2016/09/27

風邪癒えず(&ザンクトパウリ)



喉の痛みは相変わらず。くしゃみと鼻水も止まらない。まさに風邪のど真ん中といった風情だが、昨日耳鼻科に行ったところ、この時期、アレルギー性鼻炎を発症した可能性も高いとの話。(10日間で耳鼻科&薬局へ行った回数は3回。その度に抗生剤の種類も変わった。果たして、3度目の正直となるかどうか?昨日、アレルギーの薬も加えられた)

どうやら、風邪とアレルギーがダブルで来ちゃった感じ……

先週の金曜(23日)、症状を甘く見て仕事の打上げを敢行したのも響いているのかもしれない。(場所は新宿「鼎」。メンバーは、JINちゃん、SHINODA &新婚のフェアリー。呑み会自体はとても楽しかったのだが)

お陰で、ここ数日は身体を休めている時間が長く、本も映画もとんとご無沙汰。公開されたら即、行こう!と楽しみにしていたクリント・イーストウッドの新作『ハドソン川の奇跡』も未だ鑑賞できていない。(バイトも初めて休んでしまった)

というわけで、『サッカーと愛国』(「サッカーはレイシズムとどう闘ってきたのか?」を知る上でとても貴重な一冊)の感想を長々と書いているような体力も気力もないので、本の著者であるフリーライター・清義明氏のブログから、こんな記事を紹介してお茶を濁す?ことにします。


『サッカーと愛国』の中で、私が最も興味をそそられたのが、この「人種も性別も意味をなさないオルタネイティブなクラブ」FCザンクトパウリとそのサポーターたち(FCザンクトパウリはドイツ・ブンデスリーガ2部のチーム。現在、元日本代表の快足FW宮市亮が在籍中)……サッカーファンはもちろん、サッカーファン以外の方にも、その興味深い成り立ちと、階級、人種、ジェンダー、貧困など現代のラディカルな問題に関わってきた彼らの闘いを知っていただきたいもの。ぜひご一読のほど。

2016/09/20

秋雨の候…




連日の雨。2、3日前から風邪気味で喉の調子が悪く、こっちの気分も湿りがち。(駐輪場もガラガラ。ヒマすぎて逆に疲れる)

そんな折(昨日)、友人のMIYUKIさんの写真集が宅急便で届いた。梱包を開けると内側の板紙にマジック書きのメッセージあり。《良いのが出来たぜ!! Miyuki

全ページ「花と木と草」の写真で構成されているが、撮る人の想いと四季折々の静かな命の物語が宿るグッドな写真集。
ところどころに添えられた言葉も効いている……というのは自己満だが、写真集での初コラボ、私にとっても記念すべき嬉しい作品になった。

明けて今日は、午前中から病院をハシゴ(歯医者と耳鼻科)。
一週間前から歯茎がポコッと腫れているのが気になって診てもらったのだが、どうやら奥歯に亀裂が入り、それが伸びているのが原因らしい。
風貌も性格もちょっと変わった先生が「何だ、これ?どうなってんだ?……う~ん、あれ~? 変だぞ、どこまでいってんだ?こりゃ大ごとかもしれないなあ…」などと呟きながら治療を進めるので、口を開けたまま次第に不安が増してきたが、その割にあっさり終わり拍子抜け。(次回は神経を取り金属冠を被せるか、最悪、歯を抜くかも…とのこと。どちらにしても、患者を不安がらせずに治療を進めてほしい!)

午後は、先日読み終えた『サッカーと愛国』(路上で、スタジアムで、サッカー界のレイシズムと全力で闘ってきたフリーライター「清義明」のフィールドワークの成果をまとめた“日本初のサッカー界からの反差別の書”)の感想を書こうと思ったが、喉もイマイチすっきりしないので、後日に回すことにした。

明日はバイト。この雨は止むだろうか?


季節の変わり目。皆さま、くれぐれも、ご自愛のほど。

 

 

2016/09/16

「落ちてくる」3つの物語(映画『アスファルト』)



暇があればまず映画……という生活を何年も続けていると、映画の神様からのご褒美なのか、年に一度はこういう「感性、どストライク!」の一本に巡り合えるもの。
秀作・傑作・佳作などという評価の枠を超え、大好き度では、今年のベストワン。映画館を出る時の気分もまた格別だった。(鑑賞日93日、小屋はよく行く「シネ・リーブル池袋」)

さて、その映画『アスファルト』(監督・脚本サミュエル・ベンシェトリ/製作国フランス)……

フランス都市郊外の寂れた団地を舞台に、3組の男女が織りなす〈複雑であたたかい人生模様〉が、ユーモラスかつ愛おしいほどの情感を醸し出しつつ描かれる……という作品だが、まず驚かされるのが、ストーリーを牽引する3組の男女のユニークすぎる人物設定。

その①:不意の事故で車椅子生活を送るようになった中年男と、夜勤の看護師。
その②:母親に見放され一人暮らし状態を余儀なくされた少年と、うらぶれた女優。
その③:服役中の息子がいるアラブ系の中年女性と、NASAの若い宇宙飛行士。

例えば、突然団地の屋上に降り立った宇宙飛行士が、アラブ人女性の部屋でNASAからの迎えが来るまで二日間待機する……などというありえないシチュエーションに唖然としながら、その非現実的な出逢いが、言語の異なる二人の短い会話と眼差しを通じて次第にリアルな日常に思えてくる不思議。

監督サミュエル・ベンシェトリによると、6人の登場人物に共通しているのは「真に孤独であり、それぞれの事情から他人に話しかける理由を持たない人々」とのことだが、その世界共通とも言える(身近な場所に存在する)孤独と孤立が、「沈黙と眼差しの交換を通して、人と人との絆が育っていく様を視覚的に描きたかった」という優れた映像の力を受けて、それぞれの心に眠る豊かな情感を呼び覚ましながら、絶妙なバランスで幸せなおとぎ話を紛れもない現実の物語に昇華させたように思う。

ちなみに、「この作品が生まれたきっかけは?」という質問に、ベンシェトリはこう答えている。
《『アスファルト』で、私は、この手の題材を描く時に普通はお目にかかれないような登場人物たちを通して、ある種風変わりなストーリーを作りたいと思っていた。一言で言うならば「落ちてくる」3つの物語、と言えるだろう。空から、車椅子から、栄光の座から人はどんな風に“落ち”、どのように浮かび上がっていくのか。『アスファルト』製作中、この疑問がいつも頭にあった。なぜなら団地に住む人々は皆、“上る”ことに関してはエキスパートだから。子供時代を団地で過ごした私にとって、そこでの生活で感じていたあれほどまでに強い団結力に他では出会ったことがない。
たとえ月日がたち至る所に孤独と孤立が少しずつ広がって行こうとも》

というわけで、「ときに強く胸を打ち、ときにユーモラスな、非常に繊細な瞬間の連続。すべての夢想家たちに捧ぐ最高の映画!」というフランスの日刊紙「ル・パリジャン(Le Parisien)」の評価に、異議なし!と心からの賛意を示したくなる一本。
特に、市井に生きる孤独な夢想家たちにオススメしたい。(名匠「アキ・カウリスマキ」の作品が好きな人も、ぜひ!)

※この映画の登場人物の一人、際立つ存在感を放っていた“ひとり暮らしの少年シャルリ”を演じたのは、監督ベンシェトリの息子であり、名優ジャン=ルイ・トランティニャンを祖父に持つジュール・ベンシェトリ。(母親は女優の故マリー・トランティニャン)
数年後、フランス映画界を代表するスターになる予感がする。今後も注目!

 

2016/09/06

帰ってきたオバサン。



つい先日、駐輪場に“最悪のオバサン”が帰ってきた。(不正駐輪を咎めた私に罵詈雑言を浴びせながら、予想外の反撃?に遭い「こんなに理屈っぽい人、はじめてだわ」と捨て台詞を吐いて去ってから約半年ぶり)

相変わらず駐輪禁止エリアに堂々と自転車を止めていたので、駐輪ラックに入れ直し「やれやれ、また一戦交える羽目になるのか……」と腹をくくって小一時間。買物を済ませて帰ろうとするオバサンの後ろ姿が目に留まった。

すぐに近寄り、ラックから自転車を出しにくそうにしていた彼女に「〇〇さん、手伝いますよ」と声をかけたら、一瞬ビクッとしたように動きが止まり、キャップを目深にかぶった顔もあげず「ありがとうございます」と小さな声で返してきた。

で、自転車を出しながら「ルールはちゃんと守ってもらわないと、困りますね~」と言うと、「申し訳ありません」と素直に応える。
さらに続けて「次からは必ず、空いている所を探して入れてくださいね」「はい、分かりました」という拍子抜けするようなやり取りがあり、最後まで私と顏を合わせず、俯き加減に自転車を押して静かに帰って行った。

まるで人が変わったようなしおらしさ……

早速、同僚のNさんに「さっき〇〇さんに会ったけど、エラく素直でおとなしいんだよね~、どうしちゃったんだろう?」と、そのやりとりを報告すると、彼は「Yさんとの一件がかなり効いているんですよ、きっと」とニンマリ……
あのモンスターが私に反撃されたくらいで「改心」するとも思えないが、Nさんの言う通り“戦意喪失”は明らかな様子。その激変ぶりには少し驚かされたが、駐輪場の平和のためには実に良い変化と素直に喜ぶことにした。

※この間、少し頭を悩ませていたMIYUKIさんの写真集用コピー(というか戯言のようなもの)を、今日ようやく書き上げ、送信。彼女の意に適っているかどうかは分からないが、上手く料理してくれるはず。出来上がりを楽しみに待ちたい。

 

2016/08/31

8月中下旬メモ



815日(月)終戦記念日or敗戦・降伏記念日
隣駅のTジョイで映画『シン・ゴジラ』を鑑賞……のつもりだったが、上映開始から1520分、動く原子炉のようなゴジラに踏みつぶされていく東京の街々を眺めているうち、急激に眠気が押し寄せ、ほぼ朦朧状態。
途中「ん?なぜ石原さとみが偉そうな態度で英語を喋っているんだろう」と疑問に思ったが、その役柄も分からないまま、一気に夢の中。気がついた時にはエンドロールが流れていた。

かねがね「映画を観ながら寝るなどもってのほか、映画に対して失礼だ!」と公言して憚らない自分が、寝不足気味でバイトの疲れが残っていたとはいえ、傑作と評判の映画でまさかの寝落ち……我ながら情けなし。
(「えっ、あの映画で寝ましたか?!」と、『シン・ゴジラ』大絶賛の建築家IWAMAさんにも失笑を買いそうだ)

「万全の体調で、また観よう」と、鑑賞リベンジを期しての帰り道。駅前の「ジュンク堂」に立ち寄り、桐野夏生の小説『猿の見る夢』を購入。

家に帰ると友人のTAKENAKA君から、一句添えられた残暑見舞いハガキが届いていた。
立秋や風のささやく声の朝

816日(火)
バイトは休み。前夜から読み始めた『猿の見る夢』を一気に読了。

主人公は、大手一流銀行から服飾メーカーに出向している還暦間近の男・薄井。
家庭(妻と二人の息子)、不倫(10年来の愛人がいながら、会長秘書も気になる)、出世(65歳まで勤め上げるため、常務昇格を狙う)、老後(実家の200坪の土地に二世帯住宅建築を目論む)……定年前の果てなき足掻きと優越の中、自分の思い通りにすべての事がうまく運ぶと信じて疑わない男の人生は、ある女性(占い師)の出現により、大きく狂い出す。というお話。

身勝手な欲望と独善的な人生設計をリアルな女たちに見透かされているのも気づかず、徐々に負のスパイラルにはまっていく“終わらない(終われない)男”の哀れな生き様に、「しょーもないヤツだなあ~」と呆れ果てながら、何故かその人生に救いの手を差し伸べたくなるような、不思議な魅力(魔力)を秘めた一冊。実に面白かった。

で、「これまでで一番愛おしい男を描いた」という著者・桐野夏生の言葉は、皮肉?本音?……どちらにしても、女は怖し。

820日(土)
旧友のY君、O君と暑気払い(呑み会)。場所は池袋の「酒菜屋」、少し早目に17時スタート。
リオ五輪・陸上400mリレーの快挙をのっけの話題に、ビール&ハイボールで乾杯……その後
3人とも日本酒に切り替え、五輪(卓球、バドミントン、「君が代」)、政治(都知事選、日本会議、「STOP!安倍政権」……そのために「何か自分ができることはないものか」とはO君の言葉)、映画(『帰ってきたヒトラー』他)、本(小説『流』、加藤典宏の『戦後入門』他)、サッカー日本代表、ベトナム旅行計画など、勝手な進行役(?)に合わせて話が進み、楽しく盛り上がった。
(席上、法学者のO君から出版されたばかりの自著『イェーリングの「転向」』を贈呈される……
パラパラめくっただけで、大変な労作というのは分かるが、イェーリングって誰?概念法学って何?の門外漢には半分読むのもしんどい感じ。申し訳ないが暫く本棚で眠ってもらおうと思う)

2軒目は「萬屋松風」。店を出るまで、何を飲み、何を食べ、何を話したかほとんど記憶なし。
といってヘベレケになったわけでもなく足取りはシャキッ。23時頃、東武線改札に向かうY君に「またね」と手を振り、JRで帰るO君とはハイタッチで別れ、西武池袋線のホームに急いだ。

827日(土)
長野からMOTOMI嬢が上京中。というわけで、いつものメンバーが集合。
田無駅近くの居酒屋でハイボールを飲みながら、4人で楽しく(時にきつめの話題で)歓談。

その際、MIYUKIさんとUEちゃんからコピー(というか言葉)のオーダーあり。MIYUKIさんの写真集に入れたいとのこと。(それ自体は前から頼まれていたのだが、何を書けばいいのかよく分からなかった)
改めて「写真に関係なく、好き勝手に今思っていることを書いてほしい」と言われたが、簡単そうに聞こえて、その実けっこう厄介なご依頼。それはそれで、ちょっと頭を悩ませないと。
(自由な言葉がそうそう自由に出てくるものでもないわけで…)

MOTOMI嬢からは安曇野の酒「酔園 幻の酒」(純米吟醸)を頂いた。(後日味わったが、スッキリ系の甘口で飲み心地よし)
「せっかく東京に出て来たから、どこかで映画を観て帰る」と言っていたが、何を観たのだろう。(「『君の名は。』でも観れば」と勧めたら、「(アニメーションは気になるけど)純愛モノでしょ。今さらね~」って感じだったけど)

2次会はカラオケ。「新宿の女」から始まり、「東京ブルース」「新宿育ち」「北国の春」etc.……と演歌づくしだったが、咽喉の調子はイマイチ。
次第に誰も曲を入れなくなり、会話中心になったので延長はせず、2時間くらいで店を出た。
(いつもの盛り上がりに比べ、地味目な再会だったが、また今度。みんな元気で!)

以上。

明日はW杯アジア最終予選「日本VS UAE」……頼むぜ、ハリル・ジャパン!

2016/08/29

獄中句と『君の名は。』



詠まざればやがて陽炎 獄の息

今日の朝刊(朝日「歌壇・俳壇」俳句時評)にオウム真理教事件の死刑囚・中川智正の句が紹介されていた。記事によると彼は現在、俳句をよすがに独房で悔悛の日々を送っているという。

かのピカは七十光年往けり夏

指笛は球場の父 虎落笛(もがりぶえ)

繊細な感受性と強い正義感は時に人生の歯車を大きく狂わせる……公判中「生まれてこなければよかった」「私は人間失格。すべてを関係者におわびします」と述べた男はいま、自らの罪の深さを原爆に重ねて慄き、またある時は、応援席の父と過ごした少年野球の思い出を手繰りながら帰らぬ日々を思い、死と隣り合わせの独房で厳しい夏と向き合っている。

《奈落の底から生まれた俳句は勁(つよ)い。認識と感情が一本の草になって立っている。草は人間とは何かを問う境界線になろうとしている》
記事の結びに書かれた恩田侑布子さんの言葉が印象的だ。

“人間とは何か”か……なぜ人生には、生きている間に解けそうもない問題ばかりが押し寄せてくるのだろう。これ以上、脳ミソのキャパを増やせそうもない自分にまで。

さて、朝からこんなヘビーで心揺さぶる句に出会ったせいか、昨日Tジョイで観たアニメーション映画の余韻はすっかり薄れてしまったが、消えないうちにその感想をサクっと。

『君の名は。』(監督/新海誠)……

青春のど真ん中から遠く離れた前期高齢者(一歩手前)の男が、今さら“時空を超えてつながるラブストーリー”なんぞに胸キュンしていていいものか?と思うが、いいんです!!

大概の男は幾つになっても己の不甲斐なさと後悔の塊を心の奥に留めながら生きているもの。その揺るぎない切なさをダイレクトにくすぐられたら仕方なし。とにかく空が美しかった。
(「誰そ彼(たそかれ)」と「ムスビ(産霊)」……奇跡につながる繊細な言葉も心に残った)