●『カミング・ホーム』(監督:マーク・タートルトーブ/2023年製作、アメリカ)
《ペンシルベニア州西部の小さな町に住む79歳の男性ミルトンは、娘デニスに認知症の初期症状を心配されながらも、ひとり暮らしを続けていた。ある夜、空から現れた正体不明の飛行物体がミルトンの家の庭に墜落し、平穏だった彼の日常は大きく揺らぎはじめる。周囲に訴えても相手にされず、ミルトンはともに飛行物体を目撃した同年代の隣人サンディーとジョイスと秘密を共有することになる。それぞれ孤独を抱えていた3人は忘れかけていた人生の喜びを取り戻し、これからの人生と向き合っていく(映画.comより)》というちょっと奇想天外ユーモラスなヒューマンドラマ。原題は「Jules」
物忘れの頻度が増しつつある自分にとっても他人事とは思えない作品だったが、意外なほどスッキリした後味。「Jules」と名付けられた宇宙人を匿う3人の孤独な高齢者同士の連帯が何とも微笑ましく、温かい気持ちにさせてくれる秀作だった。(Julesに誘われ、一緒に宇宙に向かおうとした彼らが、自分の居るべき場所に気づき引き返すあたりもまた良し)
で、改めて思うのだが、その全体を通した心地よさの大きな要因は、この作品が世界に蔓延る排外主義(及び排他的な思考)と真逆の位置に屹然と立っているように見えるという点ではないだろうか。「異質」を受け入れることで、お互いが寄り添い連帯し、各々の孤独や孤立が少しずつ薄れていく社会……そんな社会を希求する思いも同時に受け取ることが、本作品に対する礼儀の様な気がした。
●『済州島四・三事件ハラン』(監督:ハ・ミョンミ/2025年製作、韓国)
《3万人近くが犠牲になったとされる無差別虐殺が行われながらも長きにわたり隠ぺいされ続けてきた「済州島四・三事件」を題材に、理不尽な暴力に追い詰められながらも必死に生き抜こうとする母娘の逃避行を描いたドラマ。
1948年4月3日、外国勢力による干渉に反発した済州島の一部島民が武装蜂起したことに端を発した「済州島四・三事件」。同年10月より、政府は海岸線から5キロ以上離れた地域を「敵性区域」とみなし、「出入りする者は無条件に射殺する」という布告文を発令した。村人たちは難を逃れるため、済州島の中央にそびえる漢拏山(ハルラサン)を目指す。一時的に村を出ることになった女性アジンは、村に残してきた6歳の娘ヘセンのことが心配でたまらない。その頃、村では韓国軍が老人たちを容赦なく射殺していた。生き残ったヘセンは、母を捜すためたったひとりで山へ向かう。奇跡的に再会を果たした母娘は、生き延びるため命がけの逃避行に出る。(映画.comより)》
ノーベル賞作家ハン・ガンの長編『別れを告げない』のモチーフにもなった韓国現代史最大のタブーと称される「済州島四・三事件」(1948年の武装蜂起に始まり、朝鮮戦争を挟んで1955年に終結宣言が行われたが、政治的な圧力などによって長きに渡り語られることはなかった)。監督ハン・ミョンヒはインタビューに応えこう語った。「(四・三事件は)何の罪もない平凡な人たちが国家権力によって犠牲になった事件。犠牲者たちの声を探し、そこに焦点を当てて映画を作りたかった」「SNSによって人々が攻撃し合う現在は、事件当時と似ている」……
というわけで、映画を観終わり、改めて「国家なんて絶対に信じちゃダメだよ」と、日本の(特に)若い世代に伝えたいと思ったが、「国家情報会議法」もすんなり通っちゃったし、メディアは政府ベッタリだし、何を言っても通じないんだろうなあ、今は(と諦念)……嘘つきとバカ野郎たちが、したり顔で国を牛耳っているほど気分の悪いことはないのにね。
(こういう映画が堂々と作られ、多くの観客を動員する。という点でも隣国の民主主義の現在地が分かる。平和も自由も民主主義も失いつつある日本人の一人としては、羨ましくもあり、寂しくもあり…何とも微妙な気分だった)
●『サンキュー、チャック』(監督:マイク・フラナガン/2024年製作、アメリカ)
《作家スティーブン・キングが2020年に発表した短編小説「チャックの数奇な人生 イフ・イット・ブリーズ」を、「ドクター・スリープ」のマイク・フラナガン監督が映画化したヒューマンミステリー。
大規模な自然災害と人災が次々と地球を襲い、世界は終わりを迎えつつあった。インターネットもSNSもつながらないなか、街頭やテレビ、ラジオに突如として、「チャールズ・クランツに感謝します。素晴らしい39年間に、ありがとう、チャック」という謎の広告が大量に現れる。高校教師マーティーが元妻フェリシアに会うため家を飛び出すと、誰もいない街はチャックの広告で埋め尽くされていた。無事に出会えたマーティーとフェリシアが星々を眺めながら終末の到来を感じ、手を握り合っていると、場面は一転して広告の人物・チャックの視点に切り替わり、彼の人生をさかのぼる物語が美しい映像で紡がれていく。(映画.comより)》
「誰だ、このチャックって? 何なの、これ?」という国語教師の発言に端を発し(国語教師のみならず我々観客も「チャックって、誰?」何ですが…)、世界が破滅に向かっていく(世界だけじゃなく宇宙も!)という、摩訶不思議かつ超スケールのSF映画(ホラー要素もある)なのだが、原作は「トランプはホラーストーリー。彼の2期目が弾劾によって終わることを望む」と公言、時の大統領と真っ向対峙の姿勢を堅持する、あのスティーブン・キング。そんじょそこらのSF映画とは格が違うというか、謎めいたストーリーの中に深く胸に響く警句を忍ばせている点で、一線を画しているわけだが、その重要なカギを握るのが19世紀のアメリカの詩人ウォルト・ホイットマン。
で、そのホイットマンの詩の言葉の意味を少年時代のチャックが女性教師に尋ねるシーン……教師はチャックの頭の両側に手を置き、「私の手の間には何があるの?」と問いかける。困惑したチャックは自分の頭か脳だと答えるが、彼女はさらに踏み込み、手の間(つまりチャックの脳)には、「考えたことすべて、知っているすべての人、これから知る、出会う、見るすべての人がある」と言いながら、「私の手の間にはmultitudes(非常に多くの人々や物事)がある」と結論づける。「あなたはmultitudesを抱えているのよ」……(ホラーな場面じゃないのに、普通にゾクっときたなあ)
さて、アメリカの学校ではウォルト・ホイットマンの詩は必ず習うらしい。どういう詩かというと「君よりも素晴らしいものはこの世にないんだ」ってことを訴える詩……「絶対にその君自身を抑えてはいけないんだ。思いっきり生きるんだよ」「どんなルールも無視しろ。君自身の生き方を達成することが一番大事なんだ」と重ねて教えるそうだ。(日本は「ルールを守れ」とか「人に迷惑をかけるな」とか、端から「自由であること」を委縮させるようなことを「(正し気な)教え」として言うから、権力に従順な人間が増えるんだろうかね?)
というわけで、たとえ世界が破滅に向かおうが、「個人の自由」という最も大切な価値観、道徳やルールに縛られず自分自身で「思考」し続けることの大切さを伝えてくれる珠玉の一本、個人的に本年度ベスト1の傑作でした。(何でもチャットGPTに頼ったり、考える過程を踏まず安易に「答え」だけを欲しがったりする今のボンクラ日本人にこそ観て欲しいが、残念ながら“ボンクラ”は絶対観ないだろうなあ…)
以下、「観て損はなし」の3作品
●『ハムネット』(監督クロエ・ジャオ/2025年製作、イギリス)
「ノマドランド」のクロエ・ジャオ監督が、シェイクスピアの名作「ハムレット」の誕生の背景にあった悲劇と愛の物語を、フィクションを交えながら描いたドラマ。
※所謂“できちゃった婚”で「幸せな結婚」とは程遠い夫婦関係。静かな家庭より心をかき乱す恋を好む芸術家気質……シェイクスピアの創作の源が何だったのか、私には分かりませんが、映画的にはラストで報われ良かったね。という感じ。
●『ソング・サング・ブルー』(監督クレイグ・ブリュワー/2025年製作、アメリカ)
ヒュー・ジャックマンとケイト・ハドソンが初共演し、アメリカの国民的歌手ニール・ダイアモンドのトリビュートバンドとして活動した夫婦ミュージシャンの実話をもとに描いた音楽ドラマ。
※ヒュー・ジャックマン、相変わらず歌が上手い!共演のケイト・ハドソン(クレア役)も魅力的。映画終了後も暫く懐かしの「スイート・キャロライン」が耳の奥底で流れているような……映画自体も結構感動モノで、私もちょっぴり泣けました。
『シンプル・アクシデント 偶然』(監督ジャファール・パナヒ/2025年製作、フランス・イラン・ルクセンブルク合作)
記憶に残る秀作『人生タクシー』のジャファール・パナヒ監督(イランの巨匠。現在イラン政府から映画製作を禁じられられながらも活動中)が手がけ、2025年カンヌでパルムドールを受賞したサスペンス・スリラー。
※アメリカとイランじゃ、今は当然イランの肩を持ちたいが、「神権政治」を標榜しつつ自国の民衆の自由を奪い抑圧し続けるイラン政府を支持する気は全く無し。故に「最悪の体制に映画で抗う」名匠パナヒの健在ぶりを嬉しく思うし、心底讃えたいと思う。






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