2020/04/20

「自粛」の日々の中で。


先日、生物学者・福岡伸一さんのこんな言葉を目にした。

《…つまり、ウイルスはもともと私たちのものだった。それが家出し、また、どこかから流れてきた家出人を宿主は優しく迎え入れているのだ。なぜそんなことをするのか。それはおそらくウイルスこそが進化を加速してくれるからだ》

《その運動はときに宿主に病気をもたらし、死をもたらすこともありうる。しかし、それにもまして遺伝情報の水平移動は生命系全体の利他的なツールとして、情報の交換と包摂に役立っていった。
いや、ときにウイルスが病気や死をもたらすことですら利他的な行為といえるかもしれない。病気は免疫システムの動的平衡を揺らし、新しい平衡状態を求めることに役立つ。そして個体の死は、その個体が専有していた生態学的な地位、つまりニッチを、新しい生命に手渡すという、生態系全体の動的平衡を促進する行為である。
かくしてウイルスは私たち生命の不可避的な一部であるがゆえに、それを根絶したり撲滅したりすることはできない。私たちはこれまでも、これからもウイルスを受け入れ、共に動的平衡を生きていくしかない》(4/6朝日新聞デジタルより)

言うならば「新型コロナウイルス」は、みんなが忘れかけた頃にふらっと家に帰ってくる「フーテンの寅さん」のようなもので、(感染から身を守る必要はあっても)戦うべき相手ではないということ。世界中で感染爆発が起こり、死者が続出する現状は、何とも辛く、悲しく、不自由なことこの上ないが、「ウイルスと共生する新しい生活」にお互いが慣れていくしかないのだと思う。

さて、外出自粛の日々が続く中、急遽加入した「ネットフリックス(Netflix)」で映画やドラマを楽しむ時間が増えた。(もちろん、朝のTVやネットでのニュースチェックは欠かせず、“ムカムカうんざり”の時間も増えたが…)

映画はすでに『サニー 永遠の仲間たち』(2011年)、『大統領の理髪師』(2004年)、『新感染 ファイナルエクスプレス』(2017年)の韓国映画3本&マット・デイモン主演の「ジェイソン・ボーン」シリーズ3本と『コンテイジョン』(2011年)の計7本。(すべて面白かったが、特にオススメは「サニー」!)

ドラマは主演・小林薫の「深夜食堂」をシリーズ1の頭から観だして、すでに26話目(この時期、こういう奥深い人情ドラマが染みる)……観ているうちに定番の「豚汁」をはじめ、「あさりの酒蒸し」「バターライス」などが食べたくなって、晩メシで“実践”することも。
(「豚汁」はツレの十八番。今までは豚小間で作っていたが、「深夜食堂」を観て豚バラに。ぐーんとコクが増した感じ。「酒蒸し」は刻んだニンニクを入れて蒸すのがコツ。炊き立ての白飯に小さじ1杯ぐらいのバターを乗せ、醤油を少し垂らして食べる「バターライス」も、旨し!)

という具合に、「外出自粛」をできるだけ前向きに捉え、時折友人たちとメールや電話で情報交換を行い、普段通りに政権・政策を批判しながら、今ある生活をできるだけ楽しむようにしているのだが、世間には「こんな緊急時に政府を批判するな」(いつなら批判すべきなの?)、「責任の追及、糾弾はウイルスが終息してからにしろ」(追及も糾弾もリアルタイムじゃなければ意味ないと思うが?)、「安倍さんも小池さんも頑張ってるんだから…」(「頑張ってるから」といって、間違った方向の努力を肯定しても良いわけ?)などと、70年以上も民主主義体制を採用してきた国の主権者とは思えないような言葉を大っぴらに発信する人たちも多いようで(糸井重里、山下達郎、スガシカオ、太田光、テリー伊藤など)……

 中でも引っかかったのが「責めるな。じぶんのことをしろ」という糸井重里氏の呟き。
(その前にも彼は「わかったことがある。新型コロナウイルスのことばかり聞いているのがつらいのではなかった。ずっと、誰かが誰かを責め立てている。これを感じるのがつらいのだ」と呟き、それに対して“真っ当な”右翼団体・花瑛塾が「それは殺されようとしている民が殺しにかかる権力を責め立てているのです。怒りの抵抗の声です。もっともっとよく感じ、つらくなりなさい」と返していたが……もちろん私は「花瑛塾」に“一票”)

「責めるな。じぶんのことをしろ」などと公然と呟けば、「あなたも私たちにかまっていないで、どうぞ自分のことをしてください」と速攻で返されるのは容易に推察できること。名コピーライター・糸井重里が「自家撞着」という言葉を忘れるはずもないだろうに…やはり駿馬も老いるか……と、がっかりすると同時に、少し淋しくも思った。
(「批判するな」を「責めるな」に置き換えているのも彼一流のレトリックだろうが、「あざとさ」だけが浮き立つ感じ)

というわけで、太宰治『御伽草子・浦島さん』の一節。(「浦島さん」と「亀」の掛け合い)

浦島は苦笑して、「身勝手な奴だ。」と呟く。亀は聞きとがめて、
「なあんだ、若旦那。自家撞着してゐますぜ。さつきご自分で批評がきらひだなんておつしやつてた癖に、ご自分では、私の事を浅慮だの無謀だの、こんどは身勝手だの、さかんに批評してやがるぢやないか。若旦那こそ身勝手だ。私には私の生きる流儀があるんですからね。ちつとは、みとめて下さいよ。」と見事に逆襲した。

要するに、〈個別の批判内容〉を批判するのではなく、〈批判すること〉自体を批判すると、糸井さんのみならず誰もが自家撞着に陥るということ。「心をひとつに」とか「国民(日本全体)が一丸となって」とか、同調圧力が強まりやすいこの時期、特に気を付けないと。

P.S.
最近、「コロナウイルス」関連で、特に印象深かったのは、京都大学・ウイルス再生研の宮沢孝幸先生の「ウイルスの性質を周知することで、感染機会の80%削減を目指し、経済活動の崩壊を防ぐ」という主張。
北大の西浦教授や白鷗大学の岡田先生が言う「接触機会80%減」ではなく、「感染機会80%減」……「この日本で接触機会80%減なんて、どう考えても無理じゃない?」と思っていた矢先、宮沢先生の一連のツイート及び解説動画(なぜか、今は非公開になっているが)を見て“目からうろこ”。とても優れた提案だと思った。
 
 

2020/04/02

雑感(「コロナ」にまつわる色々)


 
映画は我慢(我慢して我慢して、やっと解放された時に、アップリンク、武蔵野館、Ks cinema、シネマ・ロサ、ポレポレ東中野などなど、自分の好きな映画館は残っているのだろうか?早く補償を!)。飲み会は中止。友人に誘われて行くはずだった「ラグビートップリーグ」も「ウーマンラッシュアワー村本独演会」も延期。カラオケ・食べ歩き当然ムリ。まして、海の向こうへ旅に出るなど叶わぬ夢のようなもの……
(なぜか急に、30年前に家族で行った「佐渡金山」の蝋人形の声を思い出した。
「酒も飲みてえー、メシも食いてえー、馴染みの女にも会いてえなー」)

「不要不急の外出」を控えて思うのは、「不要不急」のことこそが人生を豊かにしているということ。

さて、「1日に東京で確認された感染者66人の約7割が40代以下だった」とか、今日もテレビは「コロナ」で持ち切り。
(今なお続く混雑した電車での通勤という日本特有の事情がもたらした結果…だとすれば状況はなお深刻)

中でも驚かされたのは(というか呆れたのは)、1000万人以上が住む東京で、受け入れ可能な病床が500床しかなく、それすらもうほとんど残っていないということ(五輪延期が決まった途端に118床だったことが明らかになり、それからやっと500床……これじゃあPCR検査なんてやれっこないわ)。ここ2ヶ月の間、東京都は一体何をしていたのか?「医療崩壊」以前に行政が崩壊しているとしか言いようがない。

一方、政府はと言うと…相変わらずグダグダと「所得補償」なき「自粛要請」を繰り返すのみで、真っ先に発表されたのは「五輪の日取り」と「五輪の予算の確保」、そして「1住所あたり2枚の布マスク配布」。
(マスク2枚???……昨日、それを聞いたとき、あまりのバカさ加減に、怒りを通り越して、笑ってしまった。「エイプリルフールだったか、今日は!」という感じで。もちろん、嘘でも冗談でもなかったけれど)
 
アメリカ:年収800万円以下の大人1人に13万円、子ども1人に6万円を直接給付(しかも家賃支払い・納税猶予)、
イギリス:フリーランスを対象に、月額33万円を上限に所得の8割補償、
ドイツ:フリーランスに対し最大3カ月間・最大9000ユーロ(約108万円)の給与補償(一例として、フリーランスの日本人夫婦に対し日本円で60万円ずつ計120万円振り込まれたとの呟きあり)、
香港:現金14万円支給、韓国:所得下位70%の世帯に最大9万円支給、
イタリア:30万円以上支給、フランス:休業補償(全額)、スペイン:休業補償(全額)等々。

で、我が日本はマスク2枚(&フリーランス1日あたり4100円)って……
さすが「竹槍でB29を撃墜せん」とした国。「まさにワンチームで」とか言いながら、
コロナとの戦いにも「欲しがりません勝つまでは」の精神で臨めというメッセージだろうか。
(要するに政府及び自民党は、当然果たすべき「生活者支援」を“施し”のように思っている証拠。大体、マスク2枚をそれぞれの住まいに届けるのに、どれだけの費用がかかるのか?なぜ、その金と手間を直接的な生活支援である「現金給付」に回せないのか!)

最早(というか以前から)現政権にとって、国民は主権者ではなく、殴ろうが何をしようが逆らわず、わずかな“施し”で黙って働き、従う「奴隷」のようなものなのだろう。

その「奴隷」の側の一人として言わせてもらえば「もう、我慢の限界」……

(既に負けている)コロナとの戦いを契機に、安倍政権との戦いは「やるか、やられるか」の段階に入ったようだ。
(「民主主義の危機」どころか「生存権の危機」。一日も早く政権の座から引きずり降ろさないと、「自己責任」の名のもとに、こっちがくたばってしまいそう)


 

2020/03/30

続・近況など


 
(昨日は)朝から大粒の雪が舞う、寒い日曜日。

当然ながら私も“外出自粛中”(五輪ファーストの東京都知事の“突然の自粛要請”にはムカついたが、実際、ここで食い止めないと近々ロックダウンを避け得ない緊迫した状態なのだろう)ということで、日がな一日テレビ&ネット漬け。朝から「サンデーモーニング」のコメンテーターの話に耳だけ傾けながら、ネットで記事やツイッターをチェックしていたら、その著書『結婚のヤツ』が評判になっているエッセイスト・能町みね子さんのこんな言葉に遭遇した。

「頭が良い悪人に統治されるのは怖いけど、頭が悪い悪人に統治されるのは生きる気力がなくなる」

う~ん、まさにそんな感じ(「明けない夜はない」というけど、うんざりするほど長い夜が続いているもの)。不可抗力とはいえ、こんな時に国のトップにいる人間も不運だろうが、世界の危機をこの首相で迎えた私たちこそ不運以外の何物でもない。“希望の灯”連発の記者会見(28日午後6時~)も、実に気色が悪かった。

(「世界中を未曽有の不安と恐怖が覆う中で、日本は持ち前のイノベーションの力で希望の灯を灯す存在でありたい」とか「この聖火こそ今まさに私たちが直面している暗く長いトンネルの出口に人類を導く希望の灯であります」とか、誰の作文か知らないが、いま国のトップに出来ることはそんな三文ポエムで国民を鼓舞することではなく、いかに被害の拡大を防ぐかという「ダメージコントロール」だけ……なのに、企業倒産や生活困窮者の続出が懸念される状況で、こんな歯の浮くようなセリフが吐けてしまうのは、国民の保護ではなく、自分と政権の保身を最優先に考えてしまっているからだろう。
その首相の言葉を借りるなら“今まさに”必要なのは、イチかバチかの商業五輪に導く“希望の灯”でもアベノミクスの失敗を隠すための経済対策でもなく、緊急の生活支援策。
お肉券とか、お魚券とかアホなことを言ってないで、早く具体的な数字を示して日本銀行券を配らなきゃ!)

さて、「続・近況」…

数十年間変わらず購読していた朝日新聞の契約を、先月一杯で打ち切った。「政治関連の記事や社説がありきたりでつまらない」「広告ページが多すぎて中身が薄くなった&読みにくい」など、理由は幾つかあるが、総じて政権に対峙するジャーナリズムとしての姿勢が感じられなくなり、触発される記事がほとんどなくなった事が一番。

そのセンスの鋭さに一目置いている編集委員・高橋純子さんのコラムや時折ビビッとくる「耕論」、思わずニヤリの「朝日川柳」などが読めなくなるのは少し残念だが、抗議の意思を表すためにも一旦リセットすることに…。

というわけで現在は、ニュースなどの情報収集はネット&テレビ中心(『NEWS23』、『報道特集』、BS『報道1930』等、ほぼTBSオンリー)。それプラス、先々週から新たに「週刊文春」が加わった。

きっかけは「森友自殺(財務省)職員遺書全文公開」と題された大阪日日新聞記者・相澤冬樹氏(元NHK記者)の記事と、赤木俊夫氏が遺した「手記」(326日号)。

12頁。一気に読了。痛ましさと、彼の自死を招いた者たちの悪辣さ、その両方が胸に迫ってくる出色の記事だった。
(私同様「手記」を読んだO君、曰く「文春には参議院に会派が作れるくらいの議席をやりたい。立憲とか国民とかの議席を削ってでも。」…もちろん、異議なし!)

で、前号に対する感謝と応援の気持ちを込めて先週も「文春」(42日号)を買ったわけだが、スクープ記事以外にも、
桑田佳祐「ポップス歌手の耐えられない軽さ」、能町みね子「言葉尻とらえ隊」、
みうらじゅん「人生エロエロ」、宮藤官九郎「いま、なんつった?」、
町山智浩「言霊USA」、福岡伸一「パンタレイパングロス」などなど、
刺激的で面白いエッセイ&コラムが目白押し。

これで定価440円(税込)は、お得!というほかなし……と、「朝日」に代わって、「文春」の購読を決めた次第。(4月からは「東京新聞」も購読する予定)

映画は、317日に新宿武蔵野館で観た『レ・ミゼラブル』(監督:ラ・ジリ/製作:フランス、2019年)が抜群の面白さ。さすが『パラサイト』とカンヌのパルムドールを競った作品、グサッと心に突き刺さる傑作だった。(テーマの重さ・深さは『パラサイト』よりコチラの方が上かも? 特にダイバーシティの難しさ…「多様性が大事」と、口では簡単に言えるけれど、差別感情渦巻く世界の中、中々厄介な問題であります)

当然“超オススメ作品”だが、今は不要不急の外出自粛の時。映画館はガラガラで空調も整っているが(いわゆる密閉・密集ではない)、それでも暫く我慢するのが賢明。(ちなみに「新宿武蔵野館」は、ウイルス対策として奇数席のみのチケット販売だった)

※コロナに気を取られ、ここ2ヶ月ほど、あまり本は読んでいないが、タイ旅行の際に機内で読んだ西加奈子の小説『 i 』は、その圧倒的な筆力にゾクゾクするほどの名作。(一気読み必至)
2019年・馬事文化賞を受賞した早見和真の競馬小説『ザ・ロイヤルファミリー』も、臨場感たっぷりで読み応え十分。(競馬やその世界も知らない人でも楽しめるはず)

自粛が長引きそうな今は、先月に買いだめしておいた3冊…恩田陸の『ドミノin上海』、生物学者・更科功の『美しい生物学講義 感動する生命のはなし』、ドン・ウィンズロウ『ザ・ボーダー』、そして友人のTAKENAKA君が送ってくれた『追わずとも牛は往く――労働義務のない村で――』など順繰りにボチボチ…(まずは『ドミノin上海』からスタートかな?)

P.S.
今朝、仕事に向かう電車内で「志村けん死去」の報(ヤフーの号外)を受け取った。

喜劇人としても人間としても、とても魅力的で愛すべき人だった。享年70歳、残念の一言。(にしても、感染症の流行は恐ろしい!)

それから数時間後……《ネット上では「中国人に殺された」などのヘイトスピーチも広がっている》とのこと。

社会学者・宮台真司の言葉を借りればネトウヨ(およびヘイト)は「知性の劣化ではなく、感情の劣化」。日本を代表する喜劇人の死すら憎悪の言葉で汚して静かに悼むことができないとは、何とも情けない世の中になったなあと思う。

以上。とにかく、みんな元気で!(くれぐれも気を付けましょう。お互いに!)

 

2020/03/24

近況など


超ひさしぶりの更新…新型コロナウィルス(COVID-19)感染が世界に広がる中、皆さま変わらず元気にお過ごしでしょうか。
(私自身は体調的にも精神的にも特に変わりなし。今日日、新型コロナ感染への警戒は怠れないが、その終息が見通せない中、過剰に恐れていては身が持たない。手洗い・うがい・仕事後のアルコールウェットなど、普段以上に気を付けながら、なるべく普段通りに過ごそう…と思っています)

さて今日も、東京五輪が1年後に延期になるとか、聖火を車に乗せて運ぶとか(何もそこまでしなくても…もしや、日本経済“火の車”というシャレとか?)、外出自粛で損失を被る事業者(旅行会社、飲食店、イベント開催者、サービス業など)、労働者に対する支援案として外食や旅行代金の一部を国が助成することを検討しているとか、ネットで目にするニュースは、「元・近畿財務局職員の赤木俊夫さんが遺した痛ましい手記」以外は、新型コロナ関連のうんざりするような話ばかり。(にしても、外出や旅行の自粛を要請しながらその代金の一部を助成って、一体ナニ?!…頭のネジが何本か外れているのでは?と疑うほどの愚策)

ちなみに、東京五輪については、他のイベント同様(五輪が何か特権的行事である必要はない。所詮アメリカのTV用コンテンツなのだから)、予定した時期にできないなら中止にする、というのが正しいと思うが、安倍の在任中にやり遂げたい政府と東京都および利権にまみれたIOCにはその意思はなさそう。(五輪の契約上でも「大会中止の決定権はIOCのみにある」らしい。尚且つその契約には「IOCに損害が生じた場合は開催都市が全額を負担」という条項まであるそうだ。「アンダーコントロール」というウソまでついて、東京都も日本政府も、よくもまあこんな契約を結んだものですね~)

延期なんかにしたら、その間、だらだらと余計な金がかかるし、競技施設への影響も必至。すっぱりと開催を諦めた方が経済的な痛手は少ないと思うのだが、それを決める権利すらないとは何ともバカげた話では……というより、契約内容の理不尽さも含め、そもそも「もし中止にしたら国家財政に大変な影響がある」ような、極めて危険なイベントを今時やる必要があるのだろうか?ということですが。(事あるごとに持ち出される「アスリートファースト」という概念も腑に落ちない。全て興行イベントは「観客ファースト」であり、税金で賄われる行事はすべて「国民&社会ファースト」であるはずなのに)

というわけで、日々思っていること(&言いたいこと)は多々あるが、この辺で本題。この1か月間のあれこれを…

タイ4都市(チェンライ、チェンマイ、アユタヤ、バンコク)周遊6日間の旅から帰ったのが先月(2月)の15日。さて、旅行記でも書こうか…と思っていたら、いきなり、年一度の(コトノハ舎的)繁忙期に突入。本業・副業ともに忙しくなり(その合間に確定申告などもあり)、まったくブログに手が回らなくなってしまった。(おまけに新型コロナ騒ぎも加わって)

で、その本業の方だが…225日(火)に、日本水フォーラム代表理事・竹村公太郎さんと主婦連会長・有田芳子さんの対談に立ち合い(テーマは「SDGsの時代」、場所は四谷・主婦会館)、その後、テープ起こしに4日間。編集及びコピーにほぼ10日間を費やしてしまった。(もちろん、その間、副業である「証明写真機」の仕事や家事をこなしつつ…だが、年のせいだろうか、仕事に向かう姿勢及び集中力も若干衰えてきた感じ。なかなかピッチが上がらず、少し焦ってしまった)

といった状況で、「タイ旅行記」を書くタイミングも逸してしまったわけだが、その旅の印象を一言で言うと、圧倒的な格差。(タイは元々階級社会なので、ある程度は想像できたが、車窓から眺めた首都バンコクの姿に目がテン。乱立する高層ビルの豪華さと、川の上で暮らす人々の家のあまりのみすぼらしさ、路地路地に散乱するゴミの山…その対比に慄然とした)

ツアー自体は、「ワット、ワット、ワット…」といった感じで「寺院」見学が主(4都市11寺院)。フリータイムもほとんどないため、大好きな街歩きが叶わず、全体的印象度はイマイチ。“微笑みの国”らしさを感じることもなかった。
それでも、チェンライで食べたパイナップルの美味しさ、ミャンマーとの国境の街・メーサイで飲んだコーヒーのふくよかさ、チェンマイ「メーサー・エレファントキャンプ」での“象乗り”初体験(&象が描く絵の完成度の高さ!!)は、忘れられない旅の思い出。当然、いつもの仲間(今回はMARIちゃんが不参加のため“5人旅”)との語らいも楽しかった。

※現在、タイの首都バンコクは、ムエタイ競技場で発生した集団感染により、感染者数が激増。市内のデパートや娯楽施設などの営業が3週間禁止(3月21日~)になるなど、事実上の封鎖状態になっているとのこと。
旅行が1ヶ月ずれていたら、私たちもどうなっていたことやら…


 

2020/02/04

1月のメモ(初詣、初映画など)



タモリ、麿赤児、三上寛、そして坂本龍一(とのセッション)というゲストの豪華さ、その独創的なパフォーマンスとトークの楽しさに「さすが、山下洋輔!」と、唸らされた『山下洋輔トリオ結成50周年記念コンサート 爆裂半世紀!』(1223日・新宿文化センター大ホール)&旧友たちとの忘年会(1229日)で、いい感じに2019年を締めくくり、迎えた202011日……

天気は快晴。昼頃に訪れた息子夫婦と、ほろ酔い気分で「東伏見稲荷神社」へ。

拝殿の前で軽く手を合わせ、家族と友人たちの無事を祈った後、“おみくじ”の長い列に並んだ。

ここ数年、「凶後丙」など、何故か頭に「凶」の字が入るおみくじばかりを引いてしまうという、この神社との相性の悪さは令和になっても不変。またまた微妙な「凶後吉」……その私の「凶運」に引きずられたのか、今年は連れ合いまでもが「凶後末吉」。即、別の神社での“引きなおし“を決めた。

ちなみに、稲荷神の総本社である京都の伏見稲荷大社のおみくじは32番まであり、大吉・中吉などの吉系は21種類、「凶後吉」など凶から吉に転じるものは6種類、「吉凶未分末大吉(よしあし未だ分からず末大吉)」といった“どちらともいえない”系が5種類あるそうで、凶の字が入る確率もけっこう高い…とのこと。(毎年、凶を引いているのは私だけではないはず)

ともあれ、新米スタイリストから売れっ子スタイリストに飛躍中の愚息&AYUKOさんの御籤には、しっかり「吉」の字が躍っていたので、よしとすることに。(息子は、新年早々、ロンドン、南フランス……と、立て続けに海外ロケ。とにかく忙しそうで、喜ばしい限り)
122日、阿佐ヶ谷の「神明宮」にて“引きなおし”成功。ワタシ「大吉」、ツレは「中吉」……その後、駅近くのパスタ&タイ料理店「IVO(イヴォ)」でランチ。「絶望」という名のスパゲティを食べた。実に旨し。

2日は、例年通りのメンバー(ウエちゃん、MIYUKIさん、長野在住のMOTOMI嬢)で新年会。カラオケの調子はイマイチだったが、楽しい一夜だった。(で、私の正月はこの日で終わり。3日、4日は「証明写真機」の仕事……納金に伺ったファミマの店長さんから、「正月早々、ご苦労様です」とねぎらいの言葉あり。「そちら様こそ」なのだが)

続いて「初映画」……正月気分も早めに抜けた今年の第一作目は、ケン・ローチ監督の『家族を想うとき』(製作:イギリス・フランス・ベルギー、2019年。小屋は池袋シネマ・ロサ)

カンヌ国際映画祭の最高賞パルムドールを受賞した『私はダニエル・ブレイク』を最後に、引退を表明したケン・ローチ(83歳)が、現在のイギリスの労働環境を見て引退を撤回。今作を作ったというのだから、その内容は、推して知るべし。
(家族の幸せを掴むために挑戦した仕事のはずが、114時間、週6日の勤務で身体はボロボロ、心はギリギリ。次第に家族との距離も離れていく……という負の渦にハマり、抜け出せなくなった「宅配ドライバー」と、「もとの父に戻ってほしい」と願う家族の物語)

UberAmazonに代表されるギグエコノミー(日雇い経済)企業がもたらした雇用形態の変化によって、「個人事業主」の名のもとに、過酷な労働を強いられ、過度な責任を負わされる「宅配ドライバー」の姿は、明日の日本の労働者たちの姿のようで、「個人事業主」の端くれとしても、他人事とは思えなかった。

そして、年明け2本目は、話題沸騰の韓国映画『パラサイト 半地下の家族』(監督:ポン・ジュノ、2019年。小屋は「ユナイテッドシネマとしまえん」)

早くも「勝手にコトノハ映画賞(2020)」最優秀作品賞決定!かも?の、超絶エンターテインメント大作。(ホント、面白かった! 凄いぜ!ポン・ジュノ。お見事!ソン・ガンホ)
視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚のみならず、第六感をも刺激する圧倒的な132分。まだ観ていない方は、ぜひ!

P.S.
「初・読書」は、同時に2冊。

黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』(畠山理仁/集英社文庫)
※選挙に立候補したにも関わらず、メディアから徹底的に無視され、戦う前に敗北を余儀なくされる(いわゆる)泡沫候補たちの孤独な戦いを追ったノンフィクション。個人的に「マック赤坂、マジ“リスペクト”」の一冊。第15回・開高健ノンフィクション賞受賞作。

大きな字で書くこと』(加藤典洋/岩波書店)
※批評家及び文学者として歩んできた彼の人生が凝縮されたような遺稿集。近づく死の気配を感じつつ書かれたような「詩」や、寂寥感に溢れる文章の数々を読みながら、そのフェアな精神、ぶれない信念の源に少しだけ触れられたような気がした。改めて合掌。