2026/05/29

3月・4月(&5月)の映画たち②


『カミング・ホーム』(監督:マーク・タートルトーブ/2023年製作、アメリカ)

《ペンシルベニア州西部の小さな町に住む79歳の男性ミルトンは、娘デニスに認知症の初期症状を心配されながらも、ひとり暮らしを続けていた。ある夜、空から現れた正体不明の飛行物体がミルトンの家の庭に墜落し、平穏だった彼の日常は大きく揺らぎはじめる。周囲に訴えても相手にされず、ミルトンはともに飛行物体を目撃した同年代の隣人サンディーとジョイスと秘密を共有することになる。それぞれ孤独を抱えていた3人は忘れかけていた人生の喜びを取り戻し、これからの人生と向き合っていく(映画.comより)》というちょっと奇想天外ユーモラスなヒューマンドラマ。原題は「Jules

物忘れの頻度が増しつつある自分にとっても他人事とは思えない作品だったが、意外なほどスッキリした後味。「Jules」と名付けられた宇宙人を匿う3人の孤独な高齢者同士の連帯が何とも微笑ましく、温かい気持ちにさせてくれる秀作だった。(Julesに誘われ、一緒に宇宙に向かおうとした彼らが、自分の居るべき場所に気づき引き返すあたりもまた良し)

で、改めて思うのだが、その全体を通した心地よさの大きな要因は、この作品が世界に蔓延る排外主義(及び排他的な思考)と真逆の位置に屹然と立っているように見えるという点ではないだろうか。「異質」を受け入れることで、お互いが寄り添い連帯し、各々の孤独や孤立が少しずつ薄れていく社会……そんな社会を希求する思いも同時に受け取ることが、本作品に対する礼儀の様な気がした。

 

『済州島四・三事件ハラン』(監督:ハ・ミョンミ/2025年製作、韓国)

3万人近くが犠牲になったとされる無差別虐殺が行われながらも長きにわたり隠ぺいされ続けてきた「済州島四・三事件」を題材に、理不尽な暴力に追い詰められながらも必死に生き抜こうとする母娘の逃避行を描いたドラマ。

194843日、外国勢力による干渉に反発した済州島の一部島民が武装蜂起したことに端を発した「済州島四・三事件」。同年10月より、政府は海岸線から5キロ以上離れた地域を「敵性区域」とみなし、「出入りする者は無条件に射殺する」という布告文を発令した。村人たちは難を逃れるため、済州島の中央にそびえる漢拏山(ハルラサン)を目指す。一時的に村を出ることになった女性アジンは、村に残してきた6歳の娘ヘセンのことが心配でたまらない。その頃、村では韓国軍が老人たちを容赦なく射殺していた。生き残ったヘセンは、母を捜すためたったひとりで山へ向かう。奇跡的に再会を果たした母娘は、生き延びるため命がけの逃避行に出る。(映画.comより)》

ノーベル賞作家ハン・ガンの長編『別れを告げない』のモチーフにもなった韓国現代史最大のタブーと称される「済州島四・三事件」(1948年の武装蜂起に始まり、朝鮮戦争を挟んで1955年に終結宣言が行われたが、政治的な圧力などによって長きに渡り語られることはなかった)。監督ハン・ミョンヒはインタビューに応えこう語った。「(四・三事件は)何の罪もない平凡な人たちが国家権力によって犠牲になった事件。犠牲者たちの声を探し、そこに焦点を当てて映画を作りたかった」「SNSによって人々が攻撃し合う現在は、事件当時と似ている」……

というわけで、映画を観終わり、改めて「国家なんて絶対に信じちゃダメだよ」と、日本の(特に)若い世代に伝えたいと思ったが、「国家情報会議法」もすんなり通っちゃったし、メディアは政府ベッタリだし、何を言っても通じないんだろうなあ、今は(と諦念)……嘘つきとバカ野郎たちが、したり顔で国を牛耳っているほど気分の悪いことはないのにね。

(こういう映画が堂々と作られ、多くの観客を動員する。という点でも隣国の民主主義の現在地が分かる。平和も自由も民主主義も失いつつある日本人の一人としては、羨ましくもあり、寂しくもあり…何とも微妙な気分だった)

 

『サンキュー、チャック』(監督:マイク・フラナガン/2024年製作、アメリカ)

《作家スティーブン・キングが2020年に発表した短編小説「チャックの数奇な人生 イフ・イット・ブリーズ」を、「ドクター・スリープ」のマイク・フラナガン監督が映画化したヒューマンミステリー。

大規模な自然災害と人災が次々と地球を襲い、世界は終わりを迎えつつあった。インターネットもSNSもつながらないなか、街頭やテレビ、ラジオに突如として、「チャールズ・クランツに感謝します。素晴らしい39年間に、ありがとう、チャック」という謎の広告が大量に現れる。高校教師マーティーが元妻フェリシアに会うため家を飛び出すと、誰もいない街はチャックの広告で埋め尽くされていた。無事に出会えたマーティーとフェリシアが星々を眺めながら終末の到来を感じ、手を握り合っていると、場面は一転して広告の人物・チャックの視点に切り替わり、彼の人生をさかのぼる物語が美しい映像で紡がれていく。(映画.comより)》

「誰だ、このチャックって? 何なの、これ?」という国語教師の発言に端を発し(国語教師のみならず我々観客も「チャックって、誰?」何ですが…)、世界が破滅に向かっていく(世界だけじゃなく宇宙も!)という、摩訶不思議かつ超スケールのSF映画(ホラー要素もある)なのだが、原作は「トランプはホラーストーリー。彼の2期目が弾劾によって終わることを望む」と公言、時の大統領と真っ向対峙の姿勢を堅持する、あのスティーブン・キング。そんじょそこらのSF映画とは格が違うというか、謎めいたストーリーの中に深く胸に響く警句を忍ばせている点で、一線を画しているわけだが、その重要なカギを握るのが19世紀のアメリカの詩人ウォルト・ホイットマン。

で、そのホイットマンの詩の言葉の意味を少年時代のチャックが女性教師に尋ねるシーン……教師はチャックの頭の両側に手を置き、「私の手の間には何があるの?」と問いかける。困惑したチャックは自分の頭か脳だと答えるが、彼女はさらに踏み込み、手の間(つまりチャックの脳)には、「考えたことすべて、知っているすべての人、これから知る、出会う、見るすべての人がある」と言いながら、「私の手の間にはmultitudes(非常に多くの人々や物事)がある」と結論づける。「あなたはmultitudesを抱えているのよ」……(ホラーな場面じゃないのに、普通にゾクっときたなあ)

さて、アメリカの学校ではウォルト・ホイットマンの詩は必ず習うらしい。どういう詩かというと「君よりも素晴らしいものはこの世にないんだ」ってことを訴える詩……「絶対にその君自身を抑えてはいけないんだ。思いっきり生きるんだよ」「どんなルールも無視しろ。君自身の生き方を達成することが一番大事なんだ」と重ねて教えるそうだ。(日本は「ルールを守れ」とか「人に迷惑をかけるな」とか、端から「自由であること」を委縮させるようなことを「(正し気な)教え」として言うから、権力に従順な人間が増えるんだろうかね?)

というわけで、たとえ世界が破滅に向かおうが、「個人の自由」という最も大切な価値観、道徳やルールに縛られず自分自身で「思考」し続けることの大切さを伝えてくれる珠玉の一本、個人的に本年度ベスト1の傑作でした。(何でもチャットGPTに頼ったり、考える過程を踏まず安易に「答え」だけを欲しがったりする今のボンクラ日本人にこそ観て欲しいが、残念ながら“ボンクラ”は絶対観ないだろうなあ…)


以下、「観て損はなし」の3作品

●『ハムネット』(監督クロエ・ジャオ/2025年製作、イギリス)

「ノマドランド」のクロエ・ジャオ監督が、シェイクスピアの名作「ハムレット」の誕生の背景にあった悲劇と愛の物語を、フィクションを交えながら描いたドラマ。 

※所謂“できちゃった婚”で「幸せな結婚」とは程遠い夫婦関係。静かな家庭より心をかき乱す恋を好む芸術家気質……シェイクスピアの創作の源が何だったのか、私には分かりませんが、映画的にはラストで報われ良かったね。という感じ。

 

●『ソング・サング・ブルー』(監督クレイグ・ブリュワー/2025年製作、アメリカ)

ヒュー・ジャックマンとケイト・ハドソンが初共演し、アメリカの国民的歌手ニール・ダイアモンドのトリビュートバンドとして活動した夫婦ミュージシャンの実話をもとに描いた音楽ドラマ。

※ヒュー・ジャックマン、相変わらず歌が上手い!共演のケイト・ハドソン(クレア役)も魅力的。映画終了後も暫く懐かしの「スイート・キャロライン」が耳の奥底で流れているような……映画自体も結構感動モノで、私もちょっぴり泣けました。

 

『シンプル・アクシデント 偶然』(監督ジャファール・パナヒ/2025年製作、フランス・イラン・ルクセンブルク合作)

記憶に残る秀作『人生タクシー』のジャファール・パナヒ監督(イランの巨匠。現在イラン政府から映画製作を禁じられられながらも活動中)が手がけ、2025年カンヌでパルムドールを受賞したサスペンス・スリラー。

※アメリカとイランじゃ、今は当然イランの肩を持ちたいが、「神権政治」を標榜しつつ自国の民衆の自由を奪い抑圧し続けるイラン政府を支持する気は全く無し。故に「最悪の体制に映画で抗う」名匠パナヒの健在ぶりを嬉しく思うし、心底讃えたいと思う。

2026/05/06

3月・4月の映画たち①


『木挽町のあだ討ち』(監督:源孝志/2026年製作)

《時は江戸時代。ある雪の降る夜、木挽町の芝居小屋「森田座」のすぐ近くで、美しい若衆・菊之助が父の仇討ちを見事に成し遂げた。その事件は多くの人々に目撃され、美談として語られることになる。1年半後、菊之助の縁者だという侍・総一郎が、仇討ちの顛末を知りたいと森田座を訪れる。菊之助に関わった人々から事件の経緯を聞くなかで徐々に事実が明らかになり、やがて仇討ちの裏に隠された「秘密」が浮かび上がる(映画.comより)》というミステリー時代劇。(直木賞と山本周五郎賞をダブル受賞した永井紗耶子の同名小説を映画化)

どこか「オリエント急行殺人事件」(アガサ・クリスティ原作)を思わせる、謎めいた筋立て。主演の柄本佑をはじめ俳優陣もなかなか豪華で好ましく(特に「芳澤ほたる」役の高橋和也、「作兵衛」役の北村一樹)、中弛みなく楽しめる作品だったが、“時代劇離れ”の若者をターゲットにしている所為だろうか、時代劇慣れした年寄りには若干の物足りなさが残る。特にラスト近く、大写しされる書状の文言「じぶんのために生きなはれ」には(そんなことわざわざ言わなくても…)と“どっちらけ”。で、これで興ざめしたのも束の間、さらにエンドロール(に流れた曲)で“あだ討ち”ならぬ追い打ちに合うとは!!…(「椎名林檎」の自己主張ソング「人生は夢だらけ」。彼女のファンには申し訳ないが、絶望的に合わなかった)

 

『金子文子 何が私をこうさせたか』(監督:浜野佐知/2025年製作)

《約100年前に日本の国家権力に全力で抗った虚無主義者・無政府主義者の金子文子を主人公に、死刑判決から獄中での自死に至るまでの121日間を描いた伝記ドラマ。「雪子さんの足音」などの女性監督・浜野佐知が、金子文子の生の声を伝える短歌をもとに、彼女の孤独な闘いを描き出す。(映画.comより》

映画『金子文子と朴烈(パクヨル)』及びブレイディみかこ氏の著書『女たちのテロル』(岩波現代文庫)を通じて「金子文子」の生涯及びその“人となり”については大まかに知ってはいたが、改めて「金子文子」という人間の無二性&自我の“凄味”を見せつけられたような強烈かつ鮮烈な一本。(エンドロールが流れた後、渋谷「ユーロスペース」館内に何人かの拍手の音が鳴り響いた)

特に印象的だったのは、主演の菜葉菜(なはな)をはじめ、女優陣が互いに連帯しているかのように醸し出す相乗的な存在感が、より個性を際立たせ異彩を放っていたこと。幼い文子を苛め抜いた祖母役の吉行和子(この作品が遺作とは…流石、和子さん!)、元・日活ロマンポルノの女王・白川和子(地元寺の僧侶婦人役)、そして、週刊文春でのキレキレの映画評論で(個人的に)お馴染みの“サバイバー”女優・洞口依子(仏道婦人之会・教誨師役)……とにかく、みんな凄い。色々あって今なお女優として輝き続けているのが凄い!と、心底思えた。

で、“凄い”と言えば、「キナ臭さや排外主義が広がる社会に“金子文子”という爆弾を投げ込む」という強い意志のもと、この作品を世に送り出した監督の浜野佐知(74歳)も然り。女性の居場所など全くなかった昭和40年代のピンク映画界に18歳で飛び込み、セクハラパワハラに立ち向かいながら経験を積み、1971年にデビュー。85年には自身の会社「旦々舎」を設立しピンク映画界の売れっ子監督になった。というのだから“凄い”に「超」がつくレベル(作品数は何と200本以上!)。

「権力を笠に着、それにしがみつく男どもが束になってもひるまない個の尊さ。権力対シスターフッド。最も描きたかったことでした」という彼女の言葉通り、その“爆弾”は見事に男たちの胸で炸裂したように思う。(願わくば、男たちのみならず、“権力を笠に着て”浮かれ騒ぐ女性総理・高市早苗の頭の中でも炸裂して欲しいが…)というわけで、とりあえず今年の邦画ベストワン!

 

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』(監督:フィル・ロード、クリストファー・ミラー/2026年製作、アメリカ)

《アカデミー賞7部門にノミネートされた「オデッセイ」の原作「火星の人」などで知られる作家アンディ・ウィアーのベストセラーSF小説を映画化。滅亡の危機に瀕した地球の運命を託された中学の科学教師が、宇宙の果てで同じ目的を持つ未知の生命体と出会い、ともに命を懸けて故郷を救うミッションに挑む姿を描く。(映画.comより)》

「ヘイル・メアリー」って何?誰のこと?と思ったら、「聖母マリア」のことらしく、「プロジェクト・ヘイル・メアリー」というタイトルを日本語に訳すと「神様助けて!プロジェクト(=一か八かの神頼み計画)」となるようだ(なるほど。正にタイトル通りの展開)……「地球を救え(そのために選ばれたお前が犠牲になれ)」という半強制的なミッションにより、無理矢理12光年離れた星に向かわせられる(帰る術のない「地獄への片道きっぷ」)主人公グレース(ライアン・ゴズリング)の悲惨かつ絶望的状況に同情しつつ、その悪戦苦闘ぶり&宇宙での思いがけない出会い(何と同じ目的を担う異星人がいた!)に、ハラハラ、ニンマリ、ほっこりさせられながらの2時間半。“絶体絶命、1人ぼっち”の状況で、よくそんなに前向きになれるなあ。しかもけっこう楽しそうだし……と、妙に感心させられる一級品のコメディ映画だった。(SFサスペンスだと勝手に思って観に行った自分がバカに思えたが、結果オーライ。ビートルズの名曲『Two Of Us』が、イイ感じで使われていた点も◎)