2013/11/19

PAUL!!!



昨夜の「ポール・マッカートニー」東京ドームLIVE(アウト・ゼアー・ジャパン・ツアー)……



午後715分過ぎ、オープニング曲『エイト・デイズ・ア・ウィーク』が会場に流れた瞬間、背筋に震えが走り、「ポール!」と叫んだ声が微かに上ずってしまった。

それから2時間45分。休みもとらず、水も飲まず、歌いっぱなし、弾きっぱなしの大熱演。とても71歳とは思えないパワフルでピュアな声、そして確かなギター・テクニックで5万の観客を魅了し、数十年の時を経ても全く曲の力が衰えないことを証明してみせてくれた「ポール」……只々スゴイ!の一言で、胸が震えるどころか、開演前に呑んだ1合の酒と1杯のワインが、ほろ酔いの前頭葉を席巻し、何倍にも増量して熱い胸に還ってくるような完全ノックアウト状態に陥ってしまった。

あまり「幸せ」という言葉を使いたくはないが、そうとしか言えない夜もある。

「ジョンに拍手を」と歌った『ヒア・トゥデイ』、「ジョージのために」と歌った『サムシング』、「福島の被災者に捧げます」と歌った感涙モノの『イエスタディ』、そして「まだまだロックしたいかい?」と問いかけ「イエー!」の大歓声に応えて演奏した、めちゃめちゃロックな『へルター・スケルター』……

この夜が例え、日本における50年近くに及ぶビートルズ物語の1つのエピローグになろうとも、何を悲しむことがあろうか。今はただビートルズの時代に生きて、この日に出会えたことを歓び、何者かに感謝するのみ。

Thank You, Paul! 素晴らしい夜を!!



1118日(月)東京ドーム公演 セットリスト》
Eight Days A Week
Save us
All My Loving
Listen To What The Man Said
Let Me Roll It/Foxy Lady (instrumental)
Paperback Writer
My Valentine
1985
The Long And Winding Road
Maybe I'm Amazed
I've Just Seen A Face
We Can Work It Out
Another Day
And I Love Her
Blackbird
Here Today
NEW
Queenie Eye
Lady Madonna
All Together Now
Lovely Rita
Everybody Out There
Eleanor Rigby
Being for the Benefit of Mr. Kite!
Something
Ob-La-Di, Ob-La-Da
Band on the Run
Back in the U.S.S.R.
Let It Be
Live And Let Die
Hey Jude

アンコール:
Day Tripper
Hi, Hi, Hi
Get back
アンコール2回目:
Yesterday
Helter Skelter
Golden Slumbers / Carry That Weight / The End





2013/11/15

ボケ?天然?


昨日の朝、起き掛けにテレビを見ながら、いま来日中の元ビートルズ、ポール・マッカートニーの話をしていたら、家人が驚愕の一言を発した。

「やっぱりビートルズは、ジョンとレノンだよね~」……(はい~?)

言いたいことは分かるけど、それじゃ、たった一人の「ビートルズ」。寂しすぎます。
 
で、今朝は今朝で、「ジャック、どこにいる?」と2階からリビングに向かって声をかけたら、「床下!」と即返……(えっ、埋めちゃった?!)

「はあ~?」と頭を抱えて下に降りてみると、黒猫ジャックは暖房の効いた床の上(テーブルの下!)で気持ちよさそうに寝ていた。

まあ、もともと近しい人たちから「天然」と烙印を押されているような人だから、この類の話は少なくないのだが、年のせいか最近はコチラのツッコミが間に合わないほどボケ具合に拍車がかかっている気がする。(私の言語的瞬発力も衰えてきたかも?)

と言って、お互い今さら、脳の言語処理能力をアップできそうもないので、取りあえず、思ったことをすぐに口に出すのではなく、少し考えてから言葉にしよう(してほしい)と切に思う今日この頃。

そんな「ボケ防止」も兼ねて、来週の月曜(18日)は今年71歳を迎えた「ポール・マッカートニー」の東京ドームLIVEに行ってきます。

では、良い週末を。

 

2013/11/12

魔法のデパート?


先週の日曜、映画に関してはあまり自己主張しない家人が、珍しく「あの映画が観たい」と言うので、用事ついでに渋谷まで足を延ばしBunkamura「ル・シネマ」へ。(昼メシは、道玄坂小路にある台湾料理の老舗「麗郷」で麻婆豆腐、小松菜炒め、炒飯、焼きそば)

映画のタイトルは『ニューヨーク・バーグドルフ 魔法のデパート』……《ニューヨーク五番街の超高級デパート「バーグドルフ・グッドマン」は100年以上に及ぶ伝統と革新性を併せ持つ老舗……ファッション界はもちろん、モデルやセレブなど訪れた全ての人をとりこにする同デパートの裏側にカメラが潜入する》という“デパートのドキュメンタリー”。販売のプロフェッショナルが「観たい!」と言うのも無理はない。と、私自身もある種のアメリカンドリームの象徴である貴重な文化財に触れるような気分で楽しみにしていた。

だが、上映開始から20分も経たないうちに期待は落胆へと一気に転換……アップテンポな音楽とスタイリッシュな映像で内容の希薄さをカモフラージュする「ありふれたファッション映画」といった風情に加え、登場人物たちが(アルマーニ、カール・ラガーフェルド、マーク・ジェイコブスなどの有名ファッション・デザイナーや名だたるセレブリティ及びデパート関係者)、狂信的なまでに「バーグドルフ・グッドマン」を褒めちぎるという、宗教かマルチ商法のプロモーションビデオのような展開に「何、コレ?」とすっかり興醒め。(ファッション大好き、ブランド大大好きという人は、それだけで楽しめるかもしれないけど)

それでも「魔法のデパート」と言うくらいだから、多少はその伝統と文化に関する深~い話でも聞けるのだろうと堪えて観続けていたが、関係者が語るエピソードの数々は、外商担当者が一日で40万ドル売り上げるとか、ジョンと暮らしていた頃のヨーコ・オノが一晩で250万ドル分の毛皮を買ったとか、販売員の年収が50万ドルだとか、お金に関わるぶっ飛んだ話ばかりで、洗練された文化の薫りなど微塵も感じさせてくれない。

結局これは、ビジネスの勝利者とセレブとして社会の頂点に立つ者だけがおだをあげている“資本主義万歳”みたいな話。どこにでもあるブランドストーリーをわざわざ1時間半の映画にしなくても、30分くらいにまとめて「カンブリア宮殿」のような番組でやればいいのに……と、ひたすら続く自画自賛に飽き飽きして隣の席を覗くと、あれほど「観たい!」と言っていた人もギリギリ眠気に耐えている様子。(いっそ寝ちゃった方が正解だったかも)

で、エンドロールが流れた途端にきっぱり席を立ち、劇場を出た所でのツレの第一声は「あ~、つまらなかった!」……

というわけで本作は、早くも今年の私的ワースト1に決定!です。(ドキュメンタリー映画の当たり年だったのに…)

 
それにしても、今日は寒いなあ。

2013/11/05

健さんの勲章


「入れ墨を入れたり、寒いところへ行ったり、あなたがひどい目に遭っているのが見ていてつらい。もうちょっといい役をやらせてもらいなさい」……昨日の朝刊に、文化勲章を受章した映画俳優・高倉健さんに、母が送った心温まる手紙の一節が紹介されていた。

多分、東映のヤクザ映画『網走番外地』や『昭和残侠伝』シリーズが大ヒットしていた60年代後半頃のものだと思うが、亡きご母堂が望まれた“もうちょっといい役”をやりだしてから、皮肉にも私は以前のように健さんの映画を素直に楽しめなくなってしまった。(『ブラック・レイン』は例外として、記憶に残っているのは『幸福の黄色いハンカチ』『駅STATION』他2、3本のみ)

もちろん、それは俳優・高倉健の所為というより、作品自体の問題。その圧倒的な存在感に脚本が負けてしまうのか、逆に健さんのイメージに脚本を合わせすぎるためか、「寡黙・律儀・過去の傷」といったステロタイプな人物像を描くだけの凡作があまりに多い気がして。
だから「日本人に生まれて本当に良かったと今日、思いました」と受賞の記者会見で晴れやかに語った健さんが幸せそうに見えても、役者として作品に恵まれていたかどうかは?であり、そもそもスターではあっても「名優」と呼べる存在であるかどうかも?

その昔、『居酒屋兆治』(監督・降旗康男/1983年公開)の撮影準備が進行していた頃、今は亡き名匠・黒澤明監督から『乱』に「鉄修理(くろがねしゅり)」役での出演を打診されながら、「僕が『乱』に出ちゃうと、『居酒屋兆治』がいつ撮影できるかわからなくなる……二つを天秤にかけたら誰が考えたって、世界の黒澤作品を選ぶでしょうが、僕には出来ない。本当に申し訳ない」と謝罪し、その話を断ったという“もったいないエピソード”があるように、役者として当然の野心を貫くよりも、常に「人間・高倉健」の生き方を優先し守る人なのだろう。

表現者としてどちらの道が正しいかは分からないが、私は映画ファンの一人として「困ったよ高倉君、僕の中で鉄(くろがね)の役がこんなに膨らんでいるんですよ。僕が降旗君のところへ誤りに行きます」とまで申し出て強く決断の撤回を求めた名匠・黒澤監督の下で、「したたかな策士であり、射撃や剣術の腕も抜群。加えて芝居っ気も備えた魅力的な武将」を、健さんがどう演じたのか、観たかったなあと思う。
もう日本には、「俳優・高倉健」の新たな可能性を掘り起し、自分の作品の中で活かしきる事ができるような「世界的名匠」は存在しないのだから……

と、今さらながら残念に思うが、その時に「君は難しい人だ」と黒澤監督が言ったように、幸か不幸か健さんは役者でありながら役者の世界から抜け出た存在、その生きる姿勢において日本人男性の一つの規範となった伝説的スターとして今も私たちの前にいる。

「この国に生まれて良かったと思う人物像を演じられるよう、人生を愛する心、感動する心を養い続けたい」という実直かつ使命感あふれるコメントを読みながら、改めて“健さんの勲章”は俳優・高倉健の業績のみならず、「日本人・高倉健」と、その人間性を慕う多くの人々の胸に与えられたもののように思った。

2013/10/29

こんな一日。


「くまモンはお一人でやっているのですか?」……国民的人気キャラに関して、美智子皇后が発した“おきて破り”の素朴な質問に、思わず吹き出し「ナイス!」と心の中で拍手を送った昨晩。
その一方で「公園で猫が焼死。生きたまま着火か!?」という、微笑ましいニュースの余韻を一瞬で消し去るような、許し難くおぞましい事件もあり、自分が猫を飼う身である故か、今日は朝から微妙なテンション。

とはいえ、11時から「赤坂見附」で仕事の打合せ予定。ドヨ~ンとした気分でもいられない。珈琲一杯でシャキッと頭を切り替え9時半に家を出た。

で、道すがら……半蔵門線・永田町駅ホームを見附方面へ急ぎ足で歩いていたら、突然、後方から肩を叩かれ、びっくり。振り向くと高校時代の級友M君が笑顔で立っていた。一昨日クラス会で会ったばかりなのに、びっくりだね~!と、二言三言、言葉を交わし「じゃあ、また。元気で!」と再会を期してグッバイ。(クラス会がなかったら、お互い分からずすれ違っていただろうなあ……と何気に嬉しかった)

代理店での打合せは「ラジオCM20秒×2本)」の件。今回は「サウンドロゴ」(♪ミルキーはママの味~…みたいな)を作りたいというクライアントの要望があり、その制作を先行しながら併せて本編を作る感じ。たった20秒とはいえ要望はてんこ盛り、スケジュールもタイト。なので、明日から気合を入れていかないと……。

打合せ後は、代理店のJINさんオススメの小さなイタ飯屋でパスタ・ランチ(ボロネーゼ)。食後はハーブティーを飲みながら、サッカー好きの二人で30分ほど「いいセンターバックが欲しいよね~……でも、いないよね~」などと、ないものねだり的に日本代表の現状についてアレコレ。

JINさんと別れた後は、帰りがてら池袋・西武リブロに立ち寄り、芥川賞受賞作『共喰い』以来ご無沙汰の作家・田中慎弥の新作『燃える家』と、私的には未知の作家・中村文則の『去年の冬、きみと別れ』を宣伝文句に惹かれて購入。“去年の冬…”から少しずつ読み始めている。

 

2013/10/26

★★★★★!


今週の水曜(23日)、仕事の打合せ帰りに、銀座・和光裏「シネ・スイッチ銀座」で観た映画『もうひとりの息子』。

 感想を述べる前に、まず、パンフレットの序文から……

《壁の〈向こう側〉と〈こちら側〉。
紛争によって引き裂かれてきた両者の子どもが、
もし取り違えられ、18歳になる日まで気づかずにいたとしたら。
……誰もがもう一度、未来を信じたくなる珠玉の名作。》

 と書かれているように、作品のモチーフは、奇しくもつい先日に観た話題の日本映画『そして父になる』と同じ“病院での新生児の取り違え”(コチラは故意ではなく看護師の過失)。物語の舞台は、イスラエルによって分離壁と呼ばれる高い壁の建設が続いているヨルダン川西岸地区――未だ解決の兆しが見えないイスラエル・パレスチナ問題を背景に、突然崩れ落ちたアイデンティティによって心揺らぐ二人の青年と、「もうひとりの息子」の存在を理解し受け入れ互いに心を通わせる二人の母親、そして耐え難い真実に激しく動揺し、その渦に翻弄される二人の父親……それぞれの心情が、彼らの目線で丁寧につづられていく。

 で、感想だが……監督・脚本を手がけたロレーヌ・レヴィが「異なる立場にいる両者が、互いに手をさしのべることを描いた希望の映画」と言うように、辛い・苦しいではなく“心地よい痛み”が長く胸深く刻まれるであろう文句なしの名作。東京国際映画祭の最高賞「東京サクラグランプリ」と最優秀監督賞の二冠に輝いたと言うのもナットクの一本!私的には、今年のベスト1と言ってもいいだろう。

また、レヴィ監督が「この映画は、ある意味で、人類の未来は女性に委ねられていると宣言している映画なのかも知れません」と言っているように、宗教や民族の対立を諸共せずに超えていく母性の強さと愛の深さ、そのしなやかな女性のパワーを強烈に感じさせてくれる作品でもあった。

ちなみに、今年の928日に「国際平和デー(921日)」を記念して開催された特別上映会には、駐日イスラエル大使と駐日パレスチナ大使が招かれ、それぞれ登壇し「私たちが平和裏に共存することは可能だと信じています……1つの土地に2つの国家、そして2つの国民がいて、それが平和に暮らすということを日本の皆さんにも助けていただければと思います」「いま私は目が真っ赤になっています。女性として、母として、そしてイスラエル人として、この映画を横にいるパレスチナの皆さんと一緒に観ることができて、より深く感動しています……パレスチナの方々もイスラエルの方々も長きにわたって苦しんできました。互いに尊重しあう形の解決法を探すことは可能であると思っています」と、『もうひとりの息子』への感謝のメッセージを述べたそうだ。


映画に世界を変える力はないが、共有すること、受け渡すこと、交換すること、それならYES。それは他者の人間性を理解し、経験するための方法です――ロレーヌ・レヴィ


明日は、高校の同窓会&クラス会。