先日、岩手・大船度在住の友人から手紙が届いた。
(「会いたいね」「そうだね、いつか、きっと」などと年賀状でのやり取りだけは絶やさず続けていたが、もう30年以上、彼とは会っていない)
知り合ったのは20代最初の夏頃(彼是50年の付き合い)。高校時代の友人から「面白い男がいる」と紹介されたのだが、その際の印象は最悪。暗に「君と親しくなる気はないよ」という意思を伝えるかのように敵意のこもった眼差しを向け、口を開けば嫌味と皮肉のオンパレード……「とても付き合えるヤツじゃない」と思っていたのだが、あにはからんや、何度か会い、呑み、言葉を交わすうちに、当時の私が胸襟を開くことのできる数少ない友人の一人になった。(思えば、その皮肉と嫌味は優しさの裏返し。鋭さと無邪気さを、若干タレ目の両眼に湛え、いつも静かに微笑んでいるような大人っぽい男だったが、好みの小説や笑いのツボは一緒。性格は全く似ていなくても、感性や価値観は似たところがあったのかもしれない。同姓同士ということもあり、いつの間にか互いを「ミツルちゃん」「マサヒロちゃん」と名前で呼び合う仲になった。大学卒業後、故郷の岩手・大船度に帰った彼の家を訪ねたのは、いつ頃だったろうか…)
そんな彼からの手紙……なんだろう?と手に取ると、かなり厚い。「返信不要」という意味なのか、封筒の裏に名前はあったが、住所は書かれていなかった。(その時点で、イヤな予感はしていた)
開封して、すぐに愕然。「充ちゃんへ」と書かれた便箋(5枚)には、書くことすら苦しそうに、震える文字が連なっていた。
充ちゃんへ
君がこの手紙を手に取るということは、私はすでにこの世におりません。去年11月初旬咳が出たので行きつけのクリニックに行き、中々咳が止まらないのでレントゲン、そしてCTを撮った所、医者が言い放った言葉が、“ガンだ!”の一言でした(定期健診も受けているのにお前は何をしているんだ!)
岩手医大で診てもらったところ進行性の肺ガンでステージⅣで、すでに脳、骨、その他いくつかの臓器に転移しているとのことでした。早速医大で抗ガン剤治療が開始されました。
(中略)
効果とは一切関係なく、私の場合抗ガン剤の効果はほとんど有りませんでした。
苦しみ抜いても効果がないとは、4~5ヶ月に渡って続けて来た抗ガン剤治療を続けても意味が無いことです。私が選んだ道は緩和ケアです。
緩和ケアとは抗ガン剤の投与を一切止め、体の痛み、吐気、食欲不振、精神的不安定さを取り除くといった方法です(死期は早まるかもしれませんが?)
私にとって一番重要なことは、“私は私である”ということです。最後まで自分が自分のまま静かに最期を迎えたいということです。
ただ一つ心残りは、去年一月それまで介護してた母が亡くなって時間が出来たので、前々から勉強していた中小企業診断士の試験を受け一次試験は去年8月に合格し、さあ二次試験を今年と思っていた矢先に今回の出来ごとです。
何故、この資格と思われるかもしれません。
田舎は貧しい(日本は?)。貧しい上に格差の拡大、差別等数え上げれば切りがありません。そんな世界に小さな風穴を開けることでも出来ればとの思いからです。(少しカッコつけ過ぎ!?)
日本(世界)はどうなっているのだろう?
ジェンダー、SDGsいずれも新たな考え方みたいに言っているけど、20年も前から言われていることで、何を今さらという想いです。
(中略)
今、政治的、社会的最大の問題は何か? 地球温暖化・環境破壊が進んでいることではないでしょうか?
れいわ新選組が打ち出しているグリーンニューデール政策は資本主義(経済成長)を前提としたニューデール政策なのではないでしょうか?
温暖化・環境破壊の解決策は?
グレタが言う資本主義社会のシステム(経済成長)を変える(資本主義を止める)ことではないでしょうか?
(それを)解ってても今の生活を変えることなく人類は破滅の道を辿るのでしょうか?
(中略)
君はリスベット・サランデル(ミレニアム)を知ってるだろうか?(すでに知っているかもしれませんが)
今まで北欧サスペンスを読んできました(警察小説が中心)ヴァランダーシリーズ、特捜部Q、カミーユシリーズ(ルメートル)、ぺレス警部(アン・クリーヴス。私の最も好きな女流作家)、ラージュケプレルなど好きな作家が多いです。
去年、読む本がなくなにげなく、ホコリを被った本の中から偶然ミレニアムを手に取って読みました。十数年前の本ですが衝撃が走りました。これほどの本は今まで出会ったことがない。
今はジェンダーなんてくそくらえ!と思っているサランデル(もしそういう女性が存在するなら)に会ってみたい。
今の私にはほとんど体に力が入りません。
書く力も残ってません。
この辺で筆を置くこととします。どうか元気で。
最後にルメートルではないけど
天国でまた会おう! 雅
以上。もしこのブログを今は疎遠になっている昔の仲間が読んでいてくれたら、これを彼の最期の言葉、意思として受けとってほしい。
ミステリーが大好きで、常にユーモアを忘れず、一人故郷で暮らす今も昔と変わらず貧しい人や苦しんでいる人に眼を向け、心を砕き、よりよい世界のために何をすればいいのかを考え続けていた真摯で優しい男のことを忘れないでほしい。と思う。
生涯独身を貫いた「マサヒロちゃん」……最期はどなたが看取ってくれたのだろう。(自分の死を自分で知らせるなんて、そんな韓ドラみたいなこと、お茶目で律儀で、心優しい皮肉屋の君以外に一体誰ができるというのか!)
手紙を受け取って数日経つ今も、ざわざわした心のままにぼんやり君のことを考えている。
「また、会おう」「いつか、きっと!」なんて、言ってる場合じゃなかったね(いま無性に会いたくても時すでに遅し。どうしようないや。やっぱり会える時に会わないと!私を含め同姓代の仲間は、いつ死んでもおかしくない年だもの)
毎年、賀状で「オススメ本」を知らせてくれた君の最期の「オススメ」…『ミレニアム』は、必ず読むよ。多分それまで「どうぞ安らかに」なんて言えない(だって、死ぬ間際まで不条理な世界を憂い、戦い、私に問いかけたくれた君に対して「安らかに」なんて、何だか失礼な気がしてさ)。
君が「会いたい」と言っていた「リスベット・サランデル」に、ちゃんと私も会ってから、改めて何某かの言葉を持って、君の死を弔いたいと思う。合掌。
3月に咲き、4月を待たずあっという間に散った今年の桜……桜は散ってから咲くまでの一年間の気候によって、その年の花の質が決まるそうで、「今年の桜は質が悪い」と、桜守の佐野源右衛門さんが言っていた(桜にも「気候変動」の影響が…)。年々桜の季節が味気なくなるのは年のせいばかりじゃないのかも。
久しぶりの更新が少し重い感じになってしまいましたが、どうぞ皆さんご自愛のほど。