、10代の頃から勝手に抱いていたジョーン・バエズのイメージが(いい意味で)完全にひっくり返ってしまった。(ボブ・ディランの奔放な、というか身勝手な女性関係に関しては世間常識的に「クズ男」等、非難の声が多いようだが、「だって、(放浪詩人)ボブ・ディランだもの」で、済む話ではないだろうか)
鑑賞後、その辺りの彼女の心境が気になって、早速、ジョーン・バエズの曲をネットで探ってみた所、ボブ・ディランとの関係を歌った一曲を見つけることができた。
曲名はDiamonds And Rust(ダイヤモンドと錆) 以下、その詞の一節。

あなたはいきなり登場し そしてすでに伝説
磨かれていない原石  生まれながらの放浪者

今、私たちはあの安ホテルの窓辺で微笑んでいる 
ワシントンスクエア広場を望みながら
二人の息は混じり合い窓を曇らす 
正直に言うわ……あの時あそこで死んでもよかったのよ 

最後の行を読んだ瞬間、少し鳥肌が立った気がした。その後、彼女はこう語っている。
「ボビーという青年は今まで出会った連中とはまったく別格だった。人の心を打つ何かを持っていることは間違いなかったわ。(出会った)その瞬間から私の心が何かに向かって動き始めたのを憶えている」 


 『トワイライトウォリアーズ 決戦!九龍城砦』(監督:ソイ・チェン/2024年製作、香港) 

黒社会が覇権を争う九龍城砦で男たちが繰り広げる死闘を描き、香港で大ヒットを記録したアクション映画……まず、のっけから流れる広東語バージョンの『ダンシング・ヒーロー』(荻野目洋子のヒット曲)がイイ感じで胸に響く(この時点で、JPOPが東アジアで人気を高めていた1980年代後半の話というのが分かる。映画後半では吉川晃司の『モニカ』を最強の敵が歌う場面も!)。その後は、世界最大のスラム「九龍城」を舞台に繰り広げられる勢力争い&超ド級のカンフーアクションシーンに目が釘付け。
という、もうとにかく問答無用の面白さ!2025年、最も楽しめたのはこの映画かも?と思う。 
因みに、作品の舞台「九龍城」だが、元々は清王朝の国土防衛用の砦として作られた建物らしく、アヘン戦争で香港がイギリスに借款されることになり、香港がイギリス領になった時点で、そこだけ清の軍の砦(飛び地)として残されたようだ。その後、清という国はなくなり、無人の砦に。だが、英国もその土地の権利は持っておらず、中国は共産国家になり…という具合で、「九龍城」は、どの国の治安権力も及ばない「無法地帯」と化し、中国から逃げてきた難民の人たちや地元のヤクザが住み着く城になったというわけ。故に、城内には電気も流されておらず、各自が勝手にどこからか引いてくるため、建物の中を縦横無尽に駆け巡る電線の量が半端なく凄まじい。(砦内部も各自が勝手に建物を作って、付け足していった感じで、全部バラバラ。基礎工事もなく高さ15階くらいまでいったそうだから、一時的に人口密度世界一になったというのも納得のいくところ)
そんな九龍城も、英国が香港を中国に返還することになった1987年に「破壊」が決定…… (この映画の舞台は正にその87年)そこに住む5万人の人たちを建物外に出すために香港政府が用意した立ち退き料をかすめ取ろうとする外部勢力と九龍城を仕切っている竜巻(サイクロン)という名前のボス率いる難民+ヤクザの戦いの物語(つまり侵略者に抗する先住民といった構図)。必然、私も「竜巻」たちの勝利を願ったわけだが…。

 戦いすんで日が沈み、やがて寂しきトワイライト……印象的なラストを観終えた帰り道。
記憶も新しいあの民主化運動が圧倒的な権力の手で潰された後、かつて街の象徴的な存在だったネオンサインも軒並み撤去され、人々の自由と街の輝きを失った現在の香港の姿を思い浮かべて少し心が沈んだ。