2015/06/23

「慰霊の日」と、『戦場ぬ止み』


「今年(くとぅし)しむ月(ちち)や 戦場(いくさば)ぬ止(とぅどぅ)み 沖縄(うちなー)ぬ思(うむ)い 世界(しけ)に語(かた)ら」— 嘉手納米軍基地内に土地を所有しながら、基地への土地提供を拒み日本政府との契約を拒否する「反戦地主」として長きに渡り反戦平和の大衆運動を牽引してきた有銘政夫さんが、名護市辺野古で詠んだ琉歌。その一節がタイトルになった映画『戦場ぬ止み』。

「沖縄にはもう基地は要らない」と基地建設反対の意思を示す人たちの日々をとおして、普天間基地移設の欺瞞性を見つめ、沖縄の決意を「日本人」とアメリカ及び世界に問うドキュメンタリーだ。(新基地反対運動で揺れる辺野古の今を映し出すのは、2年前オスプレイ訓練用ヘリパッド建設に反対する東村高江の人たちの闘いを追ったドキュメンタリー『標的の村』の監督・三上智恵さん)

この映画を観たのは64日(ハコは「ポレポレ東中野」)……それから3週間近く経つ今日623日は、沖縄戦の戦没者の霊を慰め、平和を祈る日として、沖縄県条例によって定められた「慰霊の日」。しかし、この「慰霊の日」及び戦死者20万人超、その約半数の94000人余りが子供を含む一般県民だった軍民入り乱れての激しい地上戦のことを知っている日本人は、どれだけいるだろうか。(恥ずかしながら私も、623日が「慰霊の日」であることを知ったのは、つい最近のこと)

「やっぱり沖縄は植民地なんだ」
「国はストーカー。一種の犯罪」
「待っているだけでは沖縄は解放されない」

3週間前、スクリーンから聞こえてくる言葉に打たれ、込み上げる怒りと日本人としての情けなさ、そして沖縄の人たちへの連帯の思いを胸に収めながら劇場を後にした時、改めて痛感させられたのも「本土に住む私たち日本人は、沖縄のことをほとんど知らない」ということだった。

例えば、「普天間飛行場の危険性除去」「沖縄の基地負担軽減」などという言葉の裏で、名護市辺野古の海を埋め立てて建設されようとしているのは、巨大な軍港を備え、オスプレイ100機が配備される最新の米軍基地。それはアメリカの新たな東アジア戦略基地であり、もはや普天間の代替基地などと呼ぶようなものではない。
また、民主主義を標榜しながら、補償金と補償格差で住民を分断し強権発動する政府の沖縄政策も浮かび上がってくる。
そして極めつけは、「基地NO」の民意が示された知事選の数日後、キャンプ・シュワブのゲート前で抗議の声を上げる住民を排除し、安倍政権の意のままに再開される新基地建設作業……

などなど。新基地反対運動の渦中にある人々を中心に描きつつも、基地と折り合い、生きざるを得なかった地域の人々の暮らしにも寄り添い、無知な私(たち)に辺野古の今を見せてくれる『戦場ぬ止み』。
戦いの中でも歌と踊りとユーモアを忘れない人々の明るさと優しさに沖縄の底力を感じながら、「安保法制」をめぐる不毛な議論の中で、私たちが忘れかけている民主主義への不断の決意を真正面から見せてくれる映画。まさに、「今を生きる日本人、必見!」のドキュメンタリーではないだろうか。

最後に、三上監督のこんな声と、映画を観ながら久しぶりに口ずさんだ労働歌「がんばろう」……

「『戦場ぬ止み』というタイトルは、沖縄は70年間戦場にされてしまったが、もうとどめを刺して終わらせるんだ、という意味です。しかし、それだけではなく、日本の戦争の息の根を止める、安倍政権の軍事国家に進んでいく道のりをやめさせる、ということでもあるのです。『1415年に戦争する国になりかけたけれど、沖縄からの運動で踏みとどまったんだよね』って、10年後、20年後に言われるような闘いにしないといけないと思います」


がんばろう 突き上げる空に
くろがねの男の こぶしがある
もえあがる女の こぶしがある
闘いはここから 闘いは今から





2015/06/17

ハリルジャパン、予期せぬ船出



昨夜のモヤモヤが抜けきらない朝。

気分直しのつもりで、「なでしこジャパンVSエクアドル」をLIVEで観ていたが、この試合も攻め続ける日本になかなか点が入らず、「なでしこよ、お前もか!」と言いたくなるような予想外の展開。結局、前半5分に大儀見が挙げた1点で勝ったが、4年前の「なでしこ」の勢いは影を潜め、決勝トーナメントに不安を残す内容だった。(前回の「W杯チャンピオン」ということで各国のマークが厳しく、精神的に守りに入っているせいだろうか、プレーから思い切りの良さが失われた気がする)


で、昨夜のモヤモヤに戻って……


ロシアW杯に向けて、ハリルジャパンの船出となるアジア2次予選の大事な初戦「日本VSシンガポール」は、多くのサポーターの予想と期待を裏切り、まさかのスコアレスドロー……3-0勝利のはずが、時間の経過と共にゴールの予感が遠のくだけの歯痒くストレスが溜まるゲームになってしまった。


そして試合後、語られるのは、相も変わらず「決定力不足」と「シュートの精度」。

しかし、「決定力不足」も「シュートの精度」も、日本代表のみならずサッカーにおける普遍的課題のようなもので、練習や試合によって劇的に改善されることなどない。もし、それを少しでも改善しようとするなら、これまで以上に多くのチャンスを作り出すのはもちろん、セットプレーの質的向上を図りながら、決定力のある選手(現時点では岡崎、本田)に、より確実なチャンスを供給するようなチームを作るしかないのでは?と思う。
全員攻撃・全員守備も大事だが、縦に速く攻め続ければ「前線の誰かが点を取ってくれるはず」という発想では、いつまでもたっても変わらない気がする。昨夜の23本の空砲がその証明ではないだろうか。

また、「決定力不足」の改善が難しい以上、戦い方にも「相手の嫌がるプレー」「ゴール近くでファールを誘うプレー」といった一工夫(賢さ&したたかさ)が必要に思える。「自分たちのサッカー」に固執しながら、それが出来ずに敗退したブラジルW杯の経験を活かすなら、持ち前の「スピードと連動性」に加え、世界の強豪国同様「相手を巧みにコントロールするサッカー」も身に着けてほしいものだ。
折角、戦術に長けた素晴らしい監督を迎えたのに、そういう戦い方ができないと、昨夜のように守りを固めたチームから点を奪うのは困難だし、アジア予選を突破してもW杯で勝ち進むことはできない。とにかく、監督が代わっても同じ批判を受けるチームではなく、進化し続ける日本代表が見たい。

ところで、昨夜の試合を見て最も気になったのは、香川の停滞と両サイドバック……特に「縦に速いサッカー」の主軸となるトップ下・香川の停滞は、どうしたことか。ひょっとして香川の感覚と他の選手の感覚がまったく合っていないのでは?と思うほど、香川にパスが入らない。

試合後、香川自身が「もっとボールを引き出したいし、もっとボールを受けたい」と言っていたように、バイタルエリア内での動きのキレとパスワーク&その出し入れで勝負する選手にパスが来なければ、停滞するのは当たり前。その停滞は、パスの受け手としての彼自身の動き出しの問題もあるだろうが、中央に思い切った縦パスを入れられない攻撃陣全体の問題でもあるはず。
この「縦パスのチャレンジ」が積極的になされず、ザックジャパン時から問題視されてきた各駅停車の「横パス多用」に走った時点で、トップ下・香川の存在は必然的に消え、同時に攻撃の迫力も失われてしまった感じだ。多分、体調不良の長友に代わってサイドバックに入った太田と左ウイング宇佐美のコンビネーションが深まらずに攻撃が単発・単調になってしまったことも少なからず「停滞」に影響しているのだろう。香川と他の攻撃陣との意思疎通をさらに深めると共に、機能しなかった両サイドバック(太田と酒井宏樹)の改善にも取り組んでほしい。(というより、現状では長友・内田の両サイドがベスト。なるべく早く内田に戻ってきてほしい…というのが本音)

以上、モヤが二重三重にかかって針路が見えにくくなった「船出」だったが、ハリルホジッチ監督及び代表選手に対する信頼に変わりなし。9月のカンボジア戦からの快進撃に期待したい。
がんばれ、ハリルジャパン!









2015/06/11

バイト余話



駐輪場での仕事が、今月から本格的にスタート。(大分コツはつかめたが、まだ身体が慣れていないせいか、なかなか疲れが取れない)

普段は、自転車がキチンとラックに入っているかどうかをチェックしながら、黙々と現場を歩き回っているのだが、ラックイン及びラックアウト時の利用者サポート(特に高齢者に対して)も業務の範疇。その際、早くも顔見知りになった利用者の方と語らう時も度々……昨日は、御年80歳のおばあちゃん(おばあちゃんと呼ぶのが失礼に思えるほどド派手な服装の元気な高齢女性)と、こんな会話を交わした。

「今日は、朝から〇〇〇ホールでやってるカラオケ教室に行ってきたのよ」「朝からカラオケですか、お元気ですね~」「そうよ、楽しいわよ~。今日なんか、プロの歌手が教えに来てくれたんだから」「へえ~、本格的ですね」「普通は3000円くらい払うんだけど、私は1000円!」「えっ、何故です?」「分かんないわよ!……年だからじゃない?」
「で、今日は何を歌われたんですか」「小金沢昇二の『昭和の花』。大好きなの!思いっきり歌っちゃったわよ……ワタシ、女の歌は歌わないの、男の歌が好きなのよ~。天童よしみとか…」「えっ?!ああ、天童よしみですか?!」(「男の歌」ではなく、「男っぽい歌」が好きらしい)

で、私のことを定年退職後に再就職した元会社員だと思ったらしく「おたくも、いいところに勤めてたんでしょう?」と、何故か声をひそめて聞いてくる。
「イヤイヤ、違いますよ」「まったあ~……こう見えて私も金融系の大手に勤めてたのよ」「あっ、そうなんですか。だから、そんなにしっかりしてらっしゃるんですね」「あら、そうかしら~。まあ、けっこうアタマもつかってたわよ。でも、退職した途端、腰が曲がっちゃってさあ……働き過ぎだったんだよね~。アッタマきちゃう!」

と、元気に声を張り上げ、車高の低い自転車を引きずりながら、笑顔で帰っていった。

という感じで、利用者とのコミュニケーションを図りながら、度々のロック解除トラブルにも卒なく対処し、「これなら長く続けられそうだな」と思い始めた今日この頃。
4日勤務のハードな1週間も日曜(14日)で一段落……来週は、映画を観に行きつつブログにも精を出したいと思うが、如何に。

2015/05/30

遠方の友から、「歌」便り。



福岡から上京中の友人と新宿「鼎」で酒を酌み交わしたのは、丁度2週間の前の土曜日(16日)。

彼は、遠い昔、同人誌を共に立ち上げた仲間の一人で、男同士の“遠距離交際”はかれこれ40年にも及んでいる。(同人誌の発行は、彼の帰郷により僅か3号で途絶えた)

で、「やあ、久しぶり。元気?!」とジョッキを合わせ、お互いの近況をざっくり話した後は、政治、文学、映画……などなど、昔と変わらぬ話題でお互いの政治的指向&文化的嗜好の「不変」を確かめ合うのが再会時の常。この間もその流れで、こんな会話につながった。

「短歌…最近は書いてるの?」
「ああ……故・前田透さんの『詩歌』を通じて昔から親交のある歌人・角宮悦子さんが主宰する『はな』という短歌会に誘われて、そこで発表しているよ。今年に入ってからは、健さんと文太の追悼歌、それから例の「川崎事件」で殺された十三歳の少年、上村遼太君のことを歌ったものとか」
「えっ、そうなの?!だったらオレにも送ってくれよ。いくつか選んでブログに載せるからさあ~……もちろん、選歌権はオレにあるけど(ニヤッ)」
「ああ、分かった、分かった(苦笑)。帰ったら送るから……」

というわけで、今週の火曜、彼から「歌」便りが届いた。

歌は全部で60首。彼の昔の歌のように、センチメンタルでありながら鋭く自分を突き放す情念の激しさ、切なさは影を潜めた気はするが、昔と変わらぬ律義さと気骨、そして守るべきものを守り、愛すべきものを愛すという、まっすぐな優しさと怒りが秘められた31文字の詩だった。
以下、その中から独断で選ばせてもらった15首を紹介。

 

幼き日単身赴任の父のもと日田彦山線で会いに行きしと

スクリーンの無口な健さん納得し肩で風切る思いになれず

鹿児島の知覧の歴史思うたび特攻兵には無念ばかりか

極道を演じ続けし俳優に文化勲章ふさわしかりや

スクリーンで義理と人情に哭きながら声に出さない背中のあらば

(「高倉健追悼・全16首」より。「はな」2月号掲載)

 

隠岐諸島夜釣りは駄目と言われたら夜明けの釣りは少年の知恵

子の世界楽しくあれと思いつつその日に追われ親は気づかず

如月の嘆きの河原吹きすさび君への弔意届ける人ら

死を前に多摩川泳ぎ紺碧の島の海辺を思えば昏し

川崎の夜景の近き河口にて死者へ捧げる祈りの河原

(「遼大・全22首」より。「はな」4月号掲載)

 

文才でいのうえひさし抜けねどもモデル俳優土に生きたり

任侠より極道らしくふるまえり文太の反骨役になりすぎ

あくまでも命支える農のため土から換える小さな思い

男には言わずにおれぬ時もあり終わりが近く思えるときに

辺野古にも足を運びて仁と義を唱える姿余命を知りて


                   (「菅原文太追悼・全22首」より。「はな」6月号掲載予定)

2015/05/27

「コピーライター やめました」



という糸井重里さんのインタビュー記事が、25日の朝刊に載っていた。

そのコメントの理由は、「自分が薦めたい商品ならいい。でも、もっと改善できるはず、なんて思ってしまうと、納得して商品を語れない」「よいキャッチコピーを作るのと売れる商品を作るのは別で、よくない商品をキャッチコピーで売るようなことはしたくない」というもの。

私のように長年マジメに(?)コピーライターをやってきた人間なら、誰もが思っているようなことで、何を今さら……という気はするが、言い分自体は同感で何の文句もない。(もちろん、糸井さんの現状に関しても)

それに加え、彼がバリバリ書いていた頃とは広告制作の状況も大きく異なる。当時は「広告は商品を輝かせるための裏方ではあるが、同時にアートである」という観点で、制作に関わる者はそれぞれの立場で真剣に取り組んでいたし、広告自体も販売する商品と同等の価値を持つものとして大切にされていたはず。それゆえクリエイティブ界のスターも次々に生まれ、競うように刺激的で面白い広告が数多く作られたわけだが、糸井さんのような一人のスターが引っ張るのではなく、マーケティング主導の「集団作業」によるスピーディで廉価な広告作りが普通になっている現在の広告業界において、お金も時間もかかる(もちろん、体力・精神力も)「アート性の追求」など無用の長物。必然、クリエイティブ畑の連中に元気がなくなり業界も衰退……テレビCM以外、制作物自体が話題になることもほとんどなくなり、客観的かつ実感的に、コピーライターという肩書きの影響力も失われてしまった。当然そのあたりも「コピーライターやめました」の一因になっているように思う。

だから尚更、糸井さんほどの大スターなら、人気コピーライターとして引く手あまたの時(と言うか広告業界が疲弊する前)に堂々と言い放って欲しかった。
虚業から独自の実業を創り上げて成功を収めた人間に、こんな厳しい時に大っぴらにそんなことを言われてもね~……というのが、大方の現役コピーライターの偽らざる気持ちではないだろうか。

で、わたしですが……「よくない商品をコピーで売るようなことはしたくない」けど、たとえ仕事が無くてもアタマが働く限り「コピーライターやめません」。

 

 

只今、研修中。



1ヶ月余りに渡ったバイト探しも、新聞の折込求人広告で見つけた「駐輪場の巡回・整理」の仕事が決まり、ようやく終了。昨日から、職場での業務研修が始まった。(先日、会員となった「シルバー人材センター」からも「放置自転車の整理誘導の仕事はいかがですか?」という問合せがあったが、既にバイトを決めた後だったので辞退……「人材センター」と言っても、別にキャリアを活かせるような仕事があるわけじゃなく、ハローワークや折込広告同様、屋内外の清掃・施設管理・駐輪場など、会員に提供されるのは臨時的・短期的で軽易な仕事に限られる)

働く場所は、西武新宿線某駅の駅前大型スーパーの大駐輪場及び駅北口駐輪場(巡回エリアはAFブロックに分かれ、かなり広い)。私を含め「整理員」は6名(60代中心)、1日早番(11時~16時)・遅番(12時半~17時半)の2名体制でローテーションを組み、1人月10日の勤務となる。(多少、本業に未練を持つ身としては肉体的にも精神的にも丁度いい感じ。でも当然、観る映画の本数は激減するはず)

職場の方の話によると、1日5時間とはいえ1万歩以上歩くのでかなり足が疲れるとのこと(スニーカーを買わなきゃ!)。おまけに不正駐輪の対応などで、ストレスも溜まるらしい。
そのせいか、月1回「飲み会」があるとか……私も早速「お酒は飲まれますか?」と聞かれ、「あっ、ハイ!」と即答。

というわけで、年寄りじみた感覚もないまま、なんだか普通に地域の高齢者の仲間入り。

今週の土曜(30日)には「シルバー人材センター」のボランティア活動(半強制的)ということで、「ごみゼロ運動」にも参加することになった。(早朝30分ほど、100均で買ったごみ拾いトングを手に、自宅から集合場所まで、歩きながら路上ゴミの回収を行う手はず)

にしても、5月なのに連日の夏日……ビールはウマいが、仕事はキツイ(はず)。