2026/02/24

ルシンダ・ウィリアムズの“世界の行く末を憂う”新作。


昨日、友人のY君から「これ、良いよ」と送られてきた「ルシンダ・ウィリアムズ」の新作…早速、聴いてみたら本当に良かった!!

Lu's Worldwide Listening Party

以下、タイトル曲「The World’s Gone Wrong」及びラストナンバー「We’ve Come Too Far To Turn Around」の訳詞。


The World’s Gone Wrong

彼らは毎朝起きて仕事に出かける

彼は車を売り、彼女は看護師

長時間働くことはまるで悪魔の呪い

暮らしは苦しくなっているけれど、まだ最悪ではない

彼女はニュースを無視しようとする

何もかもが理解できず、混乱してしまう

何が嘘で、何が本当なのか

このまま乗り越えられないのではと不安になる

 

さあ、ベイビー、強くいなきゃ

暗い日々がどんどん長くなっている

歌に慰めを求めながら

誰もが知っている、この世界はおかしくなってしまったと

誰もが知っている、この世界はおかしくなってしまったと

 

彼らには状況が悪化しているのがわかる

町じゅうに空き家が増えている

多くの行方不明者は見つからないまま

悪い兆しがあちこちにあふれている

多くの人が路上に追い出され

生活を維持するのはますます困難になっている

彼は毎晩、疲れ切って帰宅し

この苦しみにいつまで耐えられるのかと思い悩む

 

彼女は窓の外を見つめて首を振る

読んだことが信じられない

耳にすることが信じられない

ある日はベッドから起き上がれないこともある

これが永遠に続かないことを願いながら

きっと良くなると信じたい

気持ちを保つのがだんだん難しくなっている

今こそ、これまで以上にお互いが必要なのだ

 

彼女は彼をぎゅっと抱きしめ、やさしく微笑む

悲しい気持ちはひとまず置いて、マイルスをかけましょう

そして裸足でタイルの上を踊ろう

少しのあいだだけでも悩みを忘れるために

 

誰もが知っている、この世界はおかしくなってしまったと

 

We've Come Too Far To Turn Around

私たちはこの試練に疲れ果てている

幾多の苦難に、もううんざりしている

けれど、ここまで来たのだ 今さら引き返せない

 

東から西へ

北から南へ

私たちはあまりに遠くまで来た 引き返すことはできない

 

そして私たちはここにいる

この巨大な病を目撃するために

ここまで来たのだ もう後戻りはできない

 

私たちは悪の目をまっすぐ見つめてきた

悪魔とゆっくり踊ったこともある

その食卓に座り

宴を共にしたこともある

 

その嘘という液体を飲み込み

憎みながらも耐え忍び

その変装に惑わされ

その信念にだまされてきた

 

私たちはその怒りの犠牲者となり

道から外れたこともあった

それでも、ここまで来たのだ 引き返せない

 

私たちは下ろすだろう

憎しみと分断という重荷を

ここまで来たのだ もう後戻りはできない

 

400年以上にわたり

私たちは涙の道を歩んできた

そしてここまで来たのだ 引き返すことはできない

 

私たちは悪の目をまっすぐ見つめてきた

悪魔とゆっくり踊ったこともある

その食卓に座り

宴を共にしたこともある

 

その嘘という液体を飲み込み

憎みながらも耐え忍び

その変装に惑わされ

その信念にだまされてきた

 

私たちはこの試練に疲れ果てている

幾多の苦難に、もううんざりしている

それでも、ここまで来たのだ 引き返すことはできない

 

※歌を聴いた後、ネットでこんな記事を見つけた。

1992年、彼女は『Sweet Old World』(直訳「懐かしの愛しき世界」)というアルバムを出しました。それから34年後、ウィリアムズはニュー・アルバム『World's Gone Wrong』(直訳「世界はおかしくなってしまった」)でぐっと陰鬱な評価を打ち出しています。

今回のリリースに際し、発表されたニュースリリースには、アルバムの主眼がこう綴られています。「止むに止まれぬ思いで書き上げレコーディングされた、粗削りで潔いナンバー揃い。9曲のオリジナル楽曲を通して、ウィリアムズは私たちの生きているこの時代を詳述するのみならず、私たちにその試練を乗り越えてみろと焚き付けているのです」

彼女は『Morning Edition』のスティーヴ・インスキープにこう語ります。「レコード契約を取り付けるまでが大変だったのよ、何しろみんなに私の曲は暗過ぎるって言われ続けてね。でもね、暗さって、それこそが物事を面白くするんじゃないの」

今回の『World's Gone Wrong』には様々なプロテスト・ソングが収められていますが、これはウィリアムズがかねてずっと書きたかったものでした──1960年代のボブ・ディランの作品に対して抱いていた憧れに立ち戻ったのです。ただ、ミュージシャンとして活動を始めて以来、彼女はずっとプロテスト・ソングを書くことの難しさを味わってきました──けれどそれも、ドナルド・トランプがホワイトハウスにやって来るまでのことでした。

「毎日毎日、大統領が何か言ったとか、決断を下したとか、とにかくクレイジーなことに事欠かなくなっちゃったから──必然的にこういう曲が生まれて来たのよ」

アルバムの中にはボブ・マーリーの名曲「So Much Trouble in the World」のカヴァーも収められており、レコーディングにはメイヴィス・ステイプルズも参加しています。ウィリアムズはこの曲について、「“So Much Trouble In The World” は初めて聴いた時から衝撃を受けた曲で、ここ数年ずっとやりたいと思って色々試していたの。で、今回のニュー・アルバムが時事問題を扱うものになるだろうって徐々に形が決まって行き始めた時に、これは絶対レコーディングしなきゃと全員一致で決まったのよ。あの曲はこのアルバムのセンターピースだから、私と一緒に歌ってもらうのに、メイヴィス・ステイプルズ以上の適任はいなかったわ。彼女と2人で一緒に何かやりたいとずっと思っていたんだけど、ようやく叶って本当に嬉しいのよ、それもこんな素晴らしい曲でね」とコメントしています。

なお、2020年に起こした脳卒中の治療をまだ継続中のウィリアムズですが、今はこれらの新曲をひっさげてロードに出る気満々です。

「今も歩く時は結構大変なの。ステージに上がる時も降りる時も、歩く時にはうちのツアー・マネジャーのトラヴィスが腕を支えてくれるのよ。時にはバランスを支えるためにマイクスタンドにしがみつかなきゃならないこともある。でもちゃんと歌えるから。今はギターは弾いてないけど、それはこれからね」》(MUSIC LIFE CLUBNEWS「ルシンダ・ウィリアムズ、新作で世界の行く末を憂う」より)

 

2026/02/11

1月の(結構なが~い)メモ②


116(金)

久しぶりに「ポレポレ東中野」へ。

イスラエル首相ベンヤミン・ネタニヤフの汚職疑惑の実態に迫ったドキュメンタリー『ネタニヤフ調書』(監督:アレクシス・ブルーム/2024年製作、イスラエル・アメリカ合作)を観てきた。(ドキュメンタリーといっても“主演”は、あのネタニヤフ。年明け早々見るような映画じゃないよなあ…と、若干ためらったが、上映時間・上映場所が丁度良く「いま見過ごしたら、二度と見られないかも?」と、鑑賞を決めた)

で、《ネタニヤフ自らが公開中止を求めて訴訟を起こそうとして、イスラエル国内では上映禁止になった》この作品の注目点は3つ。

①ネタニヤフの鉄面皮ぶりは予想通りだったが、その妻と息子がネタニヤフに輪をかけて傲岸不遜。(どうやらネタニヤフは恐妻家。汚職の原因も我儘放題で贅の限りを尽くす大統領夫人サラ・ネタニヤフに逆らえない故か? また、人格破綻という形容がぴったりの息子ヤニールもかなりの危険人物。現在、公的な役職にはついていないもののネタニヤフのソーシャルメディア戦略における、中心的助言者にして黒幕だと考えられているようだ)

②「友は近くに、敵はもっと近くに」という映画『ゴッドファーザー』の台詞をネタニヤフが引用する場面があったが、イスラエルの敵であるはずの「ハマス」に資金援助を行っていたという衝撃的事実あり。(西岸地区を支配する穏健派ファタハの力を削ぎ、ハマスを“パレスチナの代表”に押し上げるための策略だったとのこと。ネタニヤフにとってハマスは、武力攻撃の口実を付けやすいコントロール可能な“敵”だったようだ)

③(自らの裁判を引き延ばすためなら戦争の長期化すら厭わない)ネタニヤフが政権維持のために手を結んだ極右政党のリーダー格2人(現政権の中枢にいる)が頗るヤバいレイシスト(というか、サイコパス)。この3者揃って“司法改革”の名の下に最高裁判所の“弱体化”を図っていたというから、恐ろしいなんてもんじゃない。(まさに、右傾化に拍車がかかる今の日本が“他山の石”とすべきものだが、司法の弱体化は安倍政権時から進行中で既に手遅れかも?)

以上。現在のイスラエル&ネタニヤフ一族を知る上で、非常に見ごたえのある一本だった。(まあ、観ていて気持ちのいい映画でもないし、時間があれば…というくらいで特にオススメはしません)

121(水)

ぜひ映画化してほしい圧巻の歴史ミステリー(文庫本にして770頁余りの長編。ナチの戦争犯罪人=女性暗殺者「ハントレス」を追う男女3人のナチハンターの物語)『亡国のハントレス』(著者ケイト・クイン、訳・加藤洋子/ハーパーコリンズ・ジャパン刊)読了。疲れた、痺れた、超面白かった。


123(金)

午後3時、大江戸線・練馬春日町駅近くの病院「豊島園 大腸肛門科」にて大腸内視鏡検査あり。(5ミリ程度の小さなポリープが見つかり即、切除。1週間の安静及び食事制限を申し受ける)※後日、組織検査の結果は「良性」と知らされたが、「ポリープを切除したので、1年後、また検査しましょう」とのこと。やれやれ…

125(日)

NHKドキュメンタリー「戦慄の占領地」を見る(報道は全くダメだが、ドキュメンタリーとドラマは文句なしのNHK)。戦時下とはいえ、人間はここまで酷いことを平然とやれる生き物なんだなあ…と、底知れぬ虚しさと怒りが交差する衝撃的なドキュメンタリーだった。

129(月)

ブルース・スプリングスティーンが急遽、新曲をリリース! 只々、沁みた!!

B・スプリングスティーン:「この曲は土曜日に書き、昨日レコーディングし、今日皆さんに公開しました。ミネアポリスを襲っている国家テロへの対応として。ミネアポリスの人々、私たちの罪のない移民の隣人、そしてアレックス・プレッティとレニー・グッドに捧げます」

https://www.bing.com/ck/a?!&&p=898efaaf9d2764101a5698c3efb65b293e3a1f2a940ef7408a34312352ab8da5JmltdHM9MTc2OTU1ODQwMA&ptn=3&ver=2&hsh=4&fclid=25723f26-8df9-66dc-363a-2af98c85674d&psq=Bruce+Springsteen+Releases+ICE+Protest+Song+%e2%80%98Streets+of+Minneapolis%2c%e2%80%99+Slamming+%e2%80%98King+Trump%e2%80%99s+Private+Army%e2%80%99+and+%e2%80%98State+Terror%e2%80%99&u=a1aHR0cHM6Ly92YXJpZXR5LmNvbS8yMDI2L211c2ljL25ld3MvYnJ1Y2Utc3ByaW5nc3RlZW4tc3RyZWV0cy1vZi1taW5uZWFwb2xpcy1pY2UtcHJvdGVzdC1zb25nLTEyMzY2NDM1Mzgv

※アレックス・ブレッティとレニー・グッドは、共にトランプ肝いりのICE(国境警備隊のエージェント)によって射殺された市民。

※後日、友人が訳詞を送ってくれた。

冬の氷と寒さを越えて

ニコレット・アベニューを下り

炎に包まれた街は 火と氷の中で抗っていた

占領者のブーツの下で

DHSに属する「王トランプ」の私兵

コートの腰に銃を下げ

「法を執行するためだ」と言いながら

ミネアポリスにやって来た――それが彼らの言い分だ

煙とゴム弾に抗い

夜明けの最初の光の中で

市民たちは正義のために立ち上がり

その声は夜を貫いて響いた

だが 慈悲があるべき場所には

血に染まった足跡が残り

雪に覆われた通りに、二人の遺体が置き去りにされた

アレックス・プレッティと レネー・グッド


ああ ミネアポリスよ 霧のような血の中から

あなたの声が聞こえる

この土地と私たちの中にいる“よそ者”のために

私たちは立ち上がる

ここは私たちの家 彼らが殺し 歩き回った

2026年の冬

私たちは忘れない、通りで命を落とした者たちの名を

ミネアポリスの街路で


トランプの連邦の暴力装置は

彼の顔と胸を打ち据え

やがて銃声が響き

アレックス・プレッティは、雪の中で息絶えた

彼らは「正当防衛だ」と言う

だが どうか 自分の目を疑うな

それは私たちの血であり 骨であり

笛の音と スマホの記録

ミラーとノームの汚れた嘘に対抗する唯一のもの


ああ ミネアポリスよ。血に煙る霧の中で

あなたの泣き声が聞こえる

私たちは忘れない、通りで命を落とした者たちの名を

ミネアポリスの街路で


彼らは言う。「法を守るために来た」と

だが 彼らが踏みにじるのは、私たちの権利だ

肌の色が黒でも 茶色でも、友よ、あなたは呼び止められ

その場で尋問され、あるいは 追放される


ICE は出て行け」という叫びの中で

この街の心と魂は生き続ける

割れたガラスと 血の涙を越えて

ミネアポリスの通りの上で


ああ ミネアポリスよ。血に煙る霧の中で

あなたの歌声が聞こえる

ここは私たちの家。彼らが殺し 歩き回った

2026年の冬

私たちは立ち上がる。この土地と

私たちの中にいる“よそ者”のために

私たちは忘れない、通りで命を落とした者たちの名を

ミネアポリスの通りで

私たちは忘れない、通りで命を落とした者たちの名を

ミネアポリスの通り

 

午後は池袋へ。「グランドシネマ・サンシャイン」で中国映画『長安のライチ』(監督:ダー・ボン/2025年製作、中国)を鑑賞。

唐の時代、経理の計算しか取り柄の無い下っ端役人が、上司の策略に乗せられて、皇帝が楊貴妃の誕生日にプレゼントするライチを届けるために奮闘・苦闘する(謀略、友情、裏切り、さらに「走れメロス」的な切迫感もある)極上の歴史エンタメ。

「人生は短く、この世は儚い」…仄かな寂しさ&侘しさが胸に迫るエンディングも“納得”の一言。そしてエンドロール。誰もが抱く“儚さ”を愛おしむように、励ますように流れる歌2曲も秀逸(特に詞が)。思いがけず、強く胸に響いた。

https://note.com/shannon301/n/na8172dabaae7

鑑賞後、池袋西武の「三省堂」で、『ブラック・スノウ 東京大空襲と原爆投下への道』(著者・ジェームズ・M・スコット、訳・染田屋茂/みすず書房)を商品券(年賀状制作の謝礼として友人から頂いた)で購入し帰路に就く。

 

2026/02/08

1月のメモ①


日に日に世界が悪くなる 気のせいか そうじゃない

そんなじゃダメだと焦ったり 生活しなきゃと坐ったり

ハンバートハンバートの歌「笑ったり転んだり」が妙に胸に沁みる今日この頃。皆さまお元気でお過ごしでしょうか。

さて、年も明け、早2月……まずは1月中のあれこれを。


11日(祝)

11時過ぎ、息子夫婦来宅……玄関に立つ愚息の姿を見て少しギョッとした。去年より更に大きくなっている(というか、めっちゃ太っている)!! 

このご時世、経済的に多少ゆとりがあって食べたい物を好きなだけ食べられる。というのは結構なことだが、明らかに好物のラーメン、パスタ等、炭水化物の過剰摂取(という体型)。若いと言っても既に40代突入、成人病のリスクも高まるし、「スタイリスト」なら、自分のスタイルも何とかしろよ!と思うが、本人もパートナーのアユちゃんもあまり頓着していない様子。親の心配をよそに「美味しい、美味しい」と、我が家の“年一”料理をパクついていた。

1月3日(土)

「アメリカがベネズエラを攻撃」「マドゥロ大統領を拘束」という衝撃的な見出しが、各メディアのトップを飾った。暴君トランプによる「モンロー主義」の復活(本人曰く「ドンロー主義」だそうだ)。悲しいかな、時代が完全に逆回転してしまったようだ。

※それから何日か経って、こんな記事を読んだ。

https://www.japan-aala.org/wp/wp-content/uploads/2026/02/20602.pdf

羽場久美子氏(青山学院大学名誉教授)の「ベネズエラ攻撃の国際的影響と日本の針路」

15(月)

初仕事。9時半に家を出て、仕事終了13時。

(年明け早々、本部から「75歳定年」を告げられたが、「まあ、そうだろうなあ…」と、特に異議はなし。夏場の熱中症リスクの高さ、急ぎのクレーム対応、狭所でのパソコンやストロボ交換、重い荷物を持っての“通勤”等、年寄りには結構キツイ仕事。自分も「精々あと2年」と思っていた)

16(火)

初詣。3年連続で行った新宿・花園神社はやめて、東伏見から西武新宿線で「新井薬師前」へ。

長蛇の列に並ぶこともなく、10分程度で参拝(&お札・おみくじ購入)終了。静かで落ちついた雰囲気の心地よい神社だった。引いた御籤も夫婦そろって「吉」。


帰り道、地域で有名な精肉店「ニシジマ」に“ちょい寄り”。牛すじ(煮込み用)、松坂牛ステーキ(超特売!1枚千円)、海老フライ、メンチカツなどを購入。

110(土)

13時~新年会あり。新宿の居酒屋「京町恋しぐれ」(馴染みの映画館「新宿武蔵野館」のあるビルの7F)に9人の仲間が集まった。

まず、年の瀬に(簡単な)手術をしたO君の「(切ない)持病」の話から始まり(同病相憐れむ…というわけでもないのに、手術や病気の話で盛り上がるって何なのかね?)、続いて暴君トランプ(の“新たな植民主義”)へ……さらに高市、野田など…(「松下政経塾」出身の政治家にロクな奴はいない)という話になり、酒がほど良く回ったところで、私が「映画」の話(『黒川の女たち』『   TOKYOタクシー』『国宝』等)に切り替え…といった具合で鍋をつつきながら話が途絶えることなく“ぎっしり”2時間、楽しく語り合った。(やはり、このメンバーとの飲み会は格別且つ特別なもの)

2次会は6人の仲間と「カラオケ」……私は玉置浩二の「メロディー」と、島倉千代子の「愛のさざなみ」の2曲を歌ったが、思うように声が出ず、沈没。

※後日、新年会にも出席していた友人のK君から自作の句が書かれて葉書が届いた。

付合ひは五十余年や新年会

115(日)

「高市総理大臣、衆議院解散の意向」という報あり。

そんな中、ネット上で見知らぬ誰かの“つぶやき”に触れた。

《選挙が始まるとオンラインはまた聞くに耐えないフェイクやヘイトやYouTuberの閲覧数稼ぎの蛮行に溢れテレビなど地上波は「中立」という名の沈黙をする。最後は太田光とかの開票特番が流される。選挙とはそういう怒涛のように押し寄せる愚かさに耐えることでしかなくなっている》

けだし同感。

新聞を読むのもニュースを見るのもバカバカしくなって、本棚から吉本(隆明)さんの本を取り出した。

タイトルは『世紀末ニュースを解読する』(1996年、マガジンハウス発行)。

その中の165P「世界史的未来からみた憲法九条の現実性」という小見出しがついた対談形式の一文に目が留まった。

――(インタビュアー)「国際間国家」のことでいえば日本とアメリカの経済摩擦が激化するなかで、日本が軍事力を強化し核武装でもしなければ、アメリカと対等になれないという主張もありますね。

(吉本さん)こんな言い方はしたくないのですが、核武装するといっても、米ソをはるかに超えるような軍事力をもつ以外にはその考え方はまったく意味のないことになります。そんなことは100%不可能です。どこに未来性があるかといえば、九条を非暴力・非戦力の理想の原則として、そこから世界の軍事力の解体のほうへ、もっていくというやり方のほうが、はるかに現実的だと思います。

その吉本さんの言葉から30年が経ち、「軍事力強化」「核保有」が政権内から発せられる今、改めて「憲法九条」の価値を(平和戦略的に)問い直す必要があるのかもなあ…と思った。