2026/01/04

勝手にコトノハ映画賞2025②


●優秀作品賞(いずれ劣らぬ秀作揃い)

『アイム・スティル・ヒア』(監督:ウォルター・セレス/2024年製作、ブラジル・フランス合作)

監督は、チェ・ゲバラの若き日を描いたロードムービー『モーターサイクル・ダイアリーズ』などで知られるブラジルの名匠ウォルター・サレス。1970年代の軍事政権下のブラジルで実際に起きた、政権の理不尽な拷問による元議員の死と、遺された彼の妻子が歩んだ道を描いた政治ドラマ。2024年・第81回ベネチア国際映画祭で脚本賞、第97回アカデミー賞で国際長編映画賞を受賞した。

鑑賞後、半年以上たった今でも時折、主演のフェルナンダ・トーレス(夫の失踪の真相を求め、不屈の人生を送る妻エウニセを演じた)の顔が頭に浮かぶが、それほどに彼女の印象が強烈だったという事。後で知ったことだが、フェルナンダ・トーレスの母親であるフェルナンダ・モンテネグロも老後のエウニセ役で出演していた(あまりに娘のトーレスと面差しが似ていたため、メイク技術が凄い!と勘違いしてしまった)。因みにフェルナンダ・モンテネグロは、本作と同じウォルター・サレス監督『セントラル・ステーション』でブラジル人俳優として初めてアカデミー主演女優賞にノミネートされた伝説的女優。


『聖なるイチジクの種』(監督:モハマド・ラスロフ/2024年製作、ドイツ・フランス・イラン合作)


「神権国家」の下働き(反政府デモ逮捕者に不当な刑罰を下す予審判事)として家計を支え、テヘランの高級マンションで妻と2人の娘と暮らすイマン。ある日、その彼の家から国の支給物である護身用の銃が消えてしまう。早期に発見しなければ、政府からの信頼は失墜、出世の道も閉ざされる……己の立場の危うさに脅えたイマンは、次第に権力者的な視線で妻と娘たちに疑惑の目を向けていく。という政治体制絡みのサスペンススリラー。2024年・第77回カンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞し、第97回アカデミー賞では国際長編映画賞にノミネートされるなど高い評価を獲得した。

 

イランは「神権政治(主権は神にあり)」の国だが、その本質がイスラム教ではなく家父長制にあることを暴いた傑作(映画後半、自分の家族に権力&暴力を振りかざす父イマンの狂気に目が釘付けになること必至)。トランプのアメリカ、プーチンのロシア、そして初の女性総理・高市の日本も本質的には同じようなもの(高市総理との密接な関係が取りざたされている統一教会も家父長制の構造と深く結びついている)。イマンと家族の物語は、国民の自由を抑圧し、異議を封殺する国家のアナロジーのように思えた。

 

『ブルース・スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』(監督:スコット・クーパー/2025年製作、アメリカ)


アメリカを代表するシンガーソングライター、ブルース・スプリングスティーンの若き日を描いた音楽ドラマ。《1975年リリースのサードアルバム「明日なき暴走 BORN TO RUN」で一大センセーションを巻き起こしたスプリングスティーン。それから7年が経った1982年のニュージャージーで、彼は人生の大きなターニングポイントを迎えていた。世界の頂点に立つ直前、スプリングスティーンは成功の重圧と自らの過去に押しつぶされそうになりながらも、わずか4トラックの録音機の前で、たったひとり静かに歌いはじめる》というストーリー。

主演は映画『アイアンクロー』で、フリッツ・フォン・エリック(「鉄の爪」の異名で一世を風靡したプロレスラー)の四男ケリー役が印象的だったジェレミー・アレン・ホワイト。ギター、ハーモニカ、歌唱トレーニングを経て若き日のスプリングスティーンを見事に体現していた。

というわけで、『明日なき暴走』以来、“ザ・ボス”の大ファンである私的にもイチ押しの秀作だが、この映画には“ザ・ボス(アメリカの男らしさの象徴)”と呼ばれるような、革ジャン、ジージャン、マッチョでワイルド的なスプリングスティーンは一切登場しない(だからイイ!)。寧ろ、少年時代に負った深い心の傷に苦しみながら、自らの出自(主にアルコール依存症で暴力的な父との確執。それによって発した精神的苦痛)と向き合いつつ、音楽的に昇華しようとする繊細で誠実なミュージシャンの姿が映し出される。(曲作りのために借りた部屋で一人、ギターを手に悶悶としながらダーク・バージョンの『Borm in the U.S.A』等、暗い曲ばかりを生み出すブルースの姿が、たまらなく胸に刺さる)

その“暗い曲づくり”を経て、あの有名な『Born in the U.S.A』がリリースされるのだが、知っての通り、張り裂けんばかりの明るい雄叫び……でも歌詞は“ちゃんと暗い!”。その辺が、スプリングスーンの“ザ・ボス”スプリングススティーンたる所以。王様気取りの大統領や能天気な“愛国主義者”に好まれるような曲ではありません。(以下、その歌詞)

 

俺は「死人の町」と呼ばれる地に産み落とされた

この地に生まれ落ちたのが、蹴飛ばされ続ける人生の始まりだった

ここに来たらひたすら殴られ続ける犬のように人生を終えることになるのさ

そして人生の半分は毛布に身をくるめて生きることになるんだ

 

それがアメリカに生まれるってことなんだ

そう、俺はそんなアメリカって国に生まれたんだ

ああ、アメリカに生まれちまったんだよ

アメリカに生まれたのさ

 

故郷の町で人が集まってる場所に行ってみたんだ

そしたら連中は俺の手にライフルを持たせて

異国の地に俺を送り込んだんだ

黄色人種どもを殺してこいってな

 

これがアメリカに生まれるってことなんだ

ああ、俺はこんなアメリカという国に生まれた

アメリカに生まれてしまったんだ

これがアメリカに生まれるってことさ

アメリカに生まれたんだよ

 

戦争から故郷へと帰ってきて、精油所に職を求めて行った

でも採用者は「まあ、私に権限があるなら考えてもいいけどね」と口を濁すだけだった

それで今度は退役軍人局の担当者に会いに行ったんだが

「おまえ職の世話なんかしてもらえるとか思ってるのか」と突き放されただけだった

 

俺にはベトナムのケサンの街にいる兄貴がいる

ベトコンとの戦争のために行かされたんだ

だけどベトコンを退けることなんてできず、兄貴は死んじまった

兄貴にはサイゴンの街で恋仲になった女がいた

俺の手に残ってるのは、兄貴が彼女の腕に抱かれている写真だけ

 

俺は刑務所の影が落ちる僻地へと落ちていき

すぐそばの精油所のガスの炎が届きそうな場所で暮らしてる

もう10年もこんな焼き尽くされるような生活を続けている

逃げるところなんてないし、他に行けるところなんてないからな

 

これがアメリカに生まれるってことなんだ

ああ、俺はアメリカに生まれちまったんだ

そう、アメリカに生まれてしまった

俺はアメリカで長らく存在してないかのように扱われてきた男さ

これがアメリカに生まれるってことなんだ

これがアメリカなんだよ

ああ、俺はアメリカに生まれてしまったんだ

これが「ベトナムに従軍したアメリカのクールな英雄」と呼ばれてる男達の実像さ

 

2025/12/30

勝手にコトノハ映画賞2025①

現在の日本の映画状況は完全に「邦高洋低」。『国宝』の大ヒットを始め、邦画の動員数・興行収入はここ数年伸び続けているが、洋画はコロナ禍以降下降線を辿り、「新宿シネマカリテ」「池袋シネ・リーブル」等、馴染みの映画館が2026年の幕開け早々に閉館を余儀なくされる事態になっている。 私のように年間鑑賞数、洋画8割・邦画2割の人間にとっては本当に残念な事だが、あまり巷で話題になっていない良質の洋画に目をつけ、割と小ぶりな映画館で一人静かに味わうことこそ映画ファンの醍醐味の一つ(見知らぬ国・土地・風土に触れる楽しさもある)。2026年も洋画館の隆盛を願いつつ様々な国の作品との出会いを楽しみにしたい。
さて本題、2025年の「勝手にコトノハ映画賞」は以下の通り。 

●最優秀作品賞(1本に絞り切れず、特に印象に残った2作品に!) 

『名もなき者』(監督:ジェームズ・マンゴールド/2024年製作、アメリカ)
 

ミネソタ出身、無名のミュージシャンだった19歳のボブ・ディランが、時代の寵児としてスターダムを駆け上がり、世界的なセンセーションを巻き起こしていく様子を描いた伝記ドラマ。ボブ・ディラン役のティモシー・シャラメのほか、エドワード・ノートン(ピート・シーガー)、エル・ファニング(恋人シルヴィ)、モニカ・バルバロ(ジョーン・バエズ)、ボイド・ホルブルック(ジョニー・キャッシュ)、スクート・マクネイリー(ウディ・ガスリー)らが共演。第97回アカデミー賞で作品賞を始め計8部門でノミネートされた(残念ながら受賞には至らず)。 
というわけで、長年に渡りボブ・ディランの楽曲に親しんできた人間なら、その物語に思い入れも込めて見入るのは当たり前!なのだが、ストーリー以上に魅せられ、驚かされるのは、主演ティモシー・シャラメの素晴らしい演技力&凄まじい歌唱力。5年半のトレーニングの成果とはいえ、よくぞここまで!…と、只々感心するばかり。加えて、ジョーン・バエズを演じたモニカ・バルバロの歌声も素晴らしい!の一言。役が決まった時点では、歌も演奏も未経験だったというから、これまたビックリ!というほかない。
まあ、その二人の歌声を聴くだけでも十分に楽しめ、満足のいく作品なのだが、個人的に「えー、そうだったの!?」と、さらに驚かされたのは、ボブ・ディランとジョーン・バエズの恋愛(関係)……ボブ・ディランが、というより、10代の頃から勝手に抱いていたジョーン・バエズのイメージが(いい意味で)完全にひっくり返ってしまった。(ボブ・ディランの奔放な、というか身勝手な女性関係に関しては世間常識的に「クズ男」等、非難の声が多いようだが、「だって、(放浪詩人)ボブ・ディランだもの」で、済む話ではないだろうか)
鑑賞後、その辺りの彼女の心境が気になって、早速、ジョーン・バエズの曲をネットで探ってみた所、ボブ・ディランとの関係を歌った一曲を見つけることができた。
曲名はDiamonds And Rust(ダイヤモンドと錆) 以下、その詞の一節。

あなたはいきなり登場し そしてすでに伝説
磨かれていない原石  生まれながらの放浪者

今、私たちはあの安ホテルの窓辺で微笑んでいる 
ワシントンスクエア広場を望みながら
二人の息は混じり合い窓を曇らす 
正直に言うわ……あの時あそこで死んでもよかったのよ 

最後の行を読んだ瞬間、少し鳥肌が立った気がした。その後、彼女はこう語っている。
「ボビーという青年は今まで出会った連中とはまったく別格だった。人の心を打つ何かを持っていることは間違いなかったわ。(出会った)その瞬間から私の心が何かに向かって動き始めたのを憶えている」 


 『トワイライトウォリアーズ 決戦!九龍城砦』(監督:ソイ・チェン/2024年製作、香港) 

黒社会が覇権を争う九龍城砦で男たちが繰り広げる死闘を描き、香港で大ヒットを記録したアクション映画……まず、のっけから流れる広東語バージョンの『ダンシング・ヒーロー』(荻野目洋子のヒット曲)がイイ感じで胸に響く(この時点で、JPOPが東アジアで人気を高めていた1980年代後半の話というのが分かる。映画後半では吉川晃司の『モニカ』を最強の敵が歌う場面も!)。その後は、世界最大のスラム「九龍城」を舞台に繰り広げられる勢力争い&超ド級のカンフーアクションシーンに目が釘付け。
という、もうとにかく問答無用の面白さ!2025年、最も楽しめたのはこの映画かも?と思う。 
因みに、作品の舞台「九龍城」だが、元々は清王朝の国土防衛用の砦として作られた建物らしく、アヘン戦争で香港がイギリスに借款されることになり、香港がイギリス領になった時点で、そこだけ清の軍の砦(飛び地)として残されたようだ。その後、清という国はなくなり、無人の砦に。だが、英国もその土地の権利は持っておらず、中国は共産国家になり…という具合で、「九龍城」は、どの国の治安権力も及ばない「無法地帯」と化し、中国から逃げてきた難民の人たちや地元のヤクザが住み着く城になったというわけ。故に、城内には電気も流されておらず、各自が勝手にどこからか引いてくるため、建物の中を縦横無尽に駆け巡る電線の量が半端なく凄まじい。(砦内部も各自が勝手に建物を作って、付け足していった感じで、全部バラバラ。基礎工事もなく高さ15階くらいまでいったそうだから、一時的に人口密度世界一になったというのも納得のいくところ)
そんな九龍城も、英国が香港を中国に返還することになった1987年に「破壊」が決定…… (この映画の舞台は正にその87年)そこに住む5万人の人たちを建物外に出すために香港政府が用意した立ち退き料をかすめ取ろうとする外部勢力と九龍城を仕切っている竜巻(サイクロン)という名前のボス率いる難民+ヤクザの戦いの物語(つまり侵略者に抗する先住民といった構図)。必然、私も「竜巻」たちの勝利を願ったわけだが…。

 戦いすんで日が沈み、やがて寂しきトワイライト……印象的なラストを観終えた帰り道。
記憶も新しいあの民主化運動が圧倒的な権力の手で潰された後、かつて街の象徴的な存在だったネオンサインも軒並み撤去され、人々の自由と街の輝きを失った現在の香港の姿を思い浮かべて少し心が沈んだ。

2025/02/12

1月中・下旬&2月上旬のメモ②


1月24日(金)

新宿武蔵野館で『蝶の渡り』(監督:ナナ・ジョルジャゼ/製作2023年、ジョージア)鑑賞。

首都トビリシを舞台に描いたジョージア映画と聞けば、真っ先に思い出すのは「岩波ホール」(2022年7月に閉館)で観た名作『花咲くころ』……

それから約10年、《1991年にようやくソ連からの独立を果たし、希望に満ちた“どんちゃん騒ぎ”に明け暮れた若者たちの27年後を描く。原題は「蝶の強制移住」、蝶は住む場所を移されると生きていけないが、生活の糧を失った芸術家たちはいかに戦後を生きたのか。ヨーロッパとアジアが交差するかつての幻惑都市、トビリシを舞台に、困難な中でも輝き続ける人生をユーモアたっぷりに描く》という紹介文に心そそられ“あの時の感動をもう一度”的に、逸る気持ちを抑えつつ劇場に足を運んだのだが、美しいラストカットに魅せられながらも、正直、少し肩透かしを食らった気分に(特別、悪い気分というわけではないが…)。

自分自身がジョージア及びその土地の歴史的背景を知らないせいかもしれないが、「(甘美で痛切な記憶を共有している)芸術仲間たちが暮らす半地下のコミュニティ」という設定 のユニークさに内容が伴っていない。というか、そこに集う人々の過去・現在及びそこで交わされる会話に全くリアリティが感じられず、彼らは何をしたいのか?それとも何もしたくないのか?も含めて“輝き続ける人生”はいったい何処に?と言った印象。

加えてユーモアのセンスも微妙で(笑える場所もあったが総じて“薄味”の悲喜劇といった体)、映画を観ながら見知らぬ異国の街で迷子になった気分に……で、そんな?(ハテナ)の連続なのに、“希望の灯を次世代に託す。継承する”というキレイな終わり方で良いのだろうか?という疑問も沸々。託すべき“希望の灯”を見失うほど世界は逆風に包まれているというのに。

※この日も「西武池袋沿線で仕事。からの新宿武蔵野館」。ランチは30年ぶり?の新宿「石の家」でレバニラ定食。

1月29日(水)

森永卓郎氏逝去の報あり。

《森永さんご冥福をお祈り致します。衰退していく今の日本を憂い最後まで命をかけた警告を発し続けた貴方は世界中の誰よりもロックでした。感謝》という歌手ダイヤモンドユカイ氏の追悼コメントをネットで見たが、私も同様の思い。財務省による政治・経済支配に反旗を翻しつつ消費税の闇を暴き、最後まで新自由主義に抗い続けた彼に、心からの敬意と哀悼の意を表したい。(にしても、日曜朝の「がっちりマンデー」に森永さんの姿がないとは……)

1月31日(金)

今年初の新年会。午後1時、新宿の居酒屋「丸安水産」に9人の仲間が集まった。

数年ぶりに会う友人もいたので、幹事(私)の仕切りで、まずは乾杯。続いて各々「近況報告」……「孫が出来た」という目出度い話から、「カミさん」と別居中という「えっ、そうなの?」と言葉に詰まる話。さらに「腎臓移植・肺がん手術・大腸がん手術」を経験した超サバイバーの話もあり、「お互いよくぞ生きてきたよなあ…」という雰囲気に。

飲み会は3時半に終了。2次会は6人でカラオケに……私も3曲ほど(さだまさし『道化師のソネット』、中島みゆき『慕情』、ちあきなおみ『紅い花』)歌ったが、思ったように声が出ず、少しがっかりな気分に。(といって今さら喉を鍛える気もないが)

2月3日(月)

台湾ハードボイルド『DV8 台北プライベートアイ2』(著者・紀蔚然/舩山むつみ訳、文藝春秋)読了。

副題通り、頗る面白かった「台北プライベートアイ」の続編(でも、舞台は台北ではなく「淡水」という街)。題名の「DV8」は主人公の私立探偵「呉誠(ウーチェン)」行きつけのBARの名前(「逸脱」と言う意味の英単語deviateが由来)。彼はその経営者「エマ」に会うのを目的に通い詰めている……というのが今回の基本的な物語設定。もちろん呉誠は「パニック障害」のリスクを抱えたままで、神経症の薬は手放せない。

で、「DV8は俺の錨になってしまった」と独りごちる呉誠のもとに何琳安(通称安安)という若い女性が依頼人としてやってくるのだが、そこからストーリーは急加速。些細なヒントや仕草から過去の殺人事件の真相に迫る「呉誠」と仲間たち、そして「エマ」との関係は?……と、「やはり探偵はBARにいてほしいよね」とニンマリしながら、俄然一気読みモードに突入した次第。まあ、内容はこれ以上言わないが(もうホントに堪らない、止まらない面白さ!)、その代わりに物語前半BAR「DV8」での音楽絡みの一節を…。

おれたちはみんな、昼間の光の下では化けの皮が剥がれてしまうんだ。

ノラ・ジョーンズが囁くように「I think it’s going to rain today」を歌っている。

割れた窓ガラス   空っぽの廊下

空には死んだように青白く 灰にまみれたような月

人のやさしさがあふれ出て行く 今日はきっと雨が降ると思う

書かれたその詞に惹かれて、ノラ・ジョーンズの「I think it’s going to rain today」を聴いてみた……「囁くように」と言う表現そのまま。BAR「DV8」で聴けば、もっと心に沁みただろうなあ。と思う(ちなみにニーナ・シモンのI think it’s going to rain todayもオススメ!)

 

2025/02/08

1月中・下旬&2月上旬メモ①


1月13日(月)

歌人・エッセイストであり、中高で国語科の非常勤講師として働く著者の学校教育をめぐるエッセイ集『がっこうはじごく』(著者・堀静香/百万年書房)読了。

フランスの哲学者ミシェル・フーコーの『監獄の誕生』にヒントを得たらしい刺激的なタイトルに惹かれて手に取ったのだが、内容は至って真摯で常識的(とても読みやすいが、“思考的ラジカルさ”を期待した分、少し拍子抜け)。要するに、フーコーが批判したように「一つの知の体系、定められた価値規範によりよく従うようになる」という意味で、今も「学校は地獄、教室は監獄」のままだが、その中で、自分自身の言葉を持ち、自由を獲得するために、どんな気づき方があるのだろう?…総じて「自由な学び」が生まれる教室とは?という問いかけの書といった感じ。心優しい著者なりの「知の解放」への一歩、教師として、また歌人としての飛躍へのチャレンジと捉えたい。(私自身は、特に中学時代に「自由な学び」を味わえた一人。そのお陰で70年以上“定められた価値規範に従う”ことなどなかったが、その代わり何かと憤ることの多い人生に……別に悔んじゃいませんが)

 

1月17日(金)

午前中は練馬方面で仕事。その足で池袋へ。池袋シネマロサで『敵』(監督:吉田大八、主演:長塚京三)を観てきた。(筒井康隆の同名小説を『桐島、部活やめるってよ』等の吉田大八監督が映画化)

主人公は、仏文学者で大学教授の職をリタイアし、祖父の代から続く日本家屋に一人暮らす渡辺儀助77歳(妻とは死別)……と書くと、寂しい独居老人の姿を思い浮かべるだろうが、“質実剛健”という言葉を久しぶりに思い出すほどの整った暮らしぶり。加えて料理は上手いし、蓄えもまあまあ豊富。“孤独”とも無縁そうで、時には友人と酒を酌み交わし、教え子を招いてディナーも振る舞う。正に“イケおじ”ならぬ“イケ爺”といった風情だったが、物語中盤、書斎のパソコン画面に突然「敵がやって来る」という不穏なメッセージが流れた辺りから、“整った”雰囲気は一変。普段はインテリらしいプライドの高さによって抑え込まれていた煩悩が、彼の妄想の中で顕在化、哀しくも可笑しい“夢と妄想の人”儀助さんの余生が描かれる……という「さすが筒井康隆!(&吉田大作)」的展開。その筋立ての面白さに拍手し(もちろん心の中で)、ほど良いユーモアに包まれながら、現世の煩いや執着から離れて「穏やかな死」を迎えることの難しさを、改めて思い知らされる108分だった。

(というわけで、新年早々、日本映画の好調さを強く印象付けられた一本。早くも日本アカデミー賞主演男優賞が噂される長塚京三はもとより、儀助の現実と妄想を行き来する3人の女性「瀧内公美、河合優香、黒沢あすか」も実に個性的かつ魅力的……河合優実も良いが、この映画でのイチ押しは瀧内公美)

 1月19日(日)

兵庫県議・竹内さん死去。デマを拡散させ、誹謗中傷を繰り返し、彼を自死に追いやった「立花孝志」を、兵庫県警はなぜ逮捕しないのか?!(立花の動画に拍手したり、その嘘を真に受けファクトチェックもせずにメディアで流す「東国原」及びその他大勢も同罪)

本当にイヤな日本になったなあ……とてもついていけない(ついていく気もないけど)。

夜は『べらぼう』からの『御上先生』(TBS21時~ 脚本・詩森ろば、主演・松坂桃李…初回から早くも傑作の予感!)


1月21日(火)

テレビに顔が映るだけで凄くイヤな気分になる「トランプ」の就任式。不吉な予感しかないが、4年間の間にアメリカは、世界は、そして日本はどうなっているのだろう?

(ちなみに、トランプは、私的に「世界から消えて欲しい5人」のトップ。残りの4人はプーチン、イーロンマスク、ネタニヤフ、ルカシェンコ……つい最近、飲み会の席でそれを友人たちに話していたら「習近平は?」と聞かれた。中国は「習近平」というより中国共産党の一党支配体制が問題なわけで……でも、まあ6番目ですかね~)