2013/09/26

南の星、北の夜空に。



先週末は風邪による発熱のためダウン。土曜など食事らしい食事もとらず床に伏していたが、日曜の朝には熱も下がり、楽しみにしていたサザンの宮城ライブに合わせたかのように体調は急速に回復していった。

で、WOWWOWの生中継が始まる夕方5時頃には食欲も全開、駅前のピザ屋でテイクアウトしたマルゲリータ&チーズとハムをつまみに、5日ぶりのビールをちびちび飲みながら、家人と共に約3時間半のライブに見入った。(調子に乗って、ビールの量は予定オーバー)

歌われた曲は、特別演奏の「青葉城恋唄」を含め、オープニングの「Ya Ya(あの時代を忘れない)」からラストの「希望の轍」まで33曲。知らない曲も2、3あったが、ほとんどの曲が人生の時々の思い出に重なってしまうところが、世代を超えて愛され、時代とともに走り続ける唯一無二のモンスターバンドたる所以。
加えてバリバリの現役ロックバンドとして「ピースとハイライト」「蛍」「栄光の男」という胸熱3曲を、ソロ活動後のこの時期にリリースできる抜群のセンスとパワーにも感服。サザンらしいサービス精神と東北愛に満ちたステージを観ながら、会場に集まった大勢のファン同様“一緒に人生を歩んでいる音楽”という意味で、現在的に彼ら以上の存在はないかもしれない。と改めて思った。

というわけで、「栄光の男」の歌詞になぞらえて言うなら、35年間“魂のメッキが剥がれない”至高のロックバンド「サザン・オールスターズ」――来年はぜひ生ライブに行ってみたいと思う。

(ところで、名曲「TSUNAMI」は、いつ解禁になるのだろう……)

以下、私的「サザン」ベスト10

1位「TSUNAMI
2位「いとしのエリー」
3位「希望の轍」
4位「栄光の男」
5位「月」
6位「LOVE AFFAIR ~秘密のデート~」
7位「真夏の果実」
8位「勝手にシンドバッド」
9位「涙のキッス」
10位「蛍」、「ピースとハイライト」



2013/09/20

秋バテ?



ここ最近、朝5時を回ると寝床に愛猫(相棒?)ジャックがやってきて、私の周りを徘徊しながらニャ~ウ~とメシの催促。コチラがシカトしていると、ピタッとカラダを寄せてきて、尻尾で顔を撫でたり、わざと脚を踏んづけたり、あの手この手で起こそうとする。(朝4時頃までは足元でおとなしく寝ているのに……)
で、20分程度の攻防は、私の“根負け”でジエンドとなるのだが、こんな感じで7時過ぎの餌の予定が1時間以上前倒しになっている。(そろそろ置き餌を考える時期か?)

前は借りてきた猫のように、おとなしくリビングで待っていたのに、飼い主に似て、どんどん図々しくなっていく。まあ、それだけウチに慣れたということで嬉しくもあるが、お陰でこのところ少々寝不足気味。そのせいか身体が重だるく、一日中ボーッとしている感じで頭も冴えない。(必然、就寝時刻も早まり、昨夜などは熱っぽいせいもあって8時過ぎには床に就いてしまった……発熱の原因は、我が身にあり、ジャックにあらず)

猛暑が明け気持ち秋めいてきたのに、これじゃ、いかん! ……と緩んだ脳ミソに喝を入れるべく、火曜(17日)は渋谷イメージ・フォーラムで“ギマランイス歴史地区(世界遺産)”を舞台にしたオムニバス映画『ポルトガル、ここに誕生す』を観てきたのだが、やはり疲れている時に無理は禁物(特に予習が必要なこの手の映画は)。
オープニングを飾ったポルトガル在住の名匠アキ・カウリスマキのペーソス溢れる粋な小編『バーテンダー』に「さすが!」とニンマリしたのも束の間(ファドのBGMもイイ感じ!)、ペドロ・コスタ監督の『スウィート・エクソシスト』が始まるや否や強烈な睡魔に襲われ、それを含めて後の3本は白昼夢を見ているような朦朧とした意識の中で終わってしまった。

というわけで、気力・体力とも減退気味の秋はじめ。仕事も読書もブログもままならないのだが、22日(日)は、待ちわびていたサザンの宮城ライブがあるし(私は今月加入した「WOWOW」の生中継を鑑賞)、楽しい集まりやイベントも控えている。ちゃんと体をケアして備えないとね……今夜も早めにオヤスミナサイ。

《追記》
昨日は、風邪気味でダル重の体に鞭を打ちつつ、少し早目の墓参り。

今年も、母の墓の周りでは、たくさんのコスモスが秋風に心地よさそうに揺れていた。



2013/09/11

ザックジャパンVSガーナ代表



昨夜のガーナ戦。

来日メンバーに、エッシェン(チェルシー)、ポアテング(シャルケ)、アサモア(ユベントス)といったビッグネームを欠いたガーナ代表(日本代表で言えば、本田、香川、遠藤がいないようなもの)。当然ながら、多くのメディアは「2軍」という表現をしていたが、果たして本当にそうだろうか?と思い、一応数日前にメンバーをチェック……

ディフェンスラインはベスト8に進出した2010W杯からの主力であるメンサ(後半1分から出場)やフランスのレンヌでプレーするポエなどを配し、中盤は、昨夜の試合で先制点をあげた19歳のアチェアンポング(ベルギーの強豪アンデルレヒト所属)、FCポルト所属のアツ(21歳)をはじめスキルとポテンシャルを兼ね備えたヤングタレントが名を連ね、FWは昨季ガーナリーグの得点王オトー(21歳)やロシアの名門スパルタク・モスクワで主力を張るFWワリス(22歳)など、来年のW杯で現在の主力を押しのける存在になるかもしれない気鋭の選手揃い。これを「2軍」と簡単に言い切ってしまっては、わざわざ遠い国からやって来た対戦相手に失礼というもの。技術と身体能力の高さはもとより、その「若きガーナ代表」のポテンシャルを侮ってはサッカーを楽しむ目も曇ってしまう。加えて、ガーナはW杯アフリカ3次予選を10月に控えており、長旅の疲労があるとはいえチームとしてのモチベーションも高いはず。

というわけで、W杯を想定して戦うに相応しい相手を迎えてのホームゲームは、スピードVSフィジカルとでも言おうか、お互いの持ち味が発揮された期待に違わぬクオリティ。攻守の切り替えの早いスリリングな好ゲームとなった。
で、私が一番嬉しかったのは、興奮のあまり叫びながら思い切り両手を打った香川のゴール。フェイントで相手を交わし、キーパーの動きとコースを見切っての見事なシュート……新監督になってから、未だマンUで出場機会のない彼にとって、飛躍のきっかけになってほしいゴールだった。

結果的にも、コンディション面でのアドバンテージがあったにしろ3-1の勝利は文句なし!前半の精度を欠いた攻撃や相変わらず脆さを見せる守備など、まだまだ課題は残るが、勝利へのメンタリティ&攻撃のスピードと守備意識の向上は、現時点で十分に評価しうるものだし、香川・本田・柿谷の新トライアングルへの期待もますます高まってきた。

そして今日、《日本代表、1119日にブリュッセルでベルギー代表と対戦へ》というワクワクするニュースが……
ベルギー代表と言えば、アザール(チェルシー)、アフロのフェライニ(マンU)などのスター選手をはじめ、メンバーのほとんどがプレミアやブンデスで活躍する強豪チーム。W杯ヨーロッパ予選のグループリーグ1位突破も目前で、現在、世界で最も注目されている代表チームと言っても過言ではない。そういう相手とW杯前に敵地で戦えるのだから、テンションが上がるのは当たり前(それだけ日本代表も注目されているという証)。10月のセルビア、ベラルーシ戦で、しっかり課題に取り組みながらチームとしての連携を深め、ベストの態勢で挑んでほしい。


さて今夜は、新宿で今年2回目の中年男子会……日・月と少し熱っぽかったせいか、食欲もなく全身が“重ダル”状態でグダグダだったが、昨日の朝から飲み会に合わせるかのように急速に回復。でも、油断禁物、今日は飲む前に液キャベでも飲んで、酒も肴も控え目にしたい。否、する!


2013/09/07

明日天気にしておくれ♪



今日は、プリンタ用のインクカートリッジを買いに池袋のYAMADA電気へ。ついでにサザンのCD「ピースとハイライト」(納涼サマーポンチョ付き“胸熱35”カートンBOX)を購入。家に帰ってからひたすら聴きまくっていたのだが、40年来の友H嬢や仕事の盟友JINちゃんが言うように、やはり桑田くんは天才だ。「栄光の男」サイコー!
(青と白のストライプ柄のポンチョの背中にも、「胸熱 サザン35」の文字が……う~ん、なんか嬉しい。自分がポンチョを着るかどうかは別にして)

さて、3-0で勝利した昨夜のグアテマラ戦。

こういってはグアテマラに対して失礼だが、あまりに相手が弱すぎてゲームの興奮度も勝利の満足度もイマイチ。
この時期に、W杯では決して対戦することのないレベルの相手と戦うことにどんな意味があったのか?と思うが、今回のテストマッチの本番は10日のガーナ戦。現在、W杯アフリカ2次予選のグループリーグでトップを走る強豪と戦う前に、無失点で勝って守備の自信を多少でも取り戻すことができたのは収穫。長友のスピードと運動量も戻って来たし、新戦力の一人であるDF森重の高さと守備の安定感も光っていた。

で、それ以外に目に見える成果があったかというと、どうだろう? 確かに香川・本田・柿谷の連携は眼福で、今後に大きな可能性を感じさせるものだったが、肝心のシュートが決まらない。時折、清武や遠藤が放つミドルシュートもほとんど枠を捉えられないし、この程度の相手でもペナルティエリア内で十分にチャンスを作れないという攻撃面のもどかしさも消えない。
「日本にはワクワクする選手が多くいるのに、ワクワクするプレーをしない」という海外のサッカー通のコメントに頷くほかないのは、ファンとして何とも歯がゆい。

と愚痴っぽい事を書いていたら、また「栄光の男」が聴きたくなってきた。

♪ I will never cry
この世は弱い者には冷たいね
終わりなき旅路を
明日天気にしておくれ


がんばれ、ザックジャパン。




2013/08/31

車内の会話&「ハローライフ」



先週の日曜、私用で池袋へ向かう西武線の車内で、私の傍に立っていた初老の男性二人(60代後半か?)の、こんな会話を耳にした。
「……彼は、ずっと独り身なの?」「イヤ、奥さんはいたんだよ。でも、ゴミを出してきますと言って出て行ったきり、帰って来なかったんだって」「……ふーん」

って、ちょっと待ってよ、その続きもなく話は終わっちゃうわけ?!と思わず口を挟みたくなる驚きの内容だったが、彼らにとって何故帰ってこなかったのかはどうでもよい事のようで、何の脈絡もなく話題は懐かしのヒット曲へ。「アンタあの娘のなんなのさ」と楽しそうに呟きながら、「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」の歌詞のユニークさを讃え合っていた。

まあ、色々と生きづらい世の中、自分の身近で何が起きても不思議じゃない状況を、中高年はみな抱えているということ。人様の人生でイチイチ深刻になってなんかいられないか……と、能天気に「ウブなネンネじゃあるまいし」と歌のセリフを呟き続ける彼らを微笑ましくさえ思ったが、やはり人様の事とはいえ“覚悟のゴミ出し”は気になる情景。残された男の心中を察するより、私はその後の“奥さん”の人生の方が気になってしまった。

さて、そんな偶然聞いた話に刺激を受けて……と言うわけではないが、今週、半年ほど本棚に眠っていた村上龍の『55歳からのハローライフ』を取り出し、3日かけて読み終えた。
本を購入した際はタイトルをよく見ずに、てっきり『13歳からのハローワーク』の中高年バージョン(職業案内風小説)かと思っていたが、「ハローワーク」否「ハローライフ」……中高年の再就職や起業をめぐる物語ではなく、中高年男女の人生のリスタートを描いた5つの連作中篇小説をまとめたもの。

それぞれに、婚活、リストラ、早期退職、ペット愛(と夫婦関係)、老いらくの恋など作品のモチーフは異なるが、《「悠々自適層」「中間層」「困窮層」を代表する人物を設定した》という5人の主人公はみな人生の折り返し点を過ぎて、何とか再出発を果たそうとする“普通の人々”。
その人生にじっくりと寄り添い、出会った人と築き得た(あるいは築こうとしている)「信頼関係」を共通コンセプトに、「生きづらい時代」を生きる人々の「希望」を探り出し、経済的格差を超えたサバイバルの在り方を提示しようとする作家の意志と温かい視線をストレートに感じることのできる珠玉の連作。もちろん、読後感も頗る心地よく、猛暑の夏を締めくくるいい本に出会うことができた。

で、「ハローライフ」の後書きを読んだ後、先週の金曜(23日)、朝日の朝刊に載っていた「生きづらい世を生きる」と題された、日本近代史家&評論家・渡辺京二さんのインタビュー記事を思い出し再読。その言葉にまた深く頷かされた。以下、印象的な部分を抜粋。

《昔は想像もつかなかったほどの生産能力を、私たちはすでに持っているんですよ。高度消費社会を支える科学技術、合理的な社会設計、商品の自由な流通。すべてが実現し、生活水準は十分に上がって、近代はその行程をほぼ歩み終えたと言っていい。まだ経済成長が必要ですか。経済にとらわれていることが、私たちの苦しみの根源なのではありませんか。人は何を求めて生きるのか、何を幸せとして生きる生き物なのか、考え直す時期なのです》
《就職難で『僕は社会から必要とされていない』と感じる若者がいるらしいねえ。でも、人は社会から認められ、許されて生きるものではない。そもそも社会なんて矛盾だらけで、そんな立派なものじゃない。社会がどうあろうと、自分は生きたいし、生きてみせる、という意地を持ってほしいなあ》
《人は何のために生きるのかと考えると、何か大きな存在、意義あるものにつながりたくなります。ただ、それは下手をするとナチズムや共産主義のように、ある大義のために人間を犠牲にしてしまう危険がある。人間の命を燃料にして前に進むものはいけません。その失敗は、歴史がすでに証明しています》
《人と人の間で何かを作り出すことですよ。自分を超えた国家の力はどうしても働いてくるんだけど、なるべくそれに左右されず、依存もしない。自分がキープできる範囲の世界で、自分の仲間と豊かで楽しい世界を作っていく。みんなで集まって芝居をやるのもいい。ささやかにやっていける会社を10人くらいで立ち上げてもいい》

どんな世の中でも、「希望」は、いつだって自分の近くにあるさ。村上龍も渡辺京二もそう言っているように思う。


今夜は、身近な仲間と田無の「与作」で今夏ラストの暑気払い。




2013/08/24

あの頃と「藤圭子」



22日、歌手・藤圭子さんがこの世を去った。病死でも事故死でもなく……享年62歳。

彼女が「新宿の女」でデビューしたのは1969年。
全国を席巻した全共闘運動が、東大安田講堂攻防戦を期に急速に衰退していった頃だが、その残り火は大学から大都市の高校へと燃え移り、私の通っていた都立高もバリケード封鎖で揺れていた。

その影響で中間試験は中止。代わりにクラスでは長時間のホームルームが連日行われた。だが、もともと「全共闘」も「政治闘争」も学園外の話。場当たり的に「学校改革」をテーマに掲げた所で、全共闘シンパと一般生徒の論点が噛み合うはずもなく、具体案のない八方ふさがりの討論の中で大多数の頭と心はただ疲弊するのみ……結局、何の実質的成果も得られず、教師と生徒、生徒と生徒の間に小さからぬ溝を作っただけで、いつの間にか全学的な高揚感は消え討論も収束。あっさりバリケードも解かれ、一部の活動家とシンパを除いて、「受験」と「部活」と「恋と友情」がメインの普通の日常に戻っていってしまった。

一時、非日常的な開放感に酔う中、全共闘へのある種感傷的な共感だけで「シンパ」となり、誘われるまま街頭デモに参加していた私も、活動を継続する意志どころか根拠すら見当たらず、現実逃避のような日々を送る中で、将来の目的も見失って心は宙ぶらりん……そんな時、♪バカだな バカだな だまされちゃ~~って~と、独特の声で胸から絞り出すように歌う「新宿の女」の一節が、言い知れぬ寂寥感を伴い深く胸に沁み込んできた。







父は浪曲師、母は盲目の三味線弾き。デビュー前、東京の裏町を母と流して歩いていた薄幸の少女の歌声は、「歌い手には一生に何度か、ごく一時期だけ歌の背後から血がしたたり落ちるような迫力が感じられることがあるものだ」という作家・五木寛之の言葉通り(エッセー『ゴキブリの歌』より)、空虚な胸で揺れ立つ情念の狼煙のように時代を席巻し、すぐに全共闘世代を中心に多くの男たちの心を捉えた。
そして翌年、70年安保闘争で挫折した若者たちの心を鷲づかみしたと評される大ヒット曲「圭子の夢は夜ひらく」によって、歌手・藤圭子は一気にスターダムを駆けあがるのだが、私も彼女のドスの利いた歌声と愁いを帯びた美しい瞳のギャップに心を強く射抜かれた一人。同世代の女子、しかも同郷(岩手県・一関市生まれ)ということでもシンパシーを掻き立てられ、熱烈なファンになっていった。

しかし、「幸せそうな藤圭子は、私が好きな薄幸の歌手・藤圭子ではない」とでも思っていたのだろうか、その熱は前川清との結婚を境に急速に冷め、「京都から博多まで」を最後に新曲への興味も失せてしまった。
以来、歌手・藤圭子の存在は、遠い日の苦く切ない思い出の中にあるのみ。時折メディアを通じて流れてくるスキャンダラスな噂も別人の事のように思っていた。(宇多田ヒカルの母としてその名を耳にした時にはさすがに驚いたが…)

とは言え、青春の一時期、ディーバとして心の中で輝いていた同世代の歌手の死は悲しく寂しいもの。心から安らかにと思う。

では、今日のブログの最後に、昨日から度々口ずさんでいる「圭子の夢は夜ひらく」を……私の好きな5番、6番の歌詞を添えて。





前を見るよな 柄じゃない
うしろ向くよな 柄じゃない
よそ見してたら 泣きを見た
夢は夜ひらく

一から十まで 馬鹿でした
馬鹿にゃ未練は ないけれど
忘れられない 奴ばかり
夢は夜ひらく
夢は夜ひらく