2026/01/07

勝手にコトノハ映画賞④(邦画)


●最優秀作品賞

『敵』(監督:吉田大八、主演:長塚京三)

※筒井康隆の同名小説を『桐島、部活やめるってよ』等の吉田大八監督が映画化。


主人公は、仏文学者で大学教授の職をリタイアし、祖父の代から続く日本家屋に一人暮らす渡辺儀助77歳(妻とは死別)……と書くと、寂しい独居老人の姿を思い浮かべるだろうが、質実剛健という言葉を久しぶりに思い出すほどの整った暮らしぶり。加えて料理は上手いし、蓄えもまあまあ豊富。孤独とも無縁そうで、時には友人と酒を酌み交わし、教え子を招いてディナーも振る舞う。正にイケおじならぬイケ爺といった風情だったが、物語中盤、書斎のパソコン画面に突然「敵がやって来る」という不穏なメッセージが流れた辺りから、整った”雰囲気は一変。普段はインテリらしいプライドの高さによって抑え込まれていた煩悩が、彼の妄想の中で顕在化、哀しくも可笑しい“夢と妄想の人”儀助さんの余生が描かれる……という「さすが筒井康隆!(&吉田大作)」的展開。その筋立ての面白さに拍手し(もちろん心の中で)、ほど良いユーモアに包まれながら、現世の煩いや執着から離れて「穏やかな死」を迎えることの難しさを、改めて思い知らされる作品だった。(というわけで、日本アカデミー賞は恐らく『国宝』が選ばれるだろうが、私的には十分匹敵できる傑作だと思う。儀助を演じた長塚京三はもとより、儀助の現実と妄想を行き来する3人の女性「瀧内公美、河合優実、黒沢あすか」も実に個性的かつ魅力的。とりわけ瀧内公美)

 

●優秀作品賞

TOKYOタクシー』(監督:山田洋次、主演:木村拓哉、倍賞千恵子)

本作が91本目の監督作となる山田洋次が、倍賞千恵子と木村拓哉を主演に迎え、2022年製作のフランス映画「パリタクシー」を原作に描いたヒューマンドラマ。

監督・山田洋次、主演・木村拓哉……ということでイマイチ食指が動かず「さて、どうしようかな?」と少し観るのをためらった映画だったが、やはり変な先入観は禁物。      御年94歳、山田洋次監督の集大成(キムタク運転のタクシーが最初に“すみれさん”倍賞千恵子を乗せる場所は「葛飾柴又・帝釈天」…言わずと知れた「寅さん」の町)とでも言うべき、監督自身の使命感と映画愛に満ちた傑作。年の瀬を飾るにふさわしい絶品の味わいだった。

で、この作品のテーマは何かと言うと、ずばり「戦後史の継承」(忘れちゃいけない「昭和」、ここにあり!)……東京大空襲から戦後の復興、そして高度経済成長期までの東京及び日本(19451960年代)を、映画を通して「若い世代」に伝えること。そういう意味では「違う世代の人間が車に乗って旅をする」珠玉のロードムービー『幸せの黄色いハンカチ』と同じ構成だが、「新しい戦前」とも言われるこの国の今、「伝えたい思い」は本作の方がより強く感じた。(戦後復興の只中で生まれた私も、より若い世代の人たちに観て欲しいと思う)


●最優秀ドキュメンタリー作品賞

『黒川の女たち』(監督:松原文枝/2025年製作)


戦時下の満州で黒川開拓団の女性たちに起きた「接待」という名の性暴力の実態に迫ったドキュメンタリー。

193040年代に日本政府の国策のもと実施された満蒙開拓により、日本各地から中国・満州の地に渡った満蒙開拓団。日本の敗戦が濃厚になるなか、19458月にソ連軍が満州に侵攻し、開拓団の人々は過酷な状況に追い込まれた。岐阜県から渡った黒川開拓団の人々は生きて日本に帰るため、数えで18歳以上の15人の女性を性の相手として差し出すことで、敵であるソ連軍に助けを求めた。帰国後、女性たちを待ち受けていたのは差別と偏見の目だった。心身ともに傷を負った彼女たちの声はかき消され、この事実は長年にわたり伏せられることになる。しかし戦争から約70年が経った2013年、黒川の女性たちは手を携え、幾重にも重なる加害の事実を公の場で語りはじめた》(映画.comより)

戦争は人を狂わせる。改めてそう思い知らされる作品。被害の事実を語り始めた女性たちの勇気もさることながら、戦後に生まれた「黒川開拓団」の人々のご遺族・ご子息の真摯な姿勢と確かな認識。とりわけ「被害」の歴史と共に「加害」の事実もきちんと刻むことを明言し、碑文の建立に力を注いだ遺族会の4代目会長の姿には、頭が下がる思いだった(その正しい歴史認識と真っ当な精神が、この映画の価値をより高めているように思う)。また、同じく遺族会の男性(犠牲になった女性の息子さん)の「未だあの戦争の総括を誰もしていない」という言葉も胸に残る。(そう、あの戦争の責任を誰もとっていないまま戦後が始まったのだ。私たちはそのことを忘れてはいけない)

もう一つ、映画の中で被害女性の一人が、インタビューに答えて「戦争反対の女性政治家が出てくることを期待して女性にいつも投票している」と語っていたことも印象的。(逃げた関東軍も男、接待に活かせた大人も男、帰国後の彼女たちを中傷し隠そうとしたのも男。そして何より、馬鹿な戦争を始めたのは男たち。

やはり今でも「戦争は女の顔をしていない」……はずなのだが、さて、高市早苗さん、「軍拡路線」まだ続けます?)

2026年元旦、「必見だよ」と以前この映画を勧めた友人からこんな俳句が書かれた賀状が届いた。

敗戦忌まだ語られぬこと多し

《この句は、「黒川の女たち」を見て作ったものです。私も涙が止まりませんでした》とのこと。10日の新年会で彼と会うのが楽しみ。


その他、邦画実写歴代1位の興行収入を達成、社会現象にまでなった『国宝』(吉沢亮も良かったが、何といっても田中泯)。そして同様の大ヒットが期待されながら何故か動員数も興収も伸びず低迷した『宝島』(妻夫木聡、窪田正孝、広瀬すず…みんな良かった)も、しっかり心には残っているが、正直、みんな知っている映画だろうし、特に書きたいこともないので、コトノハ舎的には「選外」としたい。(ただ、同じ「宝」の付く2作品。これほど世間の評価に差が生じるとは?……私的には、テーマ重視で『国宝』より『宝島』推し。いま私たちが目に焼き付けるべきは「藤娘」より「コザ暴動」ではないだろうか)

 

以上。「勝手にコトノハ映画賞2025」でした。

2026/01/05

勝手にコトノハ映画賞2025③


続「優秀作品賞」

『ひとつの机、ふたつの制服』(監督:ジャン・ジンシェン/2024年製作、台湾)


921大地震という大災害はあったが、経済発展著しい1990年代の台北を舞台に、高校の夜間部と全日制でひとつの机を共有する2人の女子生徒の友情と成長の物語が瑞々しいタッチで描かれる青春映画。(やはり台湾の青春映画にハズレなし!の佳作)

ところで。本作とは関係ないが、「台湾は無事じゃなきゃいけない。台湾と大陸の関係はあくまで対話によって平和的に解決をしてもらわなければならない」「有事、有事と煽らず騒がず、無事を願う」という趣旨の岩屋・元外務大臣の発言に私も賛意を表したい。

 

『プラハの春』(監督:イジ―・マードル/2024年製作、チェコ・スロバキア合作)

1968年にチェコスロバキアで起こった民主化運動「プラハの春」で、市民に真実を伝え続けたラジオ局員たちの奮闘を、実話をもとに描いたドラマ。チェコ本国で年間興行成績および動員数1位となる大ヒットを記録し、チェコとスロバキア両国の映画賞で多数の賞を受賞。第97回アカデミー賞国際長編映画部門のチェコ代表作品にも選出された。

いま観るべき映画No.1!と言ってもいいかもしれない予想通りの秀作。特に政権への同調と配慮を欠かさない我が日本の大手“堕メディア”関係者に観て欲しい(見習ってほしい)と思う。因みに民主化ムード漂う政治的過渡期を全斗換の粛軍クーデター及び武力鎮圧(光州事件)によって潰された「ソウルの春」も、政治的自由化運動が社会主義圏の強い圧力によって挫折した「プラハの春」が由来。

 

『ワン・バトル・アフター・アナザー』(監督:ポール・トーマス・アンダーソン/2025年製作、アメリカ)

ベルリン、カンヌ、ベネチアの3大映画祭で受賞歴を誇るポール・トーマス・アンダーソンが、レオナルド・ディカプリオを主演に迎えて手がけた監督作。冴えない元革命家の男が、何者かにひとり娘を狙われたことから次々と現れる刺客たちとの戦いを強いられ、逃げる者と追う者が入り乱れる追走劇を展開する。

まるで現在の(トランプの)アメリカを予期していたかのような作品(映画を観ていると現在の話のように思うが、撮影はトランプの“移民狩り”も分かっていない2023年から始まっていたようだ)。故に、全体的には笑える要素たっぷりのコメディ映画なのだが、恐怖に近い薄気味悪さが随所に漂う。とりわけ、元革命家ボブ(ディカプリオ)を執拗に狙う差別主義者の右翼軍人ロックジョー(ショーン・ペン)が恐ろしい&キモイ。以上。総じて、ディカプリオの好演とショーン・ペンの怪演が印象的な“トランプのアメリカ”予言映画といった感じ。

 

『ノー・アザー・ランド』(監督:バーセル・アドラー他/2024年製作、ノルウェー・パレスチナ合作)

破壊される故郷を撮影するパレスチナ人青年と、彼の活動を支えるイスラエル人青年の友情を、202310月までの4年間にわたり記録したドキュメンタリー。2024年・第74回ベルリン国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞と観客賞を受賞し、第97回アカデミー賞でも長編ドキュメンタリー賞を受賞した。

舞台はヨルダン川西岸のパレスチナ人居住区。その土地に暮らすパレスチナの人々を追い出すために「軍事演習場建設」を口実に(演習場建設は真っ赤な嘘。単に壊すことが目的)彼らの住居を破壊し尽すイスラエル軍、そしてイスラエル軍の支援を盾に我が物顔でパレスチナの人々の土地を奪い、ほくそ笑む入植者たち。その非人道的行為に沸々と怒りがこみ上げるドキュメンタリー。必然、後味は極めて悪い(重い)が、知らなきゃいけない世界の現実。改めてパレスチナの人々に平和と平安の日々が訪れることを願わずにはいられなかった。(日本政府にも早く「パレスチナ国家承認」を行ってほしいが、戦後80年、立派な憲法を有しながら、未だ「属国」「奴隷根性」。トランプの顔色ばかり気にしているようでは無理な話)

その他、印象に残った作品

主演デミ・ムーアの怪演が印象に残るホラー&コメディ『サブスタンス』(アメリカ)、私も大好きな韓ドラ『賢い医師生活』の好演が記憶に新しいチェ・ジョンソク主演のサスペンス映画『大統領暗殺裁判16日間の真実』(韓国)、ローマ教皇選挙の舞台裏と内幕に迫ったミステリー『教皇選挙』(アメリカ)、アメリカで「素晴らしい映画だよ」と口コミで広がった“崩壊家族”再生の物語『カーテンコールの灯』(初日の渋谷「ル・シネマ宮益坂」で俳優の柄本明氏と遭遇。「観て良かった!」と心から思える映画でした)など。

 

 

2026/01/04

勝手にコトノハ映画賞2025②


●優秀作品賞(いずれ劣らぬ秀作揃い)

『アイム・スティル・ヒア』(監督:ウォルター・セレス/2024年製作、ブラジル・フランス合作)

監督は、チェ・ゲバラの若き日を描いたロードムービー『モーターサイクル・ダイアリーズ』などで知られるブラジルの名匠ウォルター・サレス。1970年代の軍事政権下のブラジルで実際に起きた、政権の理不尽な拷問による元議員の死と、遺された彼の妻子が歩んだ道を描いた政治ドラマ。2024年・第81回ベネチア国際映画祭で脚本賞、第97回アカデミー賞で国際長編映画賞を受賞した。

鑑賞後、半年以上たった今でも時折、主演のフェルナンダ・トーレス(夫の失踪の真相を求め、不屈の人生を送る妻エウニセを演じた)の顔が頭に浮かぶが、それほどに彼女の印象が強烈だったという事。後で知ったことだが、フェルナンダ・トーレスの母親であるフェルナンダ・モンテネグロも老後のエウニセ役で出演していた(あまりに娘のトーレスと面差しが似ていたため、メイク技術が凄い!と勘違いしてしまった)。因みにフェルナンダ・モンテネグロは、本作と同じウォルター・サレス監督『セントラル・ステーション』でブラジル人俳優として初めてアカデミー主演女優賞にノミネートされた伝説的女優。


『聖なるイチジクの種』(監督:モハマド・ラスロフ/2024年製作、ドイツ・フランス・イラン合作)


「神権国家」の下働き(反政府デモ逮捕者に不当な刑罰を下す予審判事)として家計を支え、テヘランの高級マンションで妻と2人の娘と暮らすイマン。ある日、その彼の家から国の支給物である護身用の銃が消えてしまう。早期に発見しなければ、政府からの信頼は失墜、出世の道も閉ざされる……己の立場の危うさに脅えたイマンは、次第に権力者的な視線で妻と娘たちに疑惑の目を向けていく。という政治体制絡みのサスペンススリラー。2024年・第77回カンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞し、第97回アカデミー賞では国際長編映画賞にノミネートされるなど高い評価を獲得した。

 

イランは「神権政治(主権は神にあり)」の国だが、その本質がイスラム教ではなく家父長制にあることを暴いた傑作(映画後半、自分の家族に権力&暴力を振りかざす父イマンの狂気に目が釘付けになること必至)。トランプのアメリカ、プーチンのロシア、そして初の女性総理・高市の日本も本質的には同じようなもの(高市総理との密接な関係が取りざたされている統一教会も家父長制の構造と深く結びついている)。イマンと家族の物語は、国民の自由を抑圧し、異議を封殺する国家のアナロジーのように思えた。

 

『ブルース・スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』(監督:スコット・クーパー/2025年製作、アメリカ)


アメリカを代表するシンガーソングライター、ブルース・スプリングスティーンの若き日を描いた音楽ドラマ。1975年リリースのサードアルバム「明日なき暴走 BORN TO RUN」で一大センセーションを巻き起こしたスプリングスティーン。それから7年が経った1982年のニュージャージーで、彼は人生の大きなターニングポイントを迎えていた。世界の頂点に立つ直前、スプリングスティーンは成功の重圧と自らの過去に押しつぶされそうになりながらも、わずか4トラックの録音機の前で、たったひとり静かに歌いはじめる》というストーリー。

主演は映画『アイアンクロー』で、フリッツ・フォン・エリック(「鉄の爪」の異名で一世を風靡したプロレスラー)の四男ケリー役が印象的だったジェレミー・アレン・ホワイト。ギター、ハーモニカ、歌唱トレーニングを経て若き日のスプリングスティーンを見事に体現していた。

というわけで、『明日なき暴走』以来、“ザ・ボス”の大ファンである私的にもイチ押しの秀作だが、この映画には“ザ・ボス(アメリカの男らしさの象徴)”と呼ばれるような、革ジャン、ジージャン、マッチョでワイルド的なスプリングスティーンは一切登場しない(だからイイ!)。寧ろ、少年時代に負った深い心の傷に苦しみながら、自らの出自(主にアルコール依存症で暴力的な父との確執。それによって発した精神的苦痛)と向き合いつつ、音楽的に昇華しようとする繊細で誠実なミュージシャンの姿が映し出される。(曲作りのために借りた部屋で一人、ギターを手に悶悶としながらダーク・バージョンの『Borm in the U.S.A』等、暗い曲ばかりを生み出すブルースの姿が、たまらなく胸に刺さる)

その“暗い曲づくり”を経て、あの有名な『Born in the U.S.A』がリリースされるのだが、知っての通り、張り裂けんばかりの明るい雄叫び……でも歌詞は“ちゃんと暗い!”。その辺が、スプリングスーンの“ザ・ボス”スプリングススティーンたる所以。王様気取りの大統領や能天気な“愛国主義者”に好まれるような曲ではありません。(以下、その歌詞)

 

俺は「死人の町」と呼ばれる地に産み落とされた

この地に生まれ落ちたのが、蹴飛ばされ続ける人生の始まりだった

ここに来たらひたすら殴られ続ける犬のように人生を終えることになるのさ

そして人生の半分は毛布に身をくるめて生きることになるんだ

 

それがアメリカに生まれるってことなんだ

そう、俺はそんなアメリカって国に生まれたんだ

ああ、アメリカに生まれちまったんだよ

アメリカに生まれたのさ

 

故郷の町で人が集まってる場所に行ってみたんだ

そしたら連中は俺の手にライフルを持たせて

異国の地に俺を送り込んだんだ

黄色人種どもを殺してこいってな

 

これがアメリカに生まれるってことなんだ

ああ、俺はこんなアメリカという国に生まれた

アメリカに生まれてしまったんだ

これがアメリカに生まれるってことさ

アメリカに生まれたんだよ

 

戦争から故郷へと帰ってきて、精油所に職を求めて行った

でも採用者は「まあ、私に権限があるなら考えてもいいけどね」と口を濁すだけだった

それで今度は退役軍人局の担当者に会いに行ったんだが

「おまえ職の世話なんかしてもらえるとか思ってるのか」と突き放されただけだった

 

俺にはベトナムのケサンの街にいる兄貴がいる

ベトコンとの戦争のために行かされたんだ

だけどベトコンを退けることなんてできず、兄貴は死んじまった

兄貴にはサイゴンの街で恋仲になった女がいた

俺の手に残ってるのは、兄貴が彼女の腕に抱かれている写真だけ

 

俺は刑務所の影が落ちる僻地へと落ちていき

すぐそばの精油所のガスの炎が届きそうな場所で暮らしてる

もう10年もこんな焼き尽くされるような生活を続けている

逃げるところなんてないし、他に行けるところなんてないからな

 

これがアメリカに生まれるってことなんだ

ああ、俺はアメリカに生まれちまったんだ

そう、アメリカに生まれてしまった

俺はアメリカで長らく存在してないかのように扱われてきた男さ

これがアメリカに生まれるってことなんだ

これがアメリカなんだよ

ああ、俺はアメリカに生まれてしまったんだ

これが「ベトナムに従軍したアメリカのクールな英雄」と呼ばれてる男達の実像さ

 

2025/12/30

勝手にコトノハ映画賞2025①

現在の日本の映画状況は完全に「邦高洋低」。『国宝』の大ヒットを始め、邦画の動員数・興行収入はここ数年伸び続けているが、洋画はコロナ禍以降下降線を辿り、「新宿シネマカリテ」「池袋シネ・リーブル」等、馴染みの映画館が2026年の幕開け早々に閉館を余儀なくされる事態になっている。 私のように年間鑑賞数、洋画8割・邦画2割の人間にとっては本当に残念な事だが、あまり巷で話題になっていない良質の洋画に目をつけ、割と小ぶりな映画館で一人静かに味わうことこそ映画ファンの醍醐味の一つ(見知らぬ国・土地・風土に触れる楽しさもある)。2026年も洋画館の隆盛を願いつつ様々な国の作品との出会いを楽しみにしたい。
さて本題、2025年の「勝手にコトノハ映画賞」は以下の通り。 

●最優秀作品賞(1本に絞り切れず、特に印象に残った2作品に!) 

『名もなき者』(監督:ジェームズ・マンゴールド/2024年製作、アメリカ)
 

ミネソタ出身、無名のミュージシャンだった19歳のボブ・ディランが、時代の寵児としてスターダムを駆け上がり、世界的なセンセーションを巻き起こしていく様子を描いた伝記ドラマ。ボブ・ディラン役のティモシー・シャラメのほか、エドワード・ノートン(ピート・シーガー)、エル・ファニング(恋人シルヴィ)、モニカ・バルバロ(ジョーン・バエズ)、ボイド・ホルブルック(ジョニー・キャッシュ)、スクート・マクネイリー(ウディ・ガスリー)らが共演。第97回アカデミー賞で作品賞を始め計8部門でノミネートされた(残念ながら受賞には至らず)。 
というわけで、長年に渡りボブ・ディランの楽曲に親しんできた人間なら、その物語に思い入れも込めて見入るのは当たり前!なのだが、ストーリー以上に魅せられ、驚かされるのは、主演ティモシー・シャラメの素晴らしい演技力&凄まじい歌唱力。5年半のトレーニングの成果とはいえ、よくぞここまで!…と、只々感心するばかり。加えて、ジョーン・バエズを演じたモニカ・バルバロの歌声も素晴らしい!の一言。役が決まった時点では、歌も演奏も未経験だったというから、これまたビックリ!というほかない。
まあ、その二人の歌声を聴くだけでも十分に楽しめ、満足のいく作品なのだが、個人的に「えー、そうだったの!?」と、さらに驚かされたのは、ボブ・ディランとジョーン・バエズの恋愛(関係)……ボブ・ディランが、というより、10代の頃から勝手に抱いていたジョーン・バエズのイメージが(いい意味で)完全にひっくり返ってしまった。(ボブ・ディランの奔放な、というか身勝手な女性関係に関しては世間常識的に「クズ男」等、非難の声が多いようだが、「だって、(放浪詩人)ボブ・ディランだもの」で、済む話ではないだろうか)
鑑賞後、その辺りの彼女の心境が気になって、早速、ジョーン・バエズの曲をネットで探ってみた所、ボブ・ディランとの関係を歌った一曲を見つけることができた。
曲名はDiamonds And Rust(ダイヤモンドと錆) 以下、その詞の一節。

あなたはいきなり登場し そしてすでに伝説
磨かれていない原石  生まれながらの放浪者

今、私たちはあの安ホテルの窓辺で微笑んでいる 
ワシントンスクエア広場を望みながら
二人の息は混じり合い窓を曇らす 
正直に言うわ……あの時あそこで死んでもよかったのよ 

最後の行を読んだ瞬間、少し鳥肌が立った気がした。その後、彼女はこう語っている。
「ボビーという青年は今まで出会った連中とはまったく別格だった。人の心を打つ何かを持っていることは間違いなかったわ。(出会った)その瞬間から私の心が何かに向かって動き始めたのを憶えている」 


 『トワイライトウォリアーズ 決戦!九龍城砦』(監督:ソイ・チェン/2024年製作、香港) 

黒社会が覇権を争う九龍城砦で男たちが繰り広げる死闘を描き、香港で大ヒットを記録したアクション映画……まず、のっけから流れる広東語バージョンの『ダンシング・ヒーロー』(荻野目洋子のヒット曲)がイイ感じで胸に響く(この時点で、JPOPが東アジアで人気を高めていた1980年代後半の話というのが分かる。映画後半では吉川晃司の『モニカ』を最強の敵が歌う場面も!)。その後は、世界最大のスラム「九龍城」を舞台に繰り広げられる勢力争い&超ド級のカンフーアクションシーンに目が釘付け。
という、もうとにかく問答無用の面白さ!2025年、最も楽しめたのはこの映画かも?と思う。 
因みに、作品の舞台「九龍城」だが、元々は清王朝の国土防衛用の砦として作られた建物らしく、アヘン戦争で香港がイギリスに借款されることになり、香港がイギリス領になった時点で、そこだけ清の軍の砦(飛び地)として残されたようだ。その後、清という国はなくなり、無人の砦に。だが、英国もその土地の権利は持っておらず、中国は共産国家になり…という具合で、「九龍城」は、どの国の治安権力も及ばない「無法地帯」と化し、中国から逃げてきた難民の人たちや地元のヤクザが住み着く城になったというわけ。故に、城内には電気も流されておらず、各自が勝手にどこからか引いてくるため、建物の中を縦横無尽に駆け巡る電線の量が半端なく凄まじい。(砦内部も各自が勝手に建物を作って、付け足していった感じで、全部バラバラ。基礎工事もなく高さ15階くらいまでいったそうだから、一時的に人口密度世界一になったというのも納得のいくところ)
そんな九龍城も、英国が香港を中国に返還することになった1987年に「破壊」が決定…… (この映画の舞台は正にその87年)そこに住む5万人の人たちを建物外に出すために香港政府が用意した立ち退き料をかすめ取ろうとする外部勢力と九龍城を仕切っている竜巻(サイクロン)という名前のボス率いる難民+ヤクザの戦いの物語(つまり侵略者に抗する先住民といった構図)。必然、私も「竜巻」たちの勝利を願ったわけだが…。

 戦いすんで日が沈み、やがて寂しきトワイライト……印象的なラストを観終えた帰り道。
記憶も新しいあの民主化運動が圧倒的な権力の手で潰された後、かつて街の象徴的な存在だったネオンサインも軒並み撤去され、人々の自由と街の輝きを失った現在の香港の姿を思い浮かべて少し心が沈んだ。