2015/01/23

奄美の唄とフランスのミステリー小説



《元気? 奄美民謡「あはがり」は久々に心震える唄です。昨年No.1ミステリー「その女アレックス」 会いたいね!》……元旦の朝、岩手・大船渡に住む同い年の友人M君から、こんな文面の年賀状が届いた。

「あはがり」は、NHK BSプレミアム「新日本風土記」のテーマ曲。奄美の島言葉で「すべてがあかるい」という意味らしい。早速You Tubeで聴いてみたが、歌詞がまったく分からず少し困惑。でも、その歌声は優しく力強く神秘的で、心に深く染み入ってくるような不思議な魅力に満ちていた。


声の主は、奄美島唄伝承の第一人者であり「奄美の美空ひばり」と称される「朝崎郁恵」さん、77歳。「あはがり」は、奄美島唄をベースにした朝崎さんのオリジナル曲とのこと。奄美の言葉で唄われる歌詞の意味が気になって、NHKの番組ホームページを覗くとその意訳も併せて載っていた。

浮世・・・仮島に何時(いてぃ)がでぃむ 居らりゅむぃ 
情けあれいよ 仮那(かな)くぬ世ば うさむぃれぃがでぃ 
節や水車めぐりあわそ 
てぃきぬあはがりし たましゃうどぅてい 
いきしゃん くとぅあてぃむ 天と大地や 
てぃきぬあはがりし たましゃうどぅてい
(意訳) 
この世は神様からいただいた仮の世 
いつまで留まっていられましょうか 
命を敬い 生きていきなさい 
この世の生をなし終えるまで 
時は巡る 水車のように だからまた巡り会える 
月明かりの下で 人々は喜び 魂が踊り明かす 
どのようなことがあろうとも 天と大地の間 
月明かりの下で 人々は喜び 魂が踊り明かす

今日(23日)の夜9時からBSプレミアムで放送の「風土記 温泉三昧」の中で、改めて聴いてみたいと思う。

で、もうひとつM君絶賛の『その女アレックス』(ピエール・ルメートル著)だが、彼に薦められるまでもなく、年明けに読むつもりで仕入れていた一冊……「お互い面白本を見つける嗅覚は、まだ衰えてないね」と胸の中で呟き、読んだ本の“褒め合い薦めあい(時々貶しあい)”をしていた遠い昔を思い出しながら、彼の言葉に急かさられるように頁を捲り、450頁を2日ほどで読み終えてしまった。

その興奮というか、久しく味わったことのないスリリングでミステリアスな読書体験をネタバレ込みで説明するのは、これから読む人の楽しみを奪うことにもなると思うので避けるとして、ほんのさわりだけストーリーを紹介。

《ある晩、パリの路上で若い女(アレックス)が、白いバンに乗った男に突然襲われ誘拐された。目撃者の通報を受けて警察が捜査に乗り出すが、車の行方はもちろん、被害者の身元も、誘拐犯の正体も、その目的もわからない。その後、地道な捜査と思いがけない展開を経て、誘拐事件の謎のベールは少しずつ剥がれていくが、そのときにはすでに捜査の焦点も「その女を救えるのか?」から「その女は何者なのか?」へと変わっていた》(訳者のあとがきから抜粋)……という、ん?ん?んんん!?な逆転に次ぐ逆転のサスペンス。事件を追う、警部及び捜査員たちのキャラクターも魅力的だ。(物語の鍵は、孤独な女の壮絶な過去に在る)

というわけで、「読まずに死ねるか!」と、空の上から今は亡き面白本のオススメ屋・内藤陳さんの声が聞こえてきそうな超ド級の犯罪小説。退屈な脳を直撃する極上のオススメ本!

2015/01/16

イヤなNEWSとイイ映画。



今日の朝刊に、「サザン桑田さん謝罪 ネットでは賛否」という見出しの付いた記事が載っていた。
何のことかと思いきや、サザンの年越しライブで桑田クンがズボンのポケットから「紫綬褒章」を取り出して、「まず5000円からいきましょう。欲しいひと」とオークションにかけるまねをしたそうで(もちろん単なるシャレ)……そのことに対して所属事務所に抗議や批判が殺到し(中には事務所前で抗議する人も出たそうだ)、事態収拾のために事務所&桑田クンが「お詫びのコメント」を発表したとのこと。
はあ~?である。だって、(権力に靡かない)ロックンローラーだもの、「国からもらった勲章」だろうが(寧ろ国から貰ったものなら余計に)、このくらいのジョークをかますのは普通じゃないの!?逆に軽く笑い飛ばしてくれなきゃ……と思っている私には、「抗議や批判の殺到」も「謝罪コメント」も不可解かつ不愉快この上なし。日本を代表するお茶目な天才ロックンローラーの冗談も通じないイヤな社会になったなあ、と嘆くほかない。どうも、この国には、自分の気に入らない人間や言動には徹底的に反発して(匿名の徒党を組んで)、謝罪させたい、屈服させたい、あわよくば社会から排除したいという憎悪に満ちた歪んだ精神(愛国心?)を持つ人たちが多々いるように思う。
それを示すように、ネット上では早速こんな書き込みも「ネットが反日桑田に勝った。俺たちの完全勝利だ」……まったく開いた口が塞がらない。爆問・太田光の言葉じゃないが、これまで桑田佳祐がどれだけ日本を明るくしてきたか。どれだけ日本人を勇気づけてきたことか!それを忘れて、こんな書き込みで国民的人気ロックバンドのリーダーを傷つけ、社会を暗くしている人間の方がよほど「反日」ではないか!?と逆に言い返したいくらいな気分だ(もちろん「反日」という言葉自体嫌いだけど)。
このように、意見や意識の違う他者(or他国)を屈服させることで自分(たち)のアイデンティティを確認するというかなり病的な?風潮。何とかならないものか。
(先日も「爆笑問題」の政治家ネタをNHKが自主規制してボツにするなど、何を恐れているのか分からないが、あまりにも社会全体に許容力がなくなっている気がする。これでは、風刺もシャレも通じない国、自由であるべきはずの「ネット民」が自ら言論を検閲し、表現の自由を封殺するような不気味な社会になってしまうのではないだろうか…)

続いて、話も気分も変えて「イイ映画」の件……

先日、TSUTAYA「発掘良品」の棚で見つけた1987年製作のイギリス映画『ウィズネイルと僕』(Withnail and I)。
本国イギリスでは英国映画協会による「20世紀の映画Best100」中の 29位にランクされ、定期的に上映されるなど、公開から20年近く経つにも関わらず多くの人に愛され続けている作品だが(あのジョニー・デップも「死ぬ前に見たい映画」と大絶賛)、日本では去年の6月に閉館した「吉祥寺バウスシアター」で限定的に上映されたのみ。201411月に初めてDVDBDが発売されたそうだ。
というわけで、日本においては「幻の一作」。私も去年、バウスシアターのクロージング作品としてリバイバル上映された際に見逃したこともあり、どうしても観たかった作品。TSUTAYAで見つけられたのは、ラッキーだった。

で、どういう内容かと言うと……舞台は60年代末のロンドン。ふたりの売れない役者(破壊的な性格のウィズネイルと、彼に振り回されてばかりの不安気な「僕」)が、ゴミで溢れた汚い部屋で同居生活。しかし、いくら待っても仕事は来ない。ひもじく貧しく能天気な二人のグダグダな日々を埋めるのは、酒とドラッグ。やがて「これじゃダメだ、何とかしなくては」と思い立った彼らは、ウィズネイルの叔父が所有する田舎のコテージで気分転換を図ることに(このユーモラスなゲイの叔父モンティとの絡みがかなり笑える)……というお話。

オープニングでいきなりプロコル・ハルムの名曲「青い影」が流れた時には、「胸に沁みる青春モノか?」と思ってしまったが、要するに、二人の売れない役者が、ダラダラといい加減に日常を生きているだけのストーリー。特に衝撃的な出来事も、心震える友情物語もなく(もちろん甘美なシーンもない)、ただ全編、無計画・無軌道で刹那的な生活を送る「ダメな二人」がふざけているだけのような「青春コメディ」だが、ゲラゲラ笑ってラストでドッカーン!……みたいな、自由で、悲惨で、無軌道な青春が象徴する60年代という特異な時代の終焉を告げる、鳥肌モノの名シーンが最後に用意されているのだから油断できない&堪らない。

長い髪を切り、洒落たジャケットに身を包んだ「僕」が別れを告げて去った後、雨の中、ロンドン動物園のオオカミたちの前で、びしょ濡れで「ハムレット」の台詞を朗々と叫ぶ狂おしくも哀しいウィズネイルの姿……「グダグダな日々」の奥底に燻っていたマグマのような切なさを、一気に噴出させるこのラストシーンの素晴らしさは、一瞬、背筋がスーッとして、テレビの前で固まってしまった私のように、イギリスが生み出す数々のアンチ・ヒーローに魅せられ、その姿に憧れつつ60年代を生きた方々の胸を熱くすること必至。DVDとはいえ、今年の映画的幕開けを飾るに相応しい作品だった。

 

2015/01/13

ブログ始め



遅ればせながら2015年「コトノハ舎ブログ」今日からスタート……ということで、大晦日及び年明けの一週間をざっくりと。

まずは、大晦日の紅白……好き嫌いは別にして、存在感というか「歌手力」だけでMVPを決めるとしたら、1位・長渕剛、2位・美輪明宏、3位・中島みゆきと言った感じだろうか。(個人的好みとしては、薬師丸ひろ子と「きゃりーぱみゅぱみゅ」でしたが)
特にピンライトを浴びながらピアノとハーモニカ(ブルースハープ)のみの演奏で、賑やかな会場を静まり返らせた長渕の咆哮は、(もう一度言うが)好き嫌いは別にしてテレビの前の多くの聴衆に強いインパクトを与えたように思う。(副音声で大暴れしていたらしいバナナマンの二人も、この時ばかりは黙りこくっていたようだ)
ただ、復興支援ソング的なものは「花は咲く」だけで十分と思っている私には、胸に「日の丸」を翳して「絆」を鼓舞しているような彼の歌は、その歌手力を認めても素直に受け入れることのできないものであり、決して琴線に触れることのないもの。
年と共に歌に対する許容力も低下したせいだろうか、聴いているだけで妙に背中がムズムズして、「もう、そういうのはヤメようよ」と言いたくなってしまう。
で、サザンの「ピースとハイライト」も福山雅治の被爆「クスノキ」も思いのほか気持ちよく胸に響かず、何だかなあ~ 温いなあ~…と言う感じで楽しむ間もなく観終えてしまった。(案の定、「ピースとハイライト」に対してネット右翼が大反発し、それをメディアが大々的に取り上げていた年初め……あんな温和な歌詞の歌で大騒ぎしていること自体、日本社会の劣化を示すもの。今年もあちこちで「愛国」と「絆」の大合唱が起きそうだが、その輪に与するつもりはまったくなし)

元旦は、1日だけの豪華な?食卓。朝から、新潟の友人に貰った濁り酒(菊水の五郎八)をグイグイ飲み、池袋東武「魚力」で仕入れた大間のマグロ(柵は高すぎて手が出ないので、1パック2千円のブツを購入。見栄えは悪いが激ウマ)と氷見の寒ブリ、駅近くの総菜屋さん(隠れた名店。値段は手頃で味はデパ地下以上)で買った酢ダコ・煮しめなどをパクついた。夜は、極上豚ロース(これも友人からのギフト)にニンニクをすり込んで焼いたステーキと、しらす入りペペロンチーノを主食に、チリワイン(MONTES1本を空けた。

2日は、初詣。バスで「田無」まで行き昼メシ代わりに『墨花居』の担担麺を食べた後、歩いて「田無神社」へ。沿道まで伸びる長蛇の列に加わり1時間余り、ようやく参拝を終え、引いた御籤は「中吉」。なのに、「待ち人来たらず」「旅立ち悪し」「商い上手くいかず」「相場は不調、思い知れ」といったガッカリの文言が並び、「どこが、中吉なのよ?」と「末吉」の愚息にも笑われる始末。

3日は、新年会。例年通り、MIYUKIさん、UEちゃん、MOTOMI嬢と田無駅で待ち合わせ。駅近くの居酒屋「与作」で鍋を囲んだ。
いつもながら時事ネタを絡めた世間話、映画、テレビ、サッカー、「紅白」などの話題で楽しく盛り上がり、2次会は「カラオケ」。私を含め歌うのが好きな4人だが、お互いレパートリーが増えず、選曲はマンネリ気味。といって、今さら「世界の終わり」や「サカナクション」に挑戦する気もないので、陽水、清志郎、中島みゆき、斉藤和義……そしてお決まり昭和歌謡・演歌のオンパレードといった感じになり、忘年会のせいで咽喉枯れの私も吉幾三の「雪国」の熱唱?で〆させてもらった。で、MIYUKIさんの一言「やっぱり、カラオケはこうでなくっちゃ!」(でも、今年は少し「新曲」も仕入れないとね)

4日からは、ほぼ日常のサイクルに戻り、さほどやるべき事もない年明けの日々を、TSUTAYAで借りたDVD(『her 世界にひとつの彼女』『オール・ユー・ニード・イズ・キル』『ウィズネイルと僕』等)や、NHKの『ブラタモリ~京都~』を観たり、「このミステリーがすごい!」第1位の『その女アレックス』を読んだりしながら、適当に楽しくやり過ごしていた。(8日は、本棚の整理がつかなくなったので、不要の単行本・文庫文をまとめて、「出張買取OK」のブックオフへ売却。40冊以上で僅か1,380円という買取価格に、思わず「安っ!」と高らかに声を上げてしまった)

以上。80年代のイギリス映画『ウィズネイルと僕』および超ド級ミステリー『その女アレックス』の感想は後日また……

では、今年も「コトノハ舎ブログ」を、どうぞよろしく。

2014/12/31

大晦日に「絶望」を思う。



「この国には、何でもある。本当にいろいろなものがあります。だが、希望だけがない」……“ゆっくりと死んでいく患者のような日本経済”への危機感を背景に、そこで生きる若者たち(&子どもたち)の閉塞感を捉えながら、新たな希望の方向を示そうとした小説『希望の国のエクソダス』(村上龍)がセンセーショナルな話題を集めて、早14年。

「希望」が、そこかしこに生まれる社会になったかどうかは定かでないが、その間、大学では「希望学」(東大社研)という新たな研究分野が生まれ、さらに3.11を経て、「絆」や「夢」とセットになった「希望」は、より強く豊かで明るい未来をイメージさせる言葉になった。
普段でも「希望」という言葉を聞かない・目にしない日がないくらい、「希望」は私(たち)の身近に溢れてきたような気がする。

でも、いま私は、「希望」を持つことの大切さを噛みしめるより、その真逆の、こんな言葉に共感し頷かされている。

それは、先週の木曜、朝日新聞の論壇時評「選挙の後に 投票先は民主主義だ!」(高橋源一郎)に書かれていた、「この国は絶望が足りない」という森達也氏の発言だ。(記事は、オンライン・政治メディア「ポリタス」での「投票」の意義をめぐる議論を、源一郎さんが抜粋し解説を加えたもの。「投票先は民主主義だ」は漫画家・しりあがり寿の言葉)

高橋源一郎によると、森達也は「もう(選挙に)行かない派」。《選挙前から、与党の勝ちと結果はわかっている。おまけに、権力を監視する装置としてのメディアは「その機能を放棄しかけている。ほぼ現政権の広報機関だ」「だからもう投票には行かなくていい。落ちるなら徹底して落ちたほうがいい。敗戦にしても原発事故にしても、この国は絶望が足りない。何度も同じことをくりかえしている。だからもっと絶望するために、史上最低の投票率で(それは要するに現状肯定の意思なのだから)、一党独裁を完成させてほしい。その主体は現政権ではない。この国の有権者だ」》と“悲しげに”書いたそうだ。

「これって、選挙前のオレの気分と同じじゃん!」と、その気持ちを代弁してくれたような森氏の文に思わず「異議なし」と心の中で叫んだ私……その勢いで『希望の国のエクソダス』の一文を捩ってみたくなった。

「この国には、希望がたくさんある。本当にいろいろな夢と希望があります。だが、絶望が足りない」

というわけで、来年に「希望」をつなぐべき大晦日に、あまりふさわしくない話になってしまいましたが、忘れてはいけない「絶望」を、しっかりと未来につなぐことも「希望」への道のり。
「バイアグラ連打状態」(旧知の仲間との忘年会の帰り道、経済学者の友人がそう言っていた)のアベノミクスの行く末を見届けつつ、新たな「希望」を見つめる2015年にしたいもの。

では、皆さま、よいお年を。

※今夜の「紅白」は、サザンの飛び入り参加(ライブ中継?)と、美輪さんの「愛の讃歌」だけ観たい。吉田類の「酒場放浪記」も気になるし。

2014/12/29

勝手に、コトノハ映画賞(2014)



《外国映画部門》
●最優秀作品賞
『グランド・ブダペスト・ホテル』(製作国:ドイツ、イギリス/監督:ウェス・アンダーソン)

●優秀作品賞
『あなたを抱きしめる日まで』(製作国:イギリス、アメリカ、フランス/監督:スティーヴン・フリアーズ)
『ダブリンの時計職人』(製作国:アイルランド、フィンランド/監督:ダラ・バーン)

●監督賞
ウェス・アンダーソン(『グランド・ブダペスト・ホテル』)
独創的で、緻密で、お洒落で、ビックリ箱のようで、優しくて、純粋で、思慮深く、コミカルで、ミステリアスで、ノスタルジックで、スリリング。そして超民族的で反戦・反権力……要するに、とても魅力的で、いま最も注目すべき若手監督(45歳ですが)、その荒唐無稽の冒険と闘争の物語に大拍手。
●主演男優賞
フィリップ・シーモア・ホフマン(『誰よりも狙われた男』)※亡き名優に敬意を表して。
●主演女優賞
ジュディ・デンチ(『あなたを抱きしめる日まで』)※別格の演技と存在感!
●助演男優賞
ジャレット・レト(『ダラス・バイヤーズ・クラブ』)※その美しさと哀しさに。
●助演女優賞
該当者なし。

●長編ドキュメンタリー映画賞
『自由と壁とヒップポップ』(製作国:パレスチナ、アメリカ/監督:ジャッキー・リーム・サッローム)

●長編アニメーション映画賞
TSUMI マンガに革命を起こした男』(製作国:シンガポール/監督:エリック・クー)

●特別賞
クリント・イーストウッド(監督作品『ジャージー・ボーイズ』)

《邦画部門》(さほど、数は観ていませんが)
●最優秀作品賞 
『太秦ライムライト』(監督:落合賢)

●優秀作品賞
『ぼくたちの家族』(監督:石井裕也)※「家族映画」の秀作。

●監督賞
石井裕也(『ぼくたちの家族』)
31歳の若さで、この技量。どこにでもある家族の何気ない日常を追い、「普通の人々」の心情を丹念に掘り下げながらリアルな「再生」のドラマを作り上げる、地に足のついたカメラワークは、立派!の一言。(さすが、満島ひかりのダンナ様)
●主演男優賞
福本清三(『太秦ライムライト』)※「5万回斬られた男」、その太秦魂に。
●主演女優賞
該当者なし。
●助演男優賞
該当者なし。
●助演女優賞
原田美枝子(『ぼくたちの家族』)※狂女も少女もお手のもの。日本が誇る演技派女優。

●長編ドキュメンタリー映画賞
『ある精肉店のはなし』(監督:纐纈あや)

以上。