2022/09/28

9.27「国会前」


永田町に着いたのが13時40分。友人のO夫妻と落ちあい「国会前」へ。

既にメインステージの正門前は凄い人だかりで近づくのが難しく、私たち4人は道路を挟んで反対側の歩道に陣取った。(もちろんそこもかなりの人だかり)

午後2時に抗議集会スタート。初めに主催者の方から「今日の参加者15000人!」と発表があり、大歓声&大拍手……一呼吸置き、「今日は午後休をとってかけつけた」という女性の声に合わせて「弔意の強制許さない」「安倍政治を美化するな」「政治とカルトの癒着を正せ」など、シュプレヒコールが鳴り響いた。

その後、国会議員(社民党・福島瑞穂、立憲民主党・近藤昭一、共産党・志位和夫、れいわ新選組・櫛淵万里)や前法政大学学長・田中優子さん、高千穂大学・五野井郁夫教授、ミャンマー国軍の国葬参加に反対する在日ビルマ市民労働組合会長ミン・スイさん等がマイクを握り、その連帯と抗議の声に呼応し会場は一段とヒートアップ。私たちも「そうだ、そうだ!」と、マスク着用のままコロナ禍も忘れて声を張り上げた。

で、ちょっとしたサプライズだったのが、フォークシンガー小室等さんの登場(高校時代、今は亡き友人の家でよく聴いた、ああ懐かしの「六文銭」…)。『死んだ男の残したものは』(作詞・谷川俊太郎、作曲・武満徹)他、全4曲の熱唱に、国会前はまるで「小室等コンサート会場」と化したかのよう。昔と変わらぬその心震わす歌声に集会の熱気が鎮まり、若干たそがれた雰囲気にはなったが、思いがけず「小室等、健在なり」を確認することができた“老老男女”の嬉しそうな、懐かしそうな顔・顔・顔……私も亡き友を思い出しながら、束の間の感傷に浸った。

そして午後4時過ぎ、再度のシュプレヒコールで締めて集会終了。長時間のスタンディンにより重だるくなった足に“喝”をいれながら地下鉄・永田町駅へ。(その後、神保町の中華料理店で打ち上げ。午後8時過ぎ「じゃあ、また!」とO君夫妻と別れ、帰路に就いた)

さて余談。私がコピーを書いて義兄がデザインした「抗議プレート」だが、見知らぬ男性にスマホで撮られ「SNSにあげていいですか?」と聞かれたり(もちろんOK!)、若い女性に“グー”ポーズで挨拶されたり、素敵な高齢女性から「絶対、残しておいた方がいいわよ」と強く推されるなど思いがけず注目の的。報道のカメラマンにもニヤリと微笑みながらレンズを向けられ、「してやったり!」な気分だった。



2022/09/27

アベノ国葬


反対派が賛成派を上回っているにもかかわらず、今日(27日)午後2時から強行される「故安倍晋三国葬儀」。私はもちろん反対派(「大嫌いな安倍晋三だから」というわけではなく、「誰であろうと国葬は反対」という反対派)

何故か?と言えば、国葬は民主主義と相いれないというか(中大・宮間教授いわく「大日本帝国の遺物」)、そもそも「法の下での平等」という憲法の平等原則に反するものだから、というのが主たる理由。

また「国民に喪に服すように求めない」と、いくら政府が言ったところで、「現状追認」「長いものには巻かれろ」的な精神が根深くはびこる日本社会。職場や学校などで黙祷などを求められる可能性もあり「内心の自由」を侵害する恐れも大いにある。(そもそも「国葬」は反対派も巻き込む国家イベント。「喪に服すことを求めない」なら「内閣葬」もしくは「自民党葬」で十分。わざわざ多額の税金を使って国葬にする必要なし!って話)

というわけで、今日は「国葬反対・国会前集会」に友人共々4人で抗議の意思を示しに行くのだが(参加コンセプトは「頑張ろう!」「楽しもう!」)、そのために用意した抗議プレートは2枚(仕様:段ボール板、デザイン:義兄の鉄ちゃん)。コピーはこんな感じ。

1枚目(表面コピー)

アベノ酷葬、国の恥!

「法治国家」の名が泣くぜ!!

(裏面)

さあ次は、「ど壺内閣」葬ろう!

2枚目(表面)

見ざる・聞かざる・岸田でござる!

(裏面)

ああ、税金がモッタイナイ!!


では、行ってきます。

2022/09/12

雑感色々②(鹿児島の印象)


新型コロナ「第7波」が急拡大する中、自民党政権とカルト教団のズブズブな関係が日々メディアを賑わした8月もあっという間に終わり、早9月半ば。

この間、私は…といえば、“悪夢のような安倍政権”によってもたらされた分断及びこの国の衰退と荒廃を憂いつつ、相も変わらず仕事(写真機メンテ)と読書&韓ドラの日々(最近のオススメは『私たちのブルース』『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』『模範家族』等。ちなみに映画は月4、5本ペース)。                      東京新聞、週刊文春の購読も欠かさず、頭の中はそれなりに忙しいのだが、読む・観る意欲は衰えないものの“書く意欲”は低下の一途。加えて最近は、証明写真機内パソコンの一斉交換(Windows710へ)という超ハードで厄介な作業に追われ、なかなかブログに気が向かわず、未だ夏休みの宿題をやり残したようなモヤモヤした気分で日々を送っている。(早いもので写真機メンテの仕事も既に4年目。大分慣れてはきたが元々苦手な機械いじり…ストレスを自覚する度合いも増し体力的にかなり厳しくなってきた感じ。そろそろ辞める潮時かも、と思っている)

というわけで、2カ月遅れの「雑感色々②」…

かなり“遠い記憶”になりつつあるが、5月中旬に仲間6人で行った「鹿児島」(レンタカーで知覧・指宿・霧島を巡る23日の旅)の印象を幾つか。

「知覧特攻平和会館」

4年前に訪ねた「広島平和記念資料館」同様、以前から「一度は観ておかないと」と思っていた所(陸軍・神風特攻隊隊員の遺影・遺書、絶筆などを中心に収集・展示されている)。

戦争時の映像を含め、約1時間の見学だったが、「ノーモア・ヒロシマ」を強く感じさせてくれた「広島」とは、同じ「平和」を謳ってはいるが似て非なるもの。(遺族や関係者の反発、右翼団体の妨害等を恐れ?)「なるべく解説をしない展示を心がけた」そうだが、展示されている隊員たちの遺書には上官の検閲が入っていること、特攻が事実上の強制だったことなど、最低限伝えるべきことはあるだろうに……と、その展示姿勢に首を傾げざるを得なかった。

(結果、本音とも言えない自己犠牲の精神だけがクローズアップされ、国家に殉じた崇高な死であったかのような印象を与えることになり、若い世代からはこんなメッセージも送られたという。「自分にはできないことをしたすごい人たち」「国を守ろうという使命感を感じた」)

で、出口へ向かう道すがら、その敷地内に石原慎太郎が2007年に建立した“特攻の母”鳥濱トメさんの慰霊碑を発見。知覧を舞台に自ら製作を手掛けた「俺は、君のためにこそ死にゆく」という映画のつながりらしいが、そこに書かれた言葉(「短い青春を懸命に生き抜き散っていった云々」)もさることながら、一政治家(当時、石原氏は東京都知事)の名前が入った慰霊碑が平然と「平和会館」の中に建っていることへの強烈な違和感。「知覧特攻平和会館」が、「日本からの視点のみが説明されており、より多様な視点から世界的な重要性を説明することが望まれる」として、記憶遺産登録申請を却下したユネスコ及び海外メディアから評価を得られないのも至極当然に思えた。

ちなみに、会館から約1キロ、街の中心部を流れる荒川沿いに「富屋食堂」と書かれた民間の資料館があり(残念ながら、私たちが訪れた時は「休館日」。見学は叶わなかった)、そこには軍に渡した遺書とは別に隊員たちが憲兵や上官の目を盗み、食堂の女将鳥浜トメさんらに託した手紙が保存されているそうだ。

「全体主義の国家は最後には敗れる」「明日は自由主義者が一人この世から去っていきます」……二度と、そんな国にしてはいけない。

●「さつま味」

旅の初日、夕食兼飲み会で利用した指宿市内にある郷土料理店(宿は朝食のみで予約)。店に入った途端、老舗の寿司屋のような立派なカウンター(冷蔵ケースにはずらり海鮮ネタ)と、その奥に居並ぶ年配の板前さんたちの姿に「思いのほかすごい店に来ちゃったかも」と期待値バク上がり。予約の際に頼んでおいた「さつま揚げ(熱々!)」と「きびなご」をつまみ、まずはビールで「お疲れ~!」。その後、黒豚の味噌煮、錦江湾で獲れた新鮮な魚介など、美味しい肴に舌鼓を打ちながら、焼酎、焼酎、また焼酎……途中、追加注文をするたびに、何かと面白いことを口走るウイットに富んだ女性スタッフさん(我々と同世代だろうか?)も話の輪に入り、ゲラゲラ、バクバク、楽しい一夜を過ごした。

というわけで、初めての土地、鹿児島・指宿で出会った店の心地よさ! 頼まれもしないのに、こんなコピーが頭に浮かんだ。「さつまの味は、人間味

※今回の旅で最も印象に残ったのは、この「さつま味」に代表される鹿児島の“味”。1日目の昼食『焼肉の白石 中山店』(コスパ最高!)、2日目の『黒豚の館』(本場の黒豚ロースとんかつ絶品!)。本当に大満足の“うまい旅”だった。

「桜島」

旅行に出る前、行きつけの整体院の若いドクター(鹿児島出身)から“オススメ情報”を仕入れていたが、その際、彼がこんな話をしてくれた。「桜島が煙を上げていると、おー今日も元気に生きてるなあ…と、何故か安心するんですよ。逆におとなしいとマグマを溜め込んでいるんじゃないかと若干不安になりますね」「当然、爆発は怖いですけど、相手は桜島ですから……例え大被害を受けようと“桜島なら仕方ない”と、みんな思ってますよ。鹿児島の人間は」……なるほど。「桜島で暮らす、桜島と共に暮らす」というのは、そういうことなのかも。

長きに渡り恐れられながらも、県人の誇りとして慕われてきた「桜島」。旅の2日目、私たちも遠目ながら微かに噴煙を上げるその“元気な姿”に遭遇。一同「おーっ!」と歓声を上げながら、恐らく最初で最後の出会いとなる世界有数の活火山の姿に、暫し見入った。

●「開聞岳」

「薩摩富士」の異名をとり、「日本百名山」にも数えられている「開聞岳」……南薩摩を車で回る今回の旅で最も“目に入った”のがこの山。とにかく行く先々でその円錐形のなだらかな姿を眺めることができ、当地の人同様、私たちにとっても旅のシンボル的存在になった。(遠目に見ても「けっこう低い山だなあ」と思ったが、やはり1000m以下。「百名山」でも最も低い山とのこと)

その他、蒲生八幡神社境内に聳え立つ巨木、樹齢千年を超える「蒲生の大楠」、霧島の自然の中に、様々なアート作品を配置した野外美術館「霧島アートの森」、鹿児島を代表する観光名所で、桜島を望む広大な庭園「仙厳園 薩摩藩島津家別邸」などが印象に残った。



P.S.

国葬反対デモ…831日の「国会前」にも参加したが、国葬当日の927日「国会前」に友人夫妻&ツレと共に参加予定。自作の抗議プレート(コピーはもちろん自分。デザインは義兄の鉄ちゃんに依頼)を掲げて声を張り上げるつもり。          (デモ終了後は神保町あたりで一杯!かな?)

最後に…面白いものを発見!

https://www.youtube.com/watch?v=N7MlY56Gj3Y

哲学者サッカー「ドイツ VS ギリシャ」

(「マルクスはオフサイドを主張」で、思わず吹いた)

2022/07/13

雑感色々①


安倍元首相死亡

78日。憲法を無視した強引な法改正、自殺者まで出した公文書の隠蔽・改竄、数えきれないほどの虚偽答弁、「桜を見る会」における違法行為等々、民主主義を破壊(無効化)し続けながら悲願である憲法改正を実現せんがために権力の中枢に居座り続けた政治家が、直接的な暴力で民主主義を破壊するテロリズムによって死んだ。何という皮肉だろう……と、若干空虚かつ哀れな気分で事件映像を眺め、続報を待っていたところ、 徐々にいくつかのメディアを通じて「安倍元首相の政治信条に対する恨みでない」「特定の宗教団体に恨みがあり、元首相がこの団体と近しい関係にあると思い狙った」「母親がその団体にのめりこみ、多額の寄付をするなどして家庭崩壊に追い込まれた」という犯行動機らしいものが伝わってきた。

ん?ちょっと待てよ……その供述が本当なら「政治テロ」という類の事件ではなく、単なる私憤による凶行。何ら政治的目的の無い(言わば)「元首相殺人事件」であって、「民主主義への挑戦」などという次元の話にはならないのでは?……と、思ったのだが、その翌日(9日)の東京新聞1面の中見出しも「許さぬ。民主主義の破壊」。(散々「数の暴力」を行使してきた自民党の連中まで「民主主義への挑戦だ」などと、相変わらずのご都合主義!)

凶器が拳銃、しかも選挙応援演説中に起きた出来事だけに、各メディア挙ってそういう論調になるのは仕方ない部分もあるが、それでは事件の本質を見誤ってしまうことになる。まずは冷静に頭を切り替え、今回の事件のきっかけになった(らしい)反共宗教団体・統一教会と安倍元首相及び自民党の関係(票とカネ)を明らかにするのが先決。国民が知らないまま、政治とカルトが深い関わりを持って結びついているとしたら、それこそが「民主主義の危機」なのだから。(と言ったところで、報道の自由度ランキング世界67位。すっかり政権と一体化してしまったメディアに「真相究明」を期待するのは無理でしょうが)

※案の定、政権とメディア(特にテレビ!)にとって大事なのは、真相究明より安倍元首相の美化・神格化。そのためのストーリーに「統一教会との関わり」という事実は邪魔のようで、「(容疑者は)安倍元首相と統一教会の間に深い関わりがあると“勝手に思い込み”」とか「容疑者の妄想に加担してはいけない」とか、挙句の果ては「世界平和というイデオロギーに賛同する政治家はたくさんいる」などと、反共主義およびカルト的な家庭論に支配された宗教団体の「平和運動」を、一般的・普遍的な平和運動と同列に並べ、何の問題もないかのような言説を、エセ評論家や御用ジャーナリストを通して垂れ流しているだけ。で、自民党とメディアによって祭り上げられた“偉大な政治家”安倍晋三に「最高位の勲章授与」って、もう開いた口が……

(この分では「国葬」なんてことも、あるのかね? 戦後は吉田茂と昭和天皇のみ。安倍晋三と昭和天皇が、まさかの同列?ますます悼む気持ちが失せてきた)

 参院選(710日)

選挙日といえば、午後8時から午前0時頃まで、ひたすらテレビにかじりつき“一喜一憂”……が、定番だったのだが、「安倍晋三殺人事件」から「選挙特番」に至るまで、右へ倣えの報道姿勢がうすら寒く(最早、ロシア並みだね、日本のメディアは)、予想通りの「自民圧勝」を確認した後、どの局の「特番」も観ることなく、早々と床に就き『特捜部Q』を読みながらウトウト……翌朝、山本太郎の当選を知った。

というわけで、全体的な結果については言わずもがなだが、こと東京選挙区に限って言えば与野党半々で、ほぼ思い通り。戦力的にも、自民の2人(ビーチバレー・朝日、おニャン子・生稲)は単なる採決要員だが、野党の3人(蓮舫、山添拓、山本太郎)は、いずれも党の主力として論旨明快、舌鋒鋭く戦える人たち。その点ではいい選挙になったと思う。

その他“良かった!”と安堵したのは、福島みずほ、辻元清美、福山哲郎、田村智子、そして沖縄の伊波さん、「れいわ」の天畠さんと水道橋博士の当選。(私自身は「れいわ推し」なので、比例も「れいわ」に投票したが、もう一票の権利があるならば「福島みずほ」に入れたかった)

 

 

2022/04/21

友からの手紙


先日、岩手・大船度在住の友人から手紙が届いた。

(「会いたいね」「そうだね、いつか、きっと」などと年賀状でのやり取りだけは絶やさず続けていたが、もう30年以上、彼とは会っていない)

知り合ったのは20代最初の夏頃(彼是50年の付き合い)。高校時代の友人から「面白い男がいる」と紹介されたのだが、その際の印象は最悪。暗に「君と親しくなる気はないよ」という意思を伝えるかのように敵意のこもった眼差しを向け、口を開けば嫌味と皮肉のオンパレード……「とても付き合えるヤツじゃない」と思っていたのだが、あにはからんや、何度か会い、呑み、言葉を交わすうちに、当時の私が胸襟を開くことのできる数少ない友人の一人になった。(思えば、その皮肉と嫌味は優しさの裏返し。鋭さと無邪気さを、若干タレ目の両眼に湛え、いつも静かに微笑んでいるような大人っぽい男だったが、好みの小説や笑いのツボは一緒。性格は全く似ていなくても、感性や価値観は似たところがあったのかもしれない。同姓同士ということもあり、いつの間にか互いを「ミツルちゃん」「マサヒロちゃん」と名前で呼び合う仲になった。大学卒業後、故郷の岩手・大船度に帰った彼の家を訪ねたのは、いつ頃だったろうか…)

そんな彼からの手紙……なんだろう?と手に取ると、かなり厚い。「返信不要」という意味なのか、封筒の裏に名前はあったが、住所は書かれていなかった。(その時点で、イヤな予感はしていた)

開封して、すぐに愕然。「充ちゃんへ」と書かれた便箋(5枚)には、書くことすら苦しそうに、震える文字が連なっていた。

充ちゃんへ

君がこの手紙を手に取るということは、私はすでにこの世におりません。去年11月初旬咳が出たので行きつけのクリニックに行き、中々咳が止まらないのでレントゲン、そしてCTを撮った所、医者が言い放った言葉が、“ガンだ!”の一言でした(定期健診も受けているのにお前は何をしているんだ!)

岩手医大で診てもらったところ進行性の肺ガンでステージⅣで、すでに脳、骨、その他いくつかの臓器に転移しているとのことでした。早速医大で抗ガン剤治療が開始されました。

(中略)

効果とは一切関係なく、私の場合抗ガン剤の効果はほとんど有りませんでした。

苦しみ抜いても効果がないとは、45ヶ月に渡って続けて来た抗ガン剤治療を続けても意味が無いことです。私が選んだ道は緩和ケアです。

緩和ケアとは抗ガン剤の投与を一切止め、体の痛み、吐気、食欲不振、精神的不安定さを取り除くといった方法です(死期は早まるかもしれませんが?)

私にとって一番重要なことは、“私は私である”ということです。最後まで自分が自分のまま静かに最期を迎えたいということです。

ただ一つ心残りは、去年一月それまで介護してた母が亡くなって時間が出来たので、前々から勉強していた中小企業診断士の試験を受け一次試験は去年8月に合格し、さあ二次試験を今年と思っていた矢先に今回の出来ごとです。

何故、この資格と思われるかもしれません。

田舎は貧しい(日本は?)。貧しい上に格差の拡大、差別等数え上げれば切りがありません。そんな世界に小さな風穴を開けることでも出来ればとの思いからです。(少しカッコつけ過ぎ!?)

日本(世界)はどうなっているのだろう?

ジェンダー、SDGsいずれも新たな考え方みたいに言っているけど、20年も前から言われていることで、何を今さらという想いです。

(中略)

今、政治的、社会的最大の問題は何か? 地球温暖化・環境破壊が進んでいることではないでしょうか?

れいわ新選組が打ち出しているグリーンニューデール政策は資本主義(経済成長)を前提としたニューデール政策なのではないでしょうか?

温暖化・環境破壊の解決策は?

グレタが言う資本主義社会のシステム(経済成長)を変える(資本主義を止める)ことではないでしょうか?

(それを)解ってても今の生活を変えることなく人類は破滅の道を辿るのでしょうか?

(中略)

君はリスベット・サランデル(ミレニアム)を知ってるだろうか?(すでに知っているかもしれませんが)

今まで北欧サスペンスを読んできました(警察小説が中心)ヴァランダーシリーズ、特捜部Q、カミーユシリーズ(ルメートル)、ぺレス警部(アン・クリーヴス。私の最も好きな女流作家)、ラージュケプレルなど好きな作家が多いです。

去年、読む本がなくなにげなく、ホコリを被った本の中から偶然ミレニアムを手に取って読みました。十数年前の本ですが衝撃が走りました。これほどの本は今まで出会ったことがない。

今はジェンダーなんてくそくらえ!と思っているサランデル(もしそういう女性が存在するなら)に会ってみたい。

今の私にはほとんど体に力が入りません。

書く力も残ってません。

この辺で筆を置くこととします。どうか元気で。

最後にルメートルではないけど

天国でまた会おう!    


以上。もしこのブログを今は疎遠になっている昔の仲間が読んでいてくれたら、これを彼の最期の言葉、意思として受けとってほしい。

ミステリーが大好きで、常にユーモアを忘れず、一人故郷で暮らす今も昔と変わらず貧しい人や苦しんでいる人に眼を向け、心を砕き、よりよい世界のために何をすればいいのかを考え続けていた真摯で優しい男のことを忘れないでほしい。と思う。

生涯独身を貫いた「マサヒロちゃん」……最期はどなたが看取ってくれたのだろう。(自分の死を自分で知らせるなんて、そんな韓ドラみたいなこと、お茶目で律儀で、心優しい皮肉屋の君以外に一体誰ができるというのか!)

手紙を受け取って数日経つ今も、ざわざわした心のままにぼんやり君のことを考えている。

「また、会おう」「いつか、きっと!」なんて、言ってる場合じゃなかったね(いま無性に会いたくても時すでに遅し。どうしようないや。やっぱり会える時に会わないと!私を含め同姓代の仲間は、いつ死んでもおかしくない年だもの)

毎年、賀状で「オススメ本」を知らせてくれた君の最期の「オススメ」…『ミレニアム』は、必ず読むよ。多分それまで「どうぞ安らかに」なんて言えない(だって、死ぬ間際まで不条理な世界を憂い、戦い、私に問いかけたくれた君に対して「安らかに」なんて、何だか失礼な気がしてさ)。

君が「会いたい」と言っていた「リスベット・サランデル」に、ちゃんと私も会ってから、改めて何某かの言葉を持って、君の死を弔いたいと思う。合掌。

3月に咲き、4月を待たずあっという間に散った今年の桜……桜は散ってから咲くまでの一年間の気候によって、その年の花の質が決まるそうで、「今年の桜は質が悪い」と、桜守の佐野源右衛門さんが言っていた(桜にも「気候変動」の影響が…)。年々桜の季節が味気なくなるのは年のせいばかりじゃないのかも。

久しぶりの更新が少し重い感じになってしまいましたが、どうぞ皆さんご自愛のほど。



2022/03/03

2月のメモ②


220日(日)

北京五輪閉幕。

習近平とバッハのツーショットなど見たくもなかったが、「チャン・イーモウ演出」につられて、つい見入ってしまった開会式(いい意味で中国らしくない幻想的で美しい式典。聖火リレーの最終走者にウイグル族の女性を起用するという、あざとい政治的演出もあったが、高い技術力を世界に印象づけることができ、イメージ戦略的には成功だったように思う)。

そして、ロシアによるウクライナ侵攻の懸念が高まる中、見る気も失せた閉会式……

期間中、いくつかの競技も見たが、その中で印象に残ったのはスノーボード(「国」じゃなく、自由な「個」が高く宙を舞っている感じがとても気持ち良かった)とフィギュアスケート。平野歩夢と羽生結弦の技量&センスはちょっと次元が違う気がした。  (羽生くん、礼儀正しいのは良いとして、国旗やオリンピック旗にそこまで丁寧に頭を下げなくても…とは思うけど)

222日(火)

猫の日。今年は2022年ということで、「スーパー猫の日」と言うらしく、朝から地上波も衛星も猫・猫・猫(特にBSテレ東は朝から晩まで“猫づくし”)……もちろん、猫好きとして悪い気分にはならないが、「ネコノミクス(経済効果2兆円?)」などと持ち上げられ、ブーム化する(させられる)現状はかなり異様。流行り廃りで飼われたり捨てられたりするのでは、猫も犬もたまったものではない。現に「猫ブーム」といわれる今でさえ、年間約20,000頭もの猫が殺処分されているわけで……(もしブームに乗って「飼いたい」と思うならペットショップなど行かずに、保護猫を!)

ちなみに我が家の「ジャック」も元・保護猫。本人(本猫)が望んだわけでもないのに知らない家に連れてこられ、ハンガーストライキ状態の時もあったが、今では毎朝6時近くになると枕元に来て「ニャーニャー」餌を催促する日々。

時折、ホントに猫なのか?的な仕草で笑わせてくれたり、テーブルの上のティーポットを落としてびっくりしたり怒られたり、「いい仔だね~」と岩合さん口調のジジイに撫でられたりしながら、ゴロゴロ・スヤスヤ「猫ブーム」など素知らぬ顔で生きている。

223日(水)

確定申告のため、東村山にある「青色申告会」の事務所へ。今年も支払う税金はゼロ。当然、還付金もゼロ。

225日(金)

とうとう戦争が始まった……「ロシア、ウクライナ侵攻」

ロシアの侵攻については「旧ソ連時代の意識のままに“帝国復活”をめざして」とか「ウクライナのNATO加盟を阻止したいがため」とか様々な論評があり、正確なところは私にはわからないが、どんな理由を掲げようが「侵略」であることに変わりはないし、何より戦争は絶対悪。命じたプーチンが度し難いほど愚かな政治指導者であることは言うまでもないが(まして核兵器使用を仄めかすなど、狂っている!としか言いようが…)、プーチンの侵攻を止められないどころか、逆に煽り続けたバイデン及び米メディアも「愚か者」の誹りを免れるものではない、と思う。

さらに言えば、ここぞとばかりにいきり立って「今のままでは日本がウクライナになる」「9条で日本が守れるか」「核武装をするべきだ」などと、アホ!としか思えないような世界認識と国防論で危機を煽る日本の政治家や評論家及び彼らを重用するメディアは、それに輪をかけたような恥ずべき愚か者。というほかない。

ロシアの撤退と戦争の早期終結を願いつつ、再度、吉本さんの言葉を噛みしめたいと思う。

《(前略)しかし、文明や科学が発達していく一方で、人間の愚かしさもまた、とめどなく大きくなっていると言っていいかもしれません。

そのいい例が、各国で競うように開発している核兵器です。すでに、アメリカもロシアも相当な数の核兵器を持っています。中国やフランスも、ある程度の数を保有しており、インドとパキスタンも争っています。さらに、北朝鮮は核保有を宣言しました。僕に言わせれば、これはばかな競争です。これは、もしかすると、ひょんな拍子に人間の歴史をふっ飛ばしてしまう事態が起きないとも言えません。可能性はあると思います。

人間の寿命や文明の発達、感覚を鋭敏にするための装置の機能向上は、僕らの考える領域でもないし、僕らがどうとかできるものではありません。でも、核兵器競争みたいなことだけはよせと言いたい。もちろん、日本もそんなものはつくらず、平和だけを積極的に主張するという態勢をとれということです。建設的な利口さはそれしかありません。

僕らが口をはさむ事柄でもないのですが、それぞれの国の指導的な人たちは、そういうばかな競争をしないで、どんどん廃棄する競争をすればいい。それにはまず、核兵器をたくさん持っているところから捨てていけば、ほかは右にならえをしていくのです。持っている国が悪いのですから、初めに持っている国が捨てない限りは、いつまでたってもなくならないでしょう。

しかし、いまの核拡散防止条約というのは、そういう仕組みになっていません。核兵器を減らせばいいという規定だけがあって、アメリカやロシアの核を捨てて少なくしろという規定はないのです。だから捨てないのです。それどころか、みんなが真似をする。日本にも真似しようというやつがいるくらいで、冗談じゃありません。それこそ本当に人類のばかさ加減を一番表しているものです。

日本には不戦条項が憲法にあるのだから、積極的に、遠慮なしに主張したらいいと思います。もちろん、そういうことは僕らの領分ではなくて、政治家がやるべきことで、国際的にもやるべきことですが、あまりやっているようにみえません。

「ひょっとしたら全滅だ」というところに競い合っていこうとしているのを、日本が真似することはないし、また、そんなものをいいと言う必要はないのです。核兵器を持つことについては、どちらの国が悪い、どちらの陣営がイイではなくて、全部悪いんだというのが正しいと思います》『真贋』(講談社/2007年)P26-27より。


《戦争を知らない世代の人たちは、いかにも日本だけが侵略戦争をやって、向こうは正義の戦争だったなんて信じている人も多いですが、戦争だから双方で殺し合いをしているわけです。前の戦争で負けた国ということで、日本人は恐縮していますが、そんなことで恐縮することはないと思います。でも、だからといって、きちんと戦争ができるように自衛隊を自衛軍にする、憲法九条を見直すといったことに力をいれるのはやめにしろと言いたいのです。

どうしていまの日本人は、戦争放棄といういい憲法を持っているのにもかかわらず、核拡散防止条約をちょっと変えてもらいたいと言うことすら躊躇しているのか。日本人はもともとおとなしいということはもちろんあると思いますが、内心は、日本が世界で孤立するのが怖いのだと思うのです。それが、いまの世代の人に感じる一番の弱点だと思います。それは何の弱点かというと、逆説的な言い方をすれば、戦争を体験しなかった人の弱点だと思います。

国家は建前上何らの理由も立たないことに反対してよその国を圧迫することや、脅かすことはできないということは自明のことだと僕らは思っていますが、戦争体験のない、いまの若い人たちはそういうことを理解できないのだと思います。僕らの世代は戦中、戦後のある時期、飢えて、なけなしの衣類や家財道具とお米とを交換して細々と食いつないだという経験がありますから、何が起ころうともあまり怖くないのです。こういう主張をしても、たとえどんなことがあろうと、僕を干乾しにすることはできない、という強い確信があると言いますか、何をしてでも食べていけるという自信があるからかもしれません。

まず戦争というものをなくすために何ができるか、もう少し真剣に考えてみるべきだと思います。》『真贋』P99-100より