2016/05/18

映画メモ。(必見の2本)



ここ数週間、バイト→呑み会→(少し空いて)バイト・バイト・バイト→呑み会……といった日々が続き、心身共に余裕がなくブログは滞り気味(単なる言い訳ですが)。
でも、DVDも含め映画はちょくちょく観ている……というわけで、劇場で観たこの2本をサラッと。(本当はサラッと書くような映画ではないけど)

◎『スポットライト 世紀のスクープ』(監督:トム・マッカーシー/製作国:アメリカ)
鑑賞日は4月25日、隣駅のTジョイで。
ボストン地域のカトリック教会神父による児童への性的虐待の実態を暴くために、それを隠蔽する巨大権力「カトリック教会」に挑む「ボストン・グローブ」の記者たちの闘いを実話に基づいて描いた話題作(本年度アカデミー賞作品賞・脚本賞W受賞作品)だが、月曜の真っ昼間のせいか館内はガラガラ。だが、その空席の多さが“もったいない!”と思えるほど、片時も目を離せない見応え十分の128分間だった。(なのに、どこからか寝息が聞こえる昼間の映画館。飲んだら乗るな、寝るなら観るな!)
淡々とした展開ながら、「世紀のスクープ」に人生を賭けた人々によって醸し出されるその緊迫感は、まさに緻密に練り上げられた「脚本力」の賜物。本作のテーマとなる不屈のジャーナリズム精神を讃えるハリウッドもアメリカもまだまだ捨てたものではない。と改めて思った。
それに比して、権力にものを言えない何処かのメディアの体たらく……「権力を監視するとはこういうことだ!」と、期せずして日本社会に一喝を食らわす映画にもなった気がする。
(鑑賞日の前日、大学教授だった友人2人の「退職祝い」を兼ねた酒宴があり、呑みすぎ&喋り過ぎで頭の中がモヤっとしていたが、この映画を観た後は少しシャキッとした感じ)

◎『レヴェナント 蘇えりし者』(監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ/製作国:アメリカ)
鑑賞日は5月10日、“小屋”は滅多に行かない「ユナイテッドシネマ豊島園」。(上映開始1450分、観客は2030人程度)
「いやあ、凄いモノを見ちゃったなあ~」が、観終えた後の第一声……『スポットライト 世紀のスクープ』が脚本とテーマ主導の秀作とすれば、こちらは大自然の厳しさ、美しさ、残酷さを、圧倒的な映像力とスケールで描いた超の字が付く力作。
映画の舞台は西部開拓時代の原野。その未開の地に分け入った探索隊にガイドとして雇われた実在のハンター、ヒュー・グラスの過酷な道程に寄り添う2時間37分……時に闇を柿色に染める松明の炎に目を奪われ、時に河の流れの激しさとその長さに慄き、時に痛覚が覚醒するようなシーンの連続にワナワナしながら、驚くべき生命力と精神力で生き延びた一人の男の魂の浄化を描いた人間ドラマに見入った。(大括りのテーマは「信仰(の危機)」か?「神への懐疑」を象徴するように、度々夢のシーンに崩れかけた教会が現れる)

2時間半の長尺ながら、その長さを感じさせないのは、当然ながら優れた脚本と演出、そして傑出したカメラワークの賜物(雄大な自然を精緻に捉える長回しのカット。とりわけ自然光で作り上げる色彩のグラデーションが素晴らしい)。さらに加えて、“CG頼りの省エネ製作”というハリウッドの風潮に挑む製作陣の「熱」が全編に漲っているからだと思う。(皮肉にも、本編が始まる前にスクリーンに流れた「予告編」の数々は、CGを過剰に使ったハリウッド作品ばかりだったが)
監督イニャリトゥはもちろん、本作で悲願のオスカーを受賞したレオナルド・ディカプリオの熱演と敵役トム・ハーディの強烈な存在感に大きな拍手を送りたい。

以上、「コレを観ないで、何を観る?!」レベルの2本。DVD鑑賞分では、監督スピルバーグ、主演トム・ハンクスの『ブリッジ・オブ・スパイ』がなかなか面白かった。(TVドラマはTBS火曜夜10時からの『重版出来』。久々にハマった)

2016/05/08

さようなら、富田勲さん。





5月5日、作曲家であり世界的なシンセサイザー奏者の富田勲さんがこの世を去った。


もう20年以上も前になるが、仕事上の知人の紹介で富田さんにお会いしたことがある。


場所は六本木の音楽スタジオ。とある電子楽器メーカーの新製品発表会の席上だったと思う。(と言ってもオフィシャルな場という雰囲気はなく、軽くお酒を飲みながらシンセサイザー音楽を楽しむという、かなりフランクな会だった)


時間にして1時間くらいだろうか。「宮沢賢治」に始まり「オウム真理教」まで、私が振るかなりヘビーな話題に、嫌がりもせず飄々とした表情で真摯に答えてくれた富田さんの姿が今も記憶の片隅にしっかり残っている。


その話の中で特に印象深かったのは、シンセサイザー音楽作品としてのデビュー・アルバムを世に出した当時、「こんなのは本当の音楽じゃない」とレコード会社をはじめ様々な音楽関係者に非難を浴びたことに自ら触れ、「じゃあ本当の音楽って、なんだ?!」「時代の変化に呼応して、進化していくのが本当の音楽じゃないのか?」と改めて憤っていたこと。その憤った顔すら穏やかで優しく、無垢な少年のように見える不思議な人だった。

享年84歳。きっと今頃は「銀河鉄道」の中で「月の光」に照らされながら、静かに眠っておられることだろう。
その人生に敬意を表するとともに、心からご冥福をお祈りしたい。

 






2016/04/22

『バベル九朔』読了。




先日、とある駅前の「喫茶店」で、隣席に座る見知らね高齢女性に「講談社とか角川書店とかの本はどこで売ってるんですか?」「彩の国のサイの字は、土へんじゃないんですね…」等々、唐突かつ不思議な質問を投げかけられながら、狐につままれたような気分で読み終えた万城目学の新作『バベル九朔』。

どこの街にでもあるありふれたテナントビルを「迷宮」に変貌させていく手腕は、さすが「万城目」と思うが、面白いような、そうでもないような。分かったような、分からないような……スッキリしない後味。“奇想天外・驚天動地のエンタテインメント”と謳われてきた今までの万城目ワールドとはかなり様子が違い、戸惑った。(読みながら寝落ちしたことも度々)

例えるなら、純文学のスパイスを効かせすぎて持ち前のエンタメ味が薄くなり、結果、リリシズムが欠落したやや深みのない村上春樹になってしまったという感じだろうか……

違うか。

主人公はタイトルにもなっている雑居ビル「バベル九朔」の管理人をしながら小説家を目指し、新人賞に応募しては落選を繰り返す日々を送る「俺=九朔(きゅうさく)」。(「バベル九朔」は、38年前に亡き祖父・九朔満男が建てたもの)
その「俺=九朔」は、ある日雑居ビルのなかで不気味な黒ずくめの女と出会う。日毎ビルの入口付近でうろつくカラスの化身と思われる“鳥の目”をもつ彼女に何故か後を追われ、ビルの中を逃げ回る途中、「九朔」はそのビルに隠された謎に触れ、異様な「バベル」の世界に迷い込む……というのが大まかなあらすじ。
本の帯には《万城目ワールド10周年 最強の「奇書」誕生! 俺を追ってくるのは、夢か、女(カラス)か?》と書いてある。

“最強”かどうかは別にして、言われてみれば、まさに「奇書」……作者本人が「表紙に万城目学と名前がなかったら、わからないかもしれない」と語るくらいだから、「これって、万城目なの?」と私のような読者が奇異に思うのも当たり前。
でも万城目学が「本当に書きたかった一作」らしいし、彼には主人公「九朔」同様、ビルの管理人をしながら小説を投稿していた時期があり、その実体験が随所に盛り込まれているとのことで、私の感想はさておき、それだけ思い入れの深い作品なのだろう。

「王様のブランチ」のインタビューでは、小説家を夢見ながら成果の出ない時間を過ごす主人公のように「打算なく時間とエネルギーを注ぎ込むことは非常に美しい」と語り、それが今作のテーマになっていると明かしたようだ。

なるほど。この世は、願いながらも力及ばず果たせなかった無数の夢の残滓で出来ている、とでも言いたかったのだろうか。その残滓こそが尊いモノだと。

2016/04/20

『孤独のススメ』のススメ



昨日は、バイト3連休の中日。天気もいいので、新宿へ。

シネマカリテで『孤独のススメ』(監督・脚本:ディーデリク・エビンゲ/製作国オランダ)を観てきた。(上映開始は1240分。その前に、昔よく待ち合わせで使った喫茶店「タイムス」で軽くランチ。古びた椅子の感触に、成す事もなく友人と駄弁っていた遠い日の記憶が少しだけ蘇った)

映画の舞台はオランダの田舎町(教会を中心にした小さな集落)。主人公は妻に先立たれ、独りで暮らす初老の男フレッド(トン・カス)。
日曜の礼拝以外、周囲との付き合いを避けて静かに生きていた彼だが、ある日「言葉」を持たず「過去」も分からない男テオ(ルネ・ファント・ホフ)がその町に現れ、些細なトラブルの後、なぜかフレッドの家に居ついて奇妙な共同生活が始まる。
テオの特技を生かした「宴会芸」で多少の稼ぎを得る中、二人の間にはいつしか友情のような感情が芽生え、フレッドの単調な日常が徐々に色づいていくが……というお話。

前半の雰囲気はまるでカウリスマキ。交わす言葉もほとんどない中年男ふたりの風変わりな同居生活がシュールな笑いを伴いつつ描かれる。(その間、二人には「同性愛」の噂も立ち、信仰心の篤い保守的な町の人々から嫌悪の目を向けられるが)
だが、それは後半一気に加速する物語のために丹念に織り込まれた伏線……

突然流れる歌『This Is My Life(La vita)』に心を鷲づかみにされ、思いがけず目頭が熱くなった後、その熱を冷ます間もなく、名峰マッターホルンの雄姿に目を奪われる清々しいラストが待っていた。(ちなみに原題は『Matterhorn』……本作に限っては邦題の方がニュアンス的に正解だと思う)

というわけで、特に中高年男性の心の琴線に触れるであろう2016年上半期ベスト1の秀作。
本作が初の長編作品というディーデリク・エビング監督の見事な脚本に大きな拍手を送りたい。(今後の活躍にも大いに期待したい。風貌も若干アキ・カウリスマキに似ている気がするし…)


※今なお余震が続く「熊本地震」……明日は我が身、改めて世界有数の地震国で暮らしていることを思い知らされた。亡くなられた方々のご冥福を祈ると共に、被災地で生きる人たちに一日でも早く平穏な日々が訪れることを願うばかり。
10年ほど前、仕事でお世話になった「あゆみ保育園」(熊本市)、「童心児童館」(大分・中津市)の皆さんはご無事だろうか。そして福岡に住む我が友は元気だろうか。
(仕事で2度ほど訪れたことのある「熊本」。路面電車、熊本城、馬刺し等々……とても魅力的で心に残る美しい街だった)

2016/04/12

ボブ・ディランの夜 〜その2〜






第一部が終わり、20分の休憩タイム。

トイレに向かう途中、通路で赤いフリフリの超ミニスカートを履いたド派手かつワイルドな風貌の高齢男性と遭遇し、思わず目がテン。さすがボブ・ディランのライヴ、ぶっ飛んだ人がいるなあ~と感心したが、偶然トイレでも隣り合わせ再度ビックリ。超ミニで立ちションって、どうよ?迫力あり過ぎでしょ……

という刺激的なひと時が終わり、第二部開始。オープニング曲は2001年リリースのアルバム『Love & Theft(ラヴ・アンド・セフト)』から「High Water (For Charley Patton)」(ハイ・ウォーター/チャーリー・パットンに捧ぐ)。軽快なカントリー調の曲だが、事前に調べた所によると、「チャーリー・パットン」は20世紀初頭に登場したアメリカのブルース・シンガーで、ミシシッピ・デレタ地域が起源のブルース・スタイル「デルタ・ブルース」の象徴的存在とのこと。パットンには、かつてのミシシッピ河の大氾濫をテーマとした「ハイ・ウォーター・エブリホエア」という代表曲があり、これを下敷きにメンフィスやミシシッピに生まれた音楽文化を、今一度、振り返るべく21世紀の初っ端にディランが歌ってみせたようだ。ブルース~ロックンロールのルーツを忘れないディランの衰えない気骨と逞しい執念に改めて敬服。

次の12曲目は、再び日本初登場のシナトラ・カバー「ホワイ・トライ・トゥ・チェンジ・ミー・ナウ」。
また、シナトラ?……と思ったが、この曲はかなりイイ感じ。ディランも気持ち良さそうに歌っていた。
で、「アーリー・ローマン・キングズ」(『テンペスト』収録)、「ザ・ナイト・ウィ・コールド・イット・ア・デイ」(シナトラ・カバー)、ピアノを弾きながら軽やかに歌い上げた「スピリット・オン・ザ・ウォータ-」と続き、16曲目は『テンペスト』から「スカーレット・タウン」。
イギリス古謡のメロディに則り、古く慎ましい町の運命を歌った曲らしいが(調べてはみたが、歌詞がまったく分からない。残念!)、凄味を増したしゃがれ声が実にイイ。

17曲目は「オール・オア・ナッシング・アット・オール」。
この曲も日本初登場のシナトラ・カバー……アメリカの大衆歌謡に深い敬意を払うシンガーとして知られてきたディランが、シナトラを歌うこと自体に驚きも抵抗もないが、シナトラの歌にほとんど興味がない私には、その声がいかに魅力的でも「正当路線で丁寧に歌っている」と言う以外、どう楽しめばいいのか分からない。清志郎の「サン・トワ・マミー」のように、ディランらしいテイストで歌ってくれればいいのに……と心の中で少し愚痴った。

そんなモヤモヤ気分の中で迎えた18曲目は、「ワオ!」と胸の中で吼え、自然に体も揺れた「ロング・アンド・ウェイステッド・イヤーズ」(『テンペスト』収録)。この時代に、こんなディランが聴けるなんて、奇跡というほかなし。まさにディラン節炸裂の名曲ではないだろうか。




そして第二部のラストを飾るのはイヴ・モンタンが歌ったシャンソンの名曲「オータム・リーブス(枯葉)」(シナトラのレパートリーでもある)。
数々のシナトラ・カバーも含めて、「えっ、何でディランが“枯葉”?」……と思うが、本人曰く「私はこれらの曲はどうみてもカバーとは思っていない。もう十分カバーされてきた曲ばかりだから。実際カバーされすぎて本質が埋もれてしまっている。私とバンドがやっていることは、基本的にその覆い(カバー)を外す作業だ。本質を埋められた墓場から掘り起こして、陽の光を当てたのさ」
とのこと。
私のようなただのファンには、どこか不思議な寂寥感が漂う彼の渋い「枯葉」を聴かされても“埋もれてしまった本質”が何かはまったく分からないが、欧米の伝承歌や大衆歌謡を発掘し、解体・再構築して提示するディランの長きにわたる旅路の一環、その孤高のスピリット健在なり……と理解したい。(何十年たっても昔のヒット曲ばかり歌っているようなミュージシャンとは、魂の在り処が違うのだろう)



その後ステージは暗転し、鳴り止まぬ拍手の中で迎えたアンコールの1曲目は、誰もが知っている名曲「風に吹かれて」。
How many ~と歌い出した途端、会場は大盛り上がり。でも、前日のセトリを見ていなければ、多くの観客がすぐに何の曲か分からなかったはず。私たちの耳に馴染んだ「風に吹かれて」とは歌い方がまったく違い、何か新しい曲を聴くようだった。
続いて2曲目、ショーの最後を飾ったのは“進化し続けるロック・レジェンド”を象徴するようなナンバー「ラヴ・シック」。切なく吐き捨てるように歌うディランの声が胸に沁みた。

ということで、老いも若きも大満足のナイスな締めくくり。演奏後、ディランは会場の大歓声に応えるように手を広げ、静かにゆっくりと舞台から去って行った。

その姿を見送る席の後ろから、私たちの気持ちを代弁するように「ディラン、ありがとう!」と叫ぶ、若者の大きな声が聞こえた。

以下、【ボブ・ディラン201645日@オーチャード・ホール セットリスト】 
*カッコ内は収録作品
Set 1:  
1.Things Have Changed シングス・ハヴ・チェンジド
(Wonder Boys"OST)』 2001/DYLAN THE BEST(2007)』他)
2.She Belongs to Me シー・ビロングズ・トゥ・ミー          
(『ブリンギング・イット・ オール・バック・ホーム/Bringing It All Back Home 1965
3.Beyond Here Lies Nothin' ビヨンド・ヒア・ライズ・ナッシング      
(『トゥゲザー・ スルー・ライフ/Together Through Life2009
4.What'll I Do ホワットル・アイ・ドゥ  
(『シャドウズ・イン・ザ・ナイト/Shadows In The Night2015)
5.Duquesne Whistle デューケイン・ホイッスル  
(『テンペスト/Tempest 2012)
6.Melancholy Mood メランコリー・ムード        
(来日記念EP『メランコリー・ムード』2016
7.Pay in Blood   ペイ・イン・ブラッド   
(『テンペスト/Tempest 2012)
8.I'm a Fool to Want You アイム・ア・フール・トゥ・ウォント・ユー    
(『シャドウズ・イン・ザ・ナイト/Shadows In The Night2015)
9.That Lucky Old Sun ザット・ラッキー・オールド・サン    
(『シャドウズ・イン・ザ・ナイト/Shadows In The Night2015)
10.Tangled Up in Blue ブルーにこんがらがって            
(『血の轍/Blood on the Tracks1975
                                  
Set 2:   
11.High Water (For Charley Patton) ハイ・ウォーター(フォー・チャーリー・パットン)  
(『ラヴ・アンド・セフト/Love and Theft2001
12.Why Try to Change Me Now ホワイ・トライ・トゥ・チェンジ・ミー・ナウ     
(『シャドウズ・イン・ザ・ナイト/Shadows In The Night2015)
13.Early Roman Kings アーリー・ローマン・キングズ
(『テンペスト/Tempest 2012)
14.The Night We Called It a Day ザ・ナイト・ウィ・コールド・イット・ア・デイ   
(『シャドウズ・イン・ザ・ナイト/Shadows In The Night2015)
15.Spirit on the Water スピリット・オン・ザ・ウォーター    
(『モダン・タイムス/Modern Times2006
16.Scarlet Town  スカーレット・タウン            
(『テンペスト/Tempest 2012)
17.All or Nothing at All オール・オア・ナッシング・アット・オール      
(来日記念EP『メランコリー・ムード』2016
18.Long and Wasted Years ロング・アンド・ウェイステッ ド・イヤーズ           
(『テンペスト/Tempest 2012)
19.Autumn Leaves 枯葉           
(『シャドウズ・イン・ザ・ナイト/Shadows In The Night2015)

Encore:   
20.Blowin' in the Wind 風に吹かれて        
(『フリーホイーリン・ボブ・ディラン)

21.Love Sick ラヴ・シック
(
『タイム・アウト・オブ・ マインド/Time Out of Mind 1997)

2016/04/10

ボブ・ディランの夜 〜その1〜








45日、待ちに待った「ボブ・ディラン」の日本公演に行ってきた。(場所は、渋谷Bunkamuraオーチャードホール)

その日は朝から少し落ち着かず、ネットで前日のセットリストを手に入れ、かなり時間をかけて“予習”していた。(「自ら進化し続けるロック界最重要アーティスト」らしく、そのリストには「ライク・ア・ローリング・ストーン」も「FOREVER YOUNG」も「時代は変わる」もなく、私たちが熱狂した60年代の曲は「風に吹かれて」と「She Belongs To Me」があるのみ)

開演は19時予定……16時前に家を出て副都心線で渋谷へ。道玄坂の『麗郷』で腹ごしらえ(&ビールと紹興酒)した後、18時半過ぎ「オーチャードホール」へ入り3階正面4列目(30番)の席に着く。(さすが最安のA席、ステージは遥か彼方)
周りを見渡すと、やはり同世代(及び団塊世代)と思われる観客が多く見受けられたが、20代の若者や外国人の姿もかなり目につき、世代・国境を越えたイイ感じの雰囲気がホールに漂っていた。(開演10分前くらいに、真っ赤なスーツに身を包んだファッション・デザイナー山本寛斎氏がドアを開けて入って来た。席は私とツレの2列前)

そして19時過ぎ、会場が暗転。大歓声が上がる中、アコースティックギターの演奏が始まり、ボブ・ディラン登場!(私の席からは白い帽子が分かるだけで、顏・姿はまったく視認できない)。年季の入ったしゃがれ声で、オープニング曲「シングス・ハヴ・チェンジド」を歌い出した。

2曲目はブルースハープを吹きながらの「シー・ビロングズ・トゥ・ミー」(65年の名盤『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』収録曲)。そして「ビヨンド・ヒア・ライズ・ナッシング」(2009年リリース)、「ホワットル・アイ・ドゥ」(フランク・シナトラに代表されるグレート・アメリカン・ソングブックの名曲)と続き、5曲目はアルバム『テンペスト』(2012年リリース)収録の「Duquesne whistle(デューケイン・ホイッスル)」。ピアノを弾き、気持ちよさそうに揺れながら歌うディランの姿を遠目に拝み、コチラの気分もハイテンション。

ちなみに“デューケイン”はペンシルヴァニア州にある人口5千人超の町。この町にはかつて「カーネギー鉄鋼」傘下の鉄鋼会社「デューケイン・ワークス」があり、20世紀初頭の鉄鋼業の最盛期には、この町の産業の中心となっていたようだ。
この時期、ニューヨークとこの地を結ぶ鉄道があったそうで、ディランの曲で歌われているのはこの鉄道のことらしい。(「Duquesne whistle」はデューケインの駅から出発する汽車の汽笛)


Can't you hear that Duquesne whistle blowing
Blowing like the sky is gonna blow apart
You're the only thing alive that keeps me going
You're like a time bomb in my heart

デューケインの汽笛が聞こえるかい?
空が吹き飛ばされてしまうような汽笛の音だ
お前は私を活気づける唯一の存在
私のハートにある時限爆弾のようだ



……ということで、この時点で一番のお気に入り曲。一瞬「ん?トム・ウェイツ!?」と錯覚しそうなほど魅力的な、ディランのしゃがれ声が胸に気持ちよく沁み渡る、渋くて軽快なブルースナンバーだった。(この曲がリリースされたのは4年前。なんとディラン70歳の時!さすが“進化するロック・レジェンド”)

6曲目は日本初登場の「メランコリー・ムード」。5月発売予のニュー・アルバム『フォールン・エンジェルズ』に収録される曲らしいが、またもやフランク・シナトラのレパートリー……ディランの新境地と言われれば「ふ~ん」と頷くしかないが、ロックとは無縁のメロディアスな大人の音楽は眠気を誘うのみ。オーチャードホールがラスベガスのナイトクラブに変わったような気分だった。
7曲目は「Pay in Blood(血で払え)」、前曲のソフトなボーカルから、凄みのある声でまくしたてるディランが戻ってきた。(アルバム『テンペスト』は必聴かも!?)

で、8曲目「.I'm a Fool to Want You」と9曲目 That Lucky Old Sun」もシナトラのカバー。「何ゆえここまでシナトラ押しなの?」と集中力が切れかけところで、第一部最後の曲は、70年代のディランの代表作『血の轍』から「Tangled Up in Blue(ブルーにこんがらがって)」。
当時のテイストは感じさせつつも、まったく原形を留めないディランの自由奔放な歌いっぷりに「そうこなくっちゃ!!」と心が躍った。この曲、とにかく詩がすごい。

ある朝早く 太陽は輝き 俺はベッドに横たわり
すっかり変わったろうか まだ髪は赤いだろうかと
彼女のことを思った。
彼女の両親は、俺たちが一緒に暮らしても
絶対すぐ駄目になると言ったものだ
俺のママお手製のドレスなど好きにはなれないし
パパの銀行通帳には大した額がないだろうというわけだ
そして俺は道端に立ち尽くし
靴は雨でずぶ濡れになり
俺は東海岸を目指した
到着するまでに俺が支払った対価は神のみぞ知る
ブルーにこんがらかって

ふたりが出会った時、彼女は結婚していたが
離婚は間近だった
彼女を救ってやったとは思うが
手口は少しばかり強引だった
俺たちはできるだけ遠くまで車を走らせ
西の外れで乗り捨てた
それが最善と同意して
俺たちは暗く、悲しい夜に別れた
俺が歩き去ろうとすると
彼女は振り返り、俺を見た
肩越しに彼女の声が聞こえた
「いつかまた、大通りで会いましょう。
ブルーにこんがらがって」

……こんな感じで7番まで続くのだから。まさに現代の吟遊詩人と言われる所以。




そして、曲が終わり、ここまで一切MCを入れなかったディランが客席に向かって「ありがとう!」と日本語で叫んだ。思わぬリップサービスに会場はどよめき、大歓声。私も「ヘイ、ディラ~ン!」と小さく叫び手を振った。