2026/03/02

2月中のあれこれ①


22(月)

日本領サイパン島の一万日』(著者・野村進/中公文庫)読了。

第一次世界大戦後に日本の委任統治領、太平洋戦争では日米の激戦地となって、五万七千(うち民間人一万数千)もの死者を出した元・日本領サイパン。移民によって開墾され、「南洋の東京」として栄えた、その繁栄と戦禍の歴史を、「楽園」を求めて南の島に渡った二つの家族を通して描いた(一気読み必至!の)傑作ノンフィクション。驚嘆というほかない地道な取材力で、忘れられた歴史を蘇らせた著者に感謝&大拍手。(ちなみに本書の“解説”は「この人が“解説”する本にハズレなし!」と以前から信頼を置いている「池澤夏樹」。やはり今回も当たり!だった)

以下「目次」

第1章 漂着/第2章 獣の島/第3章 南洋成金/第4章 南洋の東京/第5章 北ガラパン二丁目大通り/第6章 南村第一農場/第7章 海の生命線/第8章 軍島/第9章 戦禍/第10章 収容所 エピローグ 解説・池澤夏樹

※南洋開拓の主な参加者となったのは、東北や沖縄など貧困に苦しんでいた“辺境”の人々。移住先のサイパンでも、出身地により内地人→沖縄人→朝鮮人→現地人の順で待遇に差がつけられ、戦局が厳しくなって真っ先に解雇され見捨てられたのは「土人」「三等国民」と呼ばれる日々を送った現地住民(チャモロ人やカナカ人)だったそうだ。正に「大日本帝国の素顔は植民地でこそあらわになった」という証左。

午後は(1時~)、友人の純ちゃんの家で旅仲間6人が集まって「新年会」。今年の旅行は「山形・米沢」に決まった。幹事(主にプラン作成)はワタシ。

27(土)

駅前の図書館で見つけた寺山修司の『ぼくが戦争に行くとき』(1969年に刊行された単行本の文庫化)の中に「土産は、はずれ馬券」というアメリカのハードボイルド文学の先駆者ネルソン・オルグレン(何と、あのシモーヌ・ド・ボーボワール女史の恋人だったとか)との交流が綴られている一節があった。ちょっと長いが書き留めておきたい。

《(前略)ガラクタを集めるのは彼の趣味らしく、中山の競馬場では、レースのあとの散らばっている、はずれ馬券をポケット一杯にしまいこんで「仲間にいい土産ができた」などとエツに入っていた。京都に全く興味を示さないところが、いかにもオルグレンらしく、もっぱら吉原、浅草でヌード・スタジオをひやかしたりしていたが、彼自身の本領は、むしろリチャード・ライトが指摘しているように「歴史的に根こそぎにされ、定まった形を持たない階層、つまり従順で不安定で内的均衡を欠き、どの階級にも属していないが、それでいてしかも熱烈で正直で、盲目的な渇望をいつもいだいている」人たちの怒りを代弁することである。

中山のオケラ街道で、泣き買や香具師をひやかしながら、同時にアメリカのベトナム戦争の責任をきびしく弾劾するオルグレンは、きわめて体温のある作家、肉声的な作家だ、ということができるだろう。

「ジェームス・ボールドウィンをどう思うかって?」と彼はいった。

「彼は、男色家しか友人じゃないと思っているんだ。そのくせ、彼と寝るのは白人ばっかりだ」

この批評は、そのままボールドウィン文学の本質に触れるものがある。

彼にとっては全米図書賞(アメリカで最も権威ある文学賞)や、ヘミングウェイの高い評価はほとんど問題ではなく、むしろ「もはや、文学では出来なくなってしまった」領域の狩猟にだけに魅かれているように見えた。六十歳近くなっても家庭を持たないオルグレン、彼がこの日曜日に立って行った先はベトナムであった。》

読んだ後、無性にオルグレンの作品が読みたくなって、ネットで調べた所、すべて絶版&高額(中古本)。代表作『黄金の腕』(文庫)は、アマゾンで3万円……お手上げ!だった。 


午後、衆議院選の期日前投票。(既に結果は見えているし、強く推したい人もいなくて、あまり投票意欲は湧かなかったのだが)比例は「れいわ」、地方区は“仕方なく”「中道」に。

28(日)

衆議院選挙。結果は予想通り「高市自民(&電通)の圧勝」。所謂「高市鬱(うつ)・選挙鬱」の悪化を避けるべく、選挙特番も見ず、翌朝の新聞も読まなかった。それゆえ特に感想はないが、政権の側からではなく、国民の側から(特に若者の側から)事実上「大政翼賛会(の推進)」を望んだ形になったということ。

今後は恐らく、戦後民主主義もリベラルも平和憲法もあっさり捨てて、軍拡路線まっしぐら。排外主義はさらに蔓延り、スパイ防止法(という名の治安維持法)も成立、その分、福祉や医療・介護はおざなり、個人の自由は制限され、よりあからさまに「反中・親米(というか追従)」へ向かうのでしょう。

(新しい戦前ならぬ新しい大日本帝国の復活。もしくは戦前を模した「天皇を中心とした一つの新興宗教国家」への回帰……どちらにしても“日本沈没”への道の始まりでは?)

正直、老い先短い?人生。近い将来、徴兵制が導入されようが、トランプ追従で世界から冷たい視線を浴びようが、全国各地の原発がどこぞの国のミサイルやテロリストの標的になろうが「オレの知ったこっちゃないぜ」と、一人ヤケクソ気味に啖呵を切って静かに生きるほか無し……(と思ったが、まずは長い付き合いの「仲間」と楽しく呑みつつ“鬱”を労わり合うのが先決。為政者のみならず世界中の悪意・悪行に屈しないためにもね)

 

2026/02/24

ルシンダ・ウィリアムズの“世界の行く末を憂う”新作。


昨日、友人のY君から「これ、良いよ」と送られてきた「ルシンダ・ウィリアムズ」の新作…早速、聴いてみたら本当に良かった!!

Lu's Worldwide Listening Party

以下、タイトル曲「The World’s Gone Wrong」及びラストナンバー「We’ve Come Too Far To Turn Around」の訳詞。


The World’s Gone Wrong

彼らは毎朝起きて仕事に出かける

彼は車を売り、彼女は看護師

長時間働くことはまるで悪魔の呪い

暮らしは苦しくなっているけれど、まだ最悪ではない

彼女はニュースを無視しようとする

何もかもが理解できず、混乱してしまう

何が嘘で、何が本当なのか

このまま乗り越えられないのではと不安になる

 

さあ、ベイビー、強くいなきゃ

暗い日々がどんどん長くなっている

歌に慰めを求めながら

誰もが知っている、この世界はおかしくなってしまったと

誰もが知っている、この世界はおかしくなってしまったと

 

彼らには状況が悪化しているのがわかる

町じゅうに空き家が増えている

多くの行方不明者は見つからないまま

悪い兆しがあちこちにあふれている

多くの人が路上に追い出され

生活を維持するのはますます困難になっている

彼は毎晩、疲れ切って帰宅し

この苦しみにいつまで耐えられるのかと思い悩む

 

彼女は窓の外を見つめて首を振る

読んだことが信じられない

耳にすることが信じられない

ある日はベッドから起き上がれないこともある

これが永遠に続かないことを願いながら

きっと良くなると信じたい

気持ちを保つのがだんだん難しくなっている

今こそ、これまで以上にお互いが必要なのだ

 

彼女は彼をぎゅっと抱きしめ、やさしく微笑む

悲しい気持ちはひとまず置いて、マイルスをかけましょう

そして裸足でタイルの上を踊ろう

少しのあいだだけでも悩みを忘れるために

 

誰もが知っている、この世界はおかしくなってしまったと

 

We've Come Too Far To Turn Around

私たちはこの試練に疲れ果てている

幾多の苦難に、もううんざりしている

けれど、ここまで来たのだ 今さら引き返せない

 

東から西へ

北から南へ

私たちはあまりに遠くまで来た 引き返すことはできない

 

そして私たちはここにいる

この巨大な病を目撃するために

ここまで来たのだ もう後戻りはできない

 

私たちは悪の目をまっすぐ見つめてきた

悪魔とゆっくり踊ったこともある

その食卓に座り

宴を共にしたこともある

 

その嘘という液体を飲み込み

憎みながらも耐え忍び

その変装に惑わされ

その信念にだまされてきた

 

私たちはその怒りの犠牲者となり

道から外れたこともあった

それでも、ここまで来たのだ 引き返せない

 

私たちは下ろすだろう

憎しみと分断という重荷を

ここまで来たのだ もう後戻りはできない

 

400年以上にわたり

私たちは涙の道を歩んできた

そしてここまで来たのだ 引き返すことはできない

 

私たちは悪の目をまっすぐ見つめてきた

悪魔とゆっくり踊ったこともある

その食卓に座り

宴を共にしたこともある

 

その嘘という液体を飲み込み

憎みながらも耐え忍び

その変装に惑わされ

その信念にだまされてきた

 

私たちはこの試練に疲れ果てている

幾多の苦難に、もううんざりしている

それでも、ここまで来たのだ 引き返すことはできない

 

※歌を聴いた後、ネットでこんな記事を見つけた。

1992年、彼女は『Sweet Old World』(直訳「懐かしの愛しき世界」)というアルバムを出しました。それから34年後、ウィリアムズはニュー・アルバム『World's Gone Wrong』(直訳「世界はおかしくなってしまった」)でぐっと陰鬱な評価を打ち出しています。

今回のリリースに際し、発表されたニュースリリースには、アルバムの主眼がこう綴られています。「止むに止まれぬ思いで書き上げレコーディングされた、粗削りで潔いナンバー揃い。9曲のオリジナル楽曲を通して、ウィリアムズは私たちの生きているこの時代を詳述するのみならず、私たちにその試練を乗り越えてみろと焚き付けているのです」

彼女は『Morning Edition』のスティーヴ・インスキープにこう語ります。「レコード契約を取り付けるまでが大変だったのよ、何しろみんなに私の曲は暗過ぎるって言われ続けてね。でもね、暗さって、それこそが物事を面白くするんじゃないの」

今回の『World's Gone Wrong』には様々なプロテスト・ソングが収められていますが、これはウィリアムズがかねてずっと書きたかったものでした──1960年代のボブ・ディランの作品に対して抱いていた憧れに立ち戻ったのです。ただ、ミュージシャンとして活動を始めて以来、彼女はずっとプロテスト・ソングを書くことの難しさを味わってきました──けれどそれも、ドナルド・トランプがホワイトハウスにやって来るまでのことでした。

「毎日毎日、大統領が何か言ったとか、決断を下したとか、とにかくクレイジーなことに事欠かなくなっちゃったから──必然的にこういう曲が生まれて来たのよ」

アルバムの中にはボブ・マーリーの名曲「So Much Trouble in the World」のカヴァーも収められており、レコーディングにはメイヴィス・ステイプルズも参加しています。ウィリアムズはこの曲について、「“So Much Trouble In The World” は初めて聴いた時から衝撃を受けた曲で、ここ数年ずっとやりたいと思って色々試していたの。で、今回のニュー・アルバムが時事問題を扱うものになるだろうって徐々に形が決まって行き始めた時に、これは絶対レコーディングしなきゃと全員一致で決まったのよ。あの曲はこのアルバムのセンターピースだから、私と一緒に歌ってもらうのに、メイヴィス・ステイプルズ以上の適任はいなかったわ。彼女と2人で一緒に何かやりたいとずっと思っていたんだけど、ようやく叶って本当に嬉しいのよ、それもこんな素晴らしい曲でね」とコメントしています。

なお、2020年に起こした脳卒中の治療をまだ継続中のウィリアムズですが、今はこれらの新曲をひっさげてロードに出る気満々です。

「今も歩く時は結構大変なの。ステージに上がる時も降りる時も、歩く時にはうちのツアー・マネジャーのトラヴィスが腕を支えてくれるのよ。時にはバランスを支えるためにマイクスタンドにしがみつかなきゃならないこともある。でもちゃんと歌えるから。今はギターは弾いてないけど、それはこれからね」》(MUSIC LIFE CLUBNEWS「ルシンダ・ウィリアムズ、新作で世界の行く末を憂う」より)

 

2026/02/11

1月の(結構なが~い)メモ②


116(金)

久しぶりに「ポレポレ東中野」へ。

イスラエル首相ベンヤミン・ネタニヤフの汚職疑惑の実態に迫ったドキュメンタリー『ネタニヤフ調書』(監督:アレクシス・ブルーム/2024年製作、イスラエル・アメリカ合作)を観てきた。(ドキュメンタリーといっても“主演”は、あのネタニヤフ。年明け早々見るような映画じゃないよなあ…と、若干ためらったが、上映時間・上映場所が丁度良く「いま見過ごしたら、二度と見られないかも?」と、鑑賞を決めた)

で、《ネタニヤフ自らが公開中止を求めて訴訟を起こそうとして、イスラエル国内では上映禁止になった》この作品の注目点は3つ。

①ネタニヤフの鉄面皮ぶりは予想通りだったが、その妻と息子がネタニヤフに輪をかけて傲岸不遜。(どうやらネタニヤフは恐妻家。汚職の原因も我儘放題で贅の限りを尽くす大統領夫人サラ・ネタニヤフに逆らえない故か? また、人格破綻という形容がぴったりの息子ヤニールもかなりの危険人物。現在、公的な役職にはついていないもののネタニヤフのソーシャルメディア戦略における、中心的助言者にして黒幕だと考えられているようだ)

②「友は近くに、敵はもっと近くに」という映画『ゴッドファーザー』の台詞をネタニヤフが引用する場面があったが、イスラエルの敵であるはずの「ハマス」に資金援助を行っていたという衝撃的事実あり。(西岸地区を支配する穏健派ファタハの力を削ぎ、ハマスを“パレスチナの代表”に押し上げるための策略だったとのこと。ネタニヤフにとってハマスは、武力攻撃の口実を付けやすいコントロール可能な“敵”だったようだ)

③(自らの裁判を引き延ばすためなら戦争の長期化すら厭わない)ネタニヤフが政権維持のために手を結んだ極右政党のリーダー格2人(現政権の中枢にいる)が頗るヤバいレイシスト(というか、サイコパス)。この3者揃って“司法改革”の名の下に最高裁判所の“弱体化”を図っていたというから、恐ろしいなんてもんじゃない。(まさに、右傾化に拍車がかかる今の日本が“他山の石”とすべきものだが、司法の弱体化は安倍政権時から進行中で既に手遅れかも?)

以上。現在のイスラエル&ネタニヤフ一族を知る上で、非常に見ごたえのある一本だった。(まあ、観ていて気持ちのいい映画でもないし、時間があれば…というくらいで特にオススメはしません)

121(水)

ぜひ映画化してほしい圧巻の歴史ミステリー(文庫本にして770頁余りの長編。ナチの戦争犯罪人=女性暗殺者「ハントレス」を追う男女3人のナチハンターの物語)『亡国のハントレス』(著者ケイト・クイン、訳・加藤洋子/ハーパーコリンズ・ジャパン刊)読了。疲れた、痺れた、超面白かった。


123(金)

午後3時、大江戸線・練馬春日町駅近くの病院「豊島園 大腸肛門科」にて大腸内視鏡検査あり。(5ミリ程度の小さなポリープが見つかり即、切除。1週間の安静及び食事制限を申し受ける)※後日、組織検査の結果は「良性」と知らされたが、「ポリープを切除したので、1年後、また検査しましょう」とのこと。やれやれ…

125(日)

NHKドキュメンタリー「戦慄の占領地」を見る(報道は全くダメだが、ドキュメンタリーとドラマは文句なしのNHK)。戦時下とはいえ、人間はここまで酷いことを平然とやれる生き物なんだなあ…と、底知れぬ虚しさと怒りが交差する衝撃的なドキュメンタリーだった。

129(月)

ブルース・スプリングスティーンが急遽、新曲をリリース! 只々、沁みた!!

B・スプリングスティーン:「この曲は土曜日に書き、昨日レコーディングし、今日皆さんに公開しました。ミネアポリスを襲っている国家テロへの対応として。ミネアポリスの人々、私たちの罪のない移民の隣人、そしてアレックス・プレッティとレニー・グッドに捧げます」

https://www.bing.com/ck/a?!&&p=898efaaf9d2764101a5698c3efb65b293e3a1f2a940ef7408a34312352ab8da5JmltdHM9MTc2OTU1ODQwMA&ptn=3&ver=2&hsh=4&fclid=25723f26-8df9-66dc-363a-2af98c85674d&psq=Bruce+Springsteen+Releases+ICE+Protest+Song+%e2%80%98Streets+of+Minneapolis%2c%e2%80%99+Slamming+%e2%80%98King+Trump%e2%80%99s+Private+Army%e2%80%99+and+%e2%80%98State+Terror%e2%80%99&u=a1aHR0cHM6Ly92YXJpZXR5LmNvbS8yMDI2L211c2ljL25ld3MvYnJ1Y2Utc3ByaW5nc3RlZW4tc3RyZWV0cy1vZi1taW5uZWFwb2xpcy1pY2UtcHJvdGVzdC1zb25nLTEyMzY2NDM1Mzgv

※アレックス・ブレッティとレニー・グッドは、共にトランプ肝いりのICE(国境警備隊のエージェント)によって射殺された市民。

※後日、友人が訳詞を送ってくれた。

冬の氷と寒さを越えて

ニコレット・アベニューを下り

炎に包まれた街は 火と氷の中で抗っていた

占領者のブーツの下で

DHSに属する「王トランプ」の私兵

コートの腰に銃を下げ

「法を執行するためだ」と言いながら

ミネアポリスにやって来た――それが彼らの言い分だ

煙とゴム弾に抗い

夜明けの最初の光の中で

市民たちは正義のために立ち上がり

その声は夜を貫いて響いた

だが 慈悲があるべき場所には

血に染まった足跡が残り

雪に覆われた通りに、二人の遺体が置き去りにされた

アレックス・プレッティと レネー・グッド


ああ ミネアポリスよ 霧のような血の中から

あなたの声が聞こえる

この土地と私たちの中にいる“よそ者”のために

私たちは立ち上がる

ここは私たちの家 彼らが殺し 歩き回った

2026年の冬

私たちは忘れない、通りで命を落とした者たちの名を

ミネアポリスの街路で


トランプの連邦の暴力装置は

彼の顔と胸を打ち据え

やがて銃声が響き

アレックス・プレッティは、雪の中で息絶えた

彼らは「正当防衛だ」と言う

だが どうか 自分の目を疑うな

それは私たちの血であり 骨であり

笛の音と スマホの記録

ミラーとノームの汚れた嘘に対抗する唯一のもの


ああ ミネアポリスよ。血に煙る霧の中で

あなたの泣き声が聞こえる

私たちは忘れない、通りで命を落とした者たちの名を

ミネアポリスの街路で


彼らは言う。「法を守るために来た」と

だが 彼らが踏みにじるのは、私たちの権利だ

肌の色が黒でも 茶色でも、友よ、あなたは呼び止められ

その場で尋問され、あるいは 追放される


ICE は出て行け」という叫びの中で

この街の心と魂は生き続ける

割れたガラスと 血の涙を越えて

ミネアポリスの通りの上で


ああ ミネアポリスよ。血に煙る霧の中で

あなたの歌声が聞こえる

ここは私たちの家。彼らが殺し 歩き回った

2026年の冬

私たちは立ち上がる。この土地と

私たちの中にいる“よそ者”のために

私たちは忘れない、通りで命を落とした者たちの名を

ミネアポリスの通りで

私たちは忘れない、通りで命を落とした者たちの名を

ミネアポリスの通り

 

午後は池袋へ。「グランドシネマ・サンシャイン」で中国映画『長安のライチ』(監督:ダー・ボン/2025年製作、中国)を鑑賞。

唐の時代、経理の計算しか取り柄の無い下っ端役人が、上司の策略に乗せられて、皇帝が楊貴妃の誕生日にプレゼントするライチを届けるために奮闘・苦闘する(謀略、友情、裏切り、さらに「走れメロス」的な切迫感もある)極上の歴史エンタメ。

「人生は短く、この世は儚い」…仄かな寂しさ&侘しさが胸に迫るエンディングも“納得”の一言。そしてエンドロール。誰もが抱く“儚さ”を愛おしむように、励ますように流れる歌2曲も秀逸(特に詞が)。思いがけず、強く胸に響いた。

https://note.com/shannon301/n/na8172dabaae7

鑑賞後、池袋西武の「三省堂」で、『ブラック・スノウ 東京大空襲と原爆投下への道』(著者・ジェームズ・M・スコット、訳・染田屋茂/みすず書房)を商品券(年賀状制作の謝礼として友人から頂いた)で購入し帰路に就く。

 

2026/02/08

1月のメモ①


日に日に世界が悪くなる 気のせいか そうじゃない

そんなじゃダメだと焦ったり 生活しなきゃと坐ったり

ハンバートハンバートの歌「笑ったり転んだり」が妙に胸に沁みる今日この頃。皆さまお元気でお過ごしでしょうか。

さて、年も明け、早2月……まずは1月中のあれこれを。


11日(祝)

11時過ぎ、息子夫婦来宅……玄関に立つ愚息の姿を見て少しギョッとした。去年より更に大きくなっている(というか、めっちゃ太っている)!! 

このご時世、経済的に多少ゆとりがあって食べたい物を好きなだけ食べられる。というのは結構なことだが、明らかに好物のラーメン、パスタ等、炭水化物の過剰摂取(という体型)。若いと言っても既に40代突入、成人病のリスクも高まるし、「スタイリスト」なら、自分のスタイルも何とかしろよ!と思うが、本人もパートナーのアユちゃんもあまり頓着していない様子。親の心配をよそに「美味しい、美味しい」と、我が家の“年一”料理をパクついていた。

1月3日(土)

「アメリカがベネズエラを攻撃」「マドゥロ大統領を拘束」という衝撃的な見出しが、各メディアのトップを飾った。暴君トランプによる「モンロー主義」の復活(本人曰く「ドンロー主義」だそうだ)。悲しいかな、時代が完全に逆回転してしまったようだ。

※それから何日か経って、こんな記事を読んだ。

https://www.japan-aala.org/wp/wp-content/uploads/2026/02/20602.pdf

羽場久美子氏(青山学院大学名誉教授)の「ベネズエラ攻撃の国際的影響と日本の針路」

15(月)

初仕事。9時半に家を出て、仕事終了13時。

(年明け早々、本部から「75歳定年」を告げられたが、「まあ、そうだろうなあ…」と、特に異議はなし。夏場の熱中症リスクの高さ、急ぎのクレーム対応、狭所でのパソコンやストロボ交換、重い荷物を持っての“通勤”等、年寄りには結構キツイ仕事。自分も「精々あと2年」と思っていた)

16(火)

初詣。3年連続で行った新宿・花園神社はやめて、東伏見から西武新宿線で「新井薬師前」へ。

長蛇の列に並ぶこともなく、10分程度で参拝(&お札・おみくじ購入)終了。静かで落ちついた雰囲気の心地よい神社だった。引いた御籤も夫婦そろって「吉」。


帰り道、地域で有名な精肉店「ニシジマ」に“ちょい寄り”。牛すじ(煮込み用)、松坂牛ステーキ(超特売!1枚千円)、海老フライ、メンチカツなどを購入。

110(土)

13時~新年会あり。新宿の居酒屋「京町恋しぐれ」(馴染みの映画館「新宿武蔵野館」のあるビルの7F)に9人の仲間が集まった。

まず、年の瀬に(簡単な)手術をしたO君の「(切ない)持病」の話から始まり(同病相憐れむ…というわけでもないのに、手術や病気の話で盛り上がるって何なのかね?)、続いて暴君トランプ(の“新たな植民主義”)へ……さらに高市、野田など…(「松下政経塾」出身の政治家にロクな奴はいない)という話になり、酒がほど良く回ったところで、私が「映画」の話(『黒川の女たち』『   TOKYOタクシー』『国宝』等)に切り替え…といった具合で鍋をつつきながら話が途絶えることなく“ぎっしり”2時間、楽しく語り合った。(やはり、このメンバーとの飲み会は格別且つ特別なもの)

2次会は6人の仲間と「カラオケ」……私は玉置浩二の「メロディー」と、島倉千代子の「愛のさざなみ」の2曲を歌ったが、思うように声が出ず、沈没。

※後日、新年会にも出席していた友人のK君から自作の句が書かれて葉書が届いた。

付合ひは五十余年や新年会

115(日)

「高市総理大臣、衆議院解散の意向」という報あり。

そんな中、ネット上で見知らぬ誰かの“つぶやき”に触れた。

《選挙が始まるとオンラインはまた聞くに耐えないフェイクやヘイトやYouTuberの閲覧数稼ぎの蛮行に溢れテレビなど地上波は「中立」という名の沈黙をする。最後は太田光とかの開票特番が流される。選挙とはそういう怒涛のように押し寄せる愚かさに耐えることでしかなくなっている》

けだし同感。

新聞を読むのもニュースを見るのもバカバカしくなって、本棚から吉本(隆明)さんの本を取り出した。

タイトルは『世紀末ニュースを解読する』(1996年、マガジンハウス発行)。

その中の165P「世界史的未来からみた憲法九条の現実性」という小見出しがついた対談形式の一文に目が留まった。

――(インタビュアー)「国際間国家」のことでいえば日本とアメリカの経済摩擦が激化するなかで、日本が軍事力を強化し核武装でもしなければ、アメリカと対等になれないという主張もありますね。

(吉本さん)こんな言い方はしたくないのですが、核武装するといっても、米ソをはるかに超えるような軍事力をもつ以外にはその考え方はまったく意味のないことになります。そんなことは100%不可能です。どこに未来性があるかといえば、九条を非暴力・非戦力の理想の原則として、そこから世界の軍事力の解体のほうへ、もっていくというやり方のほうが、はるかに現実的だと思います。

その吉本さんの言葉から30年が経ち、「軍事力強化」「核保有」が政権内から発せられる今、改めて「憲法九条」の価値を(平和戦略的に)問い直す必要があるのかもなあ…と思った。

2026/01/07

勝手にコトノハ映画賞④(邦画)


●最優秀作品賞

『敵』(監督:吉田大八、主演:長塚京三)

※筒井康隆の同名小説を『桐島、部活やめるってよ』等の吉田大八監督が映画化。


主人公は、仏文学者で大学教授の職をリタイアし、祖父の代から続く日本家屋に一人暮らす渡辺儀助77歳(妻とは死別)……と書くと、寂しい独居老人の姿を思い浮かべるだろうが、質実剛健という言葉を久しぶりに思い出すほどの整った暮らしぶり。加えて料理は上手いし、蓄えもまあまあ豊富。孤独とも無縁そうで、時には友人と酒を酌み交わし、教え子を招いてディナーも振る舞う。正にイケおじならぬイケ爺といった風情だったが、物語中盤、書斎のパソコン画面に突然「敵がやって来る」という不穏なメッセージが流れた辺りから、整った”雰囲気は一変。普段はインテリらしいプライドの高さによって抑え込まれていた煩悩が、彼の妄想の中で顕在化、哀しくも可笑しい“夢と妄想の人”儀助さんの余生が描かれる……という「さすが筒井康隆!(&吉田大作)」的展開。その筋立ての面白さに拍手し(もちろん心の中で)、ほど良いユーモアに包まれながら、現世の煩いや執着から離れて「穏やかな死」を迎えることの難しさを、改めて思い知らされる作品だった。(というわけで、日本アカデミー賞は恐らく『国宝』が選ばれるだろうが、私的には十分匹敵できる傑作だと思う。儀助を演じた長塚京三はもとより、儀助の現実と妄想を行き来する3人の女性「瀧内公美、河合優実、黒沢あすか」も実に個性的かつ魅力的。とりわけ瀧内公美)

 

●優秀作品賞

TOKYOタクシー』(監督:山田洋次、主演:木村拓哉、倍賞千恵子)

本作が91本目の監督作となる山田洋次が、倍賞千恵子と木村拓哉を主演に迎え、2022年製作のフランス映画「パリタクシー」を原作に描いたヒューマンドラマ。

監督・山田洋次、主演・木村拓哉……ということでイマイチ食指が動かず「さて、どうしようかな?」と少し観るのをためらった映画だったが、やはり変な先入観は禁物。      御年94歳、山田洋次監督の集大成(キムタク運転のタクシーが最初に“すみれさん”倍賞千恵子を乗せる場所は「葛飾柴又・帝釈天」…言わずと知れた「寅さん」の町)とでも言うべき、監督自身の使命感と映画愛に満ちた傑作。年の瀬を飾るにふさわしい絶品の味わいだった。

で、この作品のテーマは何かと言うと、ずばり「戦後史の継承」(忘れちゃいけない「昭和」、ここにあり!)……東京大空襲から戦後の復興、そして高度経済成長期までの東京及び日本(19451960年代)を、映画を通して「若い世代」に伝えること。そういう意味では「違う世代の人間が車に乗って旅をする」珠玉のロードムービー『幸せの黄色いハンカチ』と同じ構成だが、「新しい戦前」とも言われるこの国の今、「伝えたい思い」は本作の方がより強く感じた。(戦後復興の只中で生まれた私も、より若い世代の人たちに観て欲しいと思う)


●最優秀ドキュメンタリー作品賞

『黒川の女たち』(監督:松原文枝/2025年製作)


戦時下の満州で黒川開拓団の女性たちに起きた「接待」という名の性暴力の実態に迫ったドキュメンタリー。

193040年代に日本政府の国策のもと実施された満蒙開拓により、日本各地から中国・満州の地に渡った満蒙開拓団。日本の敗戦が濃厚になるなか、19458月にソ連軍が満州に侵攻し、開拓団の人々は過酷な状況に追い込まれた。岐阜県から渡った黒川開拓団の人々は生きて日本に帰るため、数えで18歳以上の15人の女性を性の相手として差し出すことで、敵であるソ連軍に助けを求めた。帰国後、女性たちを待ち受けていたのは差別と偏見の目だった。心身ともに傷を負った彼女たちの声はかき消され、この事実は長年にわたり伏せられることになる。しかし戦争から約70年が経った2013年、黒川の女性たちは手を携え、幾重にも重なる加害の事実を公の場で語りはじめた》(映画.comより)

戦争は人を狂わせる。改めてそう思い知らされる作品。被害の事実を語り始めた女性たちの勇気もさることながら、戦後に生まれた「黒川開拓団」の人々のご遺族・ご子息の真摯な姿勢と確かな認識。とりわけ「被害」の歴史と共に「加害」の事実もきちんと刻むことを明言し、碑文の建立に力を注いだ遺族会の4代目会長の姿には、頭が下がる思いだった(その正しい歴史認識と真っ当な精神が、この映画の価値をより高めているように思う)。また、同じく遺族会の男性(犠牲になった女性の息子さん)の「未だあの戦争の総括を誰もしていない」という言葉も胸に残る。(そう、あの戦争の責任を誰もとっていないまま戦後が始まったのだ。私たちはそのことを忘れてはいけない)

もう一つ、映画の中で被害女性の一人が、インタビューに答えて「戦争反対の女性政治家が出てくることを期待して女性にいつも投票している」と語っていたことも印象的。(逃げた関東軍も男、接待に活かせた大人も男、帰国後の彼女たちを中傷し隠そうとしたのも男。そして何より、馬鹿な戦争を始めたのは男たち。

やはり今でも「戦争は女の顔をしていない」……はずなのだが、さて、高市早苗さん、「軍拡路線」まだ続けます?)

2026年元旦、「必見だよ」と以前この映画を勧めた友人からこんな俳句が書かれた賀状が届いた。

敗戦忌まだ語られぬこと多し

《この句は、「黒川の女たち」を見て作ったものです。私も涙が止まりませんでした》とのこと。10日の新年会で彼と会うのが楽しみ。


その他、邦画実写歴代1位の興行収入を達成、社会現象にまでなった『国宝』(吉沢亮も良かったが、何といっても田中泯)。そして同様の大ヒットが期待されながら何故か動員数も興収も伸びず低迷した『宝島』(妻夫木聡、窪田正孝、広瀬すず…みんな良かった)も、しっかり心には残っているが、正直、みんな知っている映画だろうし、特に書きたいこともないので、コトノハ舎的には「選外」としたい。(ただ、同じ「宝」の付く2作品。これほど世間の評価に差が生じるとは?……私的には、テーマ重視で『国宝』より『宝島』推し。いま私たちが目に焼き付けるべきは「藤娘」より「コザ暴動」ではないだろうか)

 

以上。「勝手にコトノハ映画賞2025」でした。

2026/01/05

勝手にコトノハ映画賞2025③


続「優秀作品賞」

『ひとつの机、ふたつの制服』(監督:ジャン・ジンシェン/2024年製作、台湾)


921大地震という大災害はあったが、経済発展著しい1990年代の台北を舞台に、高校の夜間部と全日制でひとつの机を共有する2人の女子生徒の友情と成長の物語が瑞々しいタッチで描かれる青春映画。(やはり台湾の青春映画にハズレなし!の佳作)

ところで。本作とは関係ないが、「台湾は無事じゃなきゃいけない。台湾と大陸の関係はあくまで対話によって平和的に解決をしてもらわなければならない」「有事、有事と煽らず騒がず、無事を願う」という趣旨の岩屋・元外務大臣の発言に私も賛意を表したい。

 

『プラハの春』(監督:イジ―・マードル/2024年製作、チェコ・スロバキア合作)

1968年にチェコスロバキアで起こった民主化運動「プラハの春」で、市民に真実を伝え続けたラジオ局員たちの奮闘を、実話をもとに描いたドラマ。チェコ本国で年間興行成績および動員数1位となる大ヒットを記録し、チェコとスロバキア両国の映画賞で多数の賞を受賞。第97回アカデミー賞国際長編映画部門のチェコ代表作品にも選出された。

いま観るべき映画No.1!と言ってもいいかもしれない予想通りの秀作。特に政権への同調と配慮を欠かさない我が日本の大手“堕メディア”関係者に観て欲しい(見習ってほしい)と思う。因みに民主化ムード漂う政治的過渡期を全斗換の粛軍クーデター及び武力鎮圧(光州事件)によって潰された「ソウルの春」も、政治的自由化運動が社会主義圏の強い圧力によって挫折した「プラハの春」が由来。

 

『ワン・バトル・アフター・アナザー』(監督:ポール・トーマス・アンダーソン/2025年製作、アメリカ)

ベルリン、カンヌ、ベネチアの3大映画祭で受賞歴を誇るポール・トーマス・アンダーソンが、レオナルド・ディカプリオを主演に迎えて手がけた監督作。冴えない元革命家の男が、何者かにひとり娘を狙われたことから次々と現れる刺客たちとの戦いを強いられ、逃げる者と追う者が入り乱れる追走劇を展開する。

まるで現在の(トランプの)アメリカを予期していたかのような作品(映画を観ていると現在の話のように思うが、撮影はトランプの“移民狩り”も分かっていない2023年から始まっていたようだ)。故に、全体的には笑える要素たっぷりのコメディ映画なのだが、恐怖に近い薄気味悪さが随所に漂う。とりわけ、元革命家ボブ(ディカプリオ)を執拗に狙う差別主義者の右翼軍人ロックジョー(ショーン・ペン)が恐ろしい&キモイ。以上。総じて、ディカプリオの好演とショーン・ペンの怪演が印象的な“トランプのアメリカ”予言映画といった感じ。

 

『ノー・アザー・ランド』(監督:バーセル・アドラー他/2024年製作、ノルウェー・パレスチナ合作)

破壊される故郷を撮影するパレスチナ人青年と、彼の活動を支えるイスラエル人青年の友情を、202310月までの4年間にわたり記録したドキュメンタリー。2024年・第74回ベルリン国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞と観客賞を受賞し、第97回アカデミー賞でも長編ドキュメンタリー賞を受賞した。

舞台はヨルダン川西岸のパレスチナ人居住区。その土地に暮らすパレスチナの人々を追い出すために「軍事演習場建設」を口実に(演習場建設は真っ赤な嘘。単に壊すことが目的)彼らの住居を破壊し尽すイスラエル軍、そしてイスラエル軍の支援を盾に我が物顔でパレスチナの人々の土地を奪い、ほくそ笑む入植者たち。その非人道的行為に沸々と怒りがこみ上げるドキュメンタリー。必然、後味は極めて悪い(重い)が、知らなきゃいけない世界の現実。改めてパレスチナの人々に平和と平安の日々が訪れることを願わずにはいられなかった。(日本政府にも早く「パレスチナ国家承認」を行ってほしいが、戦後80年、立派な憲法を有しながら、未だ「属国」「奴隷根性」。トランプの顔色ばかり気にしているようでは無理な話)

その他、印象に残った作品

主演デミ・ムーアの怪演が印象に残るホラー&コメディ『サブスタンス』(アメリカ)、私も大好きな韓ドラ『賢い医師生活』の好演が記憶に新しいチェ・ジョンソク主演のサスペンス映画『大統領暗殺裁判16日間の真実』(韓国)、ローマ教皇選挙の舞台裏と内幕に迫ったミステリー『教皇選挙』(アメリカ)、アメリカで「素晴らしい映画だよ」と口コミで広がった“崩壊家族”再生の物語『カーテンコールの灯』(初日の渋谷「ル・シネマ宮益坂」で俳優の柄本明氏と遭遇。「観て良かった!」と心から思える映画でした)など。