2016/02/13

《淡路島・明石》旅の記


先週の水・木・金は2泊3日の小旅行。丁度2年前の「台湾4人旅」のメンバーに女子2人を加えた総勢6名で「淡路島・明石」に行ってきた。
(3年前に友人Y君絡みの仕事で訪れた明石に、もう一度行ってみたい……という私の願望から生まれた企画だが、それをベースに同行の2人がひと味加えてくれて、今回の「神話&グルメの旅」に至った次第。宿・レンタカーの手配、行程などは仕切り上手な“敏腕”経営コンサルタントY君にお任せ)

1日目(2月3日):羽田→伊丹→三宮→淡路島
羽田発11時、伊丹着12時10分(ツレが貯めたマイルのお陰で飛行機代が浮いた)。空港リムジンバスで三宮へ。三ノ宮から14時45分発の高速バスに乗り(新神戸から乗車したY君夫妻と車内で合流)、明石海峡大橋を渡って淡路島・洲本バスセンターに着いたのは16時15分。次の便で来るO君夫妻を待つため待機した。(待合室の椅子で寝ている猫を発見。撫でると気持ちよさそうに少し顔をもたげたが、目は瞑ったまま。ウチのジャックに爪の垢を煎じて飲ませたいくらい、泰然自若、まったく動じる気配がない)

16時45分、O君到着。全員揃いレンタカーで「洲本城」(築城は1526年)へ(大手門まで車であがれた)。日も暮れかかっていたが、歴史を感じる高い石垣に目を奪われながら本丸天守台を目指し、5分ほどで到着……さすが水軍の城として築かれた城。城下のみならず、海上を一望できる天守台からの眺めが素晴らしい。だが、日本最古と言われる鉄筋コンクリート製の模擬天守がイマイチ。「石垣はいいんだけどね~…」と話しながら坂道を下りた。






再び車に乗り込み、1時間ほどで今日の宿、淡路島最古の旅館「やぶ萬」に到着(既に18時半)。大急ぎで風呂に入り、宿自慢の「淡路島3年とらふぐ」(お気軽コース)の“てっさ”が並ぶ食卓に就いた。まずは、ビールで乾杯。続いて、てっさ・てっちりを食べながら、地酒、ひれ酒、ひれ酒、ひれ酒……と、呑んで、駄弁って、ほぼ2時間。
で、一旦散会し、再び一部屋に集まって、Y君持参の日本酒を呑みながら2次会。かれこれ2時間近く、お互いの近況やスポーツ、芸能、時事問題など四方山話で楽しく旧交を温め、気さくで話し上手で時々ドジな法学者のO君が「ヤルタ会談」の舞台裏について話し終えたところでお開き。


2日目(2月4日):淡路島(うずしおクルーズ、道の駅うずしお、おのころ島神社、伊弉諾神宮)→明石
7時起床。9時に宿をたち、車で5分「福良港」へ。10時10分出港の「咸臨丸」に乗り込む(定員500名、けっこうな大型船)。寒い風に震える中、「咸臨丸」はカモメを従えながらゆっくり進み、約20分で大鳴門橋の下、太平洋と瀬戸内海の潮がぶつかる地点に到着。次々に渦が発生する中を大きな円を描くように走行し、迫力の大パノラマが展開……皆、寒さも厭わず船べりに集まり、語らいながら壮大な景色に見入った。
こうして、1時間ほどの楽しいクルーズが終了(下船後、6人で記念撮影)。道の駅「うずしお」に向かった。

道の駅での目的はお土産とランチ。淡路島の名産「玉ねぎ」を買い(棚に居並ぶ商品は、煎餅、スイーツ、スープ、ドレッシング、レトルトカレー、ラーメン等々、とにかく強烈な“玉ねぎ押し”)、昼食を済まし(全国ご当地バーガーグランプリ第1位の「オニオンビーフバーガー」を食す)、「おのころ島(自凝島)神社」へ。

神社のランドマークになっている巨大な鳥居(日本三大鳥居の一つとか)をくぐり、石段を上がって正殿に着くと右手に神社の説明と歌碑あり。ここに祀られているのは、イザナギ、イザナミの2尊。『古事記・日本書紀』の国生み神話によると、この2尊が、天の浮橋の上に立って天の瓊矛(アマノヌホコ)で青海原をかきまわし、その矛先からしたたり落ちた潮が凝り固ってできたのがこの自凝島。イザナギ、イザナミは島に降りて、淡路島をはじめ日本の国土を生んだとされている……が、神社自体は日本神話誕生の地とは思えないほど地味でひっそりとした佇まい。バカでかい鳥居だけが異様に目立っていた。

で、続いて行った淡路島の象徴的なパワースポット「伊弉諾(イザナギ)神宮」(古事記・日本書記の神代巻に創祀の記載がある最古の神社)……背筋がピンと伸びるような厳かな風に包まれるのでは?と思いきや、表門のすぐ横に自民党の参議院議員「山谷えり子」の立て看板。入って正面の拝殿の横には「1000万賛同署名 憲法改正の実現を」と書かれた“のぼり”がはためいていて、一気に興醒め。
極右政治団体「神道政治連盟」を要し、天皇が親政も行う「祭政一致」を主たる目的に「憲法改正」(大日本帝国憲法の復活)を目指す悪名高い(?)神社本庁の別表神社ということで、ちょっとイヤな予感はしていたが、ここまで露骨に政治臭を漂わせているとは思わなかった。
当然、参拝する気もなくなり、境内にどっしりと生える樹齢900年のクスノキ(夫婦大楠)を眺めただけで拝観終了。(神社本庁とは別の理由で「改憲論者」のO君は「なにを改正したいのかが問題だよね」とつぶやき、Y君は「憲法改正をうたう神社で参拝なんかできるかよ」と言いながら、三者三様の気分で神社をあとにした)






その後、車は洲本バスセンターへ(ここでレンタカーを返却)。15時40分発の高速バスに乗り込み、明石へ。(「高速舞子」で下車し、JRに乗換え2駅で明石)

着いたのは午後5時過ぎ。その日の宿「グリーンヒルホテル明石」に一端入り、午後6時ロビーに集合。明石をよく知るY君の話に耳を傾けながら(ほとんど自分が行った飲み屋の話)ゆっくり町を眺め歩き、今宵の店『いそざかな 一とく』の暖簾をくぐった。

店に入るや否や、Y君が小上がり席に座っている方に「先生」と声をかけられ笑顔で軽く挨拶。明石に本社がある自動車部品メーカーの社長さんだった。
2階に用意された席に付くと、すぐに、その社長から赤・白2本のワインが差し入れられ、再びY君が階段途中まで下りお礼のあいさつ。(以前、インタビュー取材でお世話になった私もY君に促され「その節は…」と挨拶。厨房から顔を覗かせた板長さんにも「あの時の味が忘れられなくて」と一言)
その後は、板長の「おまかせ」にオーッと小さく歓声を上げつつ、飲んで飲んで 飲まれて飲んで……3年前に食べ損ねた「鯛めし」も味わい大満足の夜だった。(O君が「風邪をひきそうかも?」ということで2次会なし。ホテルに帰って即寝)

3日目(2月5日):明石→神戸
5時半頃目が覚め、7時半、朝食。9時過ぎ、ホテルに荷物を預け、明石城跡のある明石公園を30分ほど散策(とにかく広いが、模擬天守が無ければ普通の市民公園といった感じ)……その足で山陽電車に乗り一駅目の「人丸」で下車。徒歩2、3分で「明石天文科学館」に着いた。(玄関前の路上に子午線標識あり)
まず、エレベータで14階の展望室に上がり、明石海峡大橋・淡路島の島影などを眺めて4階「日時計広場」へ。自分の影で時刻が分かる「人間日時計」を試し、カメラに収めた。
3階は旧い時計や「子午儀」「三球儀」などが展示されているギャラリー&資料室。2階はプラネタリウム(時間の関係で入らず)、1階ロビーの水槽の中では、向井千秋さんと一緒に宇宙旅行をした「宇宙メダカ」の子孫たちが泳いでいた。11時半過ぎに見学を終え、外に出て天文科学館をバックに記念撮影。(近くの駐車場の方にシャッターを頼んだ)






その後、再び電車で明石に戻り“明石の台所”「魚の棚商店街」をそぞろ歩いて15、6分……商店街の出口付近の店で、O君が買った明石焼きを6人で軽くつまんでからホテルに。預けていた荷物を受け取り、すぐにJRで「三宮」に向かった。
三宮での目的はただひとつ「神戸ビーフランチ」。(店はY君が予約してくれた「鉄板ダイニング法貴」)
神戸牛も美味かったが、気心知れた仲間との楽しい旅の終わりに飲むビールの味も、また格別……
店を出た後、Y君夫妻はそのまま旅行継続(神戸に泊まり、翌日は2人で姫路城)のため、「じゃあ、また」と片手を振りながらお別れ。O君夫妻と私たちはJRで新神戸へ。

夜まで神戸散策のO君たちとも「また、一緒に行こうね」「うん、次は外国かなあ」と言葉を交わしながら駅で別れ、16時少し前の「のぞみ」に乗り帰路に就いた。


2016/02/02

海と水の記憶(『真珠のボタン』を観て)



先週の水曜(27日)、ドキュメンタリー映画『真珠のボタン』(監督:パトリシア・グルマン/製作国:フランス、チリ、スペイン)を観に、渋谷「アップリンク」へ。

年に3、4回は行く「アップリンク」だが1階の“FACTORY”で観るのは初めて。アップリンクXほど小さくもないし(座席数58席)、列ごとに割と高い段差がついていてスクリーンが見やすく、椅子の座り心地もまあまあ良い。(ホームシアターに毛が生えた程度の映画小屋といった感じの「X」も嫌いじゃないが、中高年的に腰が辛い)
観客は30人程度(平日昼間のアップリンクにしては、かなり多い)。水曜のせいか女性客の姿が目立ち、男は私を含めて5、6人。上映開始は13時20分、予告編の後、本編が始まった……

冒頭、ボタンが入った氷の塊がスクリーンに映し出される。(数分間じっくりと)

そのあと、静かな波の音とゆらぎ音のような深みのある優しい声が流れ(ナレーションも監督パトリシア・グスマン)、まるでプラネタリウムを観ているような感覚に捉われながら、全長4300キロという長い国土が太平洋に臨んでいるチリの歴史へ誘われる。

氷山、宇宙、ビッグバン……チリの海と水の起原を示唆する壮大なイメージ映像に、ふと眠気を覚えつつ「これは、本当にドキュメンタリー映画なのか? 単なる宗教チックなヒーリング映像ではないのか?」という疑念に襲われるが、頭に響くグスマンの声が静かにそれを振り払い、驚くべき壮絶な歴史が語られていく。

無数の島や岩礁、フィヨルドが存在する世界最大の群島と海洋線が広がるチリ南部の西パタゴニア。そこには、かつて水と星を生命の象徴として崇めた先住民・インディヘナ(「インディオ」は、その蔑称)が住んでいた。
「水の言葉」を持つ海洋民の彼らは、星と交信し、海を家族として穏やかに生きていたが、その海の彼方からやってきた植民者の迫害(大量虐殺など)によって、絶滅の危機に瀕する。(18世紀に8000人が暮らしていたこの地の住人は20人に激減しているそうだ)

そして19世紀前半、パタゴニアに探検でやってきたイギリスの船が4人の先住民を《「野蛮人」を「文明化」する》という目的のため拉致。イギリスに連れて行くための「代金」として、その中の一人の家族に、「真珠のボタン」を渡したという。その男は「ジェミー・ボタン」と名付けられた。それがタイトル「真珠のボタン」の意味……何というおぞましい話だろう。

だが、その悲惨さに戦慄するのはまだ早かった。

続いて語られたのは、チリの「9.11」……1973年9月11日、当時の陸軍総司令官アウグスト・ピノチェトによる軍事クーデターによって、アジェンデの民主政権が倒された。その後、米国CIAが加担したピノチェト独裁政権下で、アジェンデ政権時の大臣や支持者ら1400人が拷問や虐待を受けたのち殺害され(あるいは生きたまま)海に捨てられたという。(証言者によると、死体を重石代わりの鉄道レールに縛りつけて、ヘリコプターや船で海に捨てたそうだ)
実際、海からは腐食したレールが見つかり、そこに殺された人のものだと思われる「真珠のボタン」が張り付いていた。カメラはそれをしっかりとらえ、チリの美しい自然の中で流されてきた多くの血を観る者に思い起こさせながら、その二つの歴史的蛮行を繋ぎ紐解き、誰しも殺戮の被害者、あるいは加害者になりうることを示唆する。

海が語る記憶……それは、独断的な思考によって愚行を繰り返す人類への警告であり、その愚かさを忘れず、己のものとして乗り越えようとする人たちへの期待を紡ぐもの。

映画の中で引用されている「考えるという行為は、すべてのものに適応するという水の能力に似ている。人間の思考の原理は水と同じだ。あらかじめ、あらゆるものに適応できるようできているのだ」というテオドール・シュベンク(ドイツの流体力学者)の言葉どおり、いつの時代にあっても、どんな軋轢の中で生きていようとも、思考の柔軟性を持ち続けよ。と映像を通して語っているように思えた。

力作にして、初めて観る詩的かつ哲学的ドキュメンタリー映画。今後、大好きなチリワインを呑むたびにこの映画を思い出すに違いない。南米を代表するドキュメンタリー作家「パトリシア・グスマン」の優しい声の語りとともに。

2016/01/31

寝ないで良かった!「日韓戦」



時計の針は午前1時近く……後半開始早々に痛すぎる2失点目を喫したところで、「これはキビしいなあ」とガックリ意気消沈。流れは最悪、完全に韓国の勝ちパターンになり、さらに止めを刺そうと攻勢を強める宿敵の3点目は時間の問題のように思われ、正直、4対0ぐらいの大敗も覚悟していた。

となると、いくらサッカー好きの私でも敗色濃厚の日韓戦より自分の体力温存が優先するもの。「もう、テレビを消して床に就くか…」という意気地のない考えがチラッと頭をよぎった。
だが、サッカーでは勝利を意識することで油断が生まれがちな2対0が「最も危険なスコア」とされている。しかもイランを延長戦の末に怒涛の3ゴールで退け、強豪イラクを試合終了間際の劇的なゴールで破ってきた今回のU23日本代表は粘り強く、勝負強い。
加えて、冴えわたる手倉森采配があれば、この2点ビハインドの厳しい状況も、何とか突破してくれるのではないか? 数分先に予期せぬドラマチックな展開が待っているのではないか?……と思い直し、その漠たる期待で眠気を振り払い、最後まで若きサムライブルーに声援を送り続けることにした。

すると20分後、期待は現実に……後半22分、MF矢島から見事なスルーパスが途中出場のFW浅野に通り、突進してきたキーパーをループで破る鮮やかなシュートで、まず1点。その僅か2分後、ドリブルで仕掛けた左SB山中のクロスに矢島が頭で合わせ、あっと言う間の同点ゴール。
こうなると2点リードで勝利を確信していた韓国の動揺が激しく、追いついた側の日本が圧倒的に有利になるもの。後半36分、MF中島翔哉のパスを受けたFW浅野が相手をブロックしながらキーパーと1対1になり、冷静に決めて勝ち越し。
今朝のサンデーモーニングで「韓国に2点先取されて、逆転したことなど記憶にない」と中西哲生がコメントしていたように、奇跡的な大逆転勝利でアジアチャンピオンに輝いた。(韓国は組織力・個人技ともに優れた良いチームで、実力的にも日本を上回っているように思えたが、何度も決定機を外し、止めを刺せなかったのが結果的に響いた感じ)

というわけで、ようやく、2014年のブラジルW杯から続く日本サッカーの悪い流れを断ち切ることができたような気がした決勝の日韓戦。試合後の表彰式まで見たのでかなり寝不足状態だが、もちろん気分は悪くない。
また、この数週間、SB室屋、GK櫛引、DF植田、MF中島、矢島などポテンシャルの高い選手のプレーに注目しながら、試合を重ねるごとに着実に成長し前進するチームを見るのは、とても気持ちのいいものだった。(昨夜、0対2になった時点で寝てしまった人は、今朝、大いに後悔したのではないでしょうか?)

ちなみに、大会のMVPはMF中島翔哉が獲得したが、個人的にMVPを与えたいのは、常にハードワークを惜しまず、攻守のスプリントを繰り返してチームの要となっていたキャプテン・MF遠藤航(かなりミスもあったが)と、明確なプランに基づく大胆な采配で勝利の糸を手繰り寄せてきた手倉森監督。8月のリオでも「試合を一変させる手腕」に期待したい。(日韓戦のMVPは1本のスルーパスで流れを変えたMF矢島に。同点弾も素晴らしかった。)

2016/01/26

めぼしい話題もないですが…



先週の15日(金)から24日(日)まで、ほぼ飛び石でバイトあり。その間、久しぶりにポスター制作の仕事も入り(採用確率12分の1のコンペ)、キャッチコピーをバンバン書いていた。

というわけで、あまり大した話題もないが、とりあえず10日間の出来事をサクッと。

まず17日……駐輪場を利用する高齢者の方(女性)から「いつも良くしていただいて……」と、あったかいお茶の差し入れあり(わざわざ扱いに慣れていない自販機で購入されたご様子)。
自分がどう“良くした”のか、まったく覚えていないが折角のご厚意、「ありがとうございます」と素直に受け取った。(お菓子やお茶などは軽い気持ちで受け取れるのだが、たまに「お礼」といってお金を渡そうとする人がいるので困る。つい最近も、駐輪場のそばにある「証明写真ボックス」の前で60代後半?の女性に「機械音痴で撮り方が分からないので、中に入って教えてほしい」と頼まれ操作を手伝ったのだが、無事撮り終えた後「ありがとう助かったわぁ~。少なくて申し訳ないけど受け取って!」と無理矢理1000円札を握らされそうになった。もちろん「イヤイヤ、それは困ります」と固辞したが)

18日。SMAP、解散騒動について謝罪……中居くんの謝る姿などを見ると、なんで?ダレに?と少し気の毒に思うが、5人揃ってこそのSMAP。ジャニーズ事務所を離れれば長年愛されてきたグループ名も失うかもしれないし、活動領域も狭まっていたはず。不本意かもしれないが、頭を下げて解散を回避したのは賢明な決断だったと思う。(業界の仁義・恩義?を重んじ自分なりの筋を通したキムタクと、SMAP存続を願うファンのために自分の意思を曲げて頭を下げた中居くん……どちらの態度も間違っているとは思わないが、今後も注目して応援したいのは後者)
「プライドを押し殺して頭を下げた。かっこいいなと思った」という太田光のコメントと、「大人の事情により元サヤに収まってもカンタンに気持ちの整理はつかないだろうが~。格好わるくても勝ちに行ってほしい」という泉谷しげる的エールがイイ感じ。

続いて、19日。駐輪場周辺の舗道の雪掻きが終わった頃、またもお茶と缶コーヒーの差し入れあり(しかも思いがけぬ人から)。同僚のNさんによると、その人は駐輪場近くのスナックのママさんらしいが、顔見知りになったのは不正駐輪を注意したのがきっかけ。
「いつも、ここに止めてませんか?ちゃんと空いている場所を探して入れてくださいね」と声をかけたら、「いつもじゃ、ねえよ!」と捨て台詞を吐いて去った人だ。(もちろん“いつも”なのだが)
以来、見かけるといつも暗い顔で不機嫌そうに自転車を止めていたのが気になり、年明けチラッと目があった際「今年もよろしく!」と努めて明るく声をかけてみた。すると、一瞬ビクッと驚いたように私の顔を見るや、すぐに相好を崩し「今年はあまりイジメないでくださいよ~」と微妙に嬉しそうな笑顔で返され、それから度々会釈を交わすようになって、この日の差し入れというわけ。(う~ん、何となくくすぐったい感じ)
夜は、リオ五輪アジア最終予選1次リーグ「日本VSサウジアラビア」……大島、井手口のゴールで2:1勝利。特に目立ったのはガンバ大阪の19歳「井手口陽介」、パスセンスが高くハードワークが出来る守備的MF。メンタルも強そうで将来がとても楽しみ。

22日。寒い一日、駐輪場も冷え冷え。利用者が少なく暇だったので、検査入院から復帰した同僚のOさんと暫し雑談。前立腺がんの検査は「かつて味わったことのない痛さ」とのこと。腫瘍マーカーの数値が年々上がっている私も思わず震えた。
夜は、アジア最終予選・準々決勝「日本VSイラン」……延長の見事な3ゴールで勝利したが、90分間では完全に押されていた試合。その厳しい展開の中でも我慢に我慢を重ねて、後半タイムアップ寸前に浅野、豊川を投入して延長での勝利を手繰り寄せた手倉森監督の勝負運&胆力の凄さに感心するのみ。

24日。体感的にこの冬一番の寒さ、駐輪場で自然に垂れてくる鼻水を拭いながら震えていた。で、仕事的には特に何事もない平穏な一日……帰宅後、すぐにテレビをつけ、琴奨菊と豪栄道の一番を見る。見事「琴奨菊」が勝ち“日本出身力士”10年ぶりの優勝となり(琴欧州や旭天鵬のように帰化している力士がいるので“日本出身”という妙な言い方になる)、観客もテレビのアナも大興奮。当然、私も「よしっ!」と拍手を送ったが、それは明らかに安定味を増し強くなった「琴奨菊」の努力に対してのもの。それより次の一番での「白鵬」の元気のなさが気になった。(相撲もこれだけ外国人力士が増えて国際的になっているのに、殊更「日本出身力士の優勝」を騒ぎ立てるのもおかしい気がする)
夜遅く、デザイナーのUEちゃんからメールあり。ポスターのデザイン3案が送られてきた……「ありがとう。すごくイイじゃないですか!」と返信し、午前0時就寝。

以上、駄文失礼。今夜はリオ五輪アジア最終予選・準決勝「日本VSイラク」、明日は渋谷「アップリンクX」で今年初の劇場鑑賞。ドキュメンタリー映画『真珠のボタン』を観るつもり。

寒さ厳しき折、皆様ご自愛のほど。

2016/01/14

年明けの10日間。



新年初日は、近場の東伏見稲荷神社に初詣。長蛇の列で参拝するまで1時間近くかかったが、天気も良く、朝からの酒の酔いを醒ますにはほどよい待ち時間……今年も「無病息災」だけを祈願し、すぐにおみくじの列に並んだ。
で、引いたのは、超久しぶりの「大吉」。ここ数年、ロクな事しか書かれていないおみくじのせいで、新年早々モヤっとした気分だったが今年は一転。その景気の良い文言通り「良い年にしたいなあ~」と気持ちを新たに、帰りのバスに乗り込んだ。

2日は例年通り、いつものメンバー4人で新年会。いつもながらの話(政治・社会、映画、本、音楽、スポーツ、仕事など)が弾み、いつながらのカラオケ2次会……私は「逢わずに愛して」(内山田洋とクールファイブ)を皮切りに、ブルーハーツ(「終わらない歌」「人にやさしく」「夕暮れ」)、陽水、そして再びクールファイブ「花の時・愛の時」を熱唱(?)。すこぶる楽しい3が日の夜だった。(胸にグッときたのは、ueちゃんが歌った「愛だけを残せ」。さすが、中島みゆき!凄い歌を作るもんだ)

3日は初バイト。なまった体に気合いを入れて行ったが、いつも賑わっている駐輪場が嘘のような静けさ。当然、仕事も暇で特にやることもなく、ただ歩き回っているだけの5時間だった。夜は近くの焼肉屋で家族3人ささやかな新年会。

5日は家で、去年見逃したチャン・イーモウ監督の『妻への家路』をDVD鑑賞。文化大革命によって引き裂かれた家族の情愛と哀しみを描いた物語(娯楽よりの作品が増えている今の中国では、文革の時代を知らない若者も多くいて、こういう題材の映画を作るのはかなり難しいらしい)……ということで、北京五輪開会式・閉会式の総監督を務めるなど、ちょっと言い方は悪いが、権力にすり寄ることで確固とした地位を築き上げた文革経験監督チャン・イーモウの原点回帰とも言われている作品。
文革の記憶の風化が進む中、「一度失われてしまったものは、そう易々とは戻らない」という監督自身の深い思いが、大女優コン・リーの圧倒的な演技力を介して、切々と哀しく画面に投影されているように思えた。

で、7、8とバイトが続き、9日。
「年賀状来ないなあ、どうしたんだろう?」……と気になっていた旧友T君から、「あけましておめでとう」の手紙と句誌が入っている封筒が届いた。(句誌は彼が所属している俳句結社のもの)

秋蝶のなほ飛ばんとする死のかたち

赤んぼうの尻に口づけ春きざす

肯定と否定と酒の銀河かな

寒月や真白き糸のやうに生き

久しぶりに読ませてもらった句もいいが、「社会運動をやろうとは思っていないが、思考だけは、鋭く持続していきたいと思っています」という手紙の結びも彼らしさを感じる嬉しいもの。変わらぬ友の思いに触れ、妙に酒が進む夜だった。

10日は、日本橋公会堂で開催された「TRIBUTE TO ELVIS 2016」へ。(エルヴィス・プレスリー没後、彼の誕生日(1月8日)に合わせて、毎年行われてきた生誕祭。私とツレは2年ぶりに参加)
開演は13時30分。司会・ビリー諸川の軽妙なトークに誘われ、エルヴィスのTV出演映像などが収められた「グレイトパフォーマンスPART1」の上映がスタート……亡くなる6週間前(1977年6月21日)、最後のTV出演となった「Elvis In Concert」で、ピアノを弾きながら歌った「アンチェインド・メロディ」が胸に沁みた。


上映終了後は、生誕祭の目玉「今年、“傘の祝い”なのよ」と明るくおっしゃる音楽評論家・湯川れい子さんの「新春対談」。ゲストは、なんと前川清!……エルヴィスにまつわる二人の思い出話もさることながら、「ねえ、ベッキーが不倫で泊まったホテルって、長崎のあそこじゃない?ほら、きれいな夜景が見渡せるところ」「あ~あ、〇〇〇ホテルですか。私も泊まったことありますよ」とか、「ところで、アンちゃん(アン・ルイス)とは、ホントに付き合っていたの?」「ええ、付き合ってましたよ」「で、なんで別れたの?」といった“ぶっちゃけトーク”炸裂の面白対談に会場は沸きに沸き、笑いと拍手に包まれた。
こういう話を交えて観客を楽しませながら、ちゃんと相手の素の魅力を引き出していくのが、湯川さんの凄さ(黒柳徹子と並んで国宝級の80歳だと思う)。対談の〆としてエルヴィスの2曲「好きにならずにはいられない」「この胸のときめきを」を歌ってくれた前川清もダンディで好感のもてる楽しい人だった。
対談後は20分の休憩を挟んで、国内外のエルヴィス・コンテストで数々の受賞歴を持つ“和製エルヴィス・プレスリー”こと「桐生大輔」のメンフィス凱旋ライブ(約1時間、激しいアクションで会場を沸かしてくれたが、肝心の声に深みも厚みもなく、私的には興奮度ゼロ)、「グレイトパフォーマンスPART2」(やはり胸にくる「アメリカの祈り」!)と続き、18時30分終演。短く感じる大満足の5時間だった。(チケットは6000円……やや高い気はするが、主催者と湯川さんへのお布施のつもりで、ぜひ、来年も!)

以上。若干遅めの「ブログ始め」となりましたが、今年も、どうぞよろしく。